クリスちゃんを幸せにしたいという妄想   作:粗悪品

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第2話

 

 

 

少し湿った風が頬を撫でる。

雨が近いのだろうか。独特のカビ臭いような匂いが鼻腔を刺激した。ああ、嫌だ嫌だと陰鬱になりながら乾いた土を踏む。仕事をして土煙と硝煙と血に塗れたのに、最後は雨にまで降られるのか。それが人など殺して金を稼ぐ外道に対する罰だというなら仕方もないのかもしれないが。

なら百歩譲って俺は良いとして、おぶった彼女くらいには情けをかけてやって欲しいものだ。テロに巻き込まれ、両親を亡くし、挙句九割犯罪者の何でも屋に拾われたこの子をこれ以上責めないでやってくれ。

 

始めは意地でも此方に気は許さんと、俺を少し離れたところから追っていたのだが次第に歩くペースが落ちていた。元々大人と子供。歩幅だって違う。それにあのドンパチの後だ、疲れていたのであろう。ふらふらとあちらこちらしているのを見兼ねて、背負うことにした。当然抵抗したのだが、一度背負われてしまえば黙りこくっていつの間にか夢の世界に旅立っていた。耳元ですぅすぅという規則正しい寝息が聞こえる。子供特有の高めの体温が背中に伝わってきた。

雨に濡れればこんな子供は簡単に風邪をひくだろうし、折角苦しい現実から休んで束の間の安息なのだ。起きてしまったら可哀想だろう。

 

帰り道を急ぐことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に彼女がクソったれな現実に帰ってきたのは俺が寝泊まりしていたホテルの一室、そのソファの上だった。

 

本当はベッドに寝かせようしたのだが、よく考えればこんな土汚れたままで寝かせるのは如何なものかと判断した結果、ソファに転がしていた。

 

状況が理解出来ていないのだろう。寝ぼけ眼をこすり、あたりをキョロキョロ。パパ…ママ?と口にして、探すように再びキョロキョロ。ようやく俺を視界に収めて思い出したのだろう。緩んでいた顔が一気に強張り、威嚇するように此方を睨んだ。

 

 

夢だと思ったか?悪い夢だから寝て覚めれば何も変わらない、いつも通りだとでも?残念、夢じゃなかったな。ここがやはりクソみたいな現実だ。

 

 

………ここは…?

 

 

俺の寝泊まりしてたホテルだ。

そう一言伝えるとやはり黙りこんで此方を警戒するように睨むばかりになってしまった。

 

そんな汚いままじゃ、何するのにも不便だ。とっとと清めてこい。彼女にタオルを投げ渡し、風呂を指差す。たとえ幼かろうと女。汚いままは嫌だったのか、特に文句も言わずにそちらへ入って行った。俺の横を過ぎ去りざまに睨みつけていくのも忘れずに。ご苦労なこった。

 

愛らしい外見に似合わず警戒心も気も強い。まるで子犬(パピー)だ。悪くないな、次からはそう呼ぶことにしよう。

 

設置されてる冷蔵庫を開き、取り出した酒をグラスに注ぎ、一気に煽る。高めのアルコールが乾いた喉を焼くような感触を残す。安いホテルの安い酒。しかもクソったれな仕事終わりの一杯。いつも通りにクソ不味かった。これまた安そうなつまみのチーズに手を伸ばす。味だけは濃い、なるほどアルコールを打ち消すには丁度いいのか。

 

注いでは飲んで、つまんでを繰り返すうちにバスルームが嫌に静かな事に気付いた。

 

シャワーの音も聞こえなければ水の跳ねるような音もない。首を傾げて、まさか手首でも切ったかと軽く焦って扉を開く。

 

中を確認するとバスタブ一杯に水がはられ、そこにパピーが浸かっていた。いきなり入ってきた俺に驚いたのだろう。羞恥心からか、自らの身体を抱くように隠してこちらに罵声を浴びせてきた。

 

