Twitterでの企画による短編小説で
ヌビアさんの新曲《Terra Nullius》を聞いて、筆者のイメージにより書き上げました。

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Terra Nullius

とある無主地、その核に位置する教会。その大聖堂では、2人の男が向かい合っていた。

 

1人は怯えた表情を。

1人は酷薄な笑みを。

 

そして、片方の男が右袖を捲り、白手袋を外して()()()()()を晒け出す。

 

「ヒッ……!!」

 

それを向けられた男は恐怖のままに後退しようとするが、足が動き出すより早く、その頭を異形の右腕が掴む。

 

「さぁ……悔い改めろ。」

 

そうして、蒼白の閃光が大聖堂を内から照らした。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

ある荒野。黒髪の丸眼鏡をかけた法衣(カソック)姿の若い男と、青一色に染まったワンピースを来た銀髪の幼い女の子という傍目に見ても不釣り合いで不似合いな組み合わせが荒れた大地を歩いていく。

 

「あー……水が欲しい。水筒ってまだあったっけ、ユー?」

 

男が疲れ果てたように傍らの幼女に話しかける。

ユーと呼ばれた幼女は腰のポケットから革の水筒を取り出してさかさにしながら男に返事をする。

 

「んー……ないね。ざんねん、フュールくん。」

「マジかよ……街まで、ってか人里までどれくらいだ……このままだと水不足で倒れるよ僕?」

「だいじょうぶ……あと"みっかかん"くらいだから……フュールくんならいけるいける。それよりユーの方がぴんちだから。ユーはおとめだから……そんなフュールくんみたいなはずかしいことは……できない、のです……」

 

ユーは水がないと聞いて完全に諦めたのか、その根まで乾ききった舌を犬のように出しながら空気中の水分を少しでも求めようとするフュールを横目に枯れ果てた声で呟く。

 

「はぁ……そんなこと言ってて倒れたら意味ないよ。とにかく……今は一刻も早く水だよ。でも贅沢いうならオレンジ、オレンジにむしゃぶりつきたい。どこかにオレンジ農園ないかな……」

「あー……ズルい。ユーも、ユーもぉ……」

 

そう縋りながら岩壁を登り、その頂上から先を見据えると。

彼らの目の前には一面の緑が広がっていた。

 

「ーーーー緑だ、水だ、水があるぞやったぞユー!!」

「うん、うん、やったねフュールくんっ!!」

「オマケに見ろ!小屋まである!人がいるってのとだよ、全力で突っ込むぞ!!」

 

そう言うが早いか、フュールはユーを抱えたまま一気に垂直に近い岩壁を駆け下り小屋へと走る。

が、疲れからか、水不足からか。注意の疎かになっていた状態でそんな場所を駆ければ、至極当然の結末として転ぶ。そして落ちる。

唯一の幸いと言えたことは、その下がギリギリ植物が生えていない砂地で、尚且つそれが細かく柔らかなクッションになった事だろうか。

しかしそれでも衝撃というものは行き渡る。必然の結果としてそれは小屋の中にも伝わり、その戸を開けて内から一人の少女が外を覗き込む。

 

そしてそこに倒れ込む人影を見た彼女は慌ててその2人を小屋へと抱え込み、休ませた。

 

「ん……ここは……」

「あれ……ユーの、オレンジ……」

「あ、目が覚めた?」

 

彼女が彼らを引き入れて15分後、2人はほぼ同時に目を覚ます。

目覚めた2人は最初は驚きに辺りを見渡すも、すぐに状況に気づいたのか、ベッドから起きて少女に向き直る。

 

「この度は助けていただき、ありがとうございます。ところで、まずは水を1杯ほど……」

「みず…いっぱい……」

「え……あ、はい。水ですね!」

 

少女はそう言うとすぐに井戸からコップに水を汲んで運んでくる。

そして運んでくるやいなや、2人はひったくるようにコップを受け取り、乾いた土に水が染み込むような速度で瞬時に飲み干した。

 

「ング、ング、ング……プパァ、生き返った!」

「いきかえったぁっ!!」

「そ、それはよかった。」

 

あまりの剣幕に少し引き気味な少女は、ここらでそろそろ挨拶をしておくべきかと思い、名を名乗る。

 

「えーと、名乗りが遅れたわね。私の名前はバーベナ。この農園の管理をしているの。すごい音がして外を見てみたらあなた達が倒れてたから空いているベッドに寝かせてたのよ。」

「いやいや、こちらこそ助けてもらった上に水までもらってしまって、本当に感謝の仕様もありません。あぁ、こちらこそ名乗りが遅れてしまって申し訳ない。僕は、フュールというしがない旅の神父で、こっちがユーです。」

「ユーだよー!」

 

神父様、という言葉に驚いてバーベナがフュールをよく見ると、砂まみれで汚れているが確かに法衣(カソック)を着ており、神父であることが分かる。

 

