もしも八幡とあーしさんが運命の赤い糸で結ばれていたら   作:しゃけ式

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21話

「それでは、朝食は8時からとなっておりますので」

 

 

 着物を着た旅館の方は正座をしながら恭しく礼をし、ふすまを閉めた。

 俺と三浦はあの後当日でも入れる旅館を見つけ、その辺で夕食を済ませてからチェックインした。部屋は2階にあるオーソドックスな八畳の部屋で、奥には机を挟んで向かい合わせになっている椅子が2つ並んでいる。そこのベランダから見える景色は一面の海で、なぜこんな条件の良い部屋が余っていたのか不思議なくらい綺麗な眺めだった。

 

 

「ねえヒキオ。クーラーつけて良い?」

 

 

 座布団の上に座っている三浦は手でリモコンをもてあそんでいる。俺自身特に暑いと感じることはなかったが、断る理由もないので。

 

 

「どうぞ。あ、けどそんなに強くすんなよ」

 

 

「わかってるし」

 

 

 ピッ、と軽い電子音を鳴らす。割りと古めの旅館だと冷房の音がうるさかったりするが、ここは古いにも関わらず(飽くまで外観が古めだというだけだが)一切音をたてずに稼働している。店員と言っていいのかわからないが、さっきの人だってかなりレベルの高い接客をした辺りここは当たり物件だったのかもしれない。レビューにそういったことは書かれていなかったので、知る人ぞ知る的なポジションなのかもな。

 三浦は部屋の中央に置かれたテーブルに体を投げ出し、だらだらとしている。後ろから見ている俺はさぞ不審なことだろう。だって前のめりになってるからズボンからパンツが若干はみ出てるんだぞ?パンツも意外とピンク……、ってそんなことを言っている場合じゃないな。まあ突っ込まねえけど。

 

 

「ヒキオー。あーしの肩揉んでー」

 

 

「めんどくせえ。誰が好き好んでやってくれるんだよそれ」

 

 

 いやほんとマジで。これ頼んでやってくれるやつとか聖人君子レベルだろ。

 

 

「んー、隼人とか?」

 

 

「確かにあいつならやりかねないな。……あ、そうだよ戸塚ならやってくれるわ。戸塚の手を煩わせるとか極刑モノだけど」

 

 

「あんたマジで戸塚のこと好きだし……。どこがそんなに良いの?」

 

 

 顔は依然こっちに向けずに言う。三浦のパンツを見ながら話していると、愚息に直履きなので若干起立してきたため視線を逸らす。結局コンビニは無く、また旅館の方も切らしているそうだ。パンツを切らすってどういうことだよ。なんかブランドでもあんのか。

 

 

「どこってお前、どこもかしこもに決まってんだろ。聞くか?俺の俺的戸塚可愛いランキングベストセン」

 

 

「あーしの知ってる100倍位の桁で若干引いてるんだけど」

 

 

 ちなみに言い間違いではない。これ豆な。

 

 

「お風呂入ってくる。ヒキオも行くっしょ?」

 

 

「ここ温泉ついてるんだっけか。……っと、多分この辺に」

 

 

 立ち上がってふすまの近くにあるクローゼット的なところを開ける。予想通り浴衣と帯が置いてあり、大小合わせて4着ほどある。俺は2番目に大きいやつを手に取り、そのつぎに小さいのを三浦に渡した。

 

 

「あんがと」

 

 

「まあ寝巻きなんざ持ってきてないからな」

 

 

 俺と三浦は浴衣と服をいれる袋を持ち、下の階にある温泉へ向かった。

 

 

 

 

 

 脱衣所で服を脱ぐなりすぐに温泉へ向かい、かけ湯をして露天風呂へと歩いた。体を洗ってからとか行儀の良いことしてたら風呂を楽しめないだろ?最低限のことはしたらすぐに露天風呂へ入る。これが最も温泉を満喫できる。少なくとも俺はそう考えている。

 重い戸を開け、冷気が素肌を襲う。タオルを巻くなんてことはしていないため直で喰らうが、無視して温泉へ。真夏といえどやはり夜は冷え、芯から凍えさせられる。幸い周りに人はいないため、安心して独り言を言える。

 

 

「うぅ……、寒ィな」

 

 

 ドポンと音を鳴らすくらい勢いよく入り、子どもの頃のように肩まで浸かる。さっきまでは寒かった体が今度は徐々に体温が上がるのを感じとれるほど熱を帯びていった。こうして表現するとまるで恋をしているやつの顔みたいだが、今の俺は温泉に恋していると言っても過言ではないな。温めてくれるのがこれほど気持ち良いとは。

 

 恋愛が頭によぎると不可抗力で異性のことを連想してしまう。三浦に由比ヶ浜、雪ノ下に川崎、あと一色と戸塚……。小町もいれると7人も出てくるのか。分不相応な気もするが、ここにいる全員がバレンタインをくれたと考えると中々俺って凄い気がする。てか凄くね?何これモテ期?

