もしも八幡とあーしさんが運命の赤い糸で結ばれていたら 作:しゃけ式
「ゔゔ〜……、就活まじウザイ……」
「気持ちはわかる」
夜中の12時。今月に入ってまだ10日だと言うのにすでに4回目の宅飲みで、今日も今日とて同じことを唸る。
三浦の着替えはもう一式が3つほどうちに常備されており、当たり前だが付き合う前に比べて泊まっていく頻度が格段に増えた。あとはまあ、付き合ってる男女がすることつったらな? 具体的には言わんが。
「終電無くなるぞ」
「は? もしかして泊めないつもりだったの?」
「一応言っとかねえとお前怒るだろ」
「バイト先もこっから近いし寝心地も良いし、ここ良いんだよね〜。もうここに住みたい気分」
ぐでーっと体を机に投げ出し、伸ばした腕が飲み干された缶ビールに当たって倒れる。正面に座っていたため床に落ちる前に俺がそれを置き直す。
……今日の三浦は一段と酔ってるな。それだけ就活のストレスが大きいのだろう。
「あ」
「なんだよ」
突然三浦が声を漏らす。酔っ払い特有の突拍子もない発声だろうか。
「あーしここに住めば良くない? 家賃とか光熱費とか家事も半分になるし。やばっ、あーし天才じゃね?」
「プラグマティックな考え方だな」
同棲しようという提案。こいつは本当に後先を考えて言っているのか、こういう時不安になる。
「大体家具とかどうするつもりだよ」
「まあその辺は適当に? つっても二人暮らしだと流石に狭いか、ここじゃ」
元々一人暮らし用の部屋なのだ。現に今も泊めたりはするが、もう一人分の家具が入るかと言われたら首を捻らざるを得ない。
「本当に二人で暮らすんだったら、もう少し大きいところに引越しするべきだな」
「お、もしかしてヒキオも乗り気な感じ? 良いよ良いよ、あーしもヒキオと四六時中一緒にいたいし」
「酔いすぎだ」
「ヒキオもあーしと一緒にいたいっしょ? 結婚したいくらい好きっしょ? ちなみにあーしはそんくらい好きだし」
…………。酔うと思ったことはベラベラ言ってしまうが、それにしてもこいつは恥ずかしいことを言う。俺はあまり酔っていないため、三浦ほど開けっ広げに言葉を紡ぐことが出来ない。いや、流石にベロベロに酔ってない限りはあんなこと言えないか。
「まあ、なんだ。あれだよあれ。99本の薔薇的な、そんな感じだ」
「いやいや、99本も薔薇あったら流石に匂いやばいし」
「そういうことを言ってるんじゃなくてだな」
「そうだ、ならお試しで1週間ここに住んでみるのはどう? やばっ、あーしこれ今世紀最大の思いつきじゃね?」
薔薇のこと、というか俺の好きの大きさなんて何処吹く風。三浦はまた新たに変なことを思いつく。
「良いじゃんこれなら家具とか関係ないし。ヒキオはどう? 嫌?」
「1週間なら、まあ」
「おっけ。なら今日からスタートね! てことであーし風呂入ってくる」
急に立ち上がってタンスを開ける。中には三浦の着替え一式が入っており、それを持って脱衣所へと歩いていく。
にしても、同棲の真似事か。正直なところ上手くいく確率は40%くらいじゃないだろうか。俺は基本1人の時間を邪魔されたくなく、三浦もそこは知っているはずだが一緒に住みたい理由はただ一緒にいたいからだ。過ぎたるは猶及ばざるが如しとは言うが、まさにこの言葉が当てはまるような気がする。
やることがないので煙草を手に取る。そう言えばまた値段上がるんだよな。そんなことするくらいなら累進課税の度合いを引き上げるなりなんなりしてくれ。庶民に必需品の値上げは大打撃になるんだよ、マジで。
火をつけて初めの不味い煙を口内で留め一気に吐き出す。その後の丁寧に吸った煙を肺へ溜め、ゆっくりと吹く。この時間も邪魔されたくないものの1つだな。浸れる時間はあるに越したことがない。落ち着いた時間が何よりの娯楽だ。
