もしも八幡とあーしさんが運命の赤い糸で結ばれていたら   作:しゃけ式

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今更ですが、作者はオリキャラを出すのが好きではありません。展開上やむなくだすことはありますが(今回みたいに)、名前は極力つけないようにしています。つけるとしてもモブネームとかですかね。名字だけとか。





3話

 それからも王様ゲームは続き、一段落ついたのはそれから20分くらいした後だった。

 

 

「ごめん、ちょっとトイレいい?」

 

 

 茶髪がそう言って席を立つと、余っていた取り巻き2人もコバンザメのように追いかけて行った。取り残された俺はどうしたらいいんだよ……。

 

 

 仕方なく残っていたビールに口をつけ、煙をはく要領で息をつく。煙草を吸い始めてからついた癖だ。

 

 ……無言が続く。どうしようか悩んだ挙句、とりあえずこの場を離れることが最善だと考えた。

 

 

「すまん、ちょっと外で煙草吸ってくるわ」

 

 

 立ち上がり歩き始めてから言い残す。ライターは首に掛けてるし、ピースもポケットに入れてある。そのまま個室を出ようとすると、思いもしないところから声が上がった。

 

 

「ね、あたしもついて行っていい?あたし人が煙草吸うところ見るの好きなんだ〜」

 

 

 俺の左隣のやつがそう言って立ち上がる。別に断る理由もないので首肯だけして、ふと三浦の方へ視線を向ける。

 

 1人でスマホをいじっているようだったので目は合わず、声をかけるともなしに俺と隣のヤツは外へ出た。

 

 

 

 

 

 肌寒い空気がまとわりつく。こんなのに抱きしめられても冷える一方だな、とかくだらないことを考えながら煙草を取り出す。てかなんでライターはつけても暖かくならないんだろうな。寒さは増すばかりである。

 

 

 ゆっくりと煙をはく。この場合は吹くといった方がいいだろうか。3日ぶりに味わう煙は想像以上に感慨深く、体の芯から落ち着いていくのが感じられた。

 

 

「比企谷くんってさ、今彼女いる?」

 

 

「…ああ」

 

 

 そういや、こいつの存在を忘れていた。煙草を吸う時はいつも1人で、ともすれば他のことも1人ではあるが、ともかく意識すらしていなかった。

 

 

「え、いるの!?」

 

 

「ん?ああすまん、彼女はいないぞ」

 

 

 彼氏なんてもっといないがな。言わないのは言わずもがなではなく、ホモの発想すらこいつみたいな人種はないと思ったからだ。

 

 

「そっか。……ねえ比企谷くん」

 

 

「?」

 

 

「月、綺麗じゃない?」

 

 

 言われて見上げると、雲間には半月とも言えない中途半端な月が鎮座していた。

 

 

 肺に溜まった煙をかざすように吹きかける。一瞬曇る月に美しさは感じず、ただそこに“ある”としか思えなかった。

 

 

「俺に情緒はわからん」

 

 

 濁すことしか出来ず、その返答に不満を持ったのかそいつはそうとだけ短く答えた。

 

 

 そしてまた静寂が訪れる。もしも相手が三浦ならば会話は続くのだろうか。そう考えるくらいには、あいつとの会話は自然なものに感じられた。

 

 

 ……まあ、アルコールのせいだったかもしれないがな。

 

 

 このまま2本目に突入しようかと再度ポケットに手を突っ込むが、ついてきていたやつが寒そうにしていたのでやめた。いくら自分から来たとはいえ、これ以上待たせるのには抵抗がある。

 

 

 戻ろうと踵を返すと、服の端をつままれた気がした。

 

 振り向くと案の定、若干俯きながら何かを言おうとしていた。

 

 

「ね、ねえ比企谷くん。…連絡先、交換しない?」

 

 

 かじかんだ手を重ね合わせながら、間にはスマホが握られていた。

 

 

 これは狙われていると考えていいのだろうか?正直数合わせに使われただけなので無理にそんなことはしたかなかったのだが、逆に断れるかと言うと俺にそんなレベルの高いことは無理だった。

 

 

 結局俺は頷くしかできず、なすがままに連絡先を交換した。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「お、戻ってきたね!じゃあ続き始めよっか!」

 

 

 私の前の茶髪はヒキオ達が帰ってくるなり、そう提案した。ヒキオはなんともなさそうだが、あいつが妙にほくほく顔なのが少し気になった。さては連絡先でも交換したのだろうか。