 ……どうでも良いが異性で初めに出てくるのは三浦なんだな。別に比較するつもりはないが、いつの間にか奉仕部と同等レベルまで俺の中で存在がでかくなっている。今一緒に泊まることになったからというと簡単に説明はでき、むしろそれが正解なのかもしれないが、大きくない存在ではないのも事実だ。三浦との始まりから思い返してみると、何度も偶然が重なった結果こうなったと言える。そこに必然性はなく、不確かな確率の上に成り立った関係と考えるとむしろ運命的なものまで感じる。

 

 

「三浦と運命、か。普通にあり得そうだな」

 

 

 素直にそう思うくらいには絞られた確率だろう。俺は露天風呂から上がり室内に戻った。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 風呂から出て部屋に戻ると、三浦はまだ帰ってきていなかった。男の風呂より倍レベルで長い女の風呂って何をやっているんだろうな。恐らく一生わかることのない問題なので早めに考えるのをやめ、奥の椅子に座って海を眺める。

 日中に泳いだ場所とは異なるが見た目は殆ど同じであり、昼のことが細部まで思い出される。砂浜がクソ熱かったこと、対して海の中は良い感じの加減だったこと、ひっくり返ったこと、ラッキースケベに遭遇したこと……。

 

 

「落ち着け」

 

 

 自分で愚息に注意し、ことの滑稽さに2割ほど起きた彼はすぐに眠りについた。当然浴衣の下は全裸であり、さっきよりも装甲の耐久値が下がっている。冷房は切り網戸にして風を入れると全裸オン浴衣には丁度良い温度になり、ゆっくりとした時間の中一人を過ごせていた。

 机の上に置いておいた煙草を手に取り、火をつけて煙を吸い込む。ゆっくり煙を出して余韻に浸る。真っ暗闇の海には殆ど何も映っておらず、恐ろしくさえ感じるほどだった。

 

 扉の開く音が聞こえ、ふすまが開かれる。三浦はいつもの巻いている髪の毛をストレートにして垂らしていた。浴衣は金髪に似合うのか?と一抹の不安を抱いていたがそんな心配など鼻で笑うかのように着こなしていた。帯により胸が強調され、自然と目が引き寄せられてしまうが煙草により回避。万乳引力やべえな。

 三浦は持っていた服の入った袋を乱雑に放ると、そのままこちらへやってきた。

 

 

「なに見てんの。海?」

 

 

「まあな。恐ろしい空ならぬ恐ろしい海だ」

 

 

「あーしに宮沢賢治とか言われても知らんし」

 

 

 そのツッコミがわかっている証だが、俺は何も言わずに煙草を消した。立ち上がると、三浦はどこへ行くのか訊ねてきた。

 

 

「下にゲームコーナーあっただろ?こういうとこは変なレトロゲーとかあって面白いんだよ」

 

 

「へえ。あーしも行って良い?」

 

 

「逆に来るなってどういうことだよ」

 

 

 答えを聞かずに歩を進める。素直じゃないし、と三浦に突っ込まれたが俺はそれにも返さず目的地へ向かった。

 

 

 

 

 ゲームコーナーには案の定人はおらず、機体は合計で6台程、後はUFOキャッチャーとテンプレのような品揃えだった。

 

 

「なんか雰囲気良いじゃん」

 

 

「だな」

 

 

 実用性を必要とする冷房のような一新するべきところは一新し、こういった情緒を感じさせるものは残す。いかにも日本人が好みそうな雰囲気作りだ。現に俺も三浦も良い雰囲気だと判断している。

 

 

「おお、レトロゲーと言えばだな」

 

 

 そこには有名な弾幕ゲーの機体があり、備え付けられた椅子に座りこむ。自転車の2人乗りのような横座りで三浦も隣に座り、100円玉を投入する。

 

 カラン。

 

 

「……あれ、入らなかったか」

 

 

「こういうやつ特有ってやつっしょ」

 

 

 再度100円玉を入れるが、それでも入らない。何度試してもこの機体は100円を受け入れてくれず、興が覚めたので席を立った。

 

 

「ヒキオ帰んの?」

 

 

「時間潰せればと思ったが、無理っぽいしな。他のやつは大体格ゲーだからやる気も起きん」

 

 

「なら外の海見に行かない?あーし夜の海間近で見たいんだよね」

 

