もしも八幡とあーしさんが運命の赤い糸で結ばれていたら   作:しゃけ式

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まだ書かなくてもその内筆が乗るだろ(適当)

とか調子こいて気付いたら3週間が経過していました。時間って怖い(小並感)

続ける意思はありますので、どうか話半分程度にでも読んでいただければ幸いです。



7話

「優ちゃん?この時間はお勉強よね?」

 

 

「えっと……、うん…」

 

 

 目を見開いて威圧する母親にたじろぐ優ちゃん。おばさんの後ろには難しい顔をしたおじさんが立っていた。

 

 

「あの、おばさん」

 

 

 意を決して声をかける。なに、という言葉は返ってこず視線で続きを促していた。

 

 

「今日だけは許してくれませんか?」

 

 

「なんで?」

 

 

「だってほら、優ちゃん嫌がってるわけですし。お受験に関してはあーしに言えることはないですけど、勉強だけならあーしにも教えられることがあると思うんです。ルーティーンは大事ですよ?けどあーしの経験上休み無くずっとだとそのうちバレないようにサボるのが関の山です」

 

 

「優とあなたは違うの。ましてお姉さんの娘と私の娘が同じわけないじゃない」

 

 

「そうかもしれませんけど…」

 

 

「人の家の方針に口出ししないでちょうだい。大体優美子ちゃんは昔から…」

 

 

「やめろ」

 

 

 静止をかけたのは優ちゃんのお父さんだった。後ろから見守っているだけかと思えば、強い口調でおばさんを止めた。

 

 おばさんは何か言いたそうな顔をしていたが、優ちゃんのお父さんはそれより早く言葉を挟んだ。

 

 

「優美子ちゃんに当たるのは違うだろ。たまたま優のストレスを解消してくれたのが優美子なだけであって、ルーティーンを崩したんじゃないと思うぞ」

 

 

 おばさんを見据える目は驚くほど力強く、しかし威圧はしない優しいものだった。

 

 

「でも…、」

 

 

「すいません、少し良いですか?」

 

 

「ダメ」

 

 

「なんでお前が止めるんだよ」

 

 

 やれやれとでも言いたげな顔のヒキオ。このまま喋らせちゃダメ。もし許したらあの時の二の舞になる。

 

 

 

 

「悪いとしたら全部あーしです。だから優ちゃんは怒らないでください」

 

 

 

 

 あとこいつもついてきただけです、そう付け加えてから、初めて優ちゃんの方を見た。依然怯えた様子ではあるが、何かを決意したと形容するに相応しい顔つきだった。

 

 

「ちが、お姉ちゃんは違う、違うの!」

 

 

「優まで…。……そう、みんな私に反対するのね。」

 

 

 太陽も落ちかけ、夜が顔を出し始める。夕日に(さら)されたおばさんの顔は、酷く気落ちしていた。

 

 

 …この場合は気落ちと言うよりも、落胆が近いのだろうか。四面楚歌と言うと語弊を生みそうな気もするが、意見を(たが)える人を敵とするならば言い得て妙だ。

 

 お母さんと()()だった頃から、あるいはこんな感じだったのかな。なぜかその顔には慣れも見えていた。

 

 

 

 暫く無言が続く。完全に暮れた辺りは先程までとはまだ違った顔を示した。おばさんはもちろん、優ちゃんのお父さんも声をかけようとしない。正直なところ私はこの気まずさに耐えかねるレベルで、まして私がヒキオの状況ならどれほど疎外感を受けるのだろうと考えていた。

 

 

 そんな中、沈黙を破ったのは優ちゃんだった。

 

 

「…お姉ちゃんは違うもん」

 

 

「それはさっきも聞いたわ」

 

 

 ぞんざいな態度に見えながらも、口調は極めて柔らかい。そこにはちらりと諦念すら見えていた。

 

 

「けどね」

 

 

 まだ小さいから言いたいことをすぐに口に出してしまう。纏まらないうちから、また纏めないうちに言葉を紡ぐのは年相応の行動だ。そんな優ちゃんがお母さんを必死に説得しようとしているのを、おばさんはおろか周りも聞き入っていた。

 

 

「別の小学校に行くのはいいよ。でもちょっとだけ友達とも遊びたい…」

 

 

「優……」

 

 

「お勉強もするし、運動だってするから、お手伝いもするから、おねがいします」

 

 

 ぺこりと頭を下げる優ちゃん。その綺麗な礼に思わず私は目を見開いた。

 

 

「……しょうがないわね。結局あなたが言った通りじゃない」

 

 

 へ、あーし?!と口をついてしまう前に優ちゃんのお父さんは言葉を返した。言わなくてよかった…。

 

 

「そりゃ俺も同じだったからな?手に取るようにわかるさ。……さて、優美子ちゃん。それに彼氏の君も」

 

 

 否定するのも面倒なのでそのまま顔を向ける。ヒキオも特に訂正するつもりはないようで、優ちゃんのお父さんの言葉を待っている。

 

 

「優の面倒を見てくれてありがとう。……本当に、ね」

 

 

