チート染みた力を持っているけど母音ーッンしか発せられない 作:飯妃旅立
この話は勘違い要素薄いです(ないとは言ってない)
ほぼ戦闘シーン。
そしてあと1話で終わる予定だったのですが、多分2話に膨れます。
それでは。
*
呂剛虎は怒涛の攻防を繰り返す中で、思案する。
初めにハイパワーライフルの試し撃ちをしてきた辺り、自らの魔法である剛気功、伴って白虎甲の効果を知っているというわけではないのだろう。
だが、男の移動魔法はこの呪法具、及び剛気功の情報強化の上を行くらしい。
ラグの一切を無くして発動するそれは、今のところ呂にさえ兆候を掴ませない曲者だ。
反応速度も奇妙だが悪くはない。蹴撃とコンバットナイフによる刺突、そして移動魔法と硬化魔法のみで呂と渡り合えている事は褒められる事だろう。
だが、と。呂は獰猛な笑みを浮かべる。
「うおっ!?」
視覚外からの攻撃に弱い――それは男の視覚外ではなく、呂の視覚外からのものであると、呂はただの二戦で悟っていた。それほど判りやすかったとも言えるだろう。
元より男は呂達侵攻軍の扱う幻影、それも化成体に似た異様な気配を持つ存在だ。
そのもっとも強い場所が、人体としてもっとも弱い部分にある。
呂にとって、視認せずにその気配を打ち砕く程度、造作もないことであった。
「グォオオオ!!」
「うっ」
雄叫びは自らの鼓舞と威嚇。
自らの纏う白虎甲、そして呂の通り名の通り、虎の如く。
豪快に、剛胆に、圧壊する。
逸らされた腕は勁として足へ伝わり、それが逸らされれば今度は腰へ、上体へ勁を増幅させながら流していく。
勁は魔法ではなく、運動エネルギーの事を指す。”止める”のではなく”逸らす”だけであれば、勁は減らずに増えていく。
己が身をすり抜ける蛇のような戦い方をするこの男も気付いたのだろう、逸らすのではなく避ける割合が多くなってきている。その避け方も人間というには難しいものがあるが、呂程ではない。
虎にとって蛇は捕食対象であるのだから。
「
だが、男も然る者であったと言えるだろう。
防御においては回避一方になっていたが、攻撃は苛烈。
真直ぐピンと伸びていた脚を食い千切らんと腕を伸ばせば、凡そ人体力学において有り得ない軌道を取ってそれをすり抜け、呂に蹴撃を入れる。その蹴り自体の威力は大したものではないのだが、問題は直後に行われる移動魔法だ。
呂が完全に静止した場合であれば発動しないそれであるが、その蹴撃に一歩でも後退しようものなら思いもしない方向に吹き飛ばされる。水平方向、上空、地面。白虎甲の情報強化などものともしないその移動魔法は脅威であり、厄介だった。
呂の剛拳が男を捉えるか、男の流脚が呂を吹き飛ばすか。
奇しくも白虎の名を持つ呪法具と、青の名を持つ男の一騎打ちとなったその勝負は、
「シッ!」
突如として現れた茶髪の少女によって幕を下ろされた。
*
その軌道は見えていたから、即座に反応する事が出来た。
予想を軽々と超えるその速度には驚いたが、なるほど、これが特訓とやらの成果なんだね。
エリカちゃん。
「せやぁっ!」
レオ君が極薄の刃でもってリューカンフーに斬りかかる。
しかし反応している。なら、少し手助けをしよう。
「ぐぉっ?」
リューカンフーの視界を回す。
目を瞑られてしまえば簡単に取られてしまう対策も、この極限状態では隙となるだろう。
「オォォオオ!!」
だが、それでも奴は反応した。
恐らくまた気配というものだろう。視界を回されてなお、2人の気配を読みとった、とでもいうところか。
エリカちゃんの凄まじく重そうな剣を往なし、レオ君の斬撃を避けながら回し蹴り。
――飛んだな!
