クリスちゃんを幸せにしたいという妄想   作:粗悪品

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第1話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吹き抜ける風。

 

乾いた銃声。

 

流れる血。

 

呻く人。

 

もう何度も見て、見飽きた光景。

人が鉄の雨に晒され、血を撒き散らして四散する様はこの世の地獄とも表現出来るかもしれないが慣れとは恐ろしいものだ。はっきり言ってもう何も感じられない。自分は壊れてしまっている。人として大切な何かはずっと前から欠如していて、いつ亡くしたのかも分からない。

 

その場から動く気にもなれず、ベンチに腰を落としたままため息を吐く。誰もが狂乱に急ぐなか1人だけ緩慢な時間を生きている。ゆったりとした流れに身を任せてそこに在る。ただ何もしないのは自殺だし、自分の仕事もあるので緩慢な所作で立ち上がる。

 

脇に置いていたケースを開いて、仕事道具の一つを取り出した。いつも綺麗に整備してるつもりの相棒は今日も黒く鈍色の光を放っている。コンディションは悪くないらしい。

こいつは女よりも丁重に扱ってやらないと直ぐに機嫌を損ねて、痛いしっぺ返しを喰らわせてくる。粗悪品の鉛を喰わせればこっちが痛いように吐き出し、疲労したところは換えてやらなきゃ壊れちまう。油も上物なら景気よく放す(話す)ようになる。下手なの使って錆びた日にはこっちの命を盗っていく。

 

どうやらこの惨劇の首謀者達がこちらに気づいたようだ。でも、もう遅いんじゃないか。今日の相棒は腹が減っているらしい。血を寄越せだとさ。

 

標的に銃口を向け、ブレないように保持。引き金を引くだけで撃鉄が動き、相手の頭が飛ぶ。なんて素晴らしくて、そしておぞましいモノだろう。こんなに簡単に人を殺せる。

 

誰かが言っていた引き金の重さは命の重さだと。笑ってしまうな、こんなに人の命は軽いのか。薄っぺらいにも程がある。だが人の命なんて吹けば散るようなものであることは確かなのだろう。

たまたま居合わせて地に倒れ、動かなくなった彼らが教えてくれる。きっと誰もが疑問に思ったのだろう。どうして自分が、なんでこんなことにと。呪っただろう、定めというものを。自分が何をした、どうして自分なんだと。

誰に尋ねたかなどは知らないが代わりに答えをやるとすれば、運が悪かった。その一言で済んでしまう。たまたまだ。犠牲になるやつなんて誰でもよかった。それが偶然お前になっただけ。

そんな雑な理由で人は死ぬ。命など所詮その程度の価値しかない。

 

最短に最速で人を殺しながらつまらない事に思考を向けていた。今なお相棒は鉛を吐き出し、鉄の嵐がそこにある。どうやら相手の練度は低いらしい。フルオートの小銃を使ってるようだが反動制御が下手なのだろう。集弾率が残念なことになっている。弾痕の刻まれる柱で身を隠しながら応戦する。数に押して姿さえ隠さないとは舐められたものだ。懐から手榴弾を取り出し、ピンを抜いて投げれば3人は殺れるのだから温い仕事だ。

 

おそらく罵詈雑言の類いだろう、奴さん声を荒げている。悪いけどスペイン語は分からないな。

 

 

 

銃声は止まらない。

何か爆ぜる音が聞こえる。

1人、また1人と人が死ぬ。殺し尽くして、ようやくの終わりを迎えるまでこの暴虐は止まることはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全部が終わって、取り出した煙草に火をつける。口に咥えて、紫煙を吐く。むせかえる血と硝煙の匂い。爆発物の使用のせいで崩れた建築物が巻き上げた土煙も酷い。パタパタとコートをはためかせて汚れを払うが上手くいかない。どうやら洗濯しなければならないらしい。

 

これから依頼人に仕事の達成を報告して、次の仕事を探しにふらふらとする。その算段を立てながら煙草を吹かしていると、瓦礫を踏んだ音が聞こえた。

 

