もしも八幡とあーしさんが運命の赤い糸で結ばれていたら   作:しゃけ式

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8話

 12月に入って少しした頃。私は大学の帰り道に並木道を歩いていた。木枯らしは私を正面から殴りつけ、葉のない裸の木を懸命に揺らす。

 

 思わず寒さに顔を歪め、両手にした手袋を顔に添える。せめてもの抵抗だが、見た目ほど効果はない。なにせ手袋に体温から不足無く熱が伝えられているわけではないのだ。しかしほとんど意味の無いことでもしないよりはまし、言い換えると少しは意味があるのだからするべきだと言える。

 

 少し行くと並木道は普通の歩道に変わり、その先には病院もある。そのためかもしくは季節のせいか、現在で歩いている人は目に見える限りだと私を除いて2人ほどしかいない。そのどちらも手袋やマフラーの他にイヤーマフやコートを着ており、私みたいにめちゃくちゃ寒がっているわけではなかった。

 

 かくいう私も手袋は先ほどの通り、ベージュのコートも着ている。ポケットの部分はふわふわの毛で覆われており暖かそうに見えるが、この服は意外と通気性が良く防寒着としては及第点を割るレベルである。

 

 

 このままだとまずい。そう悟った私は早く家に帰ろうと考えたが、ここから駅までもなかなか距離がある。駅よりも近くの店やデパートで時間を潰せたらなあ、そんな風に思わずにはいられなかった。

 

 

「丁度お昼も食べてないしね」

 

 

 誰ともなしに呟く。この辺りに飲食店なんてあったかな。どちらかというとここは住宅地にあたり、車の往来や人の多さは周りよりも上だがいかんせん店の数に欠ける。

 

 結局思いつく限りでは大型モールのフードコートしかなく、そこへ行くことを決めた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 ついて早々、私は喫煙室へ向かった。喫煙室はトイレに近いことが多く、ここのも例に漏れずトイレへ向かったら自然と見つかった。

 

 中に入り鞄から貰った煙草とこれまた貰ったライターを取り出し、煙草に火をつける。私の周りには1人壮年の男性がいた。スーツを着ているので昼休み中なのだろうか。

 

 肺に煙を溜め、細かく吹く。極端にではないが少し口をすぼめているので、見ようによるとキス顔にも見えるかもしれない。そうなると私は煙草とキスしていることになるのかな、なんてヒキオの考えそうなことを頭の中で呟きながら煙草を堪能する。

 

 私のペースは2、3日に1本となかなかに健康的なものだ。身体に悪いのはわかっているが、貰った手前捨てるのも悪いからね。結局吸いたい時に吸うというのに落ち着いた。それが2、3日に1本なわけだから、私の体はまだまだ健康と言えるだろう。

 

 

 私が吸い終わる頃にはスーツの男性はすでに出ていた。私1人だけが支配する空間はどこか懐かしい気もしたが、はっきりと心当たりを見つけられなかったので思考を打ち切り外へ出た。

 

 出たは良いものの食欲が起きない。来る途中は何を食べるか考えていたのに、私の心は今や見る影もない。

 

 

「屋上でも行こうかな」

 

 

 ここの屋上は小さなテーマパークのようになっており、珍しく駐車場は屋上にはない。代わりに建物内に含まれている。

 

 

 昔ここに来たかな、と思い返してみたが一切覚えがない。実家からそれほど遠い距離でもないので来たこともあるかもしれないが、少なくとも今は思い出せない。

 

 

 

「うわっ、子ども多っ」

 

 

 屋上では何か催しをやっているのか、大勢の親子で溢れかえっていた。普段を知らない私でもこの場所が盛り上がっているのを感じ取れるし、屋台みたいなのやら大きな風船やらで賑わっているのは想像に難くない。

 

 

 奥にはステージと長椅子が用意されているので、おそらくはヒーローショーか何かだろう。ちょこちょこ大人だけのグループも見えるのでもしかしたら本人挨拶とかなのかもしれない。あんまわかんないけどね。

 

 

 ……お腹が空くまでとりあえず回ってみようかな、なんて歩いたのが運の尽きだったのかも。

 

 

