もしも八幡とあーしさんが運命の赤い糸で結ばれていたら 作:しゃけ式
……ま、まあエイプリルフールだしね……?(震え声)
4月1日。冬の寒さは忘れ去られ、柔らかな陽気が空気を暖める。こんな日は散歩に出かけるのも、アウトドアで楽しむのも良いだろう。
……だと言うのに、俺はマイホームのベッドでだらだらと寝坊していた。まあ休日だからしゃーない。春眠暁を覚えずとはこのことだろう。
「八幡、はよ起きろし」
「優美子……。今日は仕事休みなんだから寝かせろ……」
寝転がる俺をゆさゆさと揺する俺の嫁(語弊ではない)。起きろつっても体感まだ8時ぐらいだろ……。
「……実はあーし、妊娠した、かも」
「!?!?」
ガバッと起き上がって優美子の表情を見る。その顔は人を小馬鹿にするような薄ら笑いで。
「タチの悪い起こし方だなオイ」
「エイプリルフールだからね。1回は嘘吐いておきたいし」
「あ、そ……」
「何か八幡見てたらあーしまで眠くなってきた……。えい」
ボスっ。寝そべる俺の隣に身体を投げ出した優美子はそのまま俺へしがみついてくる。抱きつかれたので抱きしめ返すと、いつもの温かさについ顔が綻びそうになった。
「朝から新婚みたいだし」
「もう結婚して2年は経つのにな。お前が俺のこと好きすぎんじゃねえの?」
「おっ、ヒキオも言うようになったね。出会った当初じゃ絶対言わないような言葉」
「言う相手がお前だからなぁ……」
「お褒め頂き光栄……ふあぁ……っ。眠っ」
むにゃむにゃとでかいあくびを漏らす優美子。春の陽気と布団に加えて人肌もあるからな。つられて俺もあくびしそうになる。
「……はぁ、眠い」
「あーし寝るから、八幡も寝ていいよ」
「構って欲しかっただけか」
「ホント、言うようになったし……」
軽口を叩きながら、優美子はすっと目を閉じた。これは多分寝落ちしたな。
……さて、俺ももう一眠りしようか。丁度良い暖かさだし、すぐに寝れることだろう。
襲い来る睡魔に、俺は身体を委ね──
………………
…………
……
…
「──はっ」
むくりと
視界に広がるのはかつての高校の教室。クラスのメンバーを見るに、これは2年生の頃だろう。
…………いや、待て。
は? 高校の教室???
「……うお、高校の制服じゃねえか。懐かしっ」
二つボタンのブレザーに白のライン。紛れもない、10年程前に着ていた制服だ。
ただ正直、まるで意味がわからない。何だこれ、夢か?
エイプリルフールだから? いや自分で言っておいてわけわからんな。
「おはよ、八幡」
「戸塚……!!!」
「わ、どうしたの八幡?」
JKの頃の戸塚を見れるんだからもう何でも良いや。戸塚万歳! 夢の俺グッジョブ!!!
