チート染みた力を持っているけど母音ーッンしか発せられない   作:飯妃旅立

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第三十三話のタイトルは「妖怪退治」でした。
更新が遅いのは妖怪のせいです。
今回ツクリが面倒くさくなってます。ごめんなさい。


あいあんいぅうおんあ おいう、いぉうえうおうあいい……?

*

 

 

 

「我々が追いかけている吸血鬼の正体ですが、USNA軍から脱走した魔法師のようです」

 

 河川敷でお互いの信念をかけて殴り合う(魔法)という青春真っ盛りな――と言い切るにはあまりに地獄の様相を呈していたが――事件があった、翌日。

 幹比古君、エリカちゃん、克人先輩、真由美先輩、深雪ちゃんに達也君、そして僕。

 それぞれなるほど、ペア、という言葉がしっくりきそうな面々+僕という、要らない子一人いますよね状態の生徒会室にて、そんな爆弾発言が発せられた。

 発声元は達也君。

 

「……」

 

 驚きすぎて声も出ない。だってUSNA軍だよ?

 USNA軍がなんでレオ君を襲うのさ。というか僕らが交戦したのもUSNA軍って事?

 ……いやさ、確かに前世ではそれはもう殴り合いました。それはもう。血みどろに。

 でも今の僕は追上青くんなワケで。

 

 軍人に喧嘩を売るのはマズイんじゃないかな、と思わないでもないわけで。

 テロリストなら話は別。

 他国の軍となると、十師族の権力とやらも効かないんじゃないかなぁ、という懸念。

 

「……パラサイトはなんのために軍を脱走したんだろう」

 

「軍に所属している事が無意味に思えたのか、軍に所属していたら成し遂げられない目的があったのか、その辺りはパラサイトを捕まえてみない事にはわからないだろう。

 そうだな、追上」

 

「ぅ……あ、あぁ」

 

「青?」

 

 やめてくれー、達也くんはもう確信あって僕の事を旧日本軍扱いしてくるから、幹比古君たち事情を知らない組にとってはちんぷんかんぷんな話題フリになってるじゃないか!

 八雲さんも達也君もどうしてそう……内緒話を内緒話にしておけないんだ!

 

 というかUSNA軍のことなんてわからないからね!

 同じ軍だから、とか通用しないから!

 

「……何うろたえてんの? コイツ」

 

「USNA軍やパラサイトの事について何か知っているのかい?」

 

「いや……言えん」

 

「……ふーん」

 

 横浜の事件のようなことがあったとしても、まだまだ彼らは子供である。

 戦争の事とか、特攻の事とか、わざわざ語ることもない。

 

 だからこれ以上は、という思いを込めて達也くんにアイコンタクト。

 

 ……流石だね、達也くん。

 表情一つ変えない。伝わっている気配がゼーロー。

 

「追上。お前は自力でやつらを追えるな?」

 

「……おう」

 

 何の話かはまったくわからなかったが、NOと言うのは許さない、という声色だったので頷く。奴らって件のUSNA軍の吸血鬼とやらのことだよね。

 まぁ、奴ら特有の化成体の軌道を辿ればいけるかな。

 

 そこで話は終わり。

 解散となった。

 

 まぁ、軍に喧嘩を売るのがどうこう、って悩んではいたが……レオ君を襲った存在だ。

 慈悲もない。

 

 ただちょっと、顔くらいは隠していこうかな!

 

 

 

*

 

 

 

 昼休み。

 いつもは眠りこけている僕だが、今日だけは違った。というか無理だった。

 

 煩いのだ。

 眠る――以前に、目を瞑っただけで聞こえてくる、声、声、声。

 悪夢もとうとう現実にまで浸食したか、なんて感慨に耽っている場合じゃない。

 

 何か他の事に集中しなければ、目を開けている時にさえ聞こえてきそうだったので、とりあえず学校中の軌道に色を付けて空間把握能力を養っている、そんなときだった。

 

「痛ッ」

 

 と、美月ちゃんが悲痛な声を上げ、瞳を抑えて倒れ込んだのだ。

 