 含みを持たせた理由は言わずもがな。一々確認するのも無粋であり、私とヒキオは同じタイミングで一礼した。

 

 

「こちらこそ楽しかったです。良ければまた優ちゃんと遊びに来てください」

 

 

 最後に私はそう締め括り、ヒキオは改めてもう一度礼をした。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 18時半。優ちゃんの荷物を回収して別れを済ませた後、私とヒキオは玄関前に立っていた。

 

 

「お前ん家ってここなんだな」

 

 

「変態」

 

 

「別にストーカーなんざする気ねえっての。…てかそれで思い出したわ」

 

 

 変態の言葉で思い出すこと。一体何をヒキオは言おうとしているのか、少し気になりながらもヒキオの目を見た。

 

 

「お前俺んちにブラとパンツ忘れていってるぞ」

 

 

「…え、え?……いやいやいや、だってあーし服持って帰ってん……じゃ…」

 

 

 思い返してみると、そう言えばヒキオんちの洗濯機にまるごと服一式をぶち込んでいた気がする。…帰りには一応そこから回収したはずなのに、まさか見落としていたってこと?いやいやでもブラとパンツ……は、あの時借りてたんだっけ。つまり忘れてもおかしくない状況で……。

 

 

「ヒキオそれ今持ってる!?」

 

 

「今日会ったのは偶然だぞ」

 

 

「それでも聞いてんじゃん!!ちょっとは理解しろし!!」

 

 

「持ってたらドン引きするだろうが!」

 

 

 尤もな言い分に思わずなるほど、と頷きそうになる。どうやら私は思った以上に焦っているらしい。なんか一周まわって冷静になってきた。

 

 

「ヒキオんち行くよ。ビールある?」

 

 

「何さりげなく飲む気でいるんだ」

 

 

「ないなら買いにコンビニ寄るけど」

 

 

「…一応何本かはある。お前こそ泊まるなら服持ってきとけよ……って、あるんだっけか。うちに」

 

 

「死ね!!」

 

 

 横蹴りを脇腹に入れ、ヒキオは苦しそうな顔をしながら歩き出した。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「ヒキオ、早くしないとパンツのこと結衣に言うよ」

 

 

「何様だよマジで」

 

 

 俺と三浦は真っ直ぐ俺の家に向かい、ブラとパンツを手渡すなりビールを催促してきた。由比ヶ浜ならなんとなく事情を察してくれそうだしほっといてもいい気がするが、こいつ(三浦)の場合脚色マシマシで話しそうだからな。やりかねない。

 

 

 ビール缶を2本机に持っていき、対面に座る三浦に片方を渡してから俺も座った。一応座布団の上とはいえ、そろそろ本格的に寒くなってきた。炬燵でも出そうかと思案する。

 

 

「俺先に煙草吸うし飲んでていいぞ」

 

 

 箱から1本取り出して机に投げ出す。そんな気はなかったのだが、三浦は目敏く放り出したパッケージを見ていた。

 

 

「あれ?何これ色違い?」

 

 

 色違い、とは恐らく居酒屋で2人飲みした時に見られたやつとのことを言っているのだろう。あっちはネイビーに文字だったが、俺が今机に放ったのは黄色に文字が書かれているやつだ。どちらもPeaceとあるのでそう思ったんだろうな。

 

 

「まあ大体合ってるな。中身は一応違うけど」

 

 

 説明してもよかったが、ロングピースがなんたらライトがなんたらと言っても興味ないかと思いそれ以上は言わなかった。

 

 

 火を点け、煙を吸う。ふう、と吐くこの自己陶酔にも似た余韻が煙草をやめられなくする。というかやっぱロングピース強いな。流石のタール量だ。

 

 …これでこのレベルなら両切りとか絶対無理だな。吸うとしてももう少し慣れてからだ。

 

 

 幾度と煙を吸っていると、特有の脳クラ(俺命名、名の通りクラクラするため)が襲い、どこかへトリップするような錯覚に陥る。この脳クラが俺の赤信号を示しており、灰皿に煙草を押し付け火を消した。

 

 

 その一連の流れを三浦は飲みもせず見ていた。

 

 

「どうした三浦。煙草吸いたいのか?」

 

 

「いや、別にそんなつもりじゃないけど…。なんか絵になるなあって」

 

 

「そりゃどうも。記念に1箱やるよ」

 

 

 隅に置かれた1カートンの中から1箱取り出し、ついでに平塚先生からライターを貰う前に使っていた100円ライターも渡す。

 

 ん?平塚先生からは20歳の誕生日にライターを貰ったのに100円ライターがあるのはおかしい?察してくれよバーニー。

 

 

「え?いやいや、悪いって。てかあーしも欲しいわけじゃないし」

 

 

 対する三浦はそれほど好意的な反応ではなく、返そうとしていた。

 

 

「…あれ見えるか?俺が持ってきたところの煙草」

 

 

 残り8箱ほどが並んでいるところを指さす。

 

 

「見えてるけど、それが?」

 

 

「で、だ。この箱何本入っているか知ってるか?」

 

 