「ね、ねえお姉さん。もも、もしかして君もこれ見に来たの?」

 

 

 いかにもな風貌をした男2人組がナンパしてきた。正直これをナンパと言って良いのか、認めていいのかわからないがとりあえず胸糞悪いことだけは確かだ。

 

 

 こういう相手の時はナンパ撃退法No.4だね。

 

 

「……は?あーしになんか用?」

 

 

 私より少し高いくらいの身長だろうか。ヒールを履いていたので目線は同じくらいになっている。唐突の威圧が功を奏したようで、その2人組はすみませんと言うや否や走って逃げ出したようだ。

 

 ああいうのホント鬱陶しい。まあチャラ男じゃなかっただけまだましだけども。あれがチャラ男だったら逆ギレされて面倒臭いことになっていたのだろう。

 

 そういう時は撃退法No.1の『ごめんなさい、あーし彼氏いるので(隼人の写真見せながら)』が最適だ。いくら振られたとはいえ、こういった使い方なら隼人も許してくれるだろう。

 

 

 

 それだけは、私の特権なのかもしれないね。

 

 

 

 さらに歩くこと5分。たまに目に入る先ほどの2人に対して少しイラついたので、外を一望できそうなところへ移動した。屋上だけあって景色は良い。これが春とかなら並木道の桜も綺麗に映るのだろう。

 

 

 ふと隣を見ると、どうやらここの店員が休憩をしているのか煙草を吸っていた。帽子を深くかぶっており、顔までは見えないが背丈からして男だろう。子どもたちを見ては、風船を見る。そして煙草を吸う。この繰り返しだ。

 

 

 ……なんか怪しくない?そう思いこの人が煙草を吸い終わってからも観察していると、風船を見ては子どもを見るといった不可思議な行動を繰り返していた。休憩にしては時間もおかしい。

 

 

 そこからの行動は早かった。

 

 

「ねえあんた、さっきから挙動不審だけど本当にここの店員?」

 

 

「は?」

 

 

「警察」

 

 

「…その早とちりは何とかしろよ。俺じゃなかったら何されるかもわからん」

 

 

 帽子を取り、素顔を顕にする。見た目は同い年くらいで顔は割と整っている。髪の毛は染めたりせず普通の……、ってか。

 

 

「またヒキオ?偶然続きすぎて引くレベルなんですけど。あーしのストーカー?」

 

 

「今回はお前が声掛けてきたんだろうが…」

 

 

 声を掛けるというか警察呼ぶよ勧告かな。てか最近ヒキオとよく会う気がする。もしかしたらこういうのが運命だったりしてね。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「へえ、そんなバイトあるんだ。全然知らなかった」

 

 

「こんなのは探そうとしなきゃ見つからねえしな」

 

 

 曰く、風船を見ていたのはバイトだそうだ。日当9000円らしく、ヒキオがするのは専ら日払いのものであり、その理由というのも長い間バイトしていたら気付くとぼっちになってやめているからだという。

 

 

「楽しい?」

 

 

「いや、全く。けど楽なんだよ」

 

 

「あーしには出来ない仕事だわ。絶対飽きる」

 

 

「慣れたら割の良い仕事なんだよ。今日のは6時には上がれそうだしな」

 

 

「そう」

 

 

 時給に換算すると確かに良さげだな、なんて思いながらその場を後にしようとする。ずっと話してるような仲でもないし、少なくとも私には話すことは無かった。

 

 

「三浦」

 

 

「何?」

 

 

 呼び止められるとは思っておらず、反射的に立ち止まる。

 

 

「……お前、今日の夕方から、っつか6時以降空いてるか?」

 

 

「まあ空いてるけど」

 

 

 言いにくそうなことなのか、ヒキオは少し変な顔をしていた。

 

 

「駅前の甘味処つったらいいのか、付き合ってくれないか?」

 

 

「…」

 

 

「何UMA見つけたみたいな顔してんだよ」

 

 

「UMA要素はあるでしょ、目とか」

 

 

「ねえよ、いやあるけど」

 

 

「アプリオリで先天的なUMAサイドの未確認的眼球というか」

 

 

「玉縄っぽく言ってんじゃねえ。てかお前知らないはずだろうが」

 

