もしも八幡とあーしさんが運命の赤い糸で結ばれていたら   作:しゃけ式

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お待たせしました。文句ならメラルバに言ってください(責任放棄)



26話

 朝の光に自然と起こされる。遮光というには少々光を通しすぎなカーテンを恨めしそうに見た後、いつもの俺のルーティーンにならって洗面所へと向かう。冷水で顔を洗い、コップの中に入った1本の歯ブラシを手に取り歯を磨く。咬合面から歯の前面、裏面へと動かしていく。

 

 ふと先ほど歯ブラシを入れていたコップに目をやる。そこには何ヵ月か前までピンクの歯ブラシが入っていたが、由比ヶ浜と付き合うことになり三浦が捨てておけと言い捨てたのだ。それを捨てた時初めて人と付き合っているんだという自覚が芽生えたが、今となってはそれも前のことだ。現にその時の相手とは俺は別のやつを選び、見ようによれば乗り換えたと言われてもおかしくはない。そこにどんな思惑が交錯していようと、結果だけ見れば俺だってそう見なすだろう。

 

 口をゆすぎ、水を吐き出す。最後にコップで吐いたところを流してからキッチンへと向かう。これもまたルーティーンであり、トースターの隣に置かれたトーストを1枚取り出してセットした。

 

 

(午前中は何をしてようか)

 

 

 時刻はまだ午前8時。13時から三浦と総武高へ行くのだが、それまでの暇な時間をどう潰すか頭を悩ませる。俺も三浦のように授業があれば良かったのだが、生憎今日は何もないためそれも叶わない。といっても積ん読状態の本や積みゲーなんかも残っているため、それほど暇で嫌だという感じはしないが。むしろ暇で喜ぶまである。就活なんざとっとと決めてこの自堕落な生活を早く過ごしたい。具体的には1年くらい暇なのを嘆きたい。

 

 

 ……散々働かないなんて言ってはきたが、結局働く前提なんだよな。世間はなんと世知辛いことか。てか働かないと生きていけないとか社会ってマジ檻だな。ピーターパンシンドローム拗らせすぎたら夢の国とか行けたりしねえのか。

 

 

 トーストが焼けたのを確認し、皿に移して机へ持っていく。12月も近いこの季節は炬燵が本当に欠かせない。控えめに言って凍死するレベル。皿から伝わるトーストの熱に頬を緩ませ、足早に炬燵へと急ぐ。

 

 

 ブーッ、ブーッ。

 

 

「ん、メールか」

 

 

 マナーモードのスマホが机の上で鳴動する。青のランプはメールを示しており、こんな朝からモバゲーさんも大変だな、なんて軽口を叩きながら一応確認する。

 

 送り主は馴染み深いinfo@mbga.jpさんではなかった。勿論すぐに返信を返してくれるメーラーダエモンさんでも、密林でもない。相手は川崎と予想だにしないやつで、それこそこんな朝からなんだと若干だが訝しむ。

 

 

 内容は単純に『会って話がしたい。10時くらいに会いたいんだけど』という簡潔なものだった。正直川崎に呼び出される理由が全く思い付かず、少しの恐怖も覚えながらいつでも良いと返信する。次に返ってきたのはトーストを食べ終えた辺りで、なら10時に俺の家の前に来るとのことだった。俺は了解とだけ返し、それまでの2時間をどうするかという贅沢な悩みに体を委ねた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「ごめん、待った?」

 

 

「別に俺ん家の前だから待つも何もねえよ」

 

 

 2時間は思いの外早く過ぎ、あっという間に川崎と会う時間になった。待ったと訊いてきてはいるが10時まではまだ10分以上あるため、待たせはすれど待ちなんてするわけがない。家の前ならなおさらだ。

 

 川崎の服装はラフなもので、三浦や由比ヶ浜のようにガチガチに決めてくるような感じではなかった。俺が女ならまさにこんな服装をするだろう。そういった、語弊を恐れずに言えば地味目のコーデだ。

 

 

「で、どうしたんだ」

 

 

 言いながら玄関を開ける。わざわざ会いたいと言ってくるのだ。メール上で出来るような簡単な話をするために来たのではないはずだ。

 

 

「あ、お構い無く。どうせすぐ帰るから」

 

 

 しかし予想に反して内容は簡単なものらしく、中途半端に開けた扉を閉め直した。俺は何も口を挟まず川崎の言葉を待つ。対する川崎はあー、やえっと、などまるで俺みたいな吃り方をしていた。そのまま外気の寒さに耐えそのまま待っていると、ようやく川崎は本題を切り出した。

 

 

「あの……、あんた、その、あれ。三浦と付き合いだしたってマジ?」

 