「ヒキオー!! バスタオル無くないー?」
……と、早速邪魔が入る。まだそれほど時間は経っていないので風呂に入る前だろうが、服くらいは脱いでいそうだ。
「後で持ってく」
声を張り上げずに、しかし聞こえるギリギリのラインで答えた。多分干しっぱなしになっているのだろう
「ヒキオも一緒に入るー?」
「入らねえよ!」
……これは前途多難なのか? 吸っていないのに短くなる煙草を少し勿体なく感じながら、灰皿の上に置いてベランダへと向かった。
◇◇◇
翌朝、俺は肉の焼ける音によって起こされた。スマホの時計を確認すると時刻は8時。起きるには丁度良い時間だ。
回らない頭でロフトを降りると、音の正体は三浦の作るベーコンエッグからだった。
「おはよ、ヒキオ。はよ顔洗ってくるし。あと歯磨き」
まるで母親のようなことを言う三浦に、言われるがまま洗面所へ向かう。いつも通り冷水で顔を洗い、ピンクの隣にある俺の歯ブラシを使い歯を磨く。その最中に肉の焼ける音は止まり、微かにだがコトっという皿をテーブルの上に置く音が聞こえる。昨日は同棲の嫌な面を早々に見せられたが、共同生活にはこういう面もあるのか。そう考えると同棲も悪くなさそうだ。
「歯は磨けた?」
「同棲を意識してんのか知らんけどオカン属性が増したな」
「意味わからないこと言ってないで早く食べるし」
皿の上に盛り付けられたのはベーコンエッグと千切りのキャベツ。味噌汁はインスタントだろうが(というかうちにはそれしかない)、それでもお手本のような朝ご飯が並んでいた。
「二日酔いは大丈夫なのか?」
「事前に薬飲んでたから余裕だし。まあコンビニのだけど」
三浦にしては用意周到なことだ。感心しながら、手を合わせる。
「「いただきます」」
食前の挨拶を済ませてから、朝ご飯を食べ始める。こんなにしっかりした朝ご飯は三浦が来る時くらいで、自然とご飯が進む。窓から見える空は心地の良い快晴で、それも相まって清々しい気分になる。正面には付き合ってる彼女もおり、これはまるでリア充のような朝だ。チュンチュン鳴いてる小鳥も俺を祝福してくれているかのようである。
「どしたしヒキオ。なんか顔がキモい」
「……自分の彼氏に向かってキモいとか言えるのは少数派だろうな」
しかも顔をピンポイントで指すやつな。
「彼氏相手に我慢ばっかするカップルなんかすぐ別れるし」
……まあ、それは否定しない。というより否定出来ないか。正確には我慢ではなく遠慮だったが。
「あーし今日は昼から面接だけど、ヒキオは?」
「俺は特に何もない。夜何か食べたいもんあるか?」
「ボルシチ」
ボルシチって確かロシアだよな? 賢くて可愛い生徒会長が作ってた気がする。あ、いろはすじゃなくてスクールアイドルの方ね。というか一色は別に賢くない。ほらそこ、スクールアイドルの方も賢くないとか言わない。
「わかった」
「……なんかこういう会話良くない? ちょっとカレカノっぽいし」
元から彼氏彼女だろう、などと無粋なツッコミはせずに、だが恥ずかしくなって視線を逸らした。
「ほんじゃ、家帰ってスーツ着てくるし。次ここ帰ってくるのは夕方くらい?」
「了解。頑張ってこいよ」
「言われなくとも受かってくるし」
そう言ってVサインを作る三浦。自信の満ち溢れる表情からは、とても失敗する姿なんて見えてこなかった。
◆◆◆
「ただいまー。ヒキオ、ボルシチ出来てる?」
「おかえり。豆見つからなかったからペリメニにした」
午後6時。ご飯の時間には丁度良い頃合いに帰ってこれたな、と香ってくる匂いも相まってそう感じる。
「ペリメニってあれ? ロシアの餃子亜種みたいな?」
「おう」
正直今朝のボルシチは適当に言ったけど、これはヒキオなりの頑張りっぽいよね。ロシア繋がりだし。
「スーツで来たってことは直帰か」
「まあこれから一々家に取りに帰んのも面倒臭いしね」
