「それは、どーぉいう意図があるのかーぁな?」
「簡単な事や。ワシは今、金も頼れる人間もない。せやから、食い扶持を確保しときたいねん。」
ロズワールは値踏みする様な眼差しでそう質問すると、西谷は受け流す様に答える。
「ホマレは欲が無さすぎよ!...こっちの感謝の気持ちがわかってないのよ...ホマレは私を守る為に命懸けで守ってくれた...その対価をそんな事で...」
本当に理解出来ないと必死にそう訴えて、語尾がだんだんと弱々しくなり俯くエミリア。
「エミィちゃんこそ、わかってないのう。ワシは今無一文や。金を貰ったとこで店も何も知らん。せやったらここで雇ってもらう方がええやろ。それに、将来の女王様とのコネがあればまた困った時助けて貰えるやろ?せやからこれでええんや。」
そんな様子のエミリアに落ち着いた口調で、子供を諭す様にそう答える西谷。
「それは...でも...それなら食客でいいじゃない...」
「それも考えたんやがの、やっぱ働かざるもの食うべからずやで。その方が気兼ね無く飯が食えるっちゅうもんや。」
エミリアは西谷の意見に少し言い淀みながらそう返すが、西谷はそれをも突っぱねる。
「ま、そういう事やからよろしく頼むわ。なんなら、雑用でも構わんし雇ってくれや。」
「...わかったーぁよ。とりあえずは、この屋敷の執事としてお願いすーぅるよ。願わくば仲良くやーぁって行きたいものだね。」
再び雇い入れるように言う西谷に、西谷を射抜く様な瞳でそう意味深に答えるロズワール。
いつもより長引いた朝食を終えれば、西谷の執事服を見繕う為、使用人用のクローゼットの中にいる。
「なかなか似合ってるわねホマレ。」
長身にパリッとした執事服姿の西谷を見てそんな褒め言葉を送るエミリア。
「竜子にも衣装とはこの事ですね、お客様改めホマレ君。」
「どうせ魔獣に冠に決まってるわ、お客様改めベホマ。」
「馬鹿にされてるのだけはわかるわ...それとラムちゃん、ワシの名前が回復の呪文になってんで。」
恐らくは服装だけは立派という意味と見た目に中身が備わっていないという意味のことわざを使うラムとレムに呆れ顔でツッコミを入れる西谷。
「じゃあ私は王選の勉強があるから行くわね。」
エミリアがそう言って退室した後西谷とラムも屋敷の案内のため出て行った。
貴賓室、浴場、厨房と順番に見て回り最後にトイレの扉の前に立つ西谷とラム。
「それにしても、ごっつ広い屋敷やのう。これなら、トイレもさぞかし......」
「にーちゃはやっぱ素敵!最高の毛並みの毛並みなのよー......」
トイレの扉を開けるとパックと戯れるベアトリスがおり、目が合ってお互い固まる。
「ベア子ちゃんも可愛いところあるやないの。その可愛げを......ぬぉぉぉぉ!?」
西谷が言い切る前にベアトリスが魔法を使い、西谷を部屋の外に叩き出した。
その後、昼食の支度をする為に厨房へ行くとレムもおり、野菜の下ごしらえから始める。
「顔に似合わず、料理が得意なのねベホマは。」
「顔は余計や。...まぁ、本家の部屋住みしとった時に雑用や飯炊きやらされたしのう。それに、刃物の扱いは昔から得意なんや。」
手慣れた手つきで芋の皮を剥き、今度はオニオスと呼ばれる玉ねぎの様な野菜を手早くみじん切りにする西谷。
昼食の準備を終えれば、掃除や洗濯を終わらせて今度は庭の手入れに入る西谷とラム。
「ベホマ......これはなんなの......?」
「何って、知らんのか?くいだおれ太郎にビリケンさんに通天閣やろ、それからカニ道楽にグリコに......」
「そんな事聞いてないわ...なんで植木をこんな形にしたか聞いてるのだけど...?」