「え、えーと、フュール神父様にユーちゃんね。それで、神父様はここで何を?」

「いえいえ、僕はそんな神父様なんて様付けで呼ばれるほど大層な人間じゃないですよ。フュールで構いません。」

「そんな、神父様に対してそんな畏れ多いこと……」

 

バーベナがそう食い下がると、フュールは言っても聞いてもらえないと悟ったのか、それとも諦めたのか、溜息をついてしぶしぶ妥協案を提示する。

 

「……なら、せめてフュール神父でお願いします。」

「分かりました、フュール神父。」

 

そう、安心したような笑顔で返すバーベナを見て、再びフュールは溜息をついた。

 

「ところで、フュール神父は旅の途中と伺いましたが、教皇庁からいらしたのですか?」

「いえいえ、僕みたいな若造の木っ端神父には教皇庁なんてとても入れませんよ。隣の地域から旅をしてきたところです。」

「では、行き先は……」

「えぇ、アムニールの街へ向かうところです。」

「やはり、アムニールでしたか。ならここもその端にあたるので、中心部までも残り1日くらいで着きますね。」

「え、本当ですか!?3日間かかると聞いてたんですが……」

「ええ、確かに街道沿いだとそうなりますね、街道はこの農園地帯を迂回してるんです。けれど、出荷用の農道を通ればそれよりずっと早く付けます。」

 

そう伝えると、フュールは嬉しそうな笑顔で喜ぶ。

 

「いやぁ、よかった。実は早くつきたかったんです、そこが無主地と聞いているので。」

「無主地……ですか?」

 

バーベナは思わず不思議に思い、聞き返す。

それに対してフュールはニコリと微笑むと、説明を始める。

 

「ええ。25年前…教会暦800年に起きた、この惑星(ほし)の大陸を無数に分断した大神災。この災害により、主の加護の喪われた土地が数多く生まれ、それを教会では無主地と呼ぶのです。主の加護がないという事はそれだけ魔女や悪魔憑きなどの異端に対して人々が弱いということ。教会に仕える神父としては、放っておけません。それだけに無主地に神の加護を取り戻す為に、こうして旅を続けているのです。」

 

バーベナはその目的に納得し、感銘を受けると同時に彼女の発した問いが違う意味で伝わっていたことに気づき、言葉を訂正する。

 

「あ、いえ違うんですフュール神父。無主地については、以前私も聞きました。疑問に思ったのは、このアムニールの街が無主地だということなんです。」

「……どういう事です?」

 

フュールの目が鋭くなり、バーベナの、その心の奥底までを見透かすかのように覗き込む。

 

「い、いえ。実は3ヶ月程前に、教会の本部から派遣されたというヤマジ神父代行という方が既にこの地に主の加護を取り戻してくださったのです。」

「何と……それは本当ですか!?」

 

驚きの余りか、フュールは座っていた椅子から勢いよく立ち上がる。そしてその勢いで横に座っていたユーは転げ落ちてしまう。

 

「いったーい!フュールくん、なにするのー!」

「あ、あぁごめん、ユー。」

 

フュールはユーに軽く謝ると、再び真剣な目つきをバーベナに向ける。

 

「それで、それに関しては間違いないのですね。」

「え、ええ……ヤマジ神父代行様からは確かにそのように聞いたので間違いはないと思います……」

「そうですか。それは、よかった。」

「え……?」

 

突如にこやかな笑顔を浮かべるフュールに対してバーベナは思わず疑問を顔に出してしまう。

彼女にはまるで彼の表情が只ならぬものに見えたからだ。

 

「あの……何かまずいことがあったとかではないんですか?」

「いえ、まさか。寧ろこの土地に住む人がそう太鼓判を押してくれたんです。僕としては嬉しい限りですよ。お陰で中心に向かう目的もその神父代行の方に御礼を言いに行くという平和なものになりそうです。」

「そ、そうなのですか?」

「そーだよー。だいたい、バーベナちゃんしんぱいしすぎぃー。フュールくんは人が幸せそうにしてるのを見るのが好きっていう変わり者なんだから……」

「え、ユーちゃん、それって人としては当たり前なんじゃ……」

「うん、"ひと"ならねー。」

 

ユーの意味深な言い方にバーベナは息を呑むように首を傾げるが、それを遮るようにフュールは話題を変える。

 

「と、ところでバーベナさん。此処にはお独りで住まわれているのですか?御両親などがおられるならお世話になったことに対する御礼を伝えておきたかったのですが。」

 

その言葉に対し、バーベナはビクっと反応するが、その後ポツリ、ポツリと語り始める。

 

「両親は……いません。15年前に、私の目の前で、悪魔憑きに殺されたんです。今でも忘れない……!!あれは……!!!!」

 

そう、バーベナの心の中で激しく雷雲の様に怒りが渦巻く。そして、それを遮るようにフュールは手をやり、頭を下げる。

 