 

「ん。大志からか?」

 

 

 俺に知る由はないが、三浦は由比ヶ浜とちゃんと納得の行く決着をつけたようで、その日から俺と三浦は晴れて公式に付き合う形となった。三浦はその後小町にも伝えたようで、その流れで恐らくは大志に伝わったのだろう。

 

 

「だね。バレンタインの時もアンタら一緒にいたけど、正直付き合うとは思わなかったよ」

 

 

 川崎はぎこちない笑顔でそう告げる。どう反応すればいいのかわからず、とりあえずありがとうと言おうとする。しかし川崎はそれやり早く口を開いた。

 

 

「あのさ、もしあたしが──」

 

 

 その後の言葉は継がれなかった。冬の冷たい静寂だけが残り、俺はというと鼓動のピッチが少し上がっていた。

 

 

「川崎?」

 

 

「え? ああごめん、やっぱなんもない」

 

 

 今度は困り笑いを浮かべ、誤魔化すように場の雰囲気を変容させる。

 

 

「ちょっとビビった」

 

 

「何が? アンタがビビるとかよっぽど……、いやそうでもないか」

 

 

 失礼な。だがそれを口に出さないのは図星だからである。くすん。

 

 

「あのフレーズは普通告白の時のやつだろ。ぼっちにああいうのはやめとけ。勘違いされて粘着されるのがオチだ」

 

 

 ソースは俺、と言おうとしたがそれも心の中で留める。確実に引かれることを言う馬鹿はいないからな。この辺は高校時代にしっかり学ばさせてもらったよ。

 

 ……まあ今の発言がそもそもぼっちってのを否定しているようなもんだがな。

 

 

 言われた川崎は目を丸くしたが、やがて耐えきれなかったのか吹き出した。

 

 

「あははっ、ここでそれ言うんだ」

 

 

「?」

 

 

「気にしなくて良いよ。……あたしが比企谷に告白とか」

 

 

 そこで少し間を置く。妙なところで切る川崎を不思議に思いながら、しかし突っ込みはしない。

 

 

「……ま、ないよ。安心しな」

 

 

「今の溜めには万感の思いが込められてそうだな」

 

 

「アンタは察しが良いのか悪いのかよくわからないね。ホント、三浦はこんなやつのどこが好きになったんだか。……あれ」

 

 

 川崎が視線を外へやったので何かと思い釣られてそちらを向くと、予想外の客がこちらへ歩いてきていた。

 

 

「まあそういうことだから。あたしは帰るよ。雪ノ下も来てるし」

 

 

 そう言って川崎はこの場を離れ、雪ノ下とのすれ違い様に何か言い合ったようだったがここからは聞こえなかった。その場で待っていると雪ノ下はすぐに到着し、こほんと咳払いをした。

 

 

「待たせたわね」

 

 

「いや別に待ってねえよ」

 

 

「……待たせたわね」

 

 

 いつもと違う様子の雪ノ下。このまま続けるとRPGよろしく無限ループに陥る気がしたのでとりあえず肯定しておく。

 

 

「中に入りはしないわ。……なんたって人様の彼氏だもの」

 

 

「お前は由比ヶ浜からか」

 

 

「ええ、そうね。というかそれよりも私としては由比ヶ浜さんと付き合っていたことに驚いたわ」

 

 

「……」

 

 

 下手に口を挟めば死ぬ。別に雪ノ下を除け者にしたという意識は毛頭ないが、雪ノ下直々にそのことを伝えられて戦々恐々とするのは無理もないだろう。

 

 だが雪ノ下の顔色を伺ってみると、別段そういった気があるとは思えなかった。ただ純粋に驚きを覚えたとしか感じず、一先ずは息をつく。

 

 

「懐かしいわね」

 

 

「何が」

 

 

「ディスティニーランドのこと。あの時私が言った言葉、まだ覚えているかしら」

 

 

「いつか私を助けてね、ってやつか」

 

 

 忘れもしない。忘れるわけがない。ある種羨望さえ感じていた雪ノ下に初めて頼られたあの日は、嬉しさや意気込むといったものよりもまず驚愕を覚えた。ちょうど雪ノ下が俺と由比ヶ浜の関係を知ったときのように、ただ純粋に他人事のように思えた。最終的には今になっても雪ノ下を助けたと思えるような出来事はなく、ただ時間だけが過ぎていた。

 

 

「実は私あなたのことが好きだったのよ。勿論恋愛的な意味で」

 

 

「そうか」

 

 

「あら、意外と驚かないものね。ならもし私が付き合ってくれたら私を助けたことになる、なんて言ったとしても?」

 

