チート染みた力を持っているけど母音ーッンしか発せられない   作:飯妃旅立

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第十八話タイトルは「光の川」でした。エリンの光の空が好きです。

さて、今回の話は1つ目が別荘編の前の時系列、2つ目が後の時系列になります。
これにて夏休み編は終了ですね。


あいいぅういぅうあ ああああ、あいうえお!

*

 

 

 

 アイオーンから弱めの視線外しで注目を外しながら、有明を行く。シャーッと。

 普段から引きこもりがちな僕であるが、全く外出をしないかと言われればそんなこともない。あくまで引きこもりがちであって、引きこもりではないのだ。学校も行っているわけだし。

 

 さて、そんな僕が現在何を目当てに有明を走っているのか。

 まぁ、いくつか理由はあるのだが、一番大きいのは、

 

「いあぁ~……あいおあいお*1

 

 そう、迷子である。

 僕は練馬区に行きたかったのだが、なーんでか江東区にいるのだ。

 練馬区は僕の家から見て東にある。だから東へ東へと行ったら江東区有明に辿り着いてしまった。()ッ!? (ひがし)区!? 

 いや、ごめん。

 

 オイシャサマに呼ばれて朝霞基地って所に行かなければいけないのだが、いやほんと、後どれだけ東に行けばいいのやら。

 

 そんな折。

 

「――急いでいるんです。通してください」

 

「まーまー、そんなこと言わないでさ。俺達とも遊んでよ」

 

「そうそう、そんな坊やより、もっと楽しいコト知ってるよ、オレたち」

 

 そんな、古臭い会話が耳に入ってきたではないか。

 今盛大なブーメランが物凄い勢いで僕の首を刈り取りに来たが、僕は華麗に避けた。

 

 まぁ待てと。

 エリカちゃんにはもう何度も言われている事だが、ヤンキーというのは前時代的で絶滅危惧種なのだ。保護されない絶滅危惧種なのだ。

 しかしなんだろうなぁ、やはり見た目を似たようなものにしていると惹かれあうというか、類は友を呼ぶと言うか、同じ穴のきつねというか。

 例え中身の僕がどれほどの聖人君子で清廉潔白純粋無垢な男の子であっても、そういう人種に引かれてしまうのかもしれない。

 

「あぁ~……*2

 

 前にも言ったが、僕は道端でお婆さんが重い荷物を抱えて横断歩道を渡れずにいたら助けてあげるタイプの人間だ。重量軽減の魔法を使える状況なら、の話ではあるが。無論往来で私用目的での魔法使用は取締りの対称なので、僕がいつもやっているように周囲のカメラや視線の画角をすべて外した上でのみお婆さんは横断歩道を渡れるようになる。

 そして、今聞こえてきた会話はとても都合のいい事に路地裏からのもの。

 そこに向いているキャァメラは無い。キャ、キャ、キャァナメ。

 

 つまり、条件は整っているわけだ。

 そしてさらに、連中は坊ちゃんと言った。

 それはつまり、今路地裏には助けを求める女性と、女性を守る男子(おのこ)がいるということ。

 そう、それはボーイミーツガール!

 だが多勢に無勢! それが成立するのは物語の中だけだ。

 

 で、あるならば。

突然顔の見えない男が現れ、二人を爽快に助ける事は、現実を小説よりも奇な物にするためのファクター!

 

 二人の恋路を守るため、行きます僕はキューピッド。

 

「――おえ、あんいぉう!*3

 

 しかしポーズは桃の鬼!

 

 ……あれ、いないし。

 

 

*

 

 

 

「Oh yeah , Won's War !(オゥイェア、ウォンの戦いだぜ!)」

 

 そんな、意味の解らない事を叫びながら()()()()()のは、金髪の男だった。

 その只者ではない佇まいに森崎駿は注意深く構え、彼と対峙していた内情の面々や彼に守られているリンはその男に目を向けた。

 金髪長身。赤いシャツの上に青いアーガイルのカットジャケット、灰色のスウェットパンツを履いていて、靴は懐かしのローラースケート。

 

「……何だ、貴様は」

 

「……(ウォン)?」

 

 内情の面々はその男が()()()()()()への警戒を。

 リン=リチャードソンは聞こえたその単語に呟きを漏らす。

 

Unless you(アンエゥウー) are her fan(アーウァーアン)――*4

 

 この場に女性はリン一人しかいない。

 この場合の彼女が誰を指しているかなど、一目瞭然だった。

 故に内情は男が言葉を紡ぎ終る前に、行動を為そうとする。

 

「民間人がどうやってここまで来たのかは知らないが――眠っていろ」

 

 催眠効果を持つパターンの模様が刷り込まれた内情のマーク。

 それを男に見せようとして、止まった。

 顔が見えない。

 

「光波振動系魔法!? ――魔法師か!」

 

Let’s(えっぅ) elimination(えいいえーおん) !*5

 

