チート染みた力を持っているけど母音ーッンしか発せられない 作:飯妃旅立
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やけにクラス中がそわそわしている。
「聞いたか?」とか「凄いよね~」とか、主語の無い会話がそこかしこで交わされているのだが、具体的に何を、とか何が、とかいう情報は入ってこなかった。
今日ばかりはレオ君も話しかけてこず、仕方がないので情報端末に入っている音楽を聞いて朝の時間を過ごす。リンボ! もびれ! ギーム!
ワイヤレスホンは楽でいいなぁ。
「あ、来た!」
と、クラス中の視線が一点に集中する。
恐らく渦中の人物が来たのだろう、情報を聞きのがさないように片耳を開けた。
「おはよう。がんばれ、司波。凄いじゃないか」
「おはよう、司波君。がんばってね」
「おはようございます、司波くん。応援しています」
「オッス。頑張れよ、司波」
……渦中の人物が達也君なのはわかったが!!
何を!? 何を激励しているの!? 主語の無い日本語ムツカシスギルヨー!!
しかし、応援か。
おうえん。僕でも言える言葉。
少し幼い言い方にすれば、えいえいおー! でも行ける。
だがしかーし!
僕、ファッションとはいえヤンキーなんだよね。
……レオ君相手ならともかく、達也君にエールを送るのは……こう、キャラ付的にどうなんだろう。
というかそもそも何の応援かわかってないし。達也君の微妙そうな顔を見るに、本人にとってはあまり嬉しくない事なのかもしれない。
便乗するべきじゃあ、なさそうだ。
*
みんなが達也君の何を応援していたのか、それは五限目の全校集会で明らかになった。
発足会。そう名付けられた、九校戦という学校対抗の大運動会の代表メンバー挨拶。
先日の討論会と違って強制召集であるコレは、勿論僕も参加するのだが……。
えーと、何故皆さん前に行くのでせうか?
言うまでも無い事だが、僕達は二科生だ。色々な点で一科生より劣っていたから二科生に振り分けられたのであって、当然一科生は二科生の事を見下している。それは魔法実技・魔法理論に対する努力や素質の顕れであって、決して悪い事じゃあない。純然たる事実から来る価値観だ。
そんな一科生のいる前列に二科生が突っ込んでいったら、そりゃあ悪目立ちする。
実際ほら、全生徒からの視線が君達に集中しているよ? なーぜ気付かない? それとも気付いているが無視している? それならもう豪胆通り越して無謀だよ……。
まだ入学したての一年生なのに、上級生や同学年全部を敵に回すとか勘弁だよ……?
というか君達どこを見て……おお?
あれ、達也君じゃないか。
へー! 達也君、大運動会に出るんだ。あ、みんなが応援していたのってソレ?
そりゃあ応援するよ!
僕も前行って応援しよう!!
「……あんあえぉ」
小声で、頑張れよって言っておいた!
ちょっと尻すぼみになってしまったが、どうせ聞こえてないから大丈夫大丈夫。
こういうのは言ったって事実が大事なんだよね。
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九校戦メンバーの発足式。技術スタッフとしてメンバー入りする事になった達也は、一科生で先輩の五十里啓による声掛けで悪意に晒されていた心を和らげ、改めて客席を見ていた。
そしてギョっとする。
席割りは自由なはずだが、自然と一科生が前、二科生が後ろという無意識の区分が出来ている中で、前から三列目というほぼほぼ最前列の位置にエリカがいたからだ。エリカは達也に向かってブンブンと手を振っていて、その隣には美月、逆側にはレオ、その隣に幹比古。他、見覚えのある……というより、まさに朝会ったばかりのクラスメイト達が一塊となってそこにいた。
さらには、金髪に赤と銀を入れている高身長……追上の姿まであるではないか。
そんなことをすれば、クラスメイトや二科生だけでなく――全校生徒に対しても自身を目立たせるようなものなのに。
真由美が技術スタッフとして達也の名を呼び、深雪が蕩けるような笑顔で達也の襟に徽章を付けた。
その瞬間、割れんばかりの拍手が起こる。当然、前列に固まったクラスメイトからのもの。おざなりではあるが、追上も拍手をしていた。
今までのメンバーにそんな拍手はしなかったのだ。進行を妨害するその行為に一年の一科生からブーイングが起こりそうになって――、
パチパチと、舞台の両脇の生徒、深雪と真由美が拍手をする。
それはメンバー全員を紹介し終わった事への拍手にすり替わり、講堂全体に広がった。
だが、その拍手に掻き消されかけた追上の呟きを、達也は聞き逃さなかった。
「An alert.」
警告はしておくぜ。
ニヤついた笑みを浮かべながら拍手を続ける追上は、式が終わるまで達也から目線を外す事は無かった。
*
八月になった。
暑い。なんだこれは。暑い。
そして僕は何故ここにいるんだろう。
シャー、シャーとアイオーンで走るのは、コンクリートの道。幅約50cm。
そう、高速道路――その、ヘリである。
ヘリ。
出っ張りと言っても良い。高速道路の側面にあるヘリを、それはもう素晴らしいローラースケート捌きで走っているのだ。
「……うおっ」
チート染みた力の方は常に使用している。というか、していないと危ない。
普通に小石や砂利、ブロック片が落ちているので、軌道予測のラインを常に見ていないとまっさかさまだ。
コンクリートに身体を押さえつける様な方向にもチート染みた力を使っているのでなすすべなく落ちる事はそうそうないだろうが。
さて、何故僕がこんな曲芸染みたことをしているか、だが。
事の発端は昨日にまで遡る。
*
「青兄、七草真由美さん、って知ってる?」
「うん? うん」
「スピードシューティング、って知ってる?」
「うん」
「写真って、……撮って来れる?」
「いいえうおお!*1」
パワーをメテオに!
「ごめんね? 急なお願いで……その、お兄ちゃんが魔法科高校に行ってるって知った彼氏の子が……欲しいって。本当、無理ならいいからさ」
「いあいあ、ああいいいおうおおあえあああんおおお! ああおえういおえいおうおおええ、おっえいあうああいんおいいあい!*2
おえい、いうおおえあいあっえうんあああ、おえうあいおおんあえいああええお*3」
「……青兄……。うん、じゃあお願い! スピードシューティングの日程は明々後日だけど、近くのビジネスホテルに明日から三泊四日で部屋を取ってあるからね」
「え、おあえあ? おんあおあえ、おおああ*4」
「彼氏が、『不躾なお願いをするのだから、お金をこちらが出すのは当然だよ』って……」
「うあー、おうえいああえいあえぇ*5」
「現地に着いたら電話でナビゲーションするから、いつも通り、ココを押せば直通で私に繋がるからね!」
「うん、いうおあいあおう*6」
「今回はこっちがありがとうだよー」
*
そんな会話があったのだ。
そう、僕がここにいるのは可愛い妹の為。
そしてこんな曲芸染みた事をしている理由。それは。
……九校戦の会場知らないから、バスを追っていくしかないんだよなぁ。
これに尽きる。
自慢じゃないが、僕は地図が読めない(本当に自慢じゃない)。
地球の自転による地球上の物体の軌道を見れば東西南北はわかる。が、地図のどこがどれなのかがよくわからない。特に近代化したこの時代、空中道や地下道が入り組んでいたり、入っちゃだめだったり良かったり。もうほんと止めてほしい。
地図の検索アプリは使えないし、機械式でナビゲートされてもよくわからないし、というか明らかに効率悪いルートを取ろうとするし、それに反抗して近道っぽいとこ選ぶと迷うし……。
なので、こうして「道を知っている車両」に付いていくのが一番いいわけだ。
……まぁ、犯罪なのだろうが。
しかし……遠いな。
ん?
嘘でしょ!?
*
「……どうした、十文字」
九校戦の会場へ向かう途中で起きた、いや、起き掛けた衝突事故。
パンクか脱輪か、対向車線を走るオフロード車が堅固なガード壁を飛び越え、生徒たちの乗るバスへ突っ込んできたのだ。
運転手の的確な急ブレーキと生徒会・市原鈴音のバスの減速処理、十文字克人の防壁魔法、司波深雪の常温への冷却による消火。
これらの巧みなまでの手腕により、けが人はオフロード車の運転手一人に収まる結果となった。怪我人――否、死人、であるが。
警察の事情聴取などに付き合う中で、額を顰めている十文字を見つけた摩利は彼にどうしたのかと問う。
「いや……妙に、防壁に掛かった圧力が少なかったように思ったが……」
「市原の減速魔法があったからだろう?」
「そちらではない。飛んできたオフロード車の話だ」
それはおかしな話だった。
飛んできたオフロード車を減速させよう、もしくは弾き飛ばそうとした魔法は複数の術者が行使しようとした事で相克が起き掛けていたし、何よりそれらの魔法は全て何者かの手によって吹き飛ばされている。
だからこそ司波深雪が炎を消化する魔法を行使できたのだし、十文字克人が防壁の魔法を発動させられたのだ。
魔法の行使が最も早かった千代田花音のソレさえも発動していなかったその僅かな瞬間に、既にエイドスの改変が終了しているなどという処理速度を持つ者が、今バスに乗っている生徒たちの中にいるとも思えなかった。
いや、可能性があるとすれば司波深雪だが――。
「気のせい……か?」
「いや、十文字の空間把握能力はこの場にいる誰よりも卓越しているだろう。お前がそう感じたのなら、減速魔法、あるいは移動魔法を使ったものがいるのだろうが……」
「……これ以上は調査の仕様がない、か」
後は警察の仕事だ。
この後現場を通行可能にするための手伝いをして、三十分ほどの
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いやー……驚いた。
絶対に外部からの干渉が無ければ有り得ない軌道だったね、あれは。
咄嗟にチート染みたの方で軌道を逸らしたのだが……。
完全に曲げきる前に、こう……横合いから思いっきりぶん殴られたみたいな感じで、僕の軌道干渉が掻き消されてしまった。
なんだったんだろう、あれ。あれが魔法の相克かなぁ。
とまぁ、トラブルはあったもののバスは再出発して、富士演習場南東エリア、ってトコ……の、近くの宿舎に到着したようだ。
ようだ、というのは遠目から見たからで、当たり前だが僕はあの宿舎に部屋を取っているわけではない。山梨県の吉田市にあるビジネスホテルに、向かわなければならないのだ。
ワンタッチで妹に繋がるそれを押す。
『はいはーい、着いたー?』
「うん。おおいえあいい?*7」
『GPS見るから待ってー……あ、結構近いよ。今いる所から真南にすいーっと行ってー』
シャーッと言われた通り真南に滑る。
『M○Sの看板見えたでしょー?』
「うん」
『そこを東でー』
そんな感じで、僕はしっかりビジネスホテルに辿り着けたのだった。
お名前は? 追上。
これで通じるって、いいなぁビジネスホテル!
*
妹ちゃんはこれを瞬時に理解・翻訳できます……ッ!