 

 実際は結衣から聞いたし知ってます。一時グループで流行ったまであるし。

 

 

「とりあえず6時過ぎにここいたらいい?」

 

 

「いや、6時半に駅で頼むわ。その方が楽だろ」

 

 

「おっけ。んじゃあーしご飯食べてくる」

 

 

 あいよと返し、ヒキオはまた風船を見上げた。

 

 

 まさかヒキオに誘われるとは思ってなかったな。こんなデートもどき?って言っていいのかわかんないけど、ヒキオは絶対にしないと思ってた。誘うとしても結衣とか雪ノ下さんとか、他にはあの後輩生徒会長とかね。

 

 

 そこを抑えて私が選ばれたって考えると、少しばかりの優越感に浸れた。まあたまたまここに私がいたからだと思うけどね。

 

 

 それまでどうしようかな。私は不覚にも弾んだ心でフードコートへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6時半、ヒキオに指定された時間丁度に駅へ着いた。見渡しても見当たらず、バイトが長引いたのかと勘繰る。

 

 

「おい」

 

 

「うわあっ!!…ヒキオ、あんたミスディレクション使いすぎ。自重しろし」

 

 

「その『自重しろし』は使い所迷走しすぎだ。店はこっちにあるから」

 

 

 ヒキオはいつもの地味な服装をしており、間違ってもデートに来る服装ではなかった。大きめの黒いコートに濃いベージュのズボンを履いており、奇しくも私のコートと合わせているみたいで幾分かの羞恥心を覚えた。

 

 バイト終わって直で来たはずだから意識してるわけないんだけどね。よくある被り。よくある偶然。

 

 

 ……にしてはヒキオとの偶然は多い気もするけどね。未だに連絡先も知らないのに、よくこれだけ一緒にいるよ。ホントに。

 

 

 連れられた先は何度か入ったことのあるところで、全体的にキラキラしているカフェだ。中はニスで煌めく木の机が並び、カウンター席には何人かの男がPCを叩いているのみで残りの殆どは女が占めている。

 

 

「確かにここはヒキオ1人じゃ入れないね」

 

 

「そういうことだ」

 

 

 私と同じかそれよりちょっと下くらいの女の子がぱたぱたと駆けてき、私が2名と伝えると奥の席に案内された。対面式で、椅子とソファが机を挟んでいた。

 

 

 私がどっちに座るか、と聞こうとしたらヒキオはそれより早く椅子の方へ座った。

 

 

 ……こういうの、ちょっとずるい。結構ストライクなことしてくんじゃん。

 

 

 無言の圧力とは違うけど、ともかく2人とも座ることが出来たので改めてメニューを広げる。

 

 

「メニューなんだが、カップル限定のこれ頼んでいいか?」

 

 

「は?ちょっと何回か飲んだだけで彼氏面すんの?それマジキモイんだけど」

 

 

「昼のやつもだがお前は結論を急ぎすぎんだよ。ちゃんとこれの内容見たか?」

 

 

 指で示すメニューには、カップル限定糖分甘々!と初見では意味のわからない殺し文句が書かれていた。写真には普通のパフェの1.5倍くらいのものが映っており、下の方には『カップル限定♡ごめんなさいっ!』と注意書き。昨今のインスタ映え意識というやつだろうか。確かにこれなら映えそうな被写体ではある。

 

 

「あーしの悪い癖だね。直すよ」

 

 

「そんな重く受け取らなくてもいいが…、とりあえずこれ頼むわ。お前は?」

 

 

「これあーしも食べていいんだよね?」

 

 

「そりゃな」

 

 

「じゃあ何も頼まない。その代わりこれ割り勘ってことでお願いね」

 

 

「これくらいは俺が払うぞ?元々言い出したのは俺だし、金も入ってるからな」

 

 

「…なんか毎回奢られると癪に障るけど、それならお願い」

 

 

 すいません、と店員に声を掛けてカップル限定のパフェを頼む。こういう店の店員は笑顔を絶やさないから凄いよね。私のとこは真顔でも全然許されるあたり、ここの教育は凄いのだろうとひとり戦慄を覚える。絶対できないな、私じゃ。

 

 