 圧縮ガスの発射音が響く。

 麻酔銃。その細い針は、真っ直ぐに金髪の男へと向かい――、

 

「――影印!」

 

 男の手前で逸れ、曲がり、内情の面々に突き刺さった。

 

「CADも使わずに移動・加重・加速系の複合魔法だと……!?」

 

escape(えうえいっ)*6

 

 金髪の男が森崎とリンに言う。

 だが、逃げ場など無い事は分かり切っていた。相手が内情である以上、どこかへ匿うか、国外にでも連れ出さない限りは逃げ場など無い。

 だから森崎は、打って出る事にした。

 素性も知らない女性を守る為に、味方かすらも見当が付かない男と、日本政府相手に共闘する。

 おかしな現状だが、それが最善であると森崎は直感していた。

 

Bel homme(ウェウ ゥォンウッ)*7

 

 今まで英語で話していた男が、突然フランス語で森崎に話しかけた。

 森崎はそれを理解する事はなかったが、からかわれたような意味合いであった事はわかったために、フンと鼻を鳴らす。

 相変わらず顔は見えないが、金髪の男はニヤりと笑った、ような気がした。

 

「制圧する!」

 

「Yeah !」

 

 その二人の前に、阻み立てる壁は無かった。

 

 

 

*

 

 

 

「うぇっ、あんえっ?*8

 

 僕、かっこよく登場してかっこよく敵を引きつけて逃走を促したのに、なーんでこの少年は逃げないんですかねー。メンインブラックも真っ青な黒服はコレ、絶対FBIとかCIAだと思うから、僕みたいな顔を隠しているヤーツに任せた方が良かったと思うのだが。

 まぁ少年もびっくりするくらい強くて、ものの数分で共闘のちに制圧、までこぎつけられて本当に良かった。

 いやほんと、びっくりするよ。不良に囲まれていたボーイアンドガールを好奇心100%でデバガメ……もとい、追いかけて行ったらいきなり黒服に囲まれるんだもん。最初は吊り橋効果のための演出なんじゃないかと疑った。

 

「おうあう?*9

 

 呟く。

 なんかそんな雰囲気だったので、僕はささっと退散しましょうかね。

 

 

 

*

 

 

 

「work out(お仕事おーわりっ)」

 

 そんなことを呟いて去ろうとする金髪の男を、

 

「待って!」

 

 リン=リチャードソンは焦って引き留めた。

 先程聞こえた「(ウォン)の戦い」という言葉に、今の「仕事が終わった」という言葉。それは彼女を取り巻く現状に心当たりの在り過ぎるものたちだ。

 

「ん?」

 

「あなたは……ダグラスに雇われた傭兵? 名前は?」

 

 ダグラス=(ウォン)

 リン=リチャードソンが聞き覚えのある名前の中で、ウォンと呼ばれる人物は彼だけだ。

 だが、金髪の男は、

 

「――(あい) 餓男(うえお)

 

「は?」

 

 華麗なターンで振り向き、両手でハートマークを作り、胸の辺りで前後に動かしながら、そう言った。

 今の「は?」は森崎から漏れたものだ。

 

 金髪の男はそれで勝手に満足したらしく、スィーッと去って行った。

 今度は二人とも、止める暇は無かった。

 

 

 

*

 

 

 

 僕は母音ーッン以外を発する事が出来ない。

 それはもう何度も言っている事だから分かりきっているとは思うのだが、音楽以外にも一つだけ外部機器に母音ーッン以外を伝える方法を僕は持っていた。

 

 それは、「数字」を「選ぶ」という事。

 転じて、用意された数字があれば、入力という手段も取れるのだ。手書きでなければ。

 応用してポケベルのように言葉を伝えられないかと試行錯誤したが、そっちはダメだった。何故か全てが母音ーッンになる。多分これは呪いだと思う。

 

 さて、そんな数字を選ぶことが出来る僕は今、銀行にいる。

 銀行で、銀行強盗に遭っていた。

 

 はいはい類友類友。

 

 ただし、今の僕はパツキンキーヤンアァンスッゾオラではない。

 カミクロガーネメ(伊達)ガクガクブルブルだ。

 

「あー……」

 

「喋んじゃねえ! いいか、近づくなよ……?」

 

 しかも人質になっている。

 少しお金が入用になって、口座からお金を引き出そうとした矢先に絶滅危惧種たる銀行強盗が現れ、銀行員を脅してボストンバックにお金を詰めさせようとしてシールドがガッシャン落ちてきて警備員も落ちてきてどったんバッタン大騒ぎ。

 は、まぁ良かったのだが、なんと客に紛れていたらしい銀行強盗の最後の一人がザ・真面目君スタイルの僕に拳銃を突きつけたではないか。

 

 僕の見た目がヤンキーであれば「別にヤンキーくらいいいか」となったかもしれないが、残念無念また来年、僕の格好は「あ、ちょっと背が高いが普通に高校生くらいの、しかも気の弱そうな顔をしている少年が現れた!」とでもテロップが出てきそうな程少年らしさを残した格好で、実際僕の顔も引き攣っているからさぁ大変だ。

 

 なお、僕に飛び道具は効かない。チート染みた力があるから。

 じゃあなーんで顔を引きつらせているのかと言われれば、銀行の中に達也君と深雪ちゃんがいるからだ。

 あの二人、デートスタイルで肩を寄せ合って、仲良く首を傾げて僕を見てきやがってますの。多分「何故抵抗しないんだ?」とかなんとか思っているのだろうが、ヤンキースタイルではない僕が突然銀行強盗を殴打蹴打し始めたらおかしいだろう!?

