チート染みた力を持っているけど母音ーッンしか発せられない 作:飯妃旅立
多分皆さん母音ーッンを読みなれてきていて、その内茜ちゃんばりの通訳ができるようになるのでしょうね!
それでは。
*
――なかった。
「え……?」
戦場で恐怖に目を瞑ることなど狂気の沙汰だ。
だから僕は、その事象をしっかりと目にしていた。
生えた訳ではない。ただ、千切れた左腕が引き寄せられ。
最初から失くしていなかった、とでもいうように……左腕が
人影……達也君の顔を見る。
無表情。だが、無感情ではない。
助けてくれた、というのか。
まるで奇跡のような魔法。学問ではない、ファンタジーの魔法のようなソレ。
それを何故、僕に使ったのだろう。
「あ……」
「その気があるなら、動け」
「ん……――ああ!」
簡潔な言葉。
僕に吐き捨てるように言った後、達也君は深雪ちゃんを抱き寄せて何かを囁き、また飛び立とうと背を向ける。
その背に向かって、慌てて言う。
「ッ……えいおいう*1!」
僕ではなく、俺の言葉で。
僕を助けてくれて、本当にありがとう。
達也君は一瞬だけ立ち止まる。だが、何も言わずに、振り返る事も無く飛び立って行った。
さぁ、僕も――拾われた分、貢献をしなければ。
*
「The aim ‘EU’!*2」
任務に戻る達也の背中に投げかけられたのは、そんな言葉だった。
追上青。九島烈とフランスに繋がりを持つ謎の男。
達也はその一部始終を精霊の眼で視認していた。常時ぼやけたままの追上と、生徒たちに放たれた凶弾の行方を。
紗耶香と啓に着弾するはずだった2つの銃弾は異様な速度でエイドスを書きかえられ、追上の元へと引き寄せられた。数瞬の間に、達也の持つ「分解」や「再成」に匹敵する速度で行われたソレは銃弾の勢いを保ったままに軌道を逸らし、誰にも被害を出さずに集団から抜け切ったのだ。
恐らく術者だろう、追上を除いた全員に。
彼自身も避けるつもりだったのだろうが、恐らくは前日に負っていた怪我が邪魔をしたのだろう、ぼやけなくなったことを確認した時には左腕がもげていた。
妹に呼ばれるまでは、達也に’その’つもりが無かったことは事実だ。
だが、心優しい妹はそうではなかった。達也の持たない感情を持つ深雪は、追上の「再成」を願った。
それに応えないはずもない。
「EU……États-Unis。なるほど……」
自らの「再成」に対して、礼の代わりとして放ったのだろうその言葉。
確かに、有益な情報だ。それも、この上なく。
États-Unis……フランス語で、アメリカ合衆国。
自分たちの目的は日本ではないと、そう言ったのだ。
それだけで、長らく不明だった敵対する可能性も、身分を隠している理由も掴めたというもの。
「……」
先程追上のエイドスを遡った時に見つけた’ソレ’も、恐らくはそちらに対する対策なのだろう。
常に精霊の眼をぼやけさせるソレを纏っている理由にも納得が行く。なにせ、アメリカ合衆国が超高精度の衛星カメラを持つ事は達也でも知っている事だ。魔法的にせよ科学的にせよ、姿を見せたくない理由はソレだろう。
ソレ……追上の脳に棲み付いた、化成体。
美月の言っていた頭の辺りから漏れ出でる光。
