もしも八幡とあーしさんが運命の赤い糸で結ばれていたら   作:しゃけ式

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9話

『〜〜♪』

 

 

「……んあ、目覚まし…?」

 

 

 頭上ではアニソンが鳴り響いていた。手探りでスマホを探し、重いまぶたを開けて音楽を止める。昨日はアラームをセットした覚えがないんだけどな…。

 

 布団の上で伸びをし、脱力する。何度か繰り返して目を覚まし、洗面所に移動しながらスマホを確認すると、先ほどの音楽はアラームではなくメールの着信音だった。普段メールを使う機会がないから思い当たらなかったというわけか。何それ酷くない?

 

 

「てか寒ィ…」

 

 

 12月17日。秋の面影も消えてから本格的な冬へと移行する。11月末あたりまでは温暖化やべえとか思ってたのに、気まぐれだったのは女心と空だけじゃなかったってわけだな。この寒さだと顔を洗うのも一苦労だ。

 

 とは言いつつも、温かくはせず冷水のまま顔に叩きつける。温水にするのはなぜか負けみたいに感じるからな。

 

 

 顔も洗い歯も磨き、食パンをトースターにぶち込んでからメールを確認した。

 

 

「…そんな気はしてたけども」

 

 

 差出人は三浦。会う頻度はそれほど多くないはずなのに、なぜかいつも一緒にいる気がする相手。内容はまだ見ていないが、恐らくいつもの宅飲みだろう。曰く店で飲むのは高くつくし、そもそもそんなとこでカッコつけながら飲む仲じゃないでしょ、らしい。これに俺はどう反応すれば良いかわからず、ただそうかとしか返せなかった。まあお互いに浮ついた感情がないのは確かである。

 

 

 

──

 

 

From 三浦

 

 

24日空いてる?空いてたらどっか行かない?

 

 

 

──

 

 

 

 ……浮ついた感情なんかねえし。いや別にクリスマスに初めてサシで女子から誘われたとかで浮かれてねえし?でもだからと言って断るのは筋違いだろ?折角俺を誘ってくれたんだ、しかも俺自身予定なんざあるわけない。

 

 

 トースターが子気味のいい音を立てて焼けたことを知らせる。ようやく暖まりだしたこたつから精一杯の嫌な顔で出て、食パンを取りに行く。普通より少し長めに焼いた食パンは程よく焦げ目をつけ、裏返すと網目状に模様が入っている。食パンを皿に置きマーガリンを冷蔵庫から取り出し、再度こたつに入る。皿を持つ手とこたつに入れた足は温もりを持ち、芯から暖まる錯覚を覚えた。

 

 

 左手で食パンを食べながら、右手でスマホをいじる。右の親指が文字を刻んでは消し、それを繰り返してやっと返信が出来上がる。最後に誤字を確認してから、三浦に送信した。

 

 

 

──

 

 

To 三浦

 

 

空いてる。その日は授業もないし、時間と場所頼むわ。

 

 

 

──

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 大学からの帰り道、俺は授業中に思いついた(この場合は思いついてしまった、かもしれない)ことに頭を悩ませていた。

 

 

(やっぱこういう時はプレゼントとかっているのか。俺のノリセンサーならいると反応してるんだが…)

 

 

 どんな時でも常に最悪のケースを想定しろ。今回だと“え、何調子乗ってんの?普通にキモいし”だ。しかし逆パターンの“マジで?普通こういう時は持ってくるのが当たり前じゃん?ノリもわかんないとか、キモ”かもしれない。

 

 ……あれ、これ詰んでね?もしかして最善策はそもそも断ることだったか?