 

 ついでに言うと、発砲された時の言い訳ができないんだ、こんな大勢に囲まれていると。

 だからどーにかして助けてほしいんだわさー。

 という念を二人に送ってみるのだが、残念、アイコンタクトで通じ合えるのは妹だけだった。茜ちゃーん……。

 

「まずは俺達の仲間を解放してもらおうか……おい、急げ! でねぇとこのガキぶっ殺すぞ!!」

 

 んあー、不味いね。

 当たり前だがアイオーンは履いてきていないので、アイアンは使えない。

 エアでぶっ飛ぶことも不可。

 

 とくれば、方法は一つ。

 

「う、うああああああああああ!?」

 

 殺すと言われ、恐慌状態に陥った学生君、風演技!

 軍学時代、「本当に緊急事態と勘違いするからやめろ」と言われたのが懐かしいね!

 母音ーッン以外が話せれば直義! じゃない、尚良し!

 

「き、君! 落ち着いて!」

 

「暴れんなつったろ! くそ、この――」

 

 銀行強盗の指が改造拳銃のトリガーにかかる。うわそれ安全装置無いんだ……危な。

 しかし、やめろと言われればやりたくなるのが人間心理。

 さらば銀行強盗犯。人質は取ったら負けだという言葉を知らなかったようだな!

 

 パァン! と発砲音が響く。

 誰もが――達也君と深雪ちゃん以外――眼を瞑ったその瞬間、拳銃が強盗の手元で暴発し、同時に僕は吹き飛ばされた――ようにして、離脱する。

 ジャムったと、FPSなんかで知識のある者は思っただろう。

 なんで一発も撃っていない拳銃がジャムるんだよと、ある程度の知識がある者はツッコんだかもしれない。

 

「――背で銃弾を受け流した、か」

 

 そして目の良すぎる彼は、どこで銃弾がどう曲がったのか、見えていたかもしれない。

 

「確保!!」

 

 こうして、銀行強盗は全員逮捕された。

 拳銃の暴発を至近距離で受けた僕は救急で運ばれかけたが、駆け付けた救急隊員が「無傷」の太鼓判を押した事で、解放。当初の予定通り口座からお金を引き落とす事が出来た。

 ちなみにわざわざ銀行に来てお金を卸しに来たのは、これが僕の口座ではないから。

 こういうと詐欺でもしているのかと思われてしまいそうだが、逆である。

 詐欺かと見紛う程にぼったくられていた医療費を、ようやく返してもらえたのだ。

 オイシャサマから。

 

 ツケをタダにしてもらったあの日の後、本当に良かったのかと問いかけた所、そもそも金銭が目的ではないからお金自体要らない、と言いやがりましたのだあの老人。

 じゃあお金返してください、と言ったらなんと快諾。八月三十一日に口座からお金を引き落としなさい、九月に成るとその口座は消えるよ、なんて証拠隠滅っぽい言葉と共に。

 

 こればかりは妹や母親に任せるわけにもいかず、ネットバンクでの引き落としは僕の体質上できないため、こうしてわざわざ赴いたと、そういうワケである。

 

 引き落としたお金を自分の口座に振り込んで、終了。

 無駄な時間を過ごしたで御座候。

 

 さて、銀行を出ますと。

 

「……」

 

「……」

 

 方や冷徹無比な瞳の兄。

 方や冷気美女な姿の妹。

 

 二人は抱き合うような姿勢で、今まさにキスでもしようとしていたのではないかという格好で、確実に水を差したのだろう僕の存在を射殺すような目で見ている。

 

 僕はサムズアップして、逃げるようにその場を去った。

 

 あの二人は確実にデキていると思うんだ。

 

 そんな、夏休み最後の日であった。

 

 

 

*

 

*1
いやぁ~迷子迷子

*2
はぁ~……

*3
俺、参上!

*4
お前達が彼女のファンではないのなら――

*5
排除しよう!

*6
逃げな!

*7
男前だな?

*8
うぇっ、なんで?

*9
告白?







我こそは、ヴォーイとグァールの恋路を応援する者!!
バッ、バッバッ、ババッ! 愛餓男なり!!

黒髪青はガッチャマンクラウズの公務員丈さんみたいな見た目を想定しています。

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