 

「絶対に起きない仮定に答えることほど無駄な時間はないだろ」

 

 

「……ふふっ、そうね。私はあなたのことを好きとは絶対に言わないわ」

 

 

「えっ、そこから嘘なの? 思ってたよりも前から嘘じゃねえか」

 

 

 なんか俺が雪ノ下からは好かれてて当然と思ってるみたいになったじゃねえか。というかこんな状況雪ノ下なら──

 

 

「自惚れもそこまで行くと滑稽なものね」

 

 

「お前の罵倒は結構堪えるんだよ……」

 

 

 勿論弄ってくる。なんなら開いた傷口に業務用の塩を余すところなく塗りたくってくるくらいだ。この懐かしささえ感じる会話に俺は自然と笑いが込み上げてき、それは雪ノ下も同じだった。

 

 

「三浦さんのこと、大切にしてあげなさい。()()を振ったことを考えたら当然よね?」

 

 

「肝に銘じておく」

 

 

 満足したのか、雪ノ下はそれじゃと言って来た道を引き返す。俺はさようならもじゃあなも、またなさえも言わなかった。恋愛関係がなくとも俺達は繋がっている。臭い台詞だが、それ以上に確信するに足る積み重ねが俺達にはある。

 

 

 願わくは、それを()()()()にも感じていてほしいものだ。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「おおーっ、結構そのまんまじゃん」

 

 

「そりゃまだ3年くらいだからな」

 

 

 昼食を済ませ、午後からは三浦と共に総武高へと向かった。着いてから守衛に用件を伝えると、入校許可証という首から下げる名札みたいなやつを渡された。それを着けるとやはりというか、卒業した後の俺達は完全に部外者なんだと感じ少し寂しくも感じた。

 

 卒業式の時には学校自体に何かを感じることはなかったはずだが、しっかり愛着を持っていたことに気付き3年越しの事実に俺は素直に驚いた。

 

 

「けどやっぱこれ着けないと入れないのはなんか新鮮だし」

 

 

 三浦は首にかけた入校許可証を手で弄りながらそう言う。俺は簡単に同意しておき、職員室までの馴れた道を歩く。一応授業時間であるため平塚先生がいないことも考えられたが、職員室に着き呼び出す前に軽く見渡すと平塚先生はすぐに見つかった。

 

 

 平塚先生は驚きながらも歩いてきた。3年ほど経つのにあまり見た目が変わっていないところはやはり流石である。年齢はもう完全な三十路なんだけどな。

 

 

「殺す」

 

 

「ひっ」

 

 

 開口一番何言ってるんだこの人は。びっくりして思わず変な声が出ちゃったじゃねえか。別に心の声が聞こえているわけでもないのに……、え、聞こえてないよな? なさそうでありそうな話で怖い(小並感)

 

 

「来るなら来ると言えば良いのに……、というか、凄い組み合わせだな」

 

 

「あーしもそう思うし」

 

 

 本人がそれでどうするんだよ。まあ正直高校時代の俺に言っても信じないとは思うが。普通に考えるとあり得ない組み合わせだろう。

 

 

「それで、本題は何だ? 別に世間話をしに来たわけでもあるまい」

 

 

「それなんですけど」

 

 

 俺はおもむろに首にかけてあるライターのホックを外し、手に取る。右手に乗せながら平塚先生へと差し出した。

 

 

「返しに来ました」

 

 

 初め平塚先生は意味がわかっていなかったようだが、顔を見るに理解は早かった。

 

 

「それはあげたつもりだったんだがな」

 

 

「俺が条件を満たしてしまったんだからしょうがない。そこは筋を通しますよ」

 

 

 本当に好きな人を見つけたら返しに来い。由比ヶ浜の時はこの約束さえ思い出さなかった。つくづく由比ヶ浜には悪いことをしたと思う。あいつの優しさに、あいつらとの間の運命に甘えた俺の過ち。これから償えるか、そもそも償うものなのかわからないが、この高校から始まった関係は少なくともこれからも続くことは確かだ。

 

 

「ということは、まさかお前達……」

 

 

「はい。付き合ってます」

 

 

「……おい三浦、脅されているなら早く言えよ。私にかかれば比企谷など……」

 

 

 物騒だなオイ。一体俺はこの人の中でどんなキャラなんだ……、と思ったがよく考えるとかつてのスクールカースト最上位と最底辺が付き合うとか意味わからんな。絶対弱味握られて脅されてるだろ。

 

 

「あーしもヒキオのこと好きだし。……あれ、さっきヒキオあーしのこと好きって言ってないじゃん。ヒキオもあーしのこと好きなんだよね?」

 

 