「結衣あたりならできそうだね」

 

 

「何の話だよ」

 

 

「独り言」

 

 

 そうかと返すなりヒキオは鞄から本を取り出した。ハードカバーのその本はこういった場所だと妙に映え、ともすればこれから食べるパフェよりもインスタ映えするんじゃないかとも感じる。

 

 

 

「お待たせいたしました、こちらカップル限定のスペシャルパフェでございます。あと恐縮ですがカップルだという証明、お願いできますか?」

 

 

「ん?証明?」

 

 

 その声は誰のものか。ヒキオとも私とも取れぬ発言に店員は慣れた口調で答えた。

 

 

「例えばキスであったり、手を繋ぐであったりですかね。中にはハグをされた方もいましたよ」

 

 

「え、なにそれ聞いてないし」

 

 

「ですが書かれておりますので…。嫌でしたら別に結構ですが…」

 

 

「あんま店員さんを困らせんなよ。ほら」

 

 

 落ち着いた声で私をたしなめ、机の上にあった私の手を指を絡めて掴んだ。

 

 

「これでいいですか?」

 

 

「ひっ、ヒキオ!?」

 

 

「はい!ありがとうございます!」

 

 

 まるで開花したような笑顔を浮かべ、店員は胸の前で両手を重ねていた。

 

 

「それに彼女さん、顔真っ赤ですねっ!」

 

 

「は、はあ!?なってないし!てか恥ずかしくないし!」

 

 

「それではごゆっくり!」

 

 

 一礼してその場を離れた店員は、心做しかスキップしているように見えた。無論そんなことは無いだろうが、上機嫌なのは間違いないだろう。

 

 

「てかヒキオもいつまで握ってるし!」

 

 

 乱暴に握られていた手を振りほどき、パフェに2つ刺さったスプーンのうち1つを手に取り口に運ぶ。甘さの暴力とも言えるような一口は胸焼けを起こしそうなレベルだった。

 

 

「…お前意外と初心だよな。ブラとか見せてくるくせに」

 

 

「うっさい!!」

 

 

 思い切り脛を蹴り上げた。ヒキオが悶絶している様子を見ても、一口の甘さは変わらなかったけど。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「今日は悪かったな。付き合わせて」

 

 

 1時間くらいだろうか。だらだら話しながら食べたりしてると日もすっかり落ちていた。

 

 

「別に。その代わりあーしがどっか行きたいとこあったらついてくること。いい?」

 

 

「まあ俺でいいならな」

 

 

 冷たい風が吹く。さらったのは会話そのものであり、暫しの静寂が流れる。

 

 

「…ねえヒキオ」

 

 

 絞るように出した声はまた危うくさらわれるところだった。

 

 

「なんだ?」

 

 

「行きたいとこあってもさ、連絡取れなかったら意味無いじゃん?」

 

 

「……ああ、なるほど」

 

 

「いや、だから…、えっと」

 

 

 なんだか無性に恥ずかしい。ただ連絡先を聞くだけ。なのになぜかこんなにも照れくさいのはなんでだろう。

 

 

 意識なんか、してるはずないんだけど。

 

 

 ぶーっ、ぶーっとマナーモードにしていたスマホが揺れる。

 

 

「ごめん、ちょいメール」

 

 

 丁度良いタイミングでメールが来た。とりあえずこれの処理をしている間だけでも落ち着こうとメールを開けると、そこには登録していないアドレスのものが届いていた。

 

 

 

 ──登録しておいてくれ。比企谷

 

 

 

「…あんた格好付けるときホントしすぎるくらい付けるよね」

 

 

「前に由比ヶ浜から聞いてたんだよ。ライター返してもらうためにな」

 

 

 それなら納得ではある。送る前に合コンで出会ってしまったわけなので、送る理由がなくなったのも合点はいく。

 

 

 

 ただし。

 

 

 

「ヒキオのこれは若干ストーカーっぽいし」

 

 

 

「お前の合点は早合点ばっかだな。いやマジで」

 

 

 お互いに微笑を浮かべ、最後にはまた風が会話を奪った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




書き始めは明るかったのに、終えてみたら周りが暗くて驚きました。最近は日が落ちるのも早くなりましたね。


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