 

 

 お決まりのコールがなされると、今度はヒキオが王様になったようだ。今日は初めて王様をやるので(そもそもヒキオの人生の中では王様ゲーム自体が初かもしれないが)、若干戸惑っているように見えた。

 

 

「あんま緊張しなくても、適当にしたらいいよ」

 

 

 私がそうアドバイスすると、ヒキオはすまんとだけ言ってから命令を下した。

 

 

「じゃあ2番は残ってるアルコールを一気飲みで。もちろん自分のだけな」

 

 

 当たった2番の取り巻き2はえ〜、比企谷くん結構えぐいね〜なんてぼやきながらも飲み干した。元々残り少なかったからとはいえ、確かにえぐい。

 

 

 意図せずだろうけど、こんな命令したら過激化するに決まってる。とりあえずは水面下でさぐり合いをし、どこかで均衡が崩れたら一気に攻める。崩すには充分の命令だった。

 

 

 王様だーれだ、あ、俺?ラッキー!

 

 

 茶髪が1人で騒ぐ。そのラッキーの意味は果たして王様になれたからなのか、問い詰めたくもなったが下手に口は挟まない。というよりも、流れを作れるからだと言わなくても透けているからね。

 

 

「じゃあ1番と4番が、ポッキーゲームで!俺丁度ポッキーもってるし!」

 

 

「は、はぁ!?それすんの?!」

 

 

「あれ、三浦さんもしかして当たっちゃった?」

 

 

 下卑た笑を浮かべる茶髪に取り巻き1、2。

 

 

「いや、まああーしは3番だけど…」

 

 

 ヒキオが蒼白になった時点で察しはつく。盗み見ると割り箸には4番と書かれており、残る1番は誰かと見渡すと存外あっけなく見つかった。

 

 

「うっそ、マジで…?ちょーラッキーじゃん…!」

 

 

 当たったのは例のヒキオ狙いを公言したあいつ。嬉しさを隠そうともせず噛み締めていた。

 

 

 ……なんでだろ、ほんの少し。ほんの少しだけ胸にもやがかかる。

 

 

「…なあ、これマジでやらなきゃダメなのか?」

 

 

 さすがにこれは冗談では済まないと感じたのか、ヒキオは茶髪に尋ねた。しかし答えなんて。

 

 

「そりゃ王様の命令は絶対だし?臣民は王の前にひれ伏せ!なんてね〜」

 

 

 ケラケラと笑う3人組。机を叩いて黙らせたい衝動に駆られるが、断行するほど子供ではない。

 

 

「じゃあ……、しよっか?」

 

 

 まさに水を得た魚。ここで落とすと言わんばかりの意気込みに、私は大きなため息をつく。

 

 

 別にヒキオなんてどうでもいいし、なんであーしがこんな思いをしなきゃいけないのさ。

 

 

 無理に納得をさせて、顛末を見守る。

 

 

 

 

 ──それが出来れば本当に大人だったのにね。気付いたら私は両手で机を叩いていた。

 

 

 

 

 驚く一同に物怖じせず見返す私。それが不審の目に変わるのに時間はいらなかった。

 

 

 

 隣で息をつく音が聞こえる。まるで煙を吐くような仕草に、一瞬だけ目が奪われた。

 

 

 そして次の行動に私は一瞬以上目を奪われざるを得なかった。

 

 

 

 

 

「はあぁぁ………、やっぱ王様ゲームとかくだらねえわ。なんで好きでもないやつとこんなことしなきゃダメなんだよ。大体俺数合わせに使われただけだろ?てか三浦、お前が1番しらけたわ。場の“ノリ”を考えろっての。………帰るわ」

 

 

 

 

 

 全員が唖然とする中、ヒキオはおもむろに立ち上がり5000円札を机の上に置いて部屋を出ていった。

 

 強ばった空気が解けるのは、それから少ししてからだった。

 

 

「……何あれ、マジで意味わかんないんですけど」

 

 

「超最悪。なんか冷めちゃった」

 

 

 その後は男勢からもヒキオの悪口が出てき、男女は悪い意味で盛り上がっていた。

 

 

「ね、優美子もそう思うでしょ?あれはないって!!」

 

 

「…え?まあ……、かな」

 

 

 しどろもどろになりながら、かろうじて返事をする。

 

 

 

 ……これが前に言ってたやつなんだよね、隼人。現に私は非難されてもおかしくなかったのに、今は完全に被害者扱いだ。

 