「言わせんな」

 

 

「……そうか」

 

 

 予想に反して平塚先生はその事実を噛み締めるようにして受け止めていた。俺の予想は何発か腹に重いものを食らうかと思っていたが、今の平塚先生の様子はそんなものとは似ても似つかない。

 

 

「それはよかった。やはり比企谷には愛が必要だと思っていたのだが、正しかったようだな」

 

 

 平塚先生は柔和な笑みを浮かべ、心から祝福してくれているようだった。行き遅れであろうと、暴力を振るう人であろうと、やはり先生は先生だった。たまに見せる先生の格好良いところがよもやこんなところで見れるとは思わなかったが、男の俺がずるいと思えるくらい、平塚先生は格好良かった。

 

 

「ライター、確かに受け取ったよ」

 

 

 俺の右手から優しくライターを手に取り、早速自分の煙草に火をつけ煙を吐く。どの動作を切り取っても絵になる平塚先生は、口にはしないが俺の憧れであり、いつかこんな風に煙草を吸えるようになりたいと切に願う。

 

 

「最後に1つだけ言っておこうか」

 

 

「何ですか」

 

 

「私より先に結婚したら、肝臓打ち(リバーブロー)→ガゼルパンチ→デンプシーロールでお前をKOするからな」

 

 

「殺す気じゃないですか」

 

 

 隣の三浦はポカンとしていた。まあ三浦がわからないのも無理はない。ボクシングマンガなんざ普通女は読まない……、ん? 正面の先生? 彼女はもう半分こっちですよ。

 

 

「今不穏な空気を感じたぞ」

 

 

 その言葉が1番不穏だが、それを口に出来るほど俺は強くない。せいぜいカエルパンチやらよそ見やらで闘うボクサーほどだ。あれ、意外と強いじゃねえか。

 

 

「まあなんだ、とりあえず仲良くやれよ」

 

 

 そう言って平塚先生は自分の席へと戻っていった。俺はその後ろ姿に一礼し、遅れて三浦も頭を下げる。失礼しましたと言って俺と三浦は職員室を後にし、程無くして総武高も出た。

 

 

 

 

 

 帰りの道中、横に並んでいた三浦はあることを呟いた。

 

 

「あーしさ、正直平塚先生のことそんなに好きじゃなかったんだよね」

 

 

「何でだよ。あの人めっちゃ良い女だぞ。時代が合えば俺がもらってたくらいだ」

 

 

「……ならその時代にあーしも行くし」

 

 

 三浦の手の甲を俺の手の甲にくっつかせる。手は繋いでいないが、その接触に俺も三浦も顔を赤くした。

 

 

「……じゃなくて! なんつーか、平塚先生ってヒキオのことめっちゃ意識してたじゃん? あーしそれがすっごい気にくわなかったし」

 

 

「底辺に媚を売るくらいならもっと自分達に構え、みたいな感じか」

 

 

「まあそんな感じ。……けどあれだね、平塚先生は媚びてたんじゃなくてちゃんと教育してた。それも1番教育がいる人に」

 

 

「……そのおかげで奉仕部って繋がりが出来たし、多分、お前ともな」

 

 

「……うん」

 

 

 触れていた手の甲は離れ、お互い手を繋ぎ直す。先ほどよりもダイレクトに伝わる体温は皿越しのトーストなんて比じゃないほどだ。

 

 

 

 俺は別に運命論者ではない。結局のところは運命なんて確率の賜物だろう。しかしそこの区別はやはり自分の中の感覚であり、そう見ると俺にとっての運命は2つあった。

 

 

 一々言うまでもない。俺はそれを離さないように、繋いでいた三浦の手を強く握り直したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





まずはここまで読んでいただきありがとうございます。正直この話は世にも奇妙な物語を見ていたら思い付いたという雑な構想でしたが、ここまで評価していただけるとは思っておらずめちゃくちゃ嬉しかったです。


で、この八優。前の話では確かにこれがひとまずの最終話と言いました。それは自分のなかでもそう考えていましたし、続きなんかも真剣に考えたことはありませんでした。

ただちょっと考えてみると話が出るわ出るわで、正直それを全部倉にしまうのはもったいないなー、ということでアフターとしてまだちょろちょろ書いていこうと思います。ギャルゲーみたいに付き合って終わり!ってのは自分自身余り好きではありませんしね(笑)


あと続けるに当たってTwitterも本格的に使っていこうと思います。進捗を呟いたり更新した際には告知したりすると思いますので、もしよろしければフォローお願いします。


しゃけ式 @Mvzzk4unATn5Vwb


最後になりましたが、拙作を最後まで読んでくださって本当にありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。



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