 

なんだ、まだ残っていたか。

 

血を啜って満足したのか、働く気が失せた相棒は調子が微妙になっていた。懐のホルスターに手を伸ばし、拳銃を取り出す。

 

相手が動く気配はない。こちらの出方を窺っているのか、それとも誘っているのか。どちらにせよ、仕事も終わったのに何時までもこんなところに居たくはない。手早く終わらせようと標的が潜む柱の裏と突貫する。

敵が銃を構えていたとしても撃つよりも速く相手を殴れるだろう。本当はお勧めできないが、銃はそこそこの重量がある鉄塊だ。殴るのに使えばそこそこの威力がでる。近接格闘でこちらを上回るならお手上げだが。

 

 

 

だが、果たしてそこにいたのは厳ついアウトローでも、武装したトーシローでもなくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普段から敵の持ち物などを強奪している。死体漁りは感心なことではないが、破損していない銃など裏マーケットに流せば金になる。正規の手続きによって登録されていない銃はいくらでも需要がある。

 

今回もまためぼしいモノは回収し終えた。

だが、珍しい拾い物をしてしまった。

 

 

 

自分の少し後ろをついて歩く小さな影に目を向ける。

 

少女など拾ったのは初めてだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言えば柱の影にあったのは年端もいかない少女だった。ボロくなっているが如何にも育ちのよさそうな仕立てのいい服に、綺麗な銀髪、恐怖に震え、涙で顔がグシャグシャでなければ愛らしいものなのだろう。

 

彼女は銃口を向けると声にならない悲鳴を上げ、蹲った。もう何もかもぐちゃぐちゃになっていて理解が及んでいないのだろう。分かっているのは自分がいつ死んでもおかしくないということくらいか。

 

普通ならば優しく声をかけ、涙を拭いてあげるのだろう。だが、ここは迷子センターじゃないのだ。取り敢えずこちらに何かをする様子がないのを確認し、服を剥ぐ。かつて怪我人を装って自爆特攻してきた奴がいた。その時はそこそこに痛い目をみた。同じ轍を踏む気はない。無情であろうと、非道であろうとこの少女が敵でないことを確認しなければならない。

 

まぁ、杞憂であった。

爆弾の類いを所持してるわけでなし、それはおろか銃も持っていなかった。こちらの安全を確保するためとはいえ、多少の罪悪感が沸いた。

 

 

 

スペイン語を話すなら困るなと、拳銃をしまいながら声をかける。自分は英語しか使えない。だが、運が良かった。彼女もどうやら英語が話せるらしい。

完全に此方を危険な存在と判じて怯える彼女は蹲るばかりで質問にも答えず、半狂乱。対応が面倒になり、もうこのまま放っておくかと思い始めた頃。ようやく落ち着いたのか、此方の問いに答えた。

 

名前はと聞けばクリスと返ってくる。なんでこんなとこにいる、パパとママに連れられて。なら親はどうした?死んだ。

 

なるほど、この少女もまた運が悪かったわけだ。

こんな所に来たから親も殺され、自分も酷い目にあっている。多少は同情してやるつもりが、戸惑った。可哀想に、ご両親も残念だったなと声をかけてやれば、返ってきたのは両親への怨み辛みだった。こんなところに連れてこなければ自分はこんな目には合わなかったと。

 

いや、不謹慎だが笑ってしまった。

強いのか、それとも精神安定の為の逃避が上手いのか。普通はこの年頃でそんな風に両親を恨めないだろう。

 

だが、気に入った。

面白いじゃないか、なぁ。

 

 

 

 

手をさしのべた。

俺と一緒に来るか?何処に行く宛てもないんだろう?悪いが俺の行く場所なんて此処と変わらないような血溜まりだけどな。

 

彼女はこちらを睨んだ。

お前についてなんて行きたくない。けど、あたしはお前の言う通りで行く場所もないからついていく。

 

気の強いレディだな。

 

うるせぇ、人殺し。

 

ほんとに怖いもの知らずなのな、お前。

 

 

 

 

 


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