「……失礼なことをお聞きしてすいませんでした、バーベナさん。もし良ければ、お詫びと言っては何ですが……御両親の平安を祈らせていただいてもよろしいですか?」

「……ええ。神父様に祈っていただければ、父と母も安らかに眠れると思います。」

「ふーん、フュールくんがいのる、ねぇ。」

「ユーちゃん、何かあるの?」

「ううん、なんでもなーい。」

 

そうしてバーベナの両親の墓でフュールが祈って戻ってくると机の上に積まれていたオレンジが目に入ったのか、バーベナに質問をかける。

 

「ところで、バーベナさん。お願いしてばかりで恐縮なのですが、ここらでオレンジを売ってるようなところはありませんかね?」

「え……は、オレンジ?」

「んーとね、フュールくんはオレンジがごはんよりもすきなへんたいさんなの。」

「おいこらユー、変態はないだろ変態は。」

「えー、べつにまちがってないのにー。」

「ふふっ。」

 

そうした微笑ましいやりとりにバーベナの顔に思わず笑顔が浮かぶ。

 

「あ、いえ違うんですよ?ユーの言うことはデタラメなんで、僕は普通の……」

「あぁ、違うんです。そうでなくて、こんなやり取りを久しく見ることもなかったので……つい。」

「……そうですか。」

 

バーベナの内に秘めた絡まった感情をその言葉の端から感じ取ったのか、フュールもそれ以上の追求はやめる。

バーベナもそれを感じ取ったのか、お礼を兼ねてある提案をする。

 

「それで……オレンジでしたよね?ちょうどよかったです、私の担当するのは、オレンジ農園なんですよ。よければ幾つかお土産に差し上げましょうか?」

「ほ、本当ですか!?」

「ほんとー!?」

「えぇ、それでは幾つか良さそうなのを見繕って摘んできますね。」

「ありがとうございます。」

「バーベナちゃん、ありがとー!」

 

そうして、それから半刻程経った頃。

 

「では、私達はそろそろ中心に向かって出発しようと思います。お世話になりました。」

「おせわになりましたー!」

 

フュールの礼儀正しさと、ユーの愛らしさに思わずバーベナの心中も穏やかになったのか。彼女の表情は、晴れやかなものとなっていた。

そうして去っていく2人を見送りながら、彼女は一言ポツリと呟く。

 

「あんな人が教会の人間なら……」

 

そう、再び暗い面持ちになった彼女は自身の小屋へと入り、机の上のアムニール教会発行と書かれた、租税督促状を見やる。

そうしてまた、深く、深く。彼女は、溜息をついた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

日は沈み、月が昇り。

そしてまた月が沈んで日が昇った翌日の昼頃。

 

フュールとユーの2人は、アムニールの街中へと着いていた。

 

「さて、

「ねぇねぇ、フュールくん。」

「ん、なんだ?」

「ユー、またオレンジ食べたい。買って。」

「……ユー。買ってって言われても割と手持ちがだな……」

「……買って?」

「でもなぁ……」

「………ダメ?」

「あぁ、分かった、分かったから、買ってやるからその目をやめて。」

 

涙目で懇願してくるユーに根負けしたフュールは振り払うように振り向くと果物屋を探す。

そうして目当ての店を見つけたのか、そちらへと向かうとその店主はフュールを見るや否や、怯えた様に声をうわずらせる。

 

「どうしました、いきなり。それより、オレンジを2つ程欲しいのですが。」

「は、はひ……わ、わかりました!?」

 

そう、明らかにフュールに対して怯える姿を見せる果物屋の店主に対しフュール自身も不審がるも、店主自身がそれ以上尋ねられるのを拒否するかのように怯える為仕方なく代金を払って去ろうとする。

 

「あ、あの……神父様からお代を頂くわけには……」

 

すると、店主が振り絞ったような掠れきった声でそんな、奇怪なことを言い始めた。

 

「何をおっしゃいます。神父と言えど客は客です。正当なる対価を払うのは当たり前のことです。」

「い、いえ、そうではなく……実は私、今月分の租税を教会に納められてないのです。ですからお代を頂く訳には……」

 

そこまで言うと、店主は急にハッと何かに気づいたような顔をして、懇願を始める。

 

「で、でも来週には必ずお納め致しますから!ど、どうか娘だけは、どうか……!!」

「すいません、それはどういう事ですか?」

「……へ?」

「実は僕、外の神父なので今さっきこの街に着いた所なので、全然この街のことは分からないんです。」

 

そう言うと、再び店主は顔を真っ青に染めて慌てて逃げるように駆け出す。

 

「す、すいませんすいませんすいません!!そんなつもりじゃ無かったんです!!どうか今の話は聞かなかったことに!!」

「え、あ、ちょっと!?」

 

フュールが呼び止めるも店主はフュールの視界から完全に姿が消えるまで走り去ってしまい呼び止めることは出来なかった。

 

