チート染みた力を持っているけど母音ーッンしか発せられない   作:飯妃旅立

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第十六話タイトルは「イニシエーション」でした。
さて、今回から夏休み編になります。ちょっとオリジナル要素大目ですね。
まぁ三、四話で終わるとは思いますが。

それでは。


夏休み編
あいいぅうあああ うぃいうう・おーうお


*

 

 

 

 夏休み。

 厳密に言えば九校戦の時期だって夏休みだったのだが、休みらしい休みではなかった。

 まぁ運動会を観戦していただけなのだが。

 

 さて、九校戦の最中に(半ば無理矢理)約束した、妹の彼氏こと北山航君の別荘に行くことになった件で、僕は今美容室……ではなく、妹の部屋にいる。

 そこで受けているのは、化粧。

 もう一度言う。

 そこで受けているのは、化粧だ。

 

「あおあぁ、あんええいぉうあお?*1

 

「んー? ふふーん、一高の優勝挨拶の時、一高の技術スタッフを見たんだけどさー。五十里啓さん? って人見て、ビビっと来たんだよね」

 

「うんうんえんああ?*2

 

「ずんずんセンター?」

 

「ううん、いあう。えおいいいあいえ*3

 

 椅子に座らされ、大きな鏡の前で色々されている。

 既に髪は黒に戻していて、ワックスも取っているので普段の僕を知る人が見れば誰だお前状態だ。その上に化けの皮を圧し固めているのだから、性別すら行方不明である。

 

「そう! 既に流行の終わった男の娘(おとこのこ)を! さらに進化!! 男の女性(おとこのヒト)の時代だよ!」

 

「……あぁおいういえお*4

 

 多分その時代は一世紀くらい前にすでに終わっているから。

 というか啓先輩に失礼だろう。参考にするのは花音先輩の方だと思うのだが、勘違いしているのかな?

 

「青兄はお母さん似だから、ちょーっと化粧してあげれば違和感ないってー。これで青兄のお友達さんも青兄にめろめろ!」

 

「おえあおあう*5

 

「あはは、冗談冗談。でもほんとズルイよねー。航君もケッコーカワイイ系なんだけど、青兄は綺麗系っていうか、出来る秘書官、みたいな雰囲気あるし」

 

「いっあいああおおいあええうあいあいあえ*6

 

「そこは特に気にならないかなぁ。私は青兄の言葉わかるし、昔から青兄が周りの子達の何百倍も頭良かったの知ってるし!」

 

 ……ええ娘やぁ。

 本当、僕には勿体の無いくらいの妹。可愛いなぁ可愛いなぁ。

 ちなみに頭脳の方は今となってはほぼほぼ横並びである。勉強は欠かしていないが、歴史とか魔法学とかでかなーり躓く。数学や言語学は負けるつもりはないが。

 

「はーい目、閉じてー」

 

「ん」

 

 言われるがままに処理を施されていく。

 というか、中学一年生って普通にお化粧の知識があるものなんだなぁ。あぁでも、アイツも結構早い時期からやってたっけ。

 

「それに青兄には音楽があるじゃん。むしろそっちの道で生きていけばいいのに」

 

「いおーあーえうあ、あいあ*7

 

「嘘吐きー。色々演奏できるの知ってるんだからね。誰が青兄の仮想型端末管理してると思ってるの?」

 

「……あいいあいあ*8

 

 母音ーッンしか発せられない僕に残されたもう一つの意志表示。それが音楽だ。

 音階で言葉を伝えようとするとなーぜか伝わらないのだが、普通に音楽を奏でる分には特に問題ない事がわかっている。鼻歌も歌える。

 本物の楽器を買うお金のない僕は仮想世界で色々手を出しているので、元の経験も相俟ってそれなりにできる自負がある。

 披露する機会は訪れなそうだが。

 

「あぁ~、女装+タキシード+ピアノもいいなぁ~。でもやっぱりハープ? いやいや、眼鏡でサックスも捨てがたい……」

 

「おーい、あえっえおーい*9

 

 むしろそう言うのは達也君なんかが似合いそうだ。で、深雪ちゃんがボーカル。暗闇のステージにライトアップされて真っ白なドレスで……なんて。達也君はどうせピアノも出来るのだろうし(偏見だが)、あの二人は何をやっても絵になりそうだもんなぁ。

 ふむ、そうなってくると……レオ君はギターで、エリカちゃんがドラムで、美月ちゃんがフルートでー。

 

「あ、そうだ。航君に、別荘に楽器無いか聞いてみよーっと。もし有ったら弾いてよ、青兄」

 

「えー」

 

「……ダメ?」

 

 ぐあああああああ!! 