 

 とは言いつつも、そんな選択肢は端からないわけで。どこぞのヘタレ不良系ぼっちも100人の友達がいないなら1人を100人分大切にしろと言われていることだし。三浦が100人分に当てはまるかは別としてだが。

 

 

 まだ5時前だというのにもう空が色を変えている。黄色とオレンジの狭間、東の空は既に暗くなりかけてもいた。

 

 

 ヒートテック2枚重ねに黒の大きいコートのおかげで体の寒さは凌げているが、如何せん顔が冷たくて仕方が無い。眼鏡とマスクをすれば完璧ではある。しかしそうなると職質されそうで怖いしなあ…。

 

 余談だが、俺は時たま伊達メガネをして外に出る。理由というのもその時々で、三浦と大学生になってから初めてあった時のような顔を隠したい時や、今回のように寒さ対策など色々である。あとは眼鏡をかけていると小町が褒めてくれるからだな。むしろこれが半分以上を占めていると言ってもいい。だって小町だしな。異論は許さん。

 

 

 

 結局買うことにした俺は適当な店に入った。こういうのがブティックと言うのだろうか、いかにも洋服店といったシックな店構えに華やいでいる内装。1人で入るには気後れもしそうなところだが、店員と話さなければいいだけのことだ。あれ販促にはなると思うけど俺みたいなやつには無意味だと思うんだよな。むしろ逆効果まである。

 

 たまたま近くにあった服を手に取り値札を見ると、どこか高級感のあるフォントで6400円とあった。大理石のような床に天井にある扇風機みたいなやつ(確かシーリングファンだったか)のせいで少なくとも5桁はするのだろうと思っていたが、どうやら見た目ほど高くないらしい。とりあえずここで買うことは決まった。

 

 

 なおも物色していると、それまで声をかけてこなかった女性の店員が近付いてきた。緊張するやらげんなりするやら、今まで気付かれていなかったのかと思うと癪だが、今更自分に存在感を求めても無意味だろう。自分で断言するのもどうかと思うが。

 

 

「あの…、何かお探しですか?」

 

 

 なぜか怪訝そうな目で訊いてくる。接客業でそれはダメだろう。

 

 

「ああ、えっと…、……?」

 

 

 俺にとっての三浦って何だ?恋人なわけはないし、かといって高校の頃のような他人とも違う。友達と言われるとそれも首を捻らざるを得なく、改めて考えてみると俺と三浦は不思議な関係だったようだ。

 

 

「…まあ、女にプレゼントですかね」

 

 

 結局出てきた答えは明言を避けたものだった。相答えるなり店員はああ、と意を得た様子で途端に笑顔になった。

 

 

「この時期だとやっぱりクリスマスですか!贈るとしたらお洋服か小物かとかは決めておられますか?」

 

 

「いや、別に決まってないですけど」

 

 

「なら小物にしましょう!お洋服だと身につける機会が限られてしまいますし、相手も相手で毎回着なきゃダメかと気を揉んでしまいますから」

 

 

「…ああ、なるほど」

 

 

 確かに俺が女ならそういったことを考えるかもしれない。小物と言うと、帽子とかペンダントだろうか。ふと思い出して胸のライターに触れ、軽く揺らしてみた。あいつも言っていたが、やはりこの重さはしっくりくる。胸の重みが俺の足を地につけてくれる気さえしてくる。こういった心底から気に入るようなものを贈ってみたいものだ。

 

 

 そう思うと、やはり平塚先生は偉大である。亀の甲より年の功…、おっと背中に冷や汗が垂れたぞ?恐怖が体に染みついてるのか、怖い怖い。

 

 

「こちらなんてどうでしょう?」

 

 

 店員が手に持っているのは大きめのマフラーだった。赤地に薄い黒の線がチェックとして入っており、黒の縦線と横線が被っているところは緑色っぽくなっている。

 

 

「小物ってマフラーとかも言うんすね」

 

 

「これはストールですけど、そうですね。今年は寒くなるらしいですから丁度良いのではないでしょうか?」

 

 

 マフラーじゃなくてストール?ネックレスとペンダント的な違いか?よくわからんが、適当にそうですねとだけ返しておいた。

 

 

「そういえば雪もそろそろ降るらしいですよ。寒冷前線も抜けてわかりやすい西高東低ですからね〜」

 

 

「…??まあ、とりあえずそれにします」

 

 

 俺の即決に驚いたのか、勧めたのは店員のはずなのに目をぱちくりしていた。

 

 

「即決ですね」

 

 

 奇しくも俺の考えていた単語と被り、心の中で苦笑を浮かべる。

 