「さあ。12本くらい?」

 

 

「20本だ。それで1カートンは10箱」

 

 

 ここまではいい。量が多くてもいずれはなくなるわけだから。

 

 だがしかし。

 

 

「これ賞味期限あるんだよ。大体半年ちょい先くらい」

 

 

「要は1日に何本も吸えないやつを1カートン間違えて買っちゃったから在庫処分してくれってこと?」

 

 

「なんであの時俺は酔っ払ってるのにコンビニ行ったんだろうな…」

 

 

 黄昏ながら缶を開ける。三浦は依然開けておらず、渡された煙草をまじまじと見ていた。

 

 

「シールのとこは全部取らないように気を付けろ」

 

 

「はいはい」

 

 

 言われた通り三浦は片方だけ開け、ぎっしり詰まった中から1本取り出した。

 

 

「ねえ、これどっちから吸うの?」

 

 

「白い方。線入ってる方だ」

 

 

 ああ、なるほどねと返して早速火をつけようとする三浦。ぎこちない手つきでライターから煙草に着火し、炙りすぎかと思うくらい火を当ててライターを消した。

 

 

 三浦は火のついた煙草に口をつけ、見様見真似で息を吸った(誰でも初めは見様見真似だけども)。むせることなく、それでいてしっかり肺に煙を溜めてから一気に煙を吐いた。

 

 

「あれ、あーしこれ案外行けるね。煙草って意外とちょろい?」

 

 

「煙草は初めから行ける人と行けない人がいるらしい。俺も前者だったから気持ちはわかる」

 

 

「…っふうー…。…ってあれ、なんなクラクラしてきた。ヒキオ〜、これヤバイやつ?」

 

 

「俺はいつもそこでやめてる。…けどお前の場合はまだちょっとだけしか吸えてないな。とりあえずそこまで来たらあとは自分のタイミングで消せばいい」

 

 

 わかった、と答えた三浦はそれから2、3度吸ってから火を消した。他の銘柄とは異なる独特の匂いが部屋を満たし、お互い吸い終わったというのにその後も余韻に浸っていた。

 

 しかし換気をしないわけにもいかないので一旦立ち上がる。三浦は初めての喫煙で柄にもなく緊張していたのか、糸が切れたように机に突っ伏していた。

 

 

 ベランダを解放し、網戸越しに部屋と外を隔てる。漏れ出す煙の後は目に見えないが、確かに消えていく。

 

 

 机に戻ると三浦はビールを開けようとしており、それに倣って俺も開ける。

 

 

「乾杯は?」

 

 

「しなくていいだろ」

 

 

 短く返すと、三浦はうんとも言わず口に運んだ。銘柄は以前飲んだやつである。

 

 

「ヒキオ」

 

 

「なんだ?」

 

 

「今日また余計なことしようとしたでしょ」

 

 

 余計なことって言うと、やはり優ちゃんの母親に言おうとしたことだろう。

 

 

「俺なら総合ダメージが少なくなると思ったからな。お前も親戚との仲が悪くならずに済む」

 

 

「でも」

 

 

「前のことみたいにはしないようにするつもりだった…けどもまあ、結局一緒だわな」

 

 

 ビールを呷ってそう漏らす。そう、結局同じなのだ。俺のやろうとしていることは確かにその場でのダメージ総数は少ない。しかしその後に発生する痛みは考慮していない。過去の俺は自分には(のち)に起きる痛みなんて、俺に関しては考える必要が無いと思っていた。それはひとえにぼっちだからと言う理由で片付けられるものであり、事実ある時期まではそうだった。あとは俺が傷つくことに慣れていたというのもある。

 

 

 しかし自分で言うのもなんだが俺の存在は希薄だった頃とは変容し、今にしたって俺が傷を受けることで三浦にも傷が行く可能性は拭えない。いや、以前の合コンで泣かせてしまっているあたり既にこれは確定事項か。俺のために泣く、なんてセンチでロマンティックなことは言わないが、助けてもらった(これも自分で言うのは躊躇われるが)ことに対して自身に不甲斐なさや憤り、果ては純然たる悲しみさえ抱くかもしれない。

 

 

 俺の考えていたことが透けて見えたのか、それ以上三浦は言及してこなかった。静寂に包まれる部屋には喉を通る液体の音しか聞こえない。

 

 

「…あ、そうだ」

 

 

 思い出したかのように三浦が呟く。俺は口を挟まず続きを待った。

 

 

「ヒキオなんか優ちゃんにめっちゃ好かれてたね」

 

 

「幼女の頃の好きなんて一過性だ」

 

 

「なんか幼女って呼び方キモいし。せめて幼児にしな」

 

 

 謎の忠告を受け、三浦は再度豪快にビールを呷った。

 

 

「また遊んでって言われたら遊んであげなよ」

 

 

「そん時はお前も一緒だよな?」

 

 

「当たり前。あーしがいなかったらヒキオ手出しそうだかんね」

 

 

 

 取り留めもない会話をそれからも続け、途中で酒が切れても俺と三浦は夜が更けるまで話していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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