 いつもは心配するところだが、こっちもそれどころじゃなかった。

 把握空間の中に突如現れた膨大な点。移動しているから軌道によって視認できたのだが、なんだこれ。化成体……それも、吸血鬼とは比べ物にならないほど。

 そして。

偽装解除法陣(アンチ・ステルス・フィールド)とは……たかだか高校生と侮っていたのが間違いでしたか」

「う、ぅ、うう!」

「そのようだ」

「青!?」

「偶然ではないか?」

「アンタまで!? 何が起きてるっていうのよ!」

「わからないな」

 懸念していた、目を開けている時でさえ聞こえてくる声。

 それは明らかに、その巨大な軌道から聞こえていた。

「気づかれたと思いますか?」

「ううあいんあお!*1

「我々の気配を察知できる者がいるとは思えんな」

 思わず人前で、英語でも何でもない、僕本来の母音ーッン語で叫んでしまった。

 それくらい、余裕がなかった。だって今日以降――この幻聴が、ずっと続くかもしれないのだ。

「気にする事はないだろう」

「アンタ、何? どういう事!? 何か知っているの!?」

「私もそう思いますが……やはりここには来るべきでなかった」

 声は止まらない。

 何をしゃべっているのか、内容はわかる。でも、心当たりが全くない。

 だが同時に、その堅苦しい喋り方が……前世を、彷彿とさせた。

 

 今はもう、あの巨大な軌道はない。

 だが、そのあとに残された人型の軌道。アレがカギになるのは間違いないだろう。

 

 アレがなんのなか――三途の川の向こうからやってきた亡者(どうほう)達なのか、それとも悪鬼羅刹なのか。わからないが、もう行くしかない。

 伝わらなくてもいいから、一言。

 一言言いたいのだ。

 

「あっ、どこ行くのよ!」

 

「待ってエリカ! ……捉えた!」

 

 窓をガラッと開けて、身を乗り出し――そのまま木、校舎、中庭へと三角跳びで着地。

 アイオーンは預けているのでないが、まぁどうでもいい。アレはあくまで魔法師としてふるまうためのカモフラージュ。チート染みた力の方が何倍も出力が大きい。

 

 下りる途中で折った木の枝二本を手に、その場所――実験棟の方へと駆ける。

 

 一言――文句を言うために!

 

 

 

*

 

 

 

「ミア……どうしたんですか?」

 

 一方で、実験棟へ新型機材を運び入れるためのトレーラー前。魔法工学産業のトップメーカーであるマクシミリアンのその業務用トレーラーの前には、二人の存在がいた。

 交換留学生アンジェリーナと、マクシミリアンの従業員ミカエラ・ホンゴウだ。

 この二人は知り合い――正確に言えば”同業者”、もしくは”協力者”であり、歳も近いということもあってか、仲が良い。と、リーナは思っていた。

 

「いえ……なんでもありません」

 

 ミア(ミカエラの愛称)と、彼女の名を呼ぶリーナの声には疑問があった。ミカエラが、鬱陶しそうに何もない空間を手で払っていたからだ。

 それに対し、なんでもないと答えるミカエラ。その割には、手を止めない。

 

You again(ゥーアェイン)*2

 

 そこに、物凄い速度で何者かが突っ込んできた。

 まるで親の仇でも睨むかのように、積年の恨みでも果たすかのように――ミカエラを、睨みつける男。

 

「アオ!?」

 

 追上青だ。

 

 この時、リーナの中でいくつかの優先事項が浮上する。

 一つ、先ほど観測された異常――吸血鬼の出現から、ミアを守る事。具体的には早く逃げて、と伝える事。

 一つ、突如現れた追上青から、ミアを守る事。何故だかはわからないが、殺意さえ籠った瞳でミアを睨みつけているあの男。友人としてミアを守らなければならないと思った。

 一つ、追上青は、吸血鬼であると、昨夜判明したこと。

 

 これら三つが同時に浮上した――その結果。

 リーナの中で、先ほど異常観測された霊子と追上青が結び付き――追上青が吸血鬼としての正体を現し、友人を襲ってきたのだという結論に至った。

 

「させないわよ……! ッ、今度は何!? 囲まれた!? く、でも……今は目の前の敵!」

 

