イッセーが美味い美味いと喰い続ける姿にリアスは驚き、彼に話しかけた。
「ねえイッセー、そんなに美味しいの?」
「美味いなんてモンじゃないですよ、部長!」
不安げに質問するリアスにイッセーが信じてくれと声を挙げる。
もちろん、ただ美味しいだけならスタッフ・ド・RBは切り捨てる。組織がほしいのは料理人ではなく部隊の隊員だから。
「一口頂戴、イッセー」
リアスは一言断ってからその箸で野菜炒めをつまみ、口にする。野菜炒めを口にした途端、彼女の体が硬直した。
「えっ!? これってどういう事!?」
「俺は言っただろ、その気になっているからこの店のメニューは全部作れるって」
そう、俺はこの店のメニューの全てをこの店の味で再現してみせる実力を持っている。組織の変装術は完全に変装対象になることを至上としているのだ、これが出来るからこそ俺は最前線の調査員として一目置かれている。
その裏で孤独に泣き、プライドや個性がボロボロに崩壊する経験を何度も味合わされたものだが。
「この店のご飯、食べたことが無いのよね?」
「調理器具が独占で使われているなら、そこから味付けの情報を読み取れる。最悪、店にある煮物の鍋から細かい味付けを読み解くことが出来るぞ」
調理器具からは対象の癖からさじ加減や火加減、挙句に何を得意としているのかさえも手に取るように解かる。それこそ器具は使われてこそ器具に育つ、俺はそれを読み取って使う者へと変装するだけだ。
俺はリアスの確認に答えてから厨房に戻り、今度はオムライスの材料を冷蔵庫から取り出し、調理を始めた。
唖然としている面々に、トリーは軽いことを口走った。
「何言ってるのよ、その気になったら小猫ちゃんにだって化けちゃうんでしょ? カケカケ~っ」
「おうっ! 身体測定されたってバレない自信があるぜ、ってうおっ!?」
俺がトリーの冗談にしっかりと乗っかったらテーブル席の方から椅子が投げ込まれた。
「……変態、死すべし」
俺の身長と小猫の身長では頭ひとつ分以上の差があるのに、それをどうするかはとにかく、彼女のスリーサイズさえ再現してみせると豪語した俺に鉄槌が下った。
「あはははは、何て言えば良いのか……分からなくなるね」
木場は笑顔を浮かべながらも内心の困惑を素直に口にする。
そんな楽しい、有意義なひと時の中で働いているのは俺1人。自分からした事とはいえ、何とも言えない感じがする。
そんなこんなのうちにオムライスの中身であるチキンライスが完成し、それをくるむための卵焼きを作る作業に入る。この店ではオムライスは普通の卵焼きで作り、それにくるむらしい。何処だかの店だと半熟卵焼きを作ってそれを乗せる様になっているんだそうだが。
一方、客席の方はというと、トリーを中心にして話題が俺とトリーの出会いになっていた。何を期待しているんだ? 連中は。
「そうね、私がカケカケと出会ったのは訓練所だったかな。あの時は胸もここまで大きくなかったけど」
「そう言って自分の胸を持ち上げないでください。……って何ですか、その手は」
「胸って揉めば大きくなるのよ? 胸の中に女性ホルモンの元があってね、それを刺激すると女性ホルモンの分泌が促されて、それと一緒に乳化ホルモンの分泌が促されるって訳なの」
トリーが小猫に胸が大きくなる構図を医学的に説明していた。
「いやらしい話の様でいて、色気なんて何も無いのね」
「当然よ。産婦人科ではお乳の出を良くする為に揉むんだけど、貴方はそこに色気を感じるのかしら?」
リアスが僅かに感心しているところに、トリーが追い討ちを掛ける。話が医学的な代物になっているせいか、イッセーと木場が妙に居た堪れない雰囲気をにじませている。
「それに乳化ホルモンが出るって言っても妊娠しない限りはお乳が出ない仕組みになってるから、実質は乳腺発達の下準備ってことになるわけ、分かった? 小猫ちゃん」
「……トリーさんに医者の知識があるのが驚きです」
そろそろ客席に行かないと2人の男の子が困ることになりそうだ。
俺は作り上げた卵焼きの中に先ほど作り上げたチキンライスを乗せてくるむ。そして皿にそれを移してから仕上げのケチャップと盛り付けにはいる。当然、リクエストの『アイシテル』は宣言どおりにやりました。
「おしっ、オムライスが上がったぞ」
「マジでやっちゃったよ、カケカケのヤツ」
俺の自信作、『アイシテル』オムライスを目の前にしてトリーの顔が引きつる。
「それで、何か面白そうな話をしてたみたいだが、どういう話なんだ?」
「貴方達2人がどうしてコンビを組むようになったのか、って話です」
「んっ? ああ、それか」
俺は木場から話を振られて少しばかり考えてしまった。俺はとにかく、トリーにとっては少し辛い話だからかもしれない。あいつはあの1件が元で男を辞めたから。
そして俺がダークネスという部隊に配属させられた事件でもあるからだ。あの服役中の凶悪犯罪者がひしめく強襲部隊『ダークネス』に。
「トリー、話をしても良いのか?」
俺は念のため、トリーに許可を取る。するとあいつは諦めたような表情を浮かべて許可を出してくれた。
「分かった。辛かったら席を離れろよ?」
「大丈夫よ、あれから5年だもの」
トリーはそう言って自分の目の前にあるオムライスに取り掛かった。
俺は無意識に、左肩に残っている大きな切り傷を右手で触っていた。
「トリーから許可が出たから、話すとしようか。俺とトリーの出会いっていうのを」