「いや、変な夢を見ててな」
「そうなの?」
「おう。でも戸塚を見て吹き飛んだからオールオッケーだ」
「何それ、変な八幡」
戸塚はくすくすと笑い、また後でねとその場を後にする。懐かしいなぁ、この感じ……。戸塚たんマジとつかわいい。
「……そういや優美子はどうなんだ」
あいつはその頃の優美子なのか俺と結婚した後の優美子なのか。教室後方を一瞥する。
「結衣、もう1回聞くけど今あーしは何歳?」
「ええっ?! だから高校2年生だって言ってるよ?」
「……うわ、肌も若い。え、マジで……? ……あ!!!」
思い出したかのように俺の方を見る優美子。バチッと視線が合ってしまう。
……あいつも多分タイムスリップした側だな。俺の目を見て不安げだった顔が一気に霧散した。
「八幡!!」
「うおっ、優美子声でけえよ」
お前と逆側の席だからってそんなでかい声出さなくても聞こえるっつの。相変わらず距離感おかしいだろ。そこ、ぼっちが声小さいだけとか言わないように。
ずんずんとこちらへ寄ってくる。周りのやつめっちゃ見てんじゃねえか。
「八幡……は、あれ。八幡今何歳?」
「安心しろ。俺も同じだ」
「だ、だよね!? 何なのこれ、どういうこと!?」
「とりあえず落ち着け。お前はここに来る前に何をしてた?」
「何をしてたって、八幡起こしに行って、その後八幡と寝て、それで……」
つまり同じタイミングでこの世界に来たってことか。
……うん、ますますわけがわからんな。
「あ、あの。優美子……?」
気付けば由比ヶ浜もこちらへ来ており、おずおずと優美子の名前を呼ぶ。まあいきなりあんな錯乱した態度取ってりゃ心配もされるわな。
「あ、ごめん結衣。取り乱したし」
「うん、それは別に良いんだけど……」
良いのかよ。俺は心の中でツッコミを入れる。
「……さっきから何でヒッキーのこと“八幡”って呼んでるの? それに、ね、寝たって」
「「あ」」
そうか、高校の頃ってことは俺と優美子は仲が良いどころか関わりさえ殆ど無かったんだよな。再会したのは大学の頃だし。
「あ、あとヒッキーもヒッキーだからね! 優美子のこと下の名前で呼ぶとか……、セクハラだから!!」
「俺だけセクハラのライン厳しすぎだろ」
「とにかく! ちゃんと説明──」
言いかけたところでチャイムが鳴る。うお、このチャイム懐かしいな……。何年ぶりだ、これ聞くの。
鳴り終わりと同時にシワの殆どない若かりし平塚先生が入ってきて、席に着けとクラスに促す。由比ヶ浜はぐぬぬと唸って。
「お、お昼に全部話してもらうからね!!」
そう宣言して席に戻って行った。由比ヶ浜はいつになっても元気なやつだな、なんてジジくさいことを思う。
「じゃ、あーしも行くし。お昼はお弁当持ってあーしの席に来てね」
……昼はあの一軍メンバーと食べるのか。海老名さんと戸部以外は名前覚えてないぞ。
ま、何とかなるか。
◇◇◇
「はい、どういうことか説明して」
一軍メンバー+クソぼっち。異色も異色な組み合わせで食卓を囲む。クラスは困惑し、当の由比ヶ浜は既に裁判官モードだ。
「その前に葉山とか海老名さん他三人に何の話か説明した方が良くないか?」
「あーしもそう思うし」
「2人で通じ合ってる感出すのやめて」
「「……」」
今日の由比ヶ浜は圧が凄いな。あの優美子でさえ
「でもどうしてヒキタニ君とお昼を食べることになったのかな。いや、俺は全然嬉しいんだけどね?」
「隼人。ヒキタニじゃなくて比企谷」
「あ……ごめん。比企谷だったね」
「優美……三浦も、あんま怒るな」
「ヒッキー。優美子のことつい優美子って呼びそうになって三浦って呼ぶのも禁止」
「優美子もあんま怒るなよ」
「優美子って呼ぶのも禁止!!!」
姑ばりの難癖だなおい。しまいには喉かれるぞ。
「結衣。今から言うこと聞いても驚かないでね? あと怒らないで」
「……わかった。なに?」
「あーしと八幡は多分タイムスリップ? してるっぽい。あとその未来では結婚もしてる」
「「「……え?」」」
俺と優美子を除く周りのやつらが一斉にハモる。そういやハモるって言葉はレズるの遠い親戚感あるよな。
「ま、待てよ。てことは未来のヒキタニは優美子と付き合って……?」
「うるせえよ童貞風見鶏。てかさっき比企谷って訂正食らったの見てただろうが」
「比企谷口悪くね!? てか童貞ならぼっちの比企谷だって……。……あ、え? そういうこと? もしかして優美子と……?」