ヒキオは私との会話の傍ら皿によそって夕飯の準備をしてくれている。私は私でスーツを脱ぎ適当なハンガーに引っ掛け、吊るした後はここに置いてある服を適当に着ていった。
「ほれ」
机の上には餃子にしては小さく、そして餃子にしては水っぽい丸いのがお皿に並んでいた。水餃子というには水分が足りないが、それに近いものを感じる。
もう1つ、ミネストローネが並べられていた。どれもヒキオの家では食べたことのないもので、私が少し驚いていると。
「まあ文句ならクックパッド先生にな」
と、すぐに私の考えてることを読み取って先手を取る。いかにもヒキオらしい行動の一つだ。
「じゃあ食べるか」
「うん。いただきます」
「いただきます」
もう一人暮らしも長いからか、ヒキオの料理は普通に美味しい。時たま同じく一人暮らしをしている私よりも美味しいものを作る時があり、女として負けた気分になる。今日のこれもその例に漏れず、思わず口をついて美味しいと言ってしまうレベルだ。ただ、言ったとしてもヒキオは。
「それは何より」
などと軽く流してしまう。その当たり前といった態度が余計に敗北感を際立たせるのに。そんなことを思ってしまう時点で敗北なんだろうけどね。
「ごちそうさま」
「ん。お粗末様」
私はヒキオの皿を私のものと重ね、そのままシンクへ持っていく。ついでなのでそのまま洗い出すと、ヒキオはすまんと声をかけてからタンスをごそごそと弄り出した。背を向けているため何をしているのかはわからないが、まあ普通にお風呂に入るためにパンツとかシャツを引っ張り出しているのだろう。
「今日は先風呂もらうわ。まあつってもシャワーだけど。三浦は湯船浸かるか?」
「あー、ならお願いしようかな」
「はいよ」
シャワーついでにお風呂も洗ってくれるらしい。なんというか、こういうワークシェアリング? って凄い良い感じだね。お互い効率的なのを意識するタイプだし、やっぱ私達って相性良いのかも。
ま、ヒキオに言ったら間違いなくあしらわれそうだけど。
12時半。そろそろ眠くなってきたので私はいつものようにベッドへ向かう。ヒキオはこれまたいつも通りと言わんばかりにロフトへと歩き出す。
そう言えば、この問題残したまんまだったな。
「ヒキオー?」
「なんだ?」
階段に手をかけたところで振り返る。眠そうな顔はいつもよりも子どもっぽい。
「あーしら一緒に寝ない?」
「……悪い、今日は眠くてな。昼間変に散歩なんかするんじゃなかった」
「違うしバカ! そっちじゃなくて普通に!」
「ん、ああ成る程。すまん、寝惚けてた」
目を擦りながら謝罪するヒキオ。別に嘘だと思っていたわけじゃないけど、思ったよりも眠そう。
「その眠気ってさ、もしかしたら昨日布団で寝たってのもあるんじゃない?」
「まあ否定は出来ないわな」
「シングルに2人は狭いかもだけどさ、それでもやっぱいつも寝てるとこで寝るべきじゃない?」
「……正直今更感が凄い」
「だ、だって今までは同棲とか考えてなかったし!」
それに2日連続泊まることも殆どなかった。だからこれは良い機会だと、無理にでも自分を納得させる。
「……あれか、本当は一緒に寝たい的な」
「は?! いやヒキオ、いくら寝惚けてるからってそれは言うもんじゃないし」
「思ってないのか?」
「……いや、まあ思ってるけど」
「じゃあ今日は俺もベッドで寝る。ほら行くぞ。眠過ぎて寝そうだ」
「ぷっ、それそのまんまだし」
フラフラのヒキオを支えるようにして、私達はベッドの置いてある部屋へと歩く。ベッドに着くなり倒れ込んだヒキオをしっかりと壁際の奥へ押し込み、空いた手前の方へと私も潜り込む。
やっぱり暖かい。最後に投げ出されていたヒキオの右腕を、私の背中、つまり私を抱き締めるような形へ持ってきてから、私は目を閉じた。