「一体……ここの教会はどうなっているんだ……?」

「ん……?フュールくん、そんな事よりオレンジだよオレンジ。」

「あ……あぁ。そうだね、はい。」

「わーいっ、オレンジ、オレンジ!」

 

そう喜ぶユーの横でフュール自身もオレンジを齧りながら、眼鏡を外してふきながらユーに語りかける。

 

「おい、ユー。それ食ったら協会に行くぞ。ヤマジ神父代行に話を聞かねばならん。」

「えー、もうおしごとー?」

「分からん。そうでなければいいがな……」

 

そう言うとフュールは再び眼鏡を掛け直す。

 

「よしっ、食べ終わった!行こう、フュールくん。」

「ええ、そうですね。でもその前に……そのベタベタな手だけは洗ってくるように。」

「はーいっ。」

 

そう言ってとてとてと歩いていくユーをフュールは見守りながら、一人つぶやく。

 

「何事も無ければ、いいんですがね……」

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

それより少し前の頃。アムニールの教会、その大聖堂では法衣(カソック)を着た初老の男が1人の部下らしき男から報告を受けていた。

 

「……何、外部の神父だと?何処の所属だ……?」

「いえ、それに関してはまだ分かりません。しかし、果物屋の主人はその者らがコチラに来ようとしていると語っておりました。」

「ふむ……分かりました、我が教会としてはまずは先方の出方を見るべきでしょう。そしてその果物屋には金一封でも包んで持たせておきなさい。ムチだけでなく適度にアメを与える事も重要ですからね。」

「はっ、御意に。()()()()()()()。ところで、もう一つよろしいですか。」

「何でしょうか?」

「その神父と直接あったという少女が此方に来ておりまして。どうやら、神父代行に直接お目通りしたいと。」

「ふむ……いいでしょう、通しなさい。」

「はっ、御意に。では、少々お待ちください。」

 

そう言うと部下らしき男の方は大聖堂から去っていく。そしてそれを横目に見ながら、初老の男ーーヤマジ神父代行は煙草に火を付け、煙を深く、深く、肺へと流し込む。

そして、この大聖堂の祭壇には不自然な程巨大な()()()()を見ながら、煙を吐き出しポツリと呟く。

 

「また、貴方の力を借りなくてはいけないかもしれませんねぇ……大総裁どの。」

 

《ーー我は貴殿との契約に従い此処に在るのみ。ならば、我が力に頼るか否かは貴殿の好きにするが良いだろうーー》

 

そう、まるでその()()()()()()()()()()()()かのような。明らかに不自然としか思えない揺らぎ方をした炎はそう、火の爆ぜる音のような、それでいて言葉のような返答をヤマジに返し、再びパチパチと静かに燃え始める。

全ての不浄を……いや、清浄さえも灼き尽くすかのように。

 

そして、そのある種静寂とも取れる炎の音を遮るように、大聖堂の扉が重い音をたてて開く。

そして、中に入って来たのは。

 

「失礼します、ヤマジ神父代行様。私は、()()()()と申します。」

 

農園地帯でフュール達と別れ、そのままそこにとどまったはずの、バーベナであった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

そして、再び視点は戻り。

フュールとユーの2人はアムニールの教会、その前へとやってきていた。

 

「さて……と。頼むから余計なことは言わずに黙っててくれよ、ユー。」

「それは、フュールくんしだいかなー。まぁ、わたしもがんばるよ。」

「ならいいんだけども……さて、入るか。」

 

そう、心持ちを決めるとフュールは大聖堂の扉を開ける。

 

「失礼します、ヤマジ神父代行はおられますか。」

「はて……ヤマジは私ですが。何用でしたかな。」

 

奥の暗がりからカツン、カツンと音を響かせてヤマジが歩いてくる。

 

「僕は旅の神父で、フュールというものです。此方は私の旅の共をしているユーです。」

「ユーだよ……じゃない、ユーです!」

 

ユーは気軽に挨拶しそうになったところでフュールに肘でつつかれ、慌てて名乗り直す。

ヤマジはそれを微笑んで見ながら、再びフュール達に問いかける。

 

「旅の神父様でしたか、それはそれは。大したお構いも出来ませんが、まずは中へ入っておやすみ下さい。」

「そうですね……ではお言葉に甘えて。」

 

そう、奥へと向かうフュールの耳元で、ねっとりと囁く様にヤマジが呟く。

 

「ところで、神父様。神父様が()()()()という噂を聞いたのですが、それは本当ですかな?」

 

囁かれた瞬間、フュールは飛び退くように距離を空ける。

 

「ヤマジ神父代行……どこで貴方、それをーー」

「ふむ、どうやら間違いでは無かったらしい。」

 

ヤマジはそう顎鬚を弄りながら、嫌らしい笑みを浮かべる。

 