 青 に 9999 の た゛めーし゛ !! ▼

 うわめつ゛かい は こうか は゛つく゛ん だ !! ▼

 

「ううん、いいお*10

 

「やたっ!」

 

 ……僕、達也君は度を超えたシスコンだと思っていた。

 しかしながら、存外僕も変わらないらしい。昔は妹いなかったし、余計にそう感じるのかなぁ。

 くっ、航君も見る目がある! そう、僕の妹こそ世界一可愛い! ぶっちゃけ深雪ちゃんより可愛い!! 口に出したら(出せないが)達也君に指パッチンされそうなので言わないが。あれ、後々聞いた所相手と自分の鼓膜を大音量で破るっていう、エターナルフォースヘッドバッドみたいな技だったらしい。怖すぎる。

 

「さ、出来たよー。後は目の周辺整えるだけ」

 

「おえあいいんああ、おおおおえあいおいあんあ……*11

 

「ダイジョブダイジョブー。お迎え来てくれるって言ってたし。遠慮したんだけど、押し切られちゃって。まぁ、そういうチョット強引な所もいいんだけどー」

 

 あぁ、可愛いなぁこの子。

 照れ恥じる姿も可愛いとか、神? むしろ宇宙?

 あ、神様はダメだ。肝心な時に裏切るから。うーん……妹様でいいか。

 

「よーし、出来た! 名付けて、『仕事は出来るし優しくて綺麗! 社長秘書追上葵』!」

 

「あおいっえあえあお……*12

 

 さて、こういう化粧を経た後は「……これ、僕?」みたいな事をする様式美が存在するのはわかっている。が、昔こういう変装みたいなものは(またも無理矢理)経験しているので特に驚きは無い。

 

「おー、うおいうおい(おー、すごいすごい)」

 

「航君びっくりさせるために葵姉って呼んでいい?」

 

「いいあ、あおえあああうおあいあおいえお?*13

 

「了解しました!」

 

 ビシッと敬礼をする妹。

 妹よ、左手での敬礼は死敬礼だぞ。あ、妹は左利きだから問題ないか。

 

「――ん」

 

「どうしたの、葵姉?」

 

「あ、おえおうあいあっえうんあ……。いあ、いっいぅんいえんあえ……。おうあいいぉううあお*14

 

「視線? なんだろ、覗きとか?」

 

「……いぉっおいえいいいえうう*15

 

 妹を覗こうとした者に天罰を……!

 曲げるだけで済ましてなるものかァッ!!

 

「わーわーストップストップ! もしかしたら航君かもしれないし……」

 

 ピーンポーン。

 と、妹の発言の直後にチャイムが鳴った。古めかしいとは思うだろうが、この音が好きなんだ、僕も母親も父親も。

 

「いぁ、いおうあ*16

 

「はーい! あ、荷物……」

 

「おいおん、おうあおうお。おおあえおあっああい*17

 

 よっこらしょういち、と心の中で呟いて二人分の荷物を持ち上げる。軽い……二泊三日分とはいえ、女の子なんだからもっと沢山持って行かなくていいのだろうか。

 僕の荷物はアイオーンと着替え一式だから軽いのは仕方ないのだが。

 

「ああういいあお、ああううんああっえうお?*18

 

「……うん、ありがと」

 

 どこか不満そうな顔をした妹は玄関の方へトタトタ駆けていく。

 後姿も可愛い。勿論不満顔も可愛かった。

 あぁこれ、重度のシスコンだなぁ。

 

 

 妹を追って家を出る。施錠もしっかりする。まぁ母親が普通に家にいるので任せてもいいのだが、習慣付けにね。

 そうして庭を出て、なんとびっくりサルーン。またの名をリムジン。

 そして車の前でキャイキャイしている妹と航君、運転手らしき人。

 

「こちらへ」

 

 運転手らしき人が僕を促す。トランク……あぁ、荷物を入れるのか。

 ヤバイな、想像はしていたが……本当にお金持ちだ。

 今も昔も庶民な僕としては、勿論そんな車に乗るのは初めてなわけで。

 

 ストレッチ・リムジンではないにせよ、傷を付けたらどうしようとか考えてしまうわけで。

 

「……」

 

「……」

 

「……?」

 

 車の中からじぃーっと見つめてくる雫ちゃんの視線にどう答えたらいいのか全く分からないわけで! 答えられないがね!!