追上の魔法にもこれで納得が行った。その技術の再現が可か不可かはともかくとして、移動魔法と精神干渉系魔法、そのどちらかが追上の演算領域で、どちらかが化成体の演算領域で行われているものなのだろう。
結果は違うが、脳をもう一つ持っているようなものだ。ソーサリーブースターに通ずるものがある。
あぁ、だから今回の論文コンペにも出向いたのかと、達也は独り言ちた。
春の一件、九校戦、今回の事件。
そのどれもに無頭竜が、ひいては大亜連合が関わっていて、九校戦と今回の事件にはソーサリーブースターを付けられた尖兵が日本に来ている。
もしもその技術がフランスを元にする物だったとすれば、これ以上の流出を抑える為に予定外任務として組まれた……と考えても不思議はない。
バラバラだったピースが埋まっていく。
追上家。化成体。不可思議な経歴。戦闘経験。
「――」
そこまで考えて、達也は思考を切り捨てた。
これ以上は自分が踏み込む事ではない。九島烈が追上青と手を組んでいる以上、あるいは先の未来であの大国を相手に共闘をする可能性も無きにしも非ずだ。
そこに余計な情報はいらないだろう。
戦場を俯瞰し、一○一旅団の圧される戦場へと向かう。
これから幾人にも行うだろう「再成」による苦痛への恐怖は無い。
思考の雑味が無くなった達也はまた、真赤な戦場へと降り立つのだった。
*
「おい! お前は怪我人なんだ、早く乗れ!」
「いいえ」
達也君が飛び立った後、すぐに戦場に戻る――という事は出来なかった。
弊害がいたのだ。
「治癒魔法は一時的なものだ! 今治っていても、いつ達也くんの魔法の効果が切れるか分からないんだぞ!?」
「ええ」
「ええ。じゃない! ええい、司波! 達也くんの魔法はどれほど効果が持続するんだ?」
摩利先輩である。
彼女が妙に、異様に僕を引き留めるのだ。いやまぁ、目の前で腕が引き千切れた奴を放って戦場に行かせる、という人間も中々珍しいのかもしれないが。
でもさっき千切れていた腕を物凄い腕力で掴んで離さないのもどうかと思いますよ。
「永続的なものです」
簡潔に、深雪ちゃんはそう答えた。
その言葉に、摩利先輩に空白が生まれた。隙を突いて抜け出す。
達也君の事を一番よく知っているだろう深雪ちゃんがそういうのだ。
説明を聞かずとも、それが真であることは信じられる。
戦場でいきなり腕を失くす可能性も無くなった。
これで、僕を阻害する理由も無くなったわけで。
「待てよ」
「ん?」
「これ、持ってけよ」
そんな僕を制止したのは桐原先輩。
だが、先輩は僕を止めたわけではなかった。彼が放ってきたのは、コンバットナイフ。
先程僕がゲリラに投げ、凍りついた物ではない。
「さっき、殺したゲリラから奪った奴だ。使うだろ?」
「ああ」
放られたソレを掴みとり、逆手に持つ。
よく馴染む、という事はないが、やはり短剣があるのは落ち着く。
「――
「おう、行って来い」
駆け出す。
「
そして、飛び出す!
先程からひしひしと――見えていた、その色の視線。
忘れもしない、忘れるはずがない!
リューカンフーの居る場所へ!!
*
「ォォオオオオアアア!!
上官である
確かに思う所はあったが、呂剛虎は軍人。上官の命に背く事はない。
だからこそ、その蹴撃は幸運であったと言えるだろう。
自らが襲撃していたベイヒルズタワー、その入り口手前。
背後に感じた気配は、まさしく自らの報復対象そのものだったのだから。
呪法具・
想像以上の威力に少しばかりとはいえ後退したが、その身体を跳ね飛ばす。
自らの率いていたはずの奇襲部隊は皆、いつのまにか北東方向に吹き飛ばされていた。
あの住宅街で自身も受けたその魔法。体感は加重魔法だったが、それを知る意味はない。
男は左手にハイパワーライフル、右手にコンバットナイフ、両脚にローラースケートという珍妙な格好で、鎧やプロテクターなどはつけていない。
典型的な魔法師ではない。だが、呂のように自らの肉体だけで戦う者でもない。
アンバランスなその立ち姿に、しかしなんの迷いも無く突貫する。
敵が何者であれ、排除以外に道はないのだから。
*
道中、ゲリラから奪い取ったハイパワーライフルと、桐原先輩に貰った短剣。
ハイパワーライフルの先端に短剣をつけた銃剣術にするか迷ったが、完全に接近戦タイプのリューカンフーにそれは悪手だと判断し、最初から取った状態で挑む事にしたのだ。
そんなことより、と。
先程奴を蹴った感触を思い出す。
自らが下に落ちる、つまり地球の重力による軌道を逸らして威力の底上げを図った飛び蹴りは、いとも簡単にとめられ、跳ね返された。建造物でも蹴ったかと錯覚するような硬さと重さ。恐らくはあの白い鎧がなんらかの役割を果たしているのだろうが、打撃は更なる威力を求められる事がわかった。
油断はしない。奴の軌道を見続けて、確実にここで殺す。
テロリストだ。国の敵である。罪になる心配もない。
僕の持つ魔法は、チート染みた力を含めてそのままでは殺傷力を持たないものばかりだ。
達也君の消滅や深雪ちゃんの凍結みたいな魔法があればよかったのだが、今ない物ねだりをしてもしかたがない。
そのままで殺傷力が無いのなら、工夫するまでだから。
「グォォォオオ!!」
正に獣のような――猛虎のような雄叫びをあげて、リューカンフーが突っ込んでくる。
僕も母音ーッンしか発せない性質上人の事を言えたものではないが、この雄叫びは人間をやめている。
その速度に、しかし落ち着いて軌道を逸らし、その後頭部へ向けてハイパワーライフルを発砲。しかし薄い膜のようなものに阻まれた。
意識外でも効果なし、と。
「ウッ!?」
顔を貫く軌道が出現する。一瞬遅れてそれを避けると、さらに一瞬遅れて僕の顔の在った場所をリューカンフーの蹴りが貫いた。
仰向けに倒れ行く僕の身体を上下に裁断するかのような軌道が現れる。伸びた足を振り下ろそうとしているのだろうが、その軌道が一切乱れる気配がないというのはどういうことか。
即ち、この威力の踵落としをモロに食らうと、僕の身体がぷっつんするということにほかならない。
「
仰向けのまま脚力のベクトルを変えて真横に身体を射出しつつ、リューカンフーの踵落としを反対方向に逸らす。
骨が折れた音は聞こえない。化け物め。
離脱中にハイパワーライフルを3発発砲。鎧の無い部位に当たっても効果なし。
次の瞬間、振り向きざまに――視界外だったというのに――裏拳が飛んできた。逸らされた自らの脚の遠心力をそのまま利用したらしい。
「
足を曲げて、裏拳を硬化させたアイオーンで受け止める。
トラックが衝突してきたかと錯覚するような重みに膝が悲鳴を上げるが、ここは空中。リューカンフーの拳と寸分たがわぬ方向に身体を逸らし、衝撃を消した。
身を捩って体勢を立て直すと同時に、無用の長物となったハイパワーライフルを捨てようとする。
あの距離で当ててなんの効果も無いのだ、例え零距離でも意味はないだろう。体内も試してみたかったが、そんな隙を奴が生むはずもない。
……いや、どうだろう。
少し想いつき、残弾を全て適当な場所へ撃ってから捨てる事にした。
軌道を整え――全弾奴の顔へ!
「フンッ!」
だが、7発は有ったハイパワーライフルの弾丸を、奴は腕の一振りで弾いてしまった。
威力は損なっていないのに、だ。しかし弾いたということは、効果は零ではないのかもしれない。
かもしれないが、もう残弾は無い。自分の無計画さが嫌になるね。
だが愚痴を吐いても仕方がない。
後はこのアイオーン2足と桐原先輩からもらったコンバットナイフで、この難敵を倒すしかないのだから。
*
一度他の更新に目を瞑り、この小説を一端の区切りである横浜動乱編集結まで持って行きたいと思います。
ので、多分明日も投稿します。多分だよ。多分。しなかったら怠けたって思ってください。