僕と闘っている時はそれに気付いていたのだろう、最初のベクトルがゼロ……つまり地に足付いて静止した状態であると、僕のチート染みた力がほとんど効果を発しない事に。だから奴はずっと地に足付けて戦っていたし、僕の蹴撃を受ける時はさらに強く地を踏みしめていた。
だが、レオ君とエリカちゃんが間に入って来たことで一瞬でも僕の力が意識外にいったらしい。
「――」
そのベクトルで、十分だ。
リューカンフー自身の強靭な脚力に寄る上昇軌道を、今まさに出現しようとしていた氷の礫のようなものに真っ向に向かわせる軌道へと修正する。氷ということは深雪ちゃんだろうか。良い仕事するね!
一発一発は大したことの無い威力なのだろうが、それが数百と連なれば人体を弾き飛ばす威力にもなる。その弾き飛ばされるべき方向と真逆に飛ばしているのだから、その威力は単純に倍。
「
自らの脚力と氷の礫の威力の相殺で空中静止を果たしたリューカンフーに、レオ君が硬化魔法を施した左拳を叩き込んだ。
「グォオッ!!」
「はぁっ!」
氷の礫の射出が終わり、リューカンフーの身体が重力に従って落ちようとするが、そうはさせないのが僕だ。
もう隠すつもりはない。エリカちゃんが踏み出した軌道を視認し、その上段斬り掛かりに対抗するような軌道へリューカンフーを乗せる。リューカンフーは避けられないと断ずるや否や、全身に力を込めてエリカちゃんの斬撃を受け止めた。
エリカちゃんの斬撃がリューカンフーを弾き飛ばそうとすればするほど、リューカンフーの身体はエリカちゃんの斬撃の方へ押しやられていく。
またも空中で拮抗を続けるリューカンフー。その仰向けの体勢であった頭部に向かって、三本の容器のようなものが投げつけられた。
摩利先輩だ。
その容器を目にした途端、リューカンフーは苦渋に顔を歪めるも――なんとその一本に噛み付き、刹那の後にエリカちゃんへと放った。
「うっ」
エリカちゃんの意識が落ちる。反して、リューカンフーの意識は落ちていない。
掌打の軌道がエリカちゃんのお腹に向かっている。その掌打の軌道をズラしつつ、重力に従うエリカちゃんの身体をリューカンフーから引き剥がすような軌道に修正する。
重力程度の速度じゃ間に合わないかもしれない。そう思って駆け出すが、既にリューカンフーは裏拳の姿勢に入っていた。
「
だが、その裏拳とエリカちゃんの間に無理矢理入ってきた存在がいた。
レオ君だ。彼は硬化魔法を纏ったまま特攻し、文字通り肉壁となってエリカちゃんを守った。
「
「ッ……大丈夫だ!」
僕のチート染みた力は時間をかけなければ速度を削ぐことが出来ない。
出来る限りの事はしたが、それでもかなりの速度を以てエリカちゃんを抱きしめたレオ君は自動車に突っ込んでしまった。
返答が出来るのだ、頭など危険な場所を打ったわけではないと信じたい。
「はっ!」
「ォォォオオ!!」
摩利先輩による、いつか見た摩利先輩のイケメン彼氏さんが使っていた黒い剣がリューカンフーに襲い掛かる。流石にアレを受けるという選択肢は無かったのだろう、リューカンフーはそれを、上体を反らすだけで躱し、回し蹴り。今度は僕対策なのだろう、地に足を付けたままで。
その速度に僕の操作は間に合わず、だからこそ摩利先輩の方の軌道を操作して衝撃を緩和させた。
その手応えに顔を顰め、心から煩わしいという表情で僕を睨むリューカンフー。
機を窺っているのか、深雪ちゃんからの援護射撃はあれ以降来ていない。
範囲攻撃を得意とする彼女のことだ、僕達を巻き込んでしまわないように出るに出られないのだろう。
ならば僕のやるべき事はただ一つ。
もう一度リューカンフーの身体を地から離し、空中へ追いやる事。
激しい動きのせいか腹筋の傷がジクジクと痛むし、先程から左膝も妙な音を上げている。
意識の無いエリカちゃん。負傷したレオ君と摩利先輩。
「――うん」
国の為に死ねと言われたあの時に比べたら、何という事はない。
蛇にとっても、虎は捕食対象となり得ることを思い知らせてやる。
*
啖呵を切ったはいいものの、防戦一手という他なかった。
先程の戦いでようやく――初めて気が付いたのだが、僕のこのチート染みた能力は”仲間の補助”にとことん向いている。勿論自らの接近戦においても大いに役立つ事は間違いないのだが、誰かアタッカーがいてくれた方がその真価が輝くのだ。
一応リューカンフーにも疲労やダメージが見え隠れしており、消耗している事はうかがえる。
だが、消耗具合で言ったら僕の方が酷い。元よりチート染みた能力で身体を動かすのは多大なる負担がかかるのだ。その急激なGはがっつりと僕の体力を奪う。
一瞬たりとも集中力を乱すわけにはいかないし、かといって視線や既存の軌道に集中し過ぎれば、突然現れた必殺性の高い攻撃に反応できない。
今更になって、この”軌道が見える”という力を活かすために必要な立ち位置は中距離であるという事に気が付いたのだ。気が付いても、どうしようもないのだが。
「――?」
その窮地に、一筋の光が差した。
僕の力を警戒して地に足を付け続けるリューカンフーは、その性質上頭の高さがほぼ変わらない。
そしてその頭を貫く様に、細く、長く――鋭い軌道が通っていたのだ。
僕はその軌道に、心当たりがあった。
だから、ずっと手に持っていたコンバットナイフ――桐原先輩に貰ったそれで、リューカンフーに斬りかかる。
刺突ではなく、斬撃。
それは当たり前の様に、リューカンフーにさえ意味が解らないという表情をされながらカキィンと弾かれ。
大きくできた隙に、虎形拳……吹き飛ばしの十二形拳が突き刺さる。
「
その直前に使用したのは、エアやアイアンのような一工程の魔法とは違う、二工程の魔法。幾度か話題に出した加重系・重量軽減魔法。
それをかけるのは、僕の身体。
凄まじいダメージが内臓を貫いたが、それでも大分軽減されたはずだ。
その吹き飛ばしを使って、僕の身体を細い軌道から逸らす。
「ッ!?」
轟音。先程いた装甲車の機関砲やハイパワーライフルの銃弾など足元にも及ばない衝撃が、リューカンフーの頭部に着弾、これを吹き飛ばした。
狙撃だ。
この恩は必ず返すぞ、という言葉が思い起こされる。
あぁ、ここぞという時に返してくれたようだ。
「ゴァ……!」
仰向けに吹っ飛んだリューカンフーの目の前に、氷の礫が一つ、形成される。
脳震盪を起こすと言う概念を持たないのか、奴はそれにすら反応し、防ぐために手を伸ばした。
だが
普段は気持ちが悪いからやらないが、顎にも、舌にも、軌道はあるのだという事を思い知れ!
「カッ……」
昇華した白い気体がリューカンフーの口内に侵入する。
リューカンフーは喉元を押さえたが、苦しむ暇も無く気絶した。
流石は深雪ちゃん。恐ろし過ぎる。
*
「エオッ」
こんな時でさえケホ、と言えないこの口には嫌気も差すが、今回ばかりは許してやろう。
そんなことに気を遣えない程に、疲れたから。
最後の掌打で内臓系のどれかが裂けたのだろう、先程から血が上がってきて仕方がない。粘性のある血を無理に飲み込もうとすれば最悪窒息の可能性もあるので、吐き出す力が残っている内にしっかり吐き出しておく。
リューカンフー含めた奇襲部隊は全員拘束、こちらの勢力が侵攻軍を押し返した事で自体は次第に収束の影を見せ始めていて、だからこそこんな所で座り込んでいられるのだ。
「大丈夫ですか!?」
「ん……あぁ、いういいぁん……*1」
レオ君やエリカちゃん、摩利先輩が救護される中で、ただ一人僕の方へ来てくれた美月ちゃん。その心配そうな顔がかわいい。あと走り寄ってきた時に揺れていた果実が癒し。
だが、流石に大丈夫ですか、と問われてヘーキヘーキモーマンタイ! と答えられるような体調ではなかった。というかちょっと無理だった。
「あー……おう、いい、いあ、あおえおういあいあ……いぉっお、えうえ……*2」
「いい、いあ、いい、いあ……? あ、青さん? しっかりしてください! 青さん!?」
やっぱりまだ、茜ちゃんほどの翻訳力はないんだな、なんて事に苦笑しつつも、揺さぶられた程度で覚めることの無い目は次第に重くなり、僕は暖かな微睡の中へと落ちて行った。
……なんか本当に暖かくて、柔らかかった気がする。気のせいだよね。
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