 

「……まあいいか。行くぞ」

 

 

「今日ヒキオ結構強引だし。あーし何回置いてかれてんのさ」

 

 

 

 

 

 ざざ……、と波が押し寄せる。それ以外の音は本当に何も聞こえなかった。

 

 

「三浦」

 

 

 孤独感に耐えきれず用もないのに三浦を呼ぶ。左隣にいる三浦はしきりにキョロキョロしていた。

 

 

「何?」

 

 

「いや、なんでもない」

 

 

「呼んだだけってこと?ヒキオも怖い?」

 

 

 隣でいたずらっぽく笑う三浦はいつものようで、急に現実に引き戻されるような気がした。夢の国から覚めたような不快な引き戻しではなく、底無し沼から引き上げられる救われたような。言いすぎかもしれないが、ベクトルはこっち方面である。

 

 

「『も』ってことはお前も怖いのか?」

 

 

「ん、まあちょっとだけ。なんか吸い込まれそう」

 

 

 海に視線をやりながら言う。つられて俺も海を見ると、言い得て妙な例えに唸らされる。

 

 

「……手でも繋ぐか?」

 

 

「なに、心配してくれてんの?格好いいじゃん」

 

 

 俺ではなく遠くを見つめる。三浦の顔に感情は書いておらず、何も読み取ることはできなかった。

 

 俺達の声と波の音。孤独を感じるには十分なシチュエーション。例に漏れず俺も三浦も言い表せない恐怖に包まれた。

 

 

 

 だから俺は手を繋ぐことにした。指を絡め、しっかりと握る。顔を見ずとも三浦が驚いていることはわかり、しかし三浦は何も言わなかった。少しして握り返された手からは確かな体温を感じ、独りの孤独がふたりの孤独へと変わった。

 

 

 

 しばらくそうしていると、突然海の奥に光が点った。それも1つではなく、遠く離れた場所からもう1つ。さらに他のところでも点りだした。

 

 

「漁火か」

 

 

「いさりび……、ああ。漁のあれか」

 

 

「あんまわからねえけど、イカとかか」

 

 

「あーしも知らないからパス。……ちょっと、何で手離そうとしたし」

 

 

 少し手の握りを弱めると、手ではなく口から注意される。

 

 

「いや、俺の手汗気持ち悪いかと思って」

 

 

「あーしもかいてるから一緒。……だから、このまま」

 

 

 きゅっと握ってきた手を俺は握り直し、部屋に戻ったのはそれからいくらか時間の経った頃だった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「じゃあ電気消すよ」

 

 

「頼む」

 

 

 三浦は垂れている紐を2度引いて部屋を暗くし、俺の隣の布団に入る。漢字の『二』の形に並べた布団はおよそ30cm離れており、部屋の大きさの割りに近いなとも感じるが別に俺が何をするわけでもないので口には出さない。というか大きさよりも年頃の男女がこの近さで良いのかというモラルの問題もある。それも相手が三浦だからというだけでかたがつくのだが。

 ……なんてまるで意識していませんよという(てい)ではいるが、さっきまで手を繋いでいたやつの言うことじゃないよな。妙に目が冴えて寝れる気配がない。

 

 しかしすぐに聞こえる隣からの寝息。三浦の反対を向いていた体を入れ換え、顔を見ると完全に寝ていた。顔が見れるということは必然的にこちらへ顔を向けて寝ているということになるのだが、それがなんだかもどかしく感じる。何度も見たことのある寝顔はやはり変わらず綺麗で、柄にもなく顔に熱を帯びるを感じた。

 

 

(やばいな、さっきのから意識してしまって敵わん)

 

 

 やりだしたのは俺だが、延長を迫ったのは三浦。ここに俺の思う意図が本当にあるのか、考えると同時に今の関係が変わるのかと、変わってしまうのかと思考を巡らせる。奉仕部とはまた違った心地よさに俺は心酔している。これは確実だ。であれば継続をすれば良いのだが、発展を望んでしまう俺もいる。その気持ちが何なのか必死に考えないようにするが、冴えた目は切れる思考をもたらす。

 

 

 寝つくまでの時間は何時間もある。俺はこの日初めて同じ問いに時間単位で費やした。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 ざざ、と波の音が耳朶に触れた。朝の日差しで起こされた私は、上半身だけ起こして伸びをする。パキっと音がなるということはやっぱりなれない環境だからかな。

 私の右にはヒキオが未だ寝ているが、掛け布団は左にある。つまり私はヒキオの掛け布団を奪い、かつ自分のものは隅にやったということになる。相変わらずの我が儘に自分で笑いそうになるが、冷房もつけずに寝たので寒くはなかった。その点では風邪の心配はないけど……、と思いながら何気無しにヒキオの方へ向く。