「「……」」
俺と優美子は顔を見合わせて沈黙する。
……いや、本人居るのにヤったとか流石に言えねえだろ。だから童貞風見鶏なんだよ。
「う、うわぁぁぁぁあああ!!!!!」
「あ、おいどこに……」
言い終わる前に童貞風見鶏は教室から逃げるように走り去っていく。あいつ飯もまだなのにどこに行くつもりなんだよ……。
「あ、そうだ葉山。お前雪ノ下を落とせるどころかお前の知らないところで(女の)恋人作ってたぞ」
「ななな、なんのことかな……? ゆゆ、雪乃ちゃんに恋人……?」
途端にガクガクと震え出す葉山。思った通りとはいえこいつの反応超面白いな。いつものイケメンが見る影もない。ざまぁ。
「八幡、流石に意地悪いし。恋人って言ったって結衣じゃん」
「ええ、あたし!? あたしは普通にノーマルだよ!? ……というより、あたしはヒッキーのことが……」
普通にノーマル、って何か面白いな。あと最後に呟いた言葉は無視する。火種になりかねんからな。
「……八幡。鼻の下伸ばすなし」
「伸ばしてねえよ。早とちりすんな」
「そ。まあ別にあーしも浮気されるとは思ってないけどね」
「する気もねえから安心しとけ」
「だ、だから通じ合ってる感出すのは禁止だってば!」
由比ヶ浜はバンバンと机を叩いて必死にぷりぷりと怒る。胸弾みまくりだな……。
「ヒキオ?」
「怒る時だけ昔の呼び名に変えるのマジやめろめっちゃ怖えんだよ」
優美子は炎属性なのに氷属性も持っちゃったらもうそれやべえじゃん。ニブルヘイムとムスプルヘイムの二重責めとか普通に死ねる。
「優美子、ヒキタニくん。一応聞くんだけど別にドッキリとかじゃないんだよね?」
それまで話さなかった海老名さんがおもむろに口を開く。まあそう訝しむのも当然だわな。
「だね。てか高校の頃のあーしとかそんなんするキャラじゃないでしょ。ましてぼっちの頃の八幡となんて」
「そっか。で、2人は寝てる間にこの世界に来たって解釈で良い?」
「うん。最後に覚えてるのは同じベッドで寝たところだし」
「ならもう1回同じ状況で寝てみたらどう? 家は流石に無理だろうけど、保健室のベッドで寝てみるとか」
「……なるほどな」
現状考えられそうな戻り方はそれだけか。ラノベとかだったら何かを達成したり黒幕をどうにかするもんだが、別段そういった要素は今のところどこにもない。
というか今更だが、俺結構順応してんのな。異世界転生したやつが転生した瞬間からその世界に馴染むのにずっと違和感を抱いていたが、もしかしたらこういうことなのかもしれない。
「じゃあ八幡、保健室行く?」
……いや、多分こいつも一緒に居るからか。優美子がいなかったら混乱して今頃どうにかなっていたかもしれない。この頃の優美子だと俺に冷たいからひょっとしたら死ねるな。その時は戸塚に告白してから死のう。
「そうするか」
「ふ、不潔だよ! ヒッキーも優美子も、2人っきりでそんなこと……!」
「はーい、結衣はこっちで落ち着こうねー」
「ちょ、ちょっと姫菜! あたしの話はまだ終わって──」
そのまま由比ヶ浜は海老名さんに教室の隅に連れていかれ、視線で合図される。腐ってるところを除けば本当に良い人だよな、海老名さん。
「んじゃ行くか、優美子」
「うん」
椅子から立ち上がり、いつもの様に手を差し出す。当たり前と言わんばかりに優美子はその手を取り、同じように立ち上がった。
流石に手を繋いで保健室に向かうことは無いが、隣同士で歩くのはもう慣れたものだった。
…
……
…………
………………
ふ、と目を開ける。そこは慣れしたんだ自室の天井で、隣からは規則正しい寝息が聞こえる。
「……夢だった、のかね」
独りごちる。優美子が起きた気配はない。
ま、普通に考えたら夢だろうな。タイムスリップなんて馬鹿げている。ありえた可能性よりも夢だったって方が何十倍も信憑性があるだろう。今では確かめる
……いや、一つだけあるか。俺は独りでタイムスリップしたわけではないし、それは落ち着いていられたその時の記憶がそのまま証明している。
「ん……」
優美子は閉じていた目をさらにギュッとして、薄目を開ける。どうやら優美子も起きたようだ。
「おはよ、八幡」
「ん、おはよう」
さて、さっきの記憶は本当だったのか夢だったのか。
ひとまずは、“高校生の頃の肌はどうだった?”とでも聞いてみるとしよう。