植木の手入れを頼まれた西谷はドスを使ってカットするが何故か大阪名物を象って仕上げてしまう。
「おもろいやろ?芸術や芸術。ロズ君かて喜ぶやろ!」
「そんなわけないでしょ!?ロズワール様の品位が疑われるわ!?早く戻しなさい!!」
そう、ラムが怒号を飛ばせば西谷は仕方なくまた裁断し少し小ぶりだがなんとか戻した。
その後全ての仕事を終わらせると、大浴場にて湯船に浸かり疲れを癒す西谷。
「ふー...ええ湯やなぁ...」
「やぁ、ご一緒していーぃかい?」
西谷が湯船に浸かっていると扉からロズワールが入って来て問いかけてくる。
「おう、もちろんええで。男やったら裸の付き合いは大事やしのう。」
「では、失礼...で、どうだい?レムやラムとはうまくやっていけそうかーぁな?」
西谷が快くそんな風に言って了承すれ湯船に浸かるロズワールは不意に問いかける。
「おう、初日からいびられとるけど仲良う出来そうやで。」
「それは良かった。...それにしてもーぉ、すごい筋肉だーぁね。」
「ロズ君かて痩せとる様に見えて割と筋肉質なんやな。」
冗談交じりにそんな事を言えば、お互いの身体付きについての話題になる。
「ところで、その彫り物もすごいねぇ?特にその背中のは何かーぁな?」
「ん?これか?こいつはワシの故郷では刺青ゆうてな、この背中のは鬼や。それも、鬼の親玉の酒呑童子っちゅうやつや。」
西谷の身体には上半身は七分彫りと呼ばれる七分袖の部分まで掘られており、腕や胸の部分は牡丹などの花や波の化粧彫が施され、背中には右手に血のついた刀を持ち、髑髏の山に座り左手で酒を飲む酒呑童子が彫られていた。
そんな西谷の刺青についてもの珍しそうに聞くロズワールにそんな事を答える西谷。
「鬼?これが?...随分と恐ろしい姿じゃなーぁいか。」
「そうか?ワシはかっこええ思うで。欲望に忠実に自由に生きとる感じがするやろ。」
ロズワールの言葉に不思議そうな顔をした後、誇らしげにそんな風に答える西谷。
「...ほんで?ワシの疑いは晴れたんかい?」
「......なんのことだろーぉねぇ?」
不意に射抜く様な眼差しでそう問いかける西谷にシラを切る様に答えるロズワール。
「裸の付き合いゆうたやろ。腹割って話さんかい。王様決めなならんこの大事な時期に素性の知れんワシの様な男がその候補であるエミィちゃんに近づく......怪しんでくれとゆうとる様なもんやしの実際。」
「......そこまで気付いてて、なんで雇って欲しいと言ったのかーぁな?」
西谷の要求に応じる様に真剣な表情でそう問いかけるロズワール。
「簡単な話や。ワシは強いもんが好きや。エミィちゃんの護衛になれば強いもんと戦えるやろ?...それに、エミィちゃんが気に入ったしの。」
「なるほどねーぇ。でも、正直その答えだけじゃ君の間者という疑いは晴れないねぇ。」
「ま、せやろな。実際どっちでもええんやけどな。そんなもんは時間が経てば誤解もとけるやろ。......ただ、一つ言えるとすればワシがスパイ......間者なら、あん時盗品蔵でエミィちゃん殺せたで?」
ロズワールの鋭い解答に返した西谷の最後の一言はあまりにも鋭く重いものだった。
「なるほど...たしかに、君になら出来るかもねホマレ君。」
「ま、そういうこっちゃ。仲良うしてなぁ?...ほなら、ワシはそろそろ上がるで。」
西谷の一言に納得したようなロズワールの答えを聞いてまた軽い調子に戻り出て行く西谷。
「......君が使えるなら使わせて貰うまでだよ。此度の王選、なんとしても勝たなければならない。......龍を殺すその日の為に。」
西谷が出て行き一人になった大浴場でそんな事を意味深に呟くロズワール。