チート染みた力を持っているけど母音ーッンしか発せられない   作:飯妃旅立

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あいいあ えあっあいおーおあ、あうおんえいあい

「ぅあぁ~……」

 

 大きな欠伸をする。

 登校した一年E組の教室は雑然と緊迫の入り混じる混沌とした空間になっていた。

 もっとも緊迫しているのは僕とクッキーに埋もれていた彼の間だけであり、さらに言えばその横にいる平らな彼女と、クッキーに埋もれていた彼に話しかけた背の高い男子生徒との間にも一方的な緊迫が満ちていた。

 ずるいぞ、僕は独りなのにそちらはイヌサルキジを連れているなんて。

 追上なんて名前だから、左前詰めの五十音順に並べられると教室の左隅後ろという主人公キャラポジションに追いやられてしまうのだ。方角的には裏鬼門だというのに、何故イヌサルキジがそちらにいるのか教えてもらおう桃太郎君。

 

 しかしあろうことかクッキーに埋もれていた桃太郎君は犬と猿を宥めてしまった。随分と常識的な桃太郎らしい。

 

 さて、いつまでもクッキー太郎くんをみているわけにもいかない。

 色々と手続きがあるのだ、この学校は。中学もそれなりに電子化が進んでいたけれど、ここはそれ以上に凄い。無駄に電子化が進んでいるせいで逆に面倒くさい。読むだけ読んで判子を押すだけでいい紙時代が懐かしい。

 チカチカと喧しいオンラインガイダンスをスキップして進めていく。タイピングもできるが、脳波アシストと視線ポインタの方が遥かに速いのだ。特に視線ポインタは良い技術。

 

 履修登録までを済ませ、ふと思い出して先程のオンラインガイダンスを見る。

 この左の女の人……メロンパンどころか、スイカボールか?

 いや、おかしい。この揺れ方……本当にこの大きさで、しっかりとした生身なのだとしたら……やけに揺れすぎている。

 違ったら失礼だ。失礼極まりない。だが、どう計算しても……明らかに揺れすぎている。

 これぁ……とっつぁん、キナ臭ぇぜ? 詰めてやがるな……!

 

 自分の情報端末(仮想型ではない方)を取り出し、オンラインガイダンスを一時停止して情報端末を立て掛ける。何の捻りも無いペイントという名のお絵描きアプリを脳波アシストで呼び出し、視覚情報をそのままペイントツールへ描き出していく。

 これは絵心とかそういうものはいらない。ただのトレス絵だ。

 その後、僕が計算したままの胸のサイズに削り落とした。

 

「おぉ……」

 

 担任教師なのかなんなのかはわからないが、それなりに可愛い子が教壇に立っているのを視界に一応収めつつ、そのトレスと削減を1Fずつ繰り返す。

 そして完成した。

 パラパラ漫画のように絵をめくって行けば、本来の姿を取り戻したオンラインガイダンスお姉さんがとても自然な揺れ方でその小振りな西瓜を揺らしている。

 満足だ。

 

 満足したので立ち上がる。

 履修登録はしたのだから、ここにいる意味はない。丁度近くで細身の男子生徒が立っていたから出て行ってよいのだろう。

 

「あ?」

 

 集まる視線を感じて教室をぐるりと見渡せば、さっと視線を逸らす大多数。残りは桃太郎一味だ。

 それと教壇に立つ女性も、こちらを吟味するような視線を向けてきていた。

 やだ、照れちゃう。

 

 前の男子生徒が一礼して出て行ったのを見て、僕は適当に後ろ手を振って出ていく。

 これで前の男子生徒の印象は良くなったに違いない。僕の印象操作に一役買ってもらったついでに彼の好感度も上げる。うーん、なんて良い奴なんだろうか僕は。

 

 

 

 ふらふらと歩いていく方向にあるのは第二小体育館、通称闘技場。

何の捻りも無くて申し訳ないが、僕はもう見た目通り肉体で戦うタイプの魔法師だ。CADは一昔前に流行った音声認識CADで、基本的に殴って被ってジャンケンポン、もとい収束系魔法の、特に硬化魔法を使って戦う。

 ちなみに何故汎用型CADを使わないのかと言えば、とても簡単な事。

 入学試験の文章題に「ああああ」を書いたことからそろそろわかってくれるとは思うのだが、僕にはとある欠点があるのだ。

 

 それは、母音(ボイ)ーッンしか発せないという事。

 

 発せないというのは、声に出す事も文字に起こす事も絵で表す事もキーボードや脳波アシストで打ち出す事も、全てダメということ。

 あいうえお、AIUEOと長音符に促音、音節主音としての「ん」しか言葉にする事が出来ない。

 これは後述するチート染みた力に言語中枢を占領されているからだとかなんとかオイシャサマは言っていたのだが、まぁそんな話はどうでもいい。

 

 問題は僕がCADに魔法式を書き込むことが出来ない、という点だ。

 そりゃあ魔法が使えると聞いて一応勉強はしまくった僕は、それなりに妄想と想像を膨らませて云万文字を超える魔法式を考え出した。脳内で。

 だが、書き込むことは愚か声に出す事すらできない。僕は悲しんだ!

 仕方が無いので市販の汎用CADを買い、知り合いの魔工技師に頼んで思いつく限りの魔法を入れてもらおうと思ったのだが、あいうえおーんしか発声できない僕は意思の疎通すらできなかった。

 今までの人生で散々思い知ってきたはずの絶望を、更に味わうことになったのだ。

 

 だから、本当に仕方がないので、僕は母音ーンだけで通じる魔法式を音声認識CADに入れてもらったのだ。

 そう、想子での起動式への干渉も出来なかったのである。

 

 さて、話がずれてしまったが、要するに僕の音声認識CADは限られた僕が魔法を使え得る唯一の端末。文章題と魔法実技がほぼほぼ最低点になることはわかっていたので、他の部分が満点になるように努力した。ちなみに選択問題はアとかAではなく、1、2、3、4から選ぶものだったために普通に点を取る事が出来た。

 ポケベルが欲しくなるところである。

 

「あら?」

「ん?」

 

 闘技場に入るか入るまいかという所でぶらついていると、目の前から見覚えのあるメロンパンナちゃんがやってきた。恐らく先輩だろう方々を引き連れて。

 全員が全員八枚の花弁のエンブレムを付けている辺り、メロンパンナちゃんのクラスメイトだろうか。確か生徒会長と言っていたはずだから、多分A組だろう。生徒会長はA組になる定めなのだ。

 メロンパンナちゃん率いる先輩方を前にしても一歩も退かない僕。

 退けば老いるぞ臆せば死ぬぞ! 僕はまだ若いままでいたいので、退かない!

 

「……」

 

 普通に避けて行きなさった。

 クラスメイトであろう方々が侮蔑の視線を向けてくるが、睨みつけると視線を逸らして先を急いでいく。いいんですかぁ? 一年の後輩坊主に負けちゃってぇ。

 

 ガンスルーである。そりゃあそうだ、声に出していないのだから。

 

 気を取り直して、闘技場に入る。

 コロッセオ的な雰囲気を期待していたが、そんなことはなく。

 普通に体育館だ。汗が舞う体育館だった。

 

「……」

 

 確か、一年生は見学しかできないのだったか。

 女子生徒が汗を流す姿ならともかくとして、ムサ苦しい野郎どもが流す汗なんて僕は見たくない。

 くるりと踵を返し、校門方面に向かう。

 あ、CAD返してもらわないと。

 

 

 

*

 

 

 

「ん?」

「……お前か」

 

 まだ下校時間ではなかったことが起因して、中々CADを返してもらえなかった。

 悪戦苦闘する事三時間程。お腹が空いたので食堂で適当にご飯を買い、再度挑戦五時間半。

 ようやく意図が伝わった事で帰ってきたCADは、なんだかかけがえのない宝物のように見えた。余計な手間かけさせやがって分かり辛い形してんじゃねぇよこのCADが、なんて思いは一切無かった。あぁ、優しいなぁ僕。

 そんな、一般生徒とほぼほぼ帰宅時間を同じにしてしまったからだろう。

 桃太郎が、犬猿雉と美少女を引き連れてやってきた。

 

「何よ」

「あぁん?」

「お、なんだやるのか?」

 

 犬と猿が僕を威嚇する。先に威嚇したのは僕だが。

 って、待って待って。

 

 美少女?

 

「……うお」

 

 美少女だ。

 美少女がいるぞ!

 月に代わってお仕置きしてくれるかもしれない! あの衣装エロすぎるよね!

 

「……」

 

 ズイ、と。

 クッキーに埋もれていた桃太郎君が美少女と僕の間に割って入る。

 ぬあああああ……美少女までクッキー太郎君の毒牙にかかっているのかぁぁ……。

 いやイケメンだが! イケメンだがね!? なかのうえ君くらいイケメンだが!

 

「……おい」

「なんだ」

 

 手でシッシッと捌けろ動作をする。

 美少女の周りを桃太郎君と犬君と猿ちゃんが固めた。雉ちゃんはおろおろしている。

 

 だが、美少女は気丈にも毅然(きぜん)とした態度で僕を見据えてきていた。

 これは……脈アリ!?

 少し勇気を出して、手を伸ばしてみる。

 

「ッ!?」

「あン?」

 

 ガシッ、と腕を掴まれた。桃太郎君に。

 あれれー……? おかしいなぁ、ねぇねぇ小五郎のおっちゃん、僕ちゃんと視線外したよね?

 そして痛い痛い。力強い強い。

 

「深雪に触れるな」

「……あいあい」

 

 ばっと振り払う。いったいなぁ、まだ痺れてるよ。

 それにしても深雪ちゃんっていうのか。

 ……呼べないなぁ、残念だ。母音とンだけで構成されている名前だったらよかったのに。僕みたいに。

 

「てめぇ、今何しやがった……?」

「見えなかった……」

 

 そしてまだ臨戦態勢のお供二人。やめてくれー、名前を呼べない時点で恋愛対象外なんだぁ~。

 もうその子に手を出す気はないから逃がしてくれ~。

 というのも無理そうなので、ここでパン! とどこかの国家錬金術師のように打ち合わせる。

 

 そして視線を外して猛ダッシュ! お供二人を交わし、深雪ちゃんの横を……うわ桃太郎君と目が合った怖っ!?

 驚きから大きく迂回し、そのまま校門へダッシュダッシュ! キックエーンドダッシュ!

 

 さっきのパン! はいわゆる猫騙しで、特に魔法的な効果のあるものではない。

 だが人と言うのは集中している所に破裂音が聞こえると、その地点を注視してしまうもの。視線は外しやすくなるのだ。

 まぁ今回は上手く行ったが、次は通用しないだろう。あの二人、バリバリの肉弾戦タイプっぽかったし。

 

iron(アイアン)!」

 

 校外に出た瞬間に音声認識CADを起動。勝手にサイオンが持って行かれ、内蔵された起動式がエイドスに干渉、世界の改変が始まる。

 僕の音声認識CADは、靴だ。靴というか、ローラースケートというか。

 このCADに登録されている魔法はとても少ないが、使い手次第で汎用性はある方だと思っている。

 今使ったものは収束系硬化魔法で、文字通り靴の、それもローラー部分の密度を高め、硬度をあげるもの。

 これさえやっておけば無茶な使い方をしても壊れない。素晴らしい。ローラー部分は精密機械ってわけでもないし、軸と靴の緩衝に最もお金が注ぎ込まれているので大丈夫だ。

 

 僕はこの靴をエアギアと……呼びたかった。実際のアレとは全く違うが、初めの頃に行われていた塀走りなんかを実現できるからもうエアギアと呼びたかったのだ。

 でもギが……ギが発音できなかったんだ……ッ!!

 

 仕方がないので左と右、それぞれ違う機能を付けてもらったうえでアイオーンと呼ぶことにした。両性具有の神だから、左が女性で右が男性。それぞれをモチーフに機能が造られている。まぁ小細工程度の機能なのだが。

 ちなみにアイアンの硬化魔法を起動させているのは男性モチーフのCADになる。

 

 そして走り出す。

 身体能力に任せ、道の在るとこ無いトコを縦横無尽に駆け回る。重力的眩暈。

 

Air(エア)!」

 

 十二分に勢いを付けた所で、弾道予測計算を利用しながら左脚の女性モチーフのCADの音声認識コマンドを使う。少ない魔法を二つ、ではなく、二足合せても少ない魔法しか入っていない、だ。悲しい事だが。

 今使ったのは名前だけ聞けば気体にでも作用したり世界を乖離させそうな魔法だが、実のところは加速系魔法。現在進行方向に向いているベクトルを計算で割り出した角度に変更、文字通り僕の身体は宙を舞う。

 

 あとはノータッチだ。

 僕の身体は実家に飛んでいき、着地の瞬間にアイアンを身体にかければいいだけ。昔は何度か失敗したが、今はもう目を瞑っていても出来る。狙撃されたりしなければ、だが。

 そのまま、空の旅を楽しんだ。

 

 

 

*

 

 


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