いや、お前何をしてるんだと言えば、風呂に入ってるんだろうがと返ってきた。

 

風呂……風呂…あれか、浴槽にお湯を沸かし暫く浸かるという東洋の文化のことか。だがここは中米、水が豊かと聞くかの地域と比べ、水も立派に金を食うのだ。そもそもそのバスタブはそういう目的で作られていない。軽くこちらの入浴を説明してやると、正しくカルチャーショックと言いたげに目を見開いていた。

まぁ、やってしまったものは仕方がないし、好きなようにすると良いと扉を閉める。

 

パピーは思いっきり西洋人だと思っていたのだが、違ったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして暫く。お湯に浸かって茹だったパピーが出てきた。ホテルに言って用意させた子供用の簡素なワンピースを置いておいたがサイズは問題なかったらしい。

 

さて飯の時間だ。何が食いたい?好きに選べよ。

 

ルームサービスで用意できる夕食の書かれたメニューを手渡す。が、少しそれとにらめっこしてパピーは答えた。

 

よく分からないものばっかりだからお前と同じで良い。

 

じゃあ、肉だな。肉は良いぞ、特にお前みたいなガキがデカくなるには絶対に必要だ。野菜だなんだは二の次、そんなもんばかり食ってる奴はヒョロいもやしになるからな。お前も良い女になりたきゃ、しっかり食えよパピー。

 

おい、パピーってあたしのことか。

 

それ以外に誰がいる。

似合ってるだろ、子犬(パピー)。ちまっこいくせに威勢が良いのと外見だけは愛らしいのは同じだろう?

 

納得いかなそうにこちらを睨んでいたが、意外なほど噛み付いては来なかった。てっきり嫌がって文句も出てくると思っていたが、案外気に入ったのかもしれない。

 

 

 

それ以降会話は続かなかったが、料理が届けばまた会話の切っ掛けも生まれる。

 

 

 

おまえ、下手だな。ナイフ使ったことねぇのか?

 

うるせぇ、切りにくいんだよこのナイフ。

 

俺は断然ミディアムレアくらいの生焼けが好きなのだが、子供だしと彼女のはウェルダンにした。逆に火が通りすぎて肉が硬くなったか。ガチャガチャと食器を音立て、パピーは肉と格闘していた。

最後は諦めたのか、フォークを肉に突き刺しそのまま齧り付くというこの上なくワイルドな食べ方をしだした。豪快で、見てるこちらも気持ちがいい食いっぷりだが女がするにはどうなんだと思ったのも事実。本人はまったく気にしていないようだし、いいかと放っておいたのを後悔するのは何年も先のこと。今はそんな未来など露も知らない。

 

 

 

そして食事も終わり、あとは寝るだけ。

まだまだ大人が寝るには早い時間かもしれないが、生憎と既にお眠なお姫様がいる。変わらずこちらを警戒する彼女は必死に眠気を押し殺し、口を開いた。

 

……あたし、おまえの名前も知らない。

 

あ?…そういや自己紹介もしてなかったな。俺はーーーだ。金さえ積まれりゃなんでもやる九割犯罪者さ。

 

俺の名を聞いた彼女はちょっぴりびっくりしたようで、けどすぐに仏頂面に戻った。そしてまた終わる会話。こうしてずっと互いに二、三口にするだけで会話が終わる。

 

ちと早いが俺も寝るかな。今日はドンパチして疲れたしな。お前も一緒に寝るか?ベッドは広いぜ?

 

ソファを占領し、そこで寝る気らしいパピーに声をかける。

少し考えた彼女は俺が腰掛けた方とは逆側に寝そべった。

 

そんなに端だと布団届かないんだが。

 

すると少しこちらに近寄った。

ギリギリ掛布団が届くくらいに。

 

心配すんなよ。共寝の相手が美女ならともかくお前みたいなガキに手ェ出す趣味はねぇ。

 

 

 

そうして夜は更けていく。

湯たんぽがわり、彼女は冷たい布団を暖めるには丁度良かった。

 

 

 

 


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