 

「悩みすぎて変なのを選ぶより良いと思って」

 

 

「なるほど」

 

 

 

 それからはレジで支払いを済ませて店を後にした。4800円と俺にしてはなかなかの高額な買い物だったが(確か最近だとカートン買いが最高額だったはず)、納得のいく物が買えて満足である。

 

 

「……あ、あれも販促か」

 

 

 独り呟く。途中にあった店員が話す雪のくだり。生憎俺は内容の意味がよくわからなかったが、恐らくこれから寒くなると意識づけてストールを買わせようとするテクニックなのではないだろうか。

 

 

 合点がいき、ふと空を見上げた。今日は気温に見合わず晴れ模様である。雪は降りそうにない空だが、寒さだけは降雪の予感を漂わせていた。眼前に広がる街の風景もクリスマス一色であり、世界全体が雪を望んでいるようにも思え、そうじゃないのは俺と青空だけじゃないのかという錯覚さえ覚える。

 

 

 雑踏に取り残された俺は、そんなことを思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1週間は早いもので、気が付けば約束の日(クリスマスイブ)。10時に駅前で待ち合わせ、アウトレット行きたいと書かれたメールをもう一度確認し、9時半を示すスマホを閉じる。駅はいつも以上に混雑しており、心做しか人々の服装も綺麗に着飾っている気もする。対照的に俺はいつも通りの格好で、黒のコートに濃いベージュのズボンを着ていた。だって黒とかカッコいいだろ?こんな格好してたらもしかするとVRMMORPGに囚われるかもしれないからな。平仮名で言うとばーちゃるりありてぃまっしぶりーまるちぷれいやーおんらいんろーるぷれいんぐげーむ。長いな。

 

 

 15分ほど待つと、改札の向こうから見慣れた金髪縦ロールが歩いてきた。白のコートに足のラインを強調した黒のパンツを履いており、周りにいる男の視線を総ナメしていた。

 

 …あ、何人か彼女に殴られてるな。よきかなよきかな(ゲス顔)

 

 

「ヒキオ早っ。待った?」

 

 

 15分ほどな。そう答えようとしたのだが三浦の視線がいつもとは異質なものだと気が付いた。いや、異質というほど仰々しいものでもないが、少なくとも何かを期待している目だった。

 

 

「……いや、今さっき来たところだ」

 

 

「…うん、合格。ヒキオのくせによくわかってるじゃん」

 

 

 どうやら正解だったようで、内心安堵の溜息をつきながらそりゃよかったと返した。

 

 

「その服前も着てた?」

 

 

「いつの話かわかんねえけど、まあ大体この服だな。特にコートはこれしかない」

 

 

「なら丁度良いじゃん。アウトレットで適当に見繕ってあげるし。あとあーしにもクリスマスプレゼントとして色々買ってもらうからね」

 

 

 …来た。この流れだ。

 

 

「それなんだがな、三浦」

 

 

「どしたし、そんな改まって」

 

 

 ピッチを上げる心臓に落ち着けと命じながら、バッグに入れてある包装されたストールを取り出した。

 

 

「……クリスマスプレゼントとして、これで勘弁してくれないか」

 

 

 三浦は差し出した包装を受け取り、丁寧に中身を取り出した。

 

 

「ストール?あーしにくれんの?」

 

 

「…まあな。だからアウトレットでは何も買ってやらんぞ」

 

 

「………」

 

 

 5秒ほど無言だった三浦は、やがてお手本のような笑顔で笑った。

 

 

「ヒキオこれ良い感じじゃん!あーしこういうの欲しかったし!」

 

 

 言い終わるなり器用にストールを首に巻き、どう?と訊いてきた。

 

 

「悪くないんじゃねえの。……似合ってるよ」

 

 

「…そっか。ありがとね、ヒキオ。んじゃ行くよ」

 

 

 歩き出す三浦に、俺は少し遅れてついていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





本当は11月末日までには投稿しようと思っていたのですが、11月って侍じゃね?と気付いた時には残り30分で12月でした。遅筆ですみません。


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