「何も知らねえとは言わせねえぞ! 連中の証言じゃあ、結構な背丈の女に脅されたって話なんだぞ!」
「俺は何も知らねえよ。確か夜にトリーが出かけたことぐらいしか外出したヤツはいねえし」
事の奇天烈さに驚いている俺に向かって畳み掛けてくるゾルだが、俺は知っていることを単刀直入に説明する。
すると確信を得たのか彼は俺に向かって一言言い放った。
「ほれ、ぼろが出やがった。そいつが公園で強姦魔を狩ってやがったんだろうが」
「すっげ~、楽しそうなことをしてやがったんすねえ」
「アホか、おかげで俺らは今日、懺悔に来やがった強姦魔共から愚痴を聞かされたり、説法を長々と語る羽目になったんじゃねえか」
うらやましそうにしているフリードに対してゾルが呆れ果てる。
うわ~っ、職務怠慢だぁ~っ。神父に変装してるんだからソレらしい仕事しろよ。
「本当にテメェは何も知らねえのかよ、新聞やTVぐらい見やがれ。情報収拾は行動する為の基本だろうが」
……犯罪者に情報の大切さを説かれてしまいました。調査部隊所属なのに。
目の前で展開されていく理不尽な寸劇に俺は涙も出なかった。
「それで俺に何の用で教会に招き入れるんだよ」
「ちょっとした昔話と世間話ってヤツだ。俺様は昔、ジャクラウスに居たモンでな」
教会に入ろうとするゾルが、俺の質問に答える。ジャクラウスって言えば確か魔界で大きく騒がれた犯罪帝国だったか?
「そこで頭をやってたお方がドデカイ組織の中で部隊長をしてるってな話を小耳に挟んじまってよお」
……えっとお……?
「テメェ、ダークネスって部隊の隊長を知らねえのか?」
……隊長……何処まで有名人なんですか、アンタは。
俺はダークネスの隊長が元犯罪者だとは知っていたが、元犯罪者からそういうものを尋ねられるとは思ってなかった為に反応が遅れてしまった。
そして俺達は教会の中に入り、食堂らしい大きな部屋に到着した。
それなりの人数が着ける簡素なテーブルに木製の椅子。周囲の壁には申し訳程度の調度品が並んでいるのを見ると、ここはやはり教会なんだなと思ってしまう。
「適当に座れ。フリード、茶ぐらい出せや」
「テメェで出しやがれってんだ、くそが」
ゾルの慇懃無礼な命令に対して毒を吐きながらフリードが入ってきたドアとは別のドアへと消えていく。
そして紅茶セットとポットを持ってきた。テーブルの上にカップなどを並べ、ティーポットの蓋を開けると、お湯の入ってるだろうポットの蓋を操作した。
パッコン♪
ポットの注ぎ口を開放する金属音が鳴り響き、フリードがティーポットにお湯を注ぎだす。
「さてと」
ゾルは一息ついてから俺に話しかけてきた。
「それであの方は元気なのか?」
「えっと、元気ですね。自分をまい進するぐらいに、それと戦災孤児の女の子を引き取って育ててますよ」
「ほう? あのお方がか」
「不思議なモンですが、良い子に育ってますよ」
「当たり前だ。あの誇り高い姿をそばで見ていれば当然そうなる。それにあの方は仲間と認めた者を見捨てはしない、厳しくあっても愚かな育て方はしない、そういうお方だ」
「……って事は、野獣と呼ばれてる俺もまた?」
「あの方にとっては仲間だ。あの方がその気になって声を挙げれば、魔界の犯罪者や服役囚、総勢5000万が一様に集結する。号令一報あらば容赦なく三界を戦乱に貶める事さえ出来る一騎当千の猛者が、未だにその声を待っているんだ」
「聞かなきゃ良かったよ、その言葉」
「そいつはおもしれえ事を聞いちまったもんだ。是非とも狩ってみてぇっすねえ」
フリードは俺達の話を聞いて隊長を倒してみたいと吹き出す。だがそれはゾルに止められた。
「止めておけ、俺に勝てない限り、あのお方はテメェなんざ一発で消し飛ばすぞ?」
「うそぉ~ん」
「本当だ、俺でも全然相手にならないぐらいだからな」
ゾルの制止に驚くフリードだが、俺の添えた台詞で言葉を失ってしまった。
ゾルは改めて俺に向き直り、質問を続けてきた。
「それと、五暴星は元気にやってるのか?」
「ああ、入れ替わり立ち代りで隊長のそばに居る。何が遭っても問題は無いくらいに」
「だろうな、そうでなけりゃあ連中じゃねえよ」
どうやらゾルは俺よりもダークネスの主要メンバーの事をご存知らしい。
「ジャクラウスの落日、そこに俺様が居れば戦況は少しでも違ってたかも知れねえ。だが俺はそこに居る事ができなかった。あの時、まだ子供だったらしいある2人が戦場をおかしくしたって噂話があるんだよ」
「何処の馬鹿げた小僧なんでしょうねえ」
俺は何となくで想像付いてしまったが、あえて知らぬ振りを決め込む。
「お前が毎日連絡してるんじゃねえのか? テメェんトコの組織のトップ2人だろうが」
……やっぱり……。
俺は何処までも付きまとってくれる噂の主である司令と副司令を恨んでしまった。子供の頃から何かにつけて二人でつるみ、騒動を平然と起こしては功績を積み立てていく、馬鹿げた2人組を。
そして俺はそんな理不尽なお小言を1人で受けていた。