 一応会釈をしておく。あ、返してくれた。

 

「何してるの、葵姉。乗って乗って」

 

「ん」

 

 妹に促されてサルーンに乗る。のるーん。

 三列シートのサルーン。中列に妹と航君。そして後列に僕と雫ちゃん。

 妹と航君はとても楽しそうに喋っているのだが、僕と雫ちゃんの間に会話はゼーロー。

 元々レオ君を介さなければ友達というわけでもないし、雫ちゃん自身無口なものだから……。

 

「……あの、初めまして」

 

「……」

 

 うぇ?

 あ、もしかしてコレ僕が僕だとわかっていない?

 そっかー、そうだよね。そもそも元の僕を良く知らないのだから、その見た目が変わったらわからないよねー。

 僕も美月ちゃんがいきなり金髪化粧マシマシギャル風ファッションにして来たら解らないと思うし。

 一応、もう一度会釈を返しておく。

 

「……航の姉の、雫です。茜さんの……ご姉弟の方で間違いないですか?」

 

 うわー、めっちゃ敬語だ。確かこの子無口は無口でも結構ズバズバ言う子だったと思うんだが……。

 ちら、とルームミラーを見る。

 人差し指を唇に当て、ウィンクをしている妹。うん、可愛い。

 ちなみに茜は妹の名前である。青と赤です。

 

「え、えぇ。……追上葵」

 

 よろしくね、の意を込めて手を差し出す。

 これ絶対勘違いされてるよね……もう一人お姉さんがいたんだ、みたいに思われてるよね……。しかし自分から弁明する術がないんだよなぁ僕。染髪剤持ってきてないし。

 あれ、これ妹がバラしてくれるまで僕が僕だと証明する方法が無いのでは……。

 学校のIDカード……貴重品だから置いてきたなぁ。あーあ。

 

「はい」

 

 雫ちゃんは握手を返してくれた。うわー、ちっちゃい手。

 可愛い子だなぁ。

 

 そうしてサルーンは出発する。

 行先は神奈川の葉山マリーナ。

 クルーザーで行くんだって。お金持ちィ……。

 

 

 

*

 

 

 

「初めまして、茜さん。いつも航と仲良くしてくれていると聞いている。今後ともよろしくお願いするよ」

 

「はい! こちらこそ航君にはお世話になっています。今日はお世話になります!」

 

「うん、元気がいいのは良い事だ。……それで、彼女が……?」

 

「えと、実は……」

 

「……ふふ、なるほど。面白い試みだ。それに、本当に社長秘書であるかのように見える。航がいつ気付くか、人を見る目を養う訓練にもなりそうだな。私も彼が彼女である体で行かせてもらおう」

 

「おぉ……おじ様、実は悪戯好きですね?」

 

「君には負けるよ、リトルレディ」

 

 なんか、クルーザーの船長さんと妹がとても仲良くなっている。

 離れた所で見ている航君が物凄く微妙な顔をしている事に気付いてあげなさい。

 

 兄として妹の行く末にドキドキハラハラムネムネしているそんな折、続々と人が集まってきた。雫ちゃんが呼んだいつものメンバーである。達也君に深雪ちゃん、ほのかちゃん、エリカちゃんにレオ君、美月ちゃんと幹比古君。

 女の子たちの私服姿、可愛いなぁ。

 

 さてはて、雫ちゃんは気付いてくれなかったが……レオ君ならどうだろう。

 そう思って、じーっと見つめてみる。

 

 レオ君は視線に気づき、「?」を浮かべて首をひねり、人差し指で僕を指してからそれをエリカちゃんに(はた)かれ、掌を拳で叩いて(「閃いた」のポーズ)にこやかに会釈をしてきた。

 ……うん?

 

 うん?

 

 ならば達也君はどうだろうと達也君を見てみると、そこには唖然とした顔が。

 幽霊でも見たかのような彼の顔はレアものだが、なんだろう。僕だよー、追上青だよー。

 

 ……まぁ、分かっていた事だ。

 人間の顔は何か特徴があればそこを一番に覚える。例えば美月ちゃんだったら眼鏡。幹比古君だったら右目下の泣き黒子。エリカちゃんだったらその赤に近い茶髪でレオ君は碧眼。恐らく十秒で似顔絵を描け、と言われた場合、特徴を捉えるに一番参考にする部分が最も印象に残っている箇所だ。

 そして僕の場合、それが金髪であるということ。よく見てくれている人なら銀と赤も追加してくれるかもしれないが、まぁ大体ボサボサの金髪を書けば僕だ。

 

 そんな僕から金髪を取ってしまえば、結果誰も僕の顔を思い出せなくなってしまう。

 あー、なんか長身だなー、くらいの記憶しかなくなってしまう。

 ……フフ、どうせ僕はその程度の存在……!

 

 だったらむしろ、盛大に勘違いさせてあげよう!

 そして男湯に入ってきて、あー!! みたいな?

 お、面白そう。なるほど、妹が航君を驚かせたいって言ったのはこういう気持ちか。

 

 ならば、記憶にある姉を頼りに……下腹部手前辺りで手を組んで、お辞儀をしてみる。妹風に言うなら「出来る秘書風」である。

 ……自分が自分で気持ち悪いのであんまりやりたくないのだが。

 

 そんな風な言葉を交わさないやりとりをしていると、クルーザーの船長さんが達也君と深雪ちゃんと何やら言葉を交わす。そして僕に一度会釈をして、大型車両に乗って行ってしまった。

 ……え、船長さんじゃないの!?

 待って待って、じゃあ何、あの服装は何? コスプレ?

 というか船は動くの!?

 

「葵姉、いくよー?」

 

「あぁ、えぇ……」

 

 今普通におう、って言いそうになったよ。

 ともあれ、いつバラすのか後で妹に聞いておかなきゃね。

 僕の精神的ダメージの蓄積を考えて。

 

 ……所で、さっきから飛んできているこの視線、何なんだろうなぁ。一度逸らすだけじゃダメっぽくて、意識的に弾かないといけない視線なんて初めてだよ。ちょっと鬱陶しい。

 どっかから望遠鏡で見られている、のかな。妹のストーカーとかだったら怖いし、もう少し広範囲に弾いておこう。

 

 

 

*

 

 

 

「……彼女は?」

 

「追上葵さん。弟の彼女さんのお姉さんだよ。青君は急用で来れなくなった、って」

 

「急用……。それに、葵か……」

 

 調べた家族構成に姉はいなかったはずだが……、と内心で呟く達也。

 雫の別荘に呼ばれ、集合した葉山マリーナにその女性はいた。

 あの写真と違い、毛髪量こそ少ないが……追上青とよく似た顔立ちの存在。

 注視しようとすると、そして精霊の眼で見ようとすると弾かれる。追上のソレとよく似た現象だが、こちらの方が強い。追上の視線外しはもう一度見直せば捕捉する事が出来たが、この女性のソレはどれほど注視してもぼやけたままだった。

 イデアにアクセスしエイドスを観測する精霊の眼が外されるということは、相手もまた同じことが出来るという事に他ならない。

 

 精霊の眼(エレメンタル・サイト)に狙われて逃れられる者は、存在しないモノだけだ。

 

 戸籍が存在せず、イデアには不確かでエイドスをしっかりと残さない女性。

 だが、この場にいる誰もが彼女を肉眼で視認していて、追上青の妹だという少女もまた女性を「葵姉」と呼んでいる。

 達也だけに見えている霊子の塊、というわけではない。

 

「気になる?」

 

「……いや、彼女が航君達を見る目は慈愛のソレだ。恐らくは大丈夫だろう」

 

「……?」

 

 雫の問いかけに反射で答えてしまったが、気付いた様子が無い事に安心する達也。そもそも彼女たち学友は、追上の身の上などは知らないのだ。

 

 それにしても、と達也は思う。

 九校戦最終日に小野遥が見つけてきた身分証明書と藤林響子が見つけた過去の映像。

 そのどちらもに映っていた女性と瓜二つ……十年の時間が経てばなるほど、こう成長するのも納得である顔がそこにいる。あの写真の女性は上尾葵という名前だったが、追上葵と上尾葵、偶然響きが似ているだけとは思えない酷似だ。

 ならば九島烈と握手を交わしていたのは、目の前の女性だったのだろうか?

 

「葵姉! 見てