チート染みた力を持っているけど母音ーッンしか発せられない 作:飯妃旅立
えー、二年ぶりですね。
クライマックスです。
誰もいない青山霊園を歩く。
達也君たちがここへ向かおうとしていた事は知っている。アイオーンで青山の高架の側面を駆け抜けている時、彼らの姿を確認したから。とはいえあの時はあらゆる視線を曲げていたから、姿は視認されていないはずだ。あのよくわからない視線もなかったし、誰にも見られていない。
誰にも見られずにここに来て、今。
誰もいない──誰一人いないはずの霊園で、三人と対峙している。
「よく来たな、追上青」
「……おっいぁおんあんあぉうぁ*1」
「そう警戒するな。我らは同胞、悠遠の旅の果てにこうして再会できたことを喜ばしく思う」
「あいあい? あいいいっえんお*2」
片足を上げて、ファイティングポーズを取る。
どよめく三人。
見えているよ。見えている。
君達の頭に憑いた、僕と同じ化成体が。
そこに宿主の意思などなく、ただの乗り物として操っている君自身が。
僕の目には、ちゃんと映っている。
「おうあいいあいおおおいいいあんあ*3」
「……何故だ。この世において、数少ない同胞よ。我々よりも遥か過去にこちらへ縛りつけられ、この世の生物としての在り方を余儀なくされた同胞よ」
「あんおういああああ*4」
十分だった。
ともすれば、君達はまだ日が浅い。
でも、むやみやたらにヒトを殺すのはダメだ。
憑依したのなら、宿主に敬意を。
僕は感謝している。青君に、そして茜ちゃんに、ううん、関わってきた人すべてに。
僕を見捨てないでくれてありがとうと。
もう、十分だ。
もう十分だから。誠に勝手ながら。
「おうおおうえいおあうあえい、あいあういいあいおおおう*5」
言葉にも、思いにも込める。
わかっている。ずっと聞こえていた幻聴は、こいつらの声だ。昨日聞こえたのはちょっと違ったが、悪夢を見るようになったころから聞こえる幻聴はこいつらで間違いない。だって声同じだし。
そして、彼の僕を見る目が同じ転生者に対する歓迎であることも、心の底から僕を仲間だと思ってくれているのも理解している。
理解している上での選択だ。
僕を含め。
転生者は──この世界にとって、害あるものだと、僕は判断した。
ゆえに勝手ながら、相手の気持ちなんか一切考えることなく、僕は。
「いいあいおいいうえいあええおあう*6」
「……!」
ほぼ水平方向のエア。僕の体を射出するだけのこの魔法は、実際それなりの速度を叩き出す。まさか馬鹿正直に突っ込んでくるとは欠片も思って無かったんだろう、三人は動揺を見せる──も、流石というべきか、すぐに雷撃で対応せんとしてくる。
それも全部、逸らして。
三人の胴体を抱いて、森の奥にまで突っ切った。
……いやまぁね、霊園で戦うのはホラ、悪いし。あんなトコに霊がいないとはわかってるんだが。
*
「遅かったか……」
「お兄様、これは」
「……足跡? それに……」
青山霊園に辿り着いた達也達は、霊園に入って少しした所にある小さなクレーターを調べていた。
複数人の足跡。組み合った痕跡というよりは、誰か一人が強く走り、なんらかの加速系魔法を使った痕跡だ。
そしてその破壊痕は、霊園の奥、森の中へと繋がっている。
『マスター。この先で、上位個体と我々の仲間が戦闘行動を行っているようです』
「ああ、把握している。ピクシー、お前の仲間は何体いる? 大体で良い」
『確認できるものは三体分のオーラですが、複数体の場合観測数にバラつきが出ます』
「三体……加え、もう三体くらいはいる、と見て良いということか」
達也は考える。
パラサイト三体。それだけなら達也一人でもなんとかなる可能性があるが、深雪とほのかを守りながら、奇襲に警戒しながら、となると難しいものがある。だが同時に、ピクシーらパラサイト、その上位個体とされた追上青の安否も気になるところだ。
心配である、というよりは──その肉体が壊れた場合の話。
他のパラサイトと同じく新たな宿主を探すのだとしたら。
……あれ程強力な存在が不可視なまま襲ってくる、というのは考えたくないな。
「お兄様。……私達は、退くべきでしょうか」
その発言が深雪から出たこと自体、達也にとっては驚きの強いものだった。
自立している事はわかっていても、だからこそ彼女は己が意思で如何なる時も達也のそばにいた。それを自ら、ということは。
「恐らくこの先の戦いで、私やほのかは足手まといになってしまいます。お兄様が十全にお力を発揮するためには、私達はいない方がいいのではないかと思いました」
「……そんなことは」
「あります、よね。深雪はともかく、私は絶対足手纏いです。この先で戦闘が起きているというのなら……私は」
今度こそ、そんなことはない、とは言えなかった。
少し耳をすませば、遠くで聞こえる激しい戦闘音。魔法師同士の撃ち合いではない、格闘戦や物理攻撃の類が行われている音がする。たまに混じる銃声を考慮しても、ほのかを近づけるべきではないことはわかる。
危険であることは承知で連れてきたつもりだったが、ここまでのものだとは思っていなかった、が正しいだろうか。そしてそれは恐らくほのかも同じ。
なんせ、こうも。
向けられた対象でもないにもかかわらず──心の臓を掴まれるような、凄まじい殺気が飛び交う場所だなどと、欠片も予想していなかっただろうから。これは、激しい激しい殺気だ。どれだけ戦闘になれている魔法師といえど、殺気を直接向けられたことなど数える程も無いだろう。
旧日本軍の兵士。
成程、本物だ、と。達也でさえ、殺気立ってしまいそうになるものが、森の奥にはあった。
『マスター、緊急事態です』
「どうした」
『現在多方向からパラサイトのオーラが接近中。恐らく前方で襲われている個体への救援かと』
それは確かに緊急事態だった。
追上青のピンチであると同時に、達也達にとってもあまり大人数を相手にするのは得策ではない。
「そんじゃ、アタシらの出番ってことでいい?」
声は突然だった。
否、気配には気付いていたし、それが誰なのかもわかっていたけれど、わざわざ姿を現すとは思っていなかったのだ。ストーキングし、森の中で彼らがピンチになった瞬間に現れるものだと。そういうのを好む少女であると知っているから。
「エリカ!」
「僕も……」
「オレもいるぜ!」
「その……お邪魔かとは思いましたが、私も……」
勢揃いだ。
今更何故、と問う事でもないが、達也は一応問うことにした。
「なんでエリカたちがここにいるのか、聞いておこうか」
「どっかのバカが遺言なんてものを残してったからよ。開封日時は指定されていたみたいだけど、嫌な予感がしたって事で無視して開けた妹ちゃんに感謝ねー。中のメッセージは、その子が目元赤くして泣き腫らす程酷いものだったみたいよ」
全く予想外の答えが返ってきて目を白黒させる達也。
今更何故、と聞いておいて正解だったな、と独り言ちる。
「遺言……ですか?」
「そ。美月、あんたは聞いたのよね。どんなのだったか言ってやってよ」
「はい……思わず手が出るかと思いました」
「ハハッ、こんなに怒ってる美月は見たこと無いぜ」
「うん……柴田さんに内容を聞いたけれど、僕も少し思う所はあったかな」
「当然オレもだ。一回ぶん殴って目ぇ覚まさせてやらねぇと気が済まねえぜ」
結局遺言の内容は一切伝わってこなかったが、彼ら彼女らをここまで怒らせるなど大したものだと心内で称賛する達也。彼も時折空気を読まずに(あるいは意図的に)周囲を怒らせてしまう事があるが、恐らく此度の追上のそれは天然だろう。
得体の知れない二重スパイ、パラサイトの上位個体、己に並ぶ干渉力の持ち主、などの仰々しい肩書きの隣に「人心掌握には欠ける」という情報が追加される。
多分それをここで口に出せば総ツッコミを食らうのだろうことくらいは達也にもわかる。これこそが空気を読む技術だ。
「で、この先にアイツがいるんでしょ?」
「ああ。だが気を付けろ、エリカ。恐らく今までの奴とは別人レベルだ。戦っている敵も、奴自身も。生半可な覚悟で挑めば、一瞬だぞ」
「……」
「どうした?」
いつものエリカなら「上等じゃない!」みたいな言葉が返ってくるところを、けれどエリカはしゅんとした表情で。
「……なんでもないわ。行きましょ、達也君。それと、美月、ほのか、ミキはバックアップで。ミキ、二人を守れる?」
「勿論だよ」
この手際の良さは、どこかの誰かからテコ入れがあったな、と。
達也は腹の底の見えない老人の姿を思い浮かべる。実際にテコ入れしたのは実は藤林だということを彼は知らない。完全な冤罪であると同時、少しばかり失礼な勘違いだと。
「ピクシー、テレパシーを繋げるのは俺と深雪、ほのか、エリカだ。できるな?」
『可能です、マスター』
では。
少々予定を早めての――決戦、である。
*
「
「くっ……このォ!!」
アイオーンで戦場を駆け巡りながら、サバイバルナイフと学校の備品である木刀で敵に攻撃を与え続ける。どっちも盗品だ。前者は先日の横浜から、後者は勿論学校から。
左手のナイフを主武器に、木刀は防御に。流石に本来のバトルスタイルとは行かなかったけれど、かなり戦いやすい。加えてアイオーンでの魔法行使も忘れない。主に使うのはアイアンとヤーン。
そして。
「いえうあ!*7」
「ガッ……ぐ、引き摺られ……!?」
「決して背を向けるな! 動きに集中しろ、でないと──」
でないと、なんだよ。
僕のチート染みた力が、その程度で防げるって?
馬鹿言うなよ。
「う──目を、向けただけで……がはっ!!」
マルテ、と名乗った男性を木にぶつける。
なるほど、僕対策がよくわかっているというべきか、こいつらはできるだけ動かないようにしているのがわかる。リューカンフーと同じだ。無理矢理制動することで、軌道を生まれなくする。軌道操作までを理解しているかはわからないが、少なくとも何かを操っていることまでは見抜いている。
少しだけ舐めていたかもしれない。彼らの観察眼があれば、その内全貌をも見抜かれかねない。
その前に片を付ける。
「おい*8」
「ヒッ──」
先ほど逃げようとしていた奴の軌道をぐりんとまげて、僕の方へ来るようにする。
涙をボロボロと流し──ながら、その手に魔法らしきものを湛えているのも見えている。あー、BS魔法かな? わかんないや。
でもこれが演技で、宿主の事なんか欠片も考えてないのはわかってる。
横浜事変の前までの僕も他人の事とやかく言えないが。
「隙あr」
「あういおい*9」
コン、と。
頭部を小突く。それだけで、ソレ……彼の頭についていた化成体は出てきた。軌道しか見えなくても、震えているのか、小刻みな軌道で輪郭が見える。
──僕に、化成体を殺す方法、なんてものはわからない。僕の魔法はどこまで行っても何かを移動させる、その軌道を変える技術でしかないのだから。
ただまぁ、唯一できることがあるとしたら。
「ま──待て、何をする気だ!」
「いっいぁーういあうっえー……*10」
引き寄せて、それが動いている間に──軌道を上へ向ける。
上。
上だ。
都会だというのに森の中だからか、満天の星空が見える夜空に。
「おんえいえ! ういぅうおあああい!!*11」
軌道は操作した。
直線だ。まっすぐだ。
重力によって引っ張られない、どの天体にも影響されない完全な直線を与えた。ならば、あれが戻ってくる事は有り得ない。この世界の宇宙が端と端が繋がってる、ループしてるタイプの宇宙でなければ、だが。
「なんということを……!」
「何故……何故だ! お前はわかっているはずだ! 何十年と独りで過ごしたんだろう、この世界で! 我々にとって同胞を失うことは、身を切られる思いに等しい! それ知って、何故!」
そうかもしれない。
でも多分僕、君達とは別の世界から転生してるし。仲間意識とかないよ、あんまり。
サンズ・リバーの向こうから知り合いが来てたらちょっとは考えたかもね。
あるいは、本当にそう、なのかもしれない。でも。でもね。
「おえあ、あうおあああ*12」
「──もういい、やれ!!」
見えている。
彼らを助けるためだろう、各地から集結していた化成体の軌道。僕に向けられた魔法、僕に向けられた銃火器の軌道。
僕の後方に来ている、複数人の少年少女の軌道。
全部見えている。
「おう、あおいああい*13」
いいさ。達也君に何を見られようと、もう関係ない。深雪ちゃんに疑われても、レオ君たちの信頼を裏切っても。
必要なことは遺言メッセージに書いたしね。茜ちゃんなら、開封したあとみんなに伝えるくらいはやってくれるだろう。その点ちょっと苦労かけちゃうのがごめん。
だから、解放する。
今まで派手で目立つからやってこなかった使い方を。思い付きこそすれど、実行に移すことのなかった大技を。
僕だって最初の生は健全な男子だったんだ。それが、こんな魔法のある世界に生まれて。
ほとんどの魔法は使えないと知って絶望したとしても──やっぱり、考えることは考える。
必殺技の一つくらい、欲しいじゃん?
「
さっきのでテストは終わった。
だから、これが必殺技だ。文字通りの。
アイオーンを地面に叩きつける。
それにより、地が、大きく揺れる──!
*
誰もが光を見た。
可視化されていないはずの
臨戦態勢になりながらも一向に会敵しない事に違和を覚えていた達也達にもそれはみえた。
見えて。
見えたから。
誰よりも先に反応したのは──美月。
彼女は通信機越しに叫ぶ。
『誰か、止めてください!! あの真ん中の強い光──青さんです!!』
先日の実験により、この世界に引きずり込まれたパラサイトは総勢十二体。
内の一体がピクシーの中にあるのだから、十二条の光の内一つは。
「お兄様!」
「いや、ダメだ。追上の精神は
系統外・精神干渉系魔法『コキュートス』。
深雪のその魔法ならば、そして達也の知覚があれば、追上を捉え、凍らせる事まではできただろう。
だけどそれをすれば、本当に凍り付く。
そして砕け散ってしまう。それがわかったのは、追上が達也からの視線を受け入れたから。
達也は彼を見て、そして理解した。
こんなに弱い生物は他にいない。ともすればパラサイト達よりも脆い。
この表現が合っているかはわからないが──「老衰している」と、達也はそういう印象を受けた。
他に比べて、老いさらばえている。しなびている。もう、生命力が足りていない。
「クソッ、エリカ! オレをぶっ飛ばしてくれ!」
「ぶっ飛ばしてどうすんのよ! 相手は霊子の塊なのよ? 物理攻撃は通じないってば!」
「じゃあ黙って見てるだけかよ!!」
空に上がっていく光は、そろそろ視認不可な距離へと差し掛かる頃合いだった。
あんな遺言を聞かされて。
止めると意気込んで。
最期が、ただ見ているだけ、など。
「~~っ! ああもう、見てるだけのつもりだったのに──タツヤ、レオ、エリカ! ワタシを飛ばせる!? 天高くまで! あの光よりも早く、上空まで!」
その声は突然だった。突然現れた、暗闇より出でた鶴の一声だった。
深紅の髪、仮面──ではなく、金髪の美少女。
着ているものこそ正体を隠す気のないものだが、その表情はしっかりと焦っていた。いいや、何かに吹っ切れたように、何かを思い出したかのように。
「
「タツヤ、余計な事言わないで欲しいんだけど。それより時間が無いわ。できるなら──」
「私が。──飛行魔法はCADにインストールしてあります。私がリーナを抱えて飛べば、リーナは魔法に集中できる……そうでしょう?」
「え──ええ。お願いできる?」
それならばアレを捉えられると、達也とリーナは踏んだのだ。
得心の行った顔の兄を見て、深雪にも迷いはない。
「お兄様」
「ああ。──行っておいで、深雪」
「……はい!」
過保護な兄が彼女を止める事は無かった。
達也としては、そんな顔を向けられたら止められるはずがない、という心境でもあったが。
ただし、本来として飛行魔法はまだ何かを持ち運んでの運用を想定していない。軍用に調整したものならいざ知らず、深雪のCADに入っているものは普通の飛行魔法だ。ゆえに想定外のアクシデントもあり得る。
「リーナ、飛ぶわよ。──恐らくチャンスは一度きり。逃せば、彼は宇宙の彼方に飛んでいってしまう」
「ミユキ、もしかしてワタシが失敗すると思ってる?」
「……いいえ。そんなはずなかったわ。──行ってきます、お兄様!」
深雪とリーナの身体が浮かび上がる。
すぐに声の聞こえなくなるくらいの高さにまで上昇した深雪を見送りつつ、残ったエリカとレオに目配せをする達也。
「わかってる。もしなんかあったら、受け止めろ、だろ?」
「リーナは私達が。シスコンお兄ちゃんは深雪を受け止めたいでしょ?」
「いや、別に近い方でいいが……」
「またまたぁ。どうせ深雪をレオがキャッチしたら静かに怒るクセに♪」
少しだけ想像をする達也。
空より落ちる妹を、歯をキラリと光らせたレオが掻き抱き、姫抱きで──。
「安全なら、それでいいさ」
「……今、一瞬殺気みてーなのが飛んできたんだが……気のせいだよな?」
「気のせいだ」
願わくは、妹たちが無事であるように。
そして──こんな事態を引き起こした追上青に、長らくのツケを。
この日、誰もが夜空を見守ったのだった。