「何、安心してください。神父が実は悪魔憑きでした……なんてことになれば大騒ぎは確実、そして貴方の火刑も確実だろう。故に、私にはそのような意図はありません。」

「では……何をしろ、と?」

「何をしろ、などと。そんな神父様に命令など恐れ多い。ただ、手を組みませんか、ということです。見たところ貴方は教皇庁に仕えてる訳でもない只の旅の神父だ。物足りないとは思いませんか?それだけの力が貴方にはあるというのに。」

「……何を馬鹿なことを。この力を無闇と振るえば、それだけで教皇庁から悪魔祓いが来る。そんな事は貴方も百も承知でしょう。」

「ええ、それは勿論。だが、彼らも暇ではない。いや寧ろ、世界各地を飛び回る忙しいお方達だ。表沙汰にせず、裏でひっそりと搾取する分にはバレますまい。」

「ということは……やはり、街の人々が法衣(カソック)を見ただけで怯えていたのは貴方の仕業ですか、ヤマジ神父代行。」

「仕業……などと人聞きの悪い事を仰る。何、少し租税の払いが悪い家の中から若い娘を幾人か、見せしめとして徴収しただけに過ぎません。租税の払いが悪いということは、それだけ教会に対する信仰心が低いということ。ならば直接この私が祓ってあげる他ありますまい……!」

 

ヤマジはそう下卑た笑みを浮かべながら言葉を吐き、それに対してフュールは柔和な笑みを崩さずに首肯する。

 

「なるほど……それはそれは。中々に魅力的なお誘いだ。」

「でしょう?私としては、色良い回答を期待したいところですねぇ、神父様。」

「そうですね……では、一つだけよろしいですか?」

「何ですかな、私と組んだ時に得ることの出来る金子(きんす)の量ですかな?それとも抱ける女性(にょしょう)の数ですかな?」

 

ヤマジはもはやその下衆な内面を隠そうともせず、フュールの欲望を刺激して自身に取り入れようと語りかける。

 

「この土地の、主の加護はどうなっていますかな?」

「……は?主の加護……ですか?」

 

ヤマジは自身の予想とは明らかに毛色の違う問いに、思わずポカンとする。

 

「ええ、僕はそもそもここが無主地と聞いて来ました。ならば決断の前に、まずそれを確認しておかねばならないと思いまして。」

「あぁ……なるほど、律儀ですなぁ神父様は。主の加護……?そんなもの、勿論戻している訳がないでしょう!!!そんな事をすれば人々は教会に縋る必要性が薄くなり、私の権勢が弱くなるのにどうしてそんな事が出来ようかッッ!!!」

 

「幸い、ここが無主地になってからは25年と長い……嘗てのことをはっきりと覚えているのはそこまで多くはない。それに、人は余りにも酷い状況だと、それが少し改善されただけで良くなったと感じるものです。だから私が現れる悪魔憑きや魔女を多少葬るだけでマシには見えてくる。」

「……ですが、それでは手が足りないのでは?」

「そこですよ。だからこそ、いいのです。以前よりは確実にマシになった……だが未だ異端は現れ自分達を苦しめる。こうなると人々は再び主へと縋る。そこで私はこういうのです、『それは貴方方の信仰心の不足のせいだ、信仰心を示すには租税を教会に納めなさい』、とね。これだけで民草はいとも簡単に金を差し出し、金の無いものは女を差し出す!こんな楽な仕事が他にあるだろうか、いやないィィッッ!!」

 

自身の謀をハイテンションで満足気に語るヤマジを横に、フュールは驚きもせず、悲しみもせず、怒りもせず、ただ淡々と柔和な笑みを浮かべ続けたまま、再度問う。

 

「では、この地はこれからも無主地のままである、と?」

「ええ勿論、そのままにしておくに決まっているじゃあありませんか!!」

「なるほど……よく分かりました。これで、ちゃんと決めることが出来そうです。」

「それはよかった……では、答えの方をお聞かせ願おうか、神父様。」

「……ええ。」

 

フュールはそう言葉を切ると、かけていた眼鏡を外し、懐から取り出した布でレンズを拭いた後、更に懐から取り出した箱に布に包んでしまい込み、箱ごと懐へと戻す。そして、再び口を開く。

 

「だが、その前に()()()()()()。」

 

そう言うとフュールは右腕を薙ぐように振るい、それと共にヤマジへ蒼い電撃が迸る。

 

「ヒッ……!」

 

しかし、その電撃は遮るようにとんできた()()()()によって防がれてしまう。

 

《ーー会話の途中だったが、貴殿を狙ったが故に契約通り防がせてもらったーー》

 

「よ、よくやった!」

「チッ……悪魔使いか。無主地を救った神父代行サマが悪魔使いとは笑えねぇ冗句だ。」

「おぞましい悪魔憑きの身体の神父にだけは言われたくないものだな!」

 

そうフュールが吐き捨てると、ヤマジも逆に小馬鹿にするように言い返す。

 