 

 仰向けで寝ており、股間からは見慣れないものが天を衝いていた。

 

 

「……は、はぁ!?ちょっとヒキ、ヒキオ!早くそれしまうし!!!」

 

 

「んぁ、何だよ三浦……。まだ飯の時間にゃ早えだろうが……」

 

 

「それ!!早く直して!!!」

 

 

「……あ?……、おお。失敬」

 

 

 低血圧なのかテンション低めに着崩れた浴衣を直す。それでも主張を続ける股間に目が止まるが、必死に見ないようにする。

 

 

「てかなんでヒキオノーパンなの?!」

 

 

「ああ、まあこれは……。昨日パンツ持ってきてなかったんだよ」

 

 

「ガキっぽいことするならソコもガキっぽくしとくし!なんで臨戦態勢だし!!」

 

 

「臨戦態勢ってお前な……」

 

 

 私は早々に立ち上がり、洗面所へと向かった。冷水で顔を洗っても記憶はこびりついており、同時に昨日胸を見られたことも思い出して余計恥ずかしくなった。冷たい水で顔の熱をとろうとするが、それほど意味があるとは言えなかった。

 

 

 

 

 

「ヒキオ」

 

 

「はい」

 

 

「面倒臭いとは思うけどさ、もう1回だけ海行かない?今から」

 

 

 私の急な提案に案の定ヒキオは嫌な顔をし……、と思ったら案外そうではなかった。しかし。

 

 

「手なら、その、あれだ。何かその場の雰囲気というか……」

 

 

「ちが、別に違うし!ただ夜との対比が見たいだけだし」

 

 

 この言葉に嘘はない。昨日の孤独さに対して朝の海はどんな風景を見せてくれるのか。一種の好奇心でもあった。

 

 

「わかった」

 

 

「ストップ!今日はあーしが先に行くし」

 

 

 昨日は散々後をついていかされたからね。今日は私の番。足早に歩くとヒキオはゆっくりとついてきた。

 

 

 

 

 

 朝の日差しが体を射抜く。快晴の空模様に自然とテンションも上がり、昨日とは全く違う感じに1人で驚いた。

 

 

「昨日とは違うな」

 

 

 そう言ったのは勿論ヒキオであり、ヒキオもまたいつもより目を大きくしていた。

 昨日はただ広がる海に押し潰されそうな気さえしたが、今日の海は水平線が広がるほどの雄大さに心が洗われる心地がした。月並みな表現だがそうとしか言い表せない。

 

 

「ヒキオ」

 

 

「なんだ」

 

 

「手繋ぐ?」

 

 

 ヒキオの方へ体を向けて手を差し出す。昨日とは全く反対の構図で、少し可笑しく感じた。

 

 

「……今日の海は怖くないぞ」

 

 

「まあね。でもほら、あの……」

 

 

 ヒキオもわかるっしょ?この言葉を口にするのは躊躇われた。これを言ったら後戻りできなくなる。殆ど勝ち戦だろうと、お互いの気持ちが理解できようと、口にしない間はお互い知らないのだ。

 

 露天風呂で呟いたヒキオの独り言。同じ時間に入っているのだから嫌でも聞こえてくる。およそヒキオの言葉とは思えない『運命』に驚くほどしっくりきた私は、あの時認めた感情はやはり間違いではなかったのだと確認できた。

 

 

「ほら」

 

 

 左手はポケットに突っ込みながら、右手を私の方へ差し出す。指が若干広がっているのは、昨日の繋ぎ方と同じで良いという意思表示だ。少なくとも私はそう受け取った。

 

 

 残り数cmで手を繋ぐ。その直前、私のスマホが鳴動した。びっくりして戻してしまい、ヒキオも手持ちぶさたになった右手を腰のとなりに落ち着けた。

 

 

「……ごめん、電話」

 

 

「おう」

 

 

 まだ7時になるかそこら。こんな時間に誰だと表示を確認すると、そこには『由比ヶ浜結衣』と書かれていた。

 

 

「もしもし」

 

 

『優美子?ごめんね、こんな朝早くから』

 

 

「あーしも起きてたから別に良いし。それで?何かあった?」

 

 

『何か、ってわけじゃないんだけどね。……その、相談がしたくて』

 

 

 結衣が私に相談?思いもよらない言葉に戸惑った私は無言で続きの言葉を促した。

 

 

『あたし、ちゃんとヒッキーに告白しようと思う』

 

 

 ──それは、およそ考え得る限り最悪のタイミングの相談だった。

 

 

 

 

 

 

 


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