 

 

「ごめん、ちょっと帰るわ。金はまた今度返すから」

 

 

 鞄を持って個室を飛び出す。もう後ろ姿すら見えないヒキオを、どうしてか私は見つけられると確信しながら走り出していた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「とは言ったものの、どこに、いんのさ……、はぁっ」

 

 

 髪は乱れ、息は切れ、汗で濡れる。あれから1時間は走り通しで探したが、見つからない。

 

 

 

 やっぱり小説みたいに都合良くはいかない。わかっていたはずなのに、どこか期待していた自分がいた。

 

 

 

 人のいそうな場所、具体的には駅や繁華街など行ける場所は行き尽くしたのに、影すら見当たらない。泣きそうになる心を抑えてまた走る。

 

  

 残ってるのは人通りの少ない路地や川沿いの道だけ。確率で言うとさっきよりもぐんと下がるが、探さないよりはましだ。

 

 

 ──なんでこんなにムキになっているんだろう。そんな疑問すらその時は湧いていなかった。

 

 

 

 

 住宅街を抜け、路地を抜け、残る河川敷に着く。ここがダメならもう諦めるしかない。

 

 

 ここは開けた場所なので辺りを一望できる。見渡す限りに人はおらず、再度見直すがやはりいない。

 

 ここまで来て見つけることが出来ない。そう思うと急に力が抜けてへたりこんでしまった。

 

 

 涙が溢れる。その理由は苦労が報われなかったからか、見つけることが出来なかったからか、単に疲れたからか。

 

 

 それともお礼と文句すら言えない惨めさからか。

 

 

 かつて結衣が言っていたことを思い出す。ヒキオはその後の相手の気持ちを考えずに助けてしまう。例えそれが自分を傷つけることになっても、かえりみず。

 

 

 その時の私はなんて思っただろうか。多分だけど、そんなのただのキザ野郎じゃんとかじゃないかな。そんなのに熱を上げる結衣はどうかしてるとまで思った。

 

 

 だけど話を聞くのと実際に体験するのでは嫌でも違いを思い知らされる。結果論だけを見れば総合ダメージ量は最も少ない。最大多数の最大幸福というやつだろうか。

 

 

 けど幸福のあとのダメージは?あんたが傷つくことで受ける私の傷は?

 

 

 答えなんて出ない。ヒキオに逢えないのが、まさかこんなに辛いとは夢にも思わなかった。高校生の頃の私に教えても全く信じないだろうね。

 

 

 止めてもまた流れる雫は月に輝いているのかな。これはヒキオのことを考えないようにする思考の逃げだと理解しながらも、思わずにはいられなかった。

 

 

 

 甘い香りに包まれる。その意味を理解するのも放棄し、涙を拭う。その匂いが最も涙を止めるのに。

 

 

 

 

 

「……汗だくじゃねえか、三浦」

 

 

 

 

 

「……ヒキオ………?」

 

 

 

 

 

 見上げる先には、今私が1番逢いたかった相手が立っていた。手に挟んだ煙草からは柔らかな煙が溢れてる。

 

 

「…なんでそんな状況なのかは聞かない。ただまあ、とりあえずだな」

 

 

 私は何も言わずに続きを待つ。ヒキオはしゃがみこんで私と視線を合わせ、頭に手を乗せた。

 

 

「……悪かった。泣かせたみたいだな」

 

 

「…ぷっ、キザすぎ…んでしょ……っ」

 

 

「…泣くか笑うかどっちかにしろ。顔がぐしゃぐしゃだ」

 

 

 照れた顔を掻くヒキオは、まるで子供みたい。普通なら飛びつくなりするのかもしれない。けど私にそこまでのことをする度胸はまだない。

 

 

 漂う煙に心地よさを感じながら、再度ヒキオは口を開いた。

 

 

 

「なあ、今日の月って綺麗か?」

 

 

「……あーしには綺麗に見えるよ。あんたは知らないけどさ」

 

 

 急に何を言い出すのか。突拍子のない質問に、素直な言葉を述べる。

 

 

「俺はさっきまではなんも思わなかったんだがな」

 

 

 本当に何の話だ。そう突っ込むより早くヒキオは続けた。

 

 

 

 

「ただ何か、今は綺麗に見えたんだよ」

 

 

 

 

 不思議なこともあるもんだ。そう括り、ヒキオは煙草の火を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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