「大方、私を亡きものにして儂の代わりにいい目を見ようという算段だったのだろうが、私が悪魔使いで残念だったな」

「それはどうだ?この世に存在の不確かな召喚された悪魔より、一部分といえ確かな肉を持つ悪魔の方が……」

「それが、低級の悪魔ならそうだろうがな。残念、私の悪魔は階級持ちの名付き(ネームド)でね。木っ端の悪魔憑きなど灼き尽くすにおいて何の障害にもならないのだよッ!」

 

そう言うや否やヤマジは素早く指示の為の詠唱を開始する。

 

『我が(からだ)は汝の贄となりし祭壇の羊。汝、その欲に従い総てを喰らえ。灰燼と成すその両の炎爪は我が敵を灼き尽くさん!焚罰せし豪火の大爪(アウナス)ッッ!!』

 

ヤマジの前で床を焦がさず、されど空気をジリジリと灼きながら燃え続けるかがり火ーー否、悪魔アウナスは自身を凶悪な鉤爪の付いた掌の様な形に変形させ、フュールを包み込む様に襲い来る。

 

「く、ふふ、ふはは、ははははははははは!!悪魔憑きなら私を殺して美味いところだけ啜れると思ったか、バカめ。愚かに炭化して灰となればいいのだ……何?」

 

そう、高笑いしていると。煙が晴れた中から蒼碧(そうへき)の雷光が疾る。

 

「バカな!階級持ちの!それも大総裁(クラス)名付き(ネームド)だぞッッッ!!!その一撃を喰らってッ!何故耐えるッ!何故生きているッ!何故肉が焦げすらしていないッッ!!」

「そりゃあ……さっきも言ったろ。存在の不確かなソイツより、確かな肉を持つこっちの方が強いってな。」

「バカを言うな!そんな事はありえないッッ!なぜなら文字通り名付き(ネームド)とそれ以外ではの程度では覆せない格の違いがあるのだッッ!!!」

「それなら……簡単だ。俺が……名付き(ネームド)の悪魔憑きというだけだ。さて…と。ユー、仕事の時間だ。」

「ぷっはー!やっとだよー!だまりすぎてユーはしぬかとおもったよーっ!」

「いや、ホント正直ここまで静かにしてられるとは思ってなかった、よくやったよくやった。」

「えへへーっ、ほめられたっ!じゃ、おしごとだよねっ?」

「あぁ、行くぞ。」

 

そう言うとユーの肉体が霧のように、空気に溶けるように消え、フュールの両手にまとわりつくと篭手の様な形を取り、固定化される。

 

「なっ……そのガキ、礼装だったのか……!?いや、それよりは貴様の方だ!名付き(ネームド)の悪魔憑きだとッ!?ありえるわけが無いッッ!!」

 

ユーが篭手に変化したことで漸く呆然自失の状態から立ち直ったヤマジは半ば錯乱気味にフュールの言を否定する。

 

名付き(ネームド)の悪魔憑きなど、存在するだけで周囲に害を及ぼす存在だッ、隠し通せる訳がないッ!それにそもそもそんなのが生まれた時点で村や街ごと教皇庁の悪魔祓い(エクソシスト)共に焼き討ちされるはずだッッ!生き延びられる筈がないッッ!!」

 

それに言葉に対し、フュールは涼しい顔で両の篭手の間に電気を飛ばして遊びながら答える。

 

「そう……村も、街も全て焼き討ちにあった。だから生存者などいないし遺さない。それはつまり、そこで本当は何があったのか知るものは教皇庁の悪魔祓い(エクソシスト)共以外には誰一人知る者はいないということ。名付き(ネームド)の悪魔憑きの生死すら……もね。」

「な……まさか。まさかまさか。教皇庁が、秘密裏に名付き(ネームド)の悪魔憑きを保護してたとでも言うのかッ!」

「さぁ?俺には答えかねますね。」

 

そうおどけて言うフュールの言葉に、逆に真実味を感じたのか全身をカタカタと微かに、されど確実に震えさせるヤマジ。

 

「そ、そういえば……かつて噂で聞いたことがある。最凶格の悪魔憑きだけで構成された、無主地に主の加護を取り戻す為の執行人共……その地の治世が悪政であろうが善政であろうが、無主地である限りそこに主の加護を取り戻し教皇庁の直轄地へと変える無主地を滅ぼすもの。その名は……主命執行人(テラヌリウス)ッッ!!」

「なんだ、知ってたのか。なら、隠す必要もなかったか。」

「え、ええい畜生め!悪魔アウヌスよ、貴様はどうなってもいい!この一戦で力を使い果たしても構わんからコイツを殺せッ、殺すのだッ!」

 

《ーー了解した。我が魔力(ちから)の全てをもって灼き尽くすとしようーー》

 

その指示に従い、全力全霊で魔力をその身である炎へと()え、先程より更に巨大な、そして数の増えた炎の業爪と灼熱の掌がフュールに向かって襲い来る。

そしてその熱波が彼を包み込む寸前、その唇は陣地を超えた速さで駆動し、その呪われし悪魔の肉体を解放する為の詠唱を終了する。

 

『我が(むくろ)は汝の贄となりし祭壇の羊。汝、その欲に従い総てを喰らえ。蒼碧(そうへき)を成すその右腕(あくま)は主の敵をを葬り焦がすッ!!浄却する雷霆の右腕(フュルフュール)ッッ!!』

 

瞬間、大聖堂の天井を貫く雷霆がフュールの右腕に落ち、彼の法衣(カソック)の右袖を焼き焦がす。そして同時にその下の、見るに耐えない醜悪な異形を露わにする。

 

「ーー吹き飛べ。」

 

そう言いながら、再び彼の右腕目掛けて飛来する落雷を、その右手で掴み取り、棒を振り回すかのように雷を振り、襲い来る炎の爪を薙ぎ払う。

 

《ーーぬうっーー》

 

吹き飛ばされながらも流石は大総裁(クラス)の悪魔と言うべきか。体勢を咄嗟に立て直すが、それでも雷鳴の速度には及ばない。彼が()()()()()()()()は、そのまま水平に悪魔アウナスの肉体を穿ち、確実にダメージを与える。

 

「さぁ……主の名の下に滅び去れーー」

 

その一撃で決めると言わんばかりに、何も聞こえないほどの轟音と共に雷霆が、彼の右腕へと落ち続ける。

 

そして、プラズマ化したその右腕を振りかぶり。

神速の一撃が如く振り抜き、撃ち抜くーー!!

 

「ーー雷帝剛貫拳(ボルトブリッツ)ッッ!!!」

 

その一撃、まさに雷神の矢の如し。

悪魔アウヌスを穿ち、その陽炎の如き炎の揺らめきと共に、その存在をこの地上から消失させた。

 

「ふぅ……」

 

フュールは息を吐くと、そのままヤマジの下へ右腕を突き出しながら一歩、一歩近づいていく。

 

「ひ、ひぃ、わ、私は悪くないんだッッ!私はあの悪魔に操られていただけで、だから私はッ!」

 

しかしその弁明は、フュールの心には響かず。彼の右腕がヤマジの頭蓋を掴み込む。

 

「さぁ……悔い改めろ。」

 

瞬間、蒼白の雷光が全てを風景を塗りつぶし。

光が元に戻った時、フュールのその手の中にあるのは。かつてヒトだった、炭化したナニカだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「さて……仕事完了だ。戻れ、ユー。」

 

フュールの指示と共に彼の両手の篭手は霧散し、再び幼女の姿が形づくられる。

 

「ぷはーっ!つかれたーっ!フュールくんもおつかれーっ!!」

 

疲れたというその言葉とは裏腹に、大聖堂の中をはしゃぎ跳ね回るユーを見ながらフュールは懐から再び眼鏡を取り出してかける。

 

「僕としては、もっと穏便に済めばそれで良かったんですけれどねぇ……」

「うそだーっ、フュールくんさいしょからころすきだった!」

「別にそんな気は……ガッ!?」

 

その、全てを解決して気が緩んだ瞬間。彼の頚椎を、一発の弾丸が貫いた。

 

「フュールくん?」

 

ユーが思わず声をあげる。しかしそこに驚愕の色こそあれ、心配の色はない。

しかしそれも当然と言えよう。彼は悪魔憑き、一部分とはいえその肉体に主の敵対者である悪魔を宿すもの。

であれば、それが。

頚椎を弾丸で穿たれた程度で死ぬ訳がない。

 

「……あー、ビックリした。で、これは何の真似ですかね、()()()()()()。」

 

フュールが大聖堂の入口に振り向くと、そこには()()()()()()バーベナが、有り得ないものを見るような目で彼を見ていた。

 

「な、何でよ。撃ったのよ!当たったのよ!?なんで死なないのよッ!!」

「何でと言われましても、僕は悪魔憑きですから。それより、銃で撃つなんて。なんて物騒な。()()()()()()()

「ヒッ……!」

 

そう、声色を変えて右腕を振り上げた瞬間。

 

「やめて、フュールくん。これいじょうはだめ。ユーはくびわだから。ユーがフュールくんをころさないといけなくなる。」

 

そう、ユーがその身に不釣り合いな程濃密な殺気を纏わせ、フュールの背中に手を突きつける。

 

「すいません……つい、カッとなってしまいました。でもいいんですか、始末しなくて。多分僕達の話を聞かれてましたよ?」

 

その問いに対しても、ユーは首をふるふると振りながらフュールの意見を却下する。

 

「まわりをかくにんせずにはなしたフュールくんのおちど、だからばっしない。それが、きょうこうさまのけんかい。」

「そう、ですか。それが教皇様の見解なら、仕方ありませんね……ところで。」

「な、なによッ!?」

 

再び視線を向けられたことで既に心が折れていたのか、すくみながらバーベナが答える。

 

「バーベナさん、どうして私を撃ったのですか?というか、そもそも僕が悪魔憑きであることをあの神父代行に伝えたのも、あなたですよね?」

 

その問いに対し、バーベナはポツリ、ポツリと語り始めた。

 

「それは……あんたが、憎かったからよ。パパと、ママを殺した雷の悪魔憑きのあんたが!!」

「僕が……殺した……?」

「とぼけないでよッ!あの雷、忘れもしないッ!15年前に私の目の前で全てを焼いた雷だッ!」

 

そう吐き捨てると、彼女は今回の件についての過程と動機を話し出す。

 

「あんたを拾った時、私はたまたま右腕を見てあんたが悪魔憑きだと知った。悪魔憑きは嫌いだ、パパとママを殺した存在だから。だから、上手いことアムニールの教会に誘導して、租税を好き勝手にかけてウザい神父代行と潰し合わせようとしたのよ。それを円滑に進めるために、あのジジイにはあんたが悪魔憑きだってことも伝えたの。そして、後はこの大聖堂の扉の外にずっと隠れていたわ。どちらが勝つにしても、ボロボロになると思ったし、勝ったと思って気が緩んだ時なら殺せると思ったの。けど……最後に漏れ出てきた蒼白の雷光を見て、隠れてなんていられなかった。そのまま中に飛び込んで撃ち殺すって衝動に包まれた。だって、あれは、パパとママをを焼き焦がした……!!」

 

そこまで言うと、バーベナはその場に崩れ落ちヘラヘラと笑い出した。

 

「さぁ、やりなさいよ。私もパパとママみたいに無残にその雷で焼き殺しなさいよ。さぁ、さぁ、さぁ!!」

「……そんな。僕は、そんな事しませんよ。バーベナさん、あなたがそういう理由で撃ったなら、僕はこれ以上何も言いません。」

「は………!?どういうことよ、自分で殺した相手の娘に同情!?バカじゃないの!?」

「バカで構いませんよ、僕は悪魔憑きで、人殺し何ですから。」

「ーーふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!なら死ねッ!ここで死ねッッ!!私に殺されて死ねッッ!!」

 

そう叫ぶと、バーベナは怒りのままに拳銃をフュールに向かって撃ち尽くすが、その弾丸は当たる事はあってもその身体を傷付けることは叶わない。

 

「なんで、なんで死なないのよ、死んでよ、お願いだから……!!」

「ごめんなさい、僕はまだ死ねないんです。仕事がありますし、ユーもいますから。」

「なによ……それ。自分だけ守りたい人の為に生きるなんて、ズルい、ズルいズルい、ズルいズルいズルい!!!」

 

バーベナはそう、涙ぐみながら叫ぶと。

再び俯き、ただ一言。

 

「出てって。この土地から。二度と姿を見せないで、二度と立ち寄らないで。でてってッッ!!」

「……ええ。この土地はもう無主地ではありません。主の加護を取り戻したのですから、僕のいる必要もありません。二度と会うこともありません。それでは、さようなら。」

 

そう言うと、フュールはユーと共に歩き始める。

そして、バーベナはそれを見ながら、いや、見えなくなっても。地面に、その掌に血が滲むまで、拳を撃ち尽けていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

アムニールの土地を抜け、次の土地へと続く深い峡谷、その上空で気球に乗りながらユーはフュールに訊ねる。

 

「ねーねー、フュールくん。どうしてごかいをとかなかったの?」

「誤解?」

「うん、だって"じゅうごねんまえ"って、フュールくんはきょうこうちょうで"じっけんたい"だったじゃない。そんな、バーベナちゃんのおやをころせないよ?」

 

その疑問に対し、フュールはクスリと微笑みながら、答える。

 

「例え真実がどうだとしても、バーベナさんの中ではそれが本当のことなんだ。だから、誤解でもないし、そのままでいいんだよ。」

「ふーん、へんなの。」

「まぁ、所詮は僕の……こんな卑しい悪魔憑きの自己満足だからね。分かる必要なんてないよ。」

「ふーん。あ、そうだ!バーベナちゃんのいえでもらったオレンジまだあったよね、たべよーっ!」

「あぁ、そうだね……いけない、これもう腐ってるね。」

「えーっ、そんなー。」

「拗ねない拗ねない、次の土地でオレンジくらいちゃんと買ってあげるから。」

「わーい、やったー!うそついたらダメだからねーっ!」

「はいはい。」

 

そうして、気球は夕暮れの風にのって、ゆらゆらと対岸へと渡る。

そうして彼らは、また次の無主地へと向かう。そこに、主の加護を、取り戻す為に。

彼らは、主命執行人(テラヌリウス)なのだから。

 




https://soundcloud.com/user-192749831/terra-nullius

本作はこちらの楽曲からイメージさせて頂きました


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