 突然リーナとミア、トレーラー、そして青の周囲に領域魔法が展開する。

 だが、そんなことよりも、と……リーナは制服の内ポケットから古い板状端末を取り出した。それは前後にパカッと割れ、中から汎用CADが出現する。

 

「……Why,Ann(ゥアイ、アン)*3

 

「……アオ、貴方がワタシの何を知っているのかはわからないけど……ミアを狙うなら、ワタシの、」

 

 意外にも冷静に止まったアオに、リーナは啖呵を切る。

 啖呵を切ろうとした。

 

 だが出来なかった。

 

 領域魔法の外側から、神速の突きが侵入してきたからだ。

 リーナは咄嗟にミカエラを突き飛ばし、自らも後ろへ転がる。

 

 その突きの下手人――エリカと、同じくして入ってきた十文字克人の存在にギ、と歯を絞めた。少々――どころではなく、分が悪い。

「何故邪魔をする、同胞」

you are not allowed(ううあいんあお)……!*4

 

 今度はエリカだけでなく、克人とリーナもそれを聞いた。

 否、少し離れて様子をうかがっていた達也と深雪も聞いただろう。

 許可されていない――その意味するところは。

 

「追上、どういう意味だ……?」

 

 追上青は、まっすぐに――ミカエラへと、警告を放つ。怒りを顔に出したままに。

 それを受け、僅かにミカエラも、顔をしかめた。

「思い出してください。貴方はこちら側です」

「おおおああ!」

 

「ッ、させない!」

 

「アンタの相手は私よ!」

 

 棒切れ二本で、しかし鬼気迫る表情でミカエラへと斬りかかる青。これを吹き飛ばす術式を使おうとして、しかしエリカの斬撃により中断、回避に専念した。

 一瞬ミカエラの方を見てみれば、素手で棒切れと蹴撃に応戦しているものの、防戦一方。それもそのはずだ、とリーナは思う。何故ならアオは、驚異的な身体能力を持つ吸血鬼なのだから、と。

 

 だが、その考えも次の瞬間に覆された。

 それは、通信。シルヴィアからのもの。

 

『リーナ、聞こえますか!?』

 

「シルヴィ!?」

 

『よかった、ようやく通じた! 例の白覆面ですが、正体がわかりました!』

 

 青の投げつけた棒切れが、ミカエラの素手に弾かれる。

 直後、跳ね返った棒切れがあり得ない軌道を以てミカエラの後頭部へ突き刺さらんと加速するが、ミカエラはそれを防壁の魔法をまとった掌で受け止めた。

 それは、例の白覆面の魔法師が使っていたものに他ならない。

「貴方とは戦う理由がありません。投降してください」

『ミアだったんです! 白覆面の正体は、ミカエラ・ホンゴウです!』

「煩い煩いと……参ったな、まるで子供だ」

 青の右足から繰り出された素早い蹴りを、ミカエラが受け止めた。

 体格、体重差から見て、有り得ない程の怪力。一切の反動無く止まるなど、人間の域ではない。

 

 だが、彼女と対峙する青もまた――事、足技の格闘戦に関する経験値は人間を外れているといっていいだろう。呂剛虎との死闘は、彼の蹴りとチート染みた力の親和性を格段に上げた。

 

 軸足をひねり、僅かな軌道を生み出す青。

 それだけでミカエラの身体がグイ、と引っ張られ、思いきり蹴り飛ばされ、トレーラーへと激突した。

 そして、その胸の中心に向かって。

「何故やつらの味方をするのだ、同胞」

Loud(ゥアーゥッ)*5

 

 残っていたほうの棒切れを、射出した。

 人間の腕から投げられたとは思えない程まっすぐな軌道を以て、それはミカエラの胸の中心へと吸い込まれ――ザク、と。

 突き、刺さった。

 

「なんてことを!?」

 

 リーナが叫ぶ。

 だが、青は油断しなかった。先ほどミカエラの後頭部へ向かわせた棒切れを右手に吸い付かせるように戻し、腰を落として構える。

 彼の目には、化成体が未だ動いている事がはっきりと見えていたからだ。

 

 そしてそれは、ここにいる全員にも伝わる事となる。

 

 ミカエラが、自ら。

 胸に刺さった棒切れを抜き――瞬く間に、その傷を塞いでしまったから。

 

「治癒、魔法? こんな速度で……!」

 

「まさしく化け物、ってところね」

「これだから上位存在は……面倒な」

「だったら、これはどう?」

 

 直後。

 トレーラーごと――降り注いだ恐ろしい程の凍気により、ミカエラは凍り付くこととなる。

「仕方がないですね」

 終わった――そう思えなかったのは、凍り付いた女性を青が睨み続けているからだ。

 氷の魔法を放った深雪と様子をうかがっていた達也もまた、それに気づいて緩めかけた気勢を再度締める。

 

 そしてその時は来た。

 

「危ない!」

 

 一番遠くにいた幹比古による警告。

 あまりにも緊急すぎて何が危ないのかを伝える余裕がなかったようだが、警告の役割は果たしていた。

 放出される雷。人間の身体など一瞬で焼き去ってしまうだろう出力のソレは、しかし彼らに辿り着くことなく――天空へと消えていく。

 

「これ……前にも……」

 

 その軌道は、明らかに曲げられていた。

 雷は性質上軌跡が見えやすい。故に、どこで曲げられているのかがわかりやすい。

 それら雷は、彼らに辿り着く前――追上青の真横で、全て曲げられていた。

 

 エリカが思い出すのは、横浜事変の最後。

 ゲリラが打ち出した弾丸が、有り得ない軌道を以て曲がったあの時の事。

 

「追上。お前がやっているのか」

 

「……ああ」

 

「そうか。パラサイトがどこにいるか、わかるか」

 

 達也ではなく、克人が青に尋ねる。

 それは単に、近くにいたから、という理由。

 

 青が何もない中空を指さした。

 克人の目には何も見えない。そこから雷が放たれているわけでもないし、空間のゆがみがあるわけでもない。

 だが、他の――”視える者”達には違ったようで。

 

 達也は驚いた顔をし――幹比古の隣にいた美月が、叫んだ。

 

「青さんの指さす方向、指先から約一メートルの位置に、います!」

 

 その声に動いた人間は三人。

 一人は吉田幹比古――対妖魔術式・迦楼羅炎。現実世界には燃焼と言う結果を起こさずに、情報の上でだけ「焼けた」という事実を記録するSB魔法。

 すでにその実力は二科生のものではないだろう、という思いを皆々が抱くのも無理はない速度とコントロールで、中空に浮いたパラサイトが燃えていく。

 

 一人は司波達也。

 その現象を、正体を見極めんと自らの”視力”で最大限にソレを追い――考察の果て、パラサイトを”観測”してしまった美月が危ないと考えた。

 だが、もう一人、見えていたはずの青は襲われていない。やはり、という思いが、一瞬の隙を生む。

 達也の意を突き、パラサイトから糸のようなものが美月へと射出されたのだ。無論達也も幹比古もそれを視認する事は叶わないが、何か危ないものが向かった、というのはわかった。霊子とはそも、第六感で察するものであるからに。

 だが、それ以上どうしようもない。

 やむを得ないと、達也はCADを構える。

 

 最後の一人は追上青だ。

 克人にその場所を指示(さししめ)した後、彼はソイツの掌握に取り組んでいた。

 相変わらず聞こえてくる声は煩わしく、意味不明で、イライラしていたこともあってか――普通ならば捕獲なりなんなりを考える彼の頭も、回ることなく。

 

In the way(インァウェイ)*6

 

 達也が吹き飛ばすまでもなく――青が、その化成体の軌道をめちゃくちゃに捻じ曲げた。

 化成体の軌道。

 惑星が自転し、公転する際に生まれる軌道。

 物凄い速度であるはずのそれは、しかし何の因果か、惑星外に吹き飛ばされる事無く――すぐそばの、第一高校の倉庫へと着弾する。

 

 だが、それを彼らが知ることはなく――此度。

 

 パラサイトとの交戦は、撃退に終わる事となった。

 

 

 

*

 

*1
うるさいんだよ!

*2
またお前か!

*3
何故だ、アン

*4
お前たちには許可されていない……!

*5
しつこいんだよ!

*6
どこかへ行け!




今までの話全部の母音ーッン語、()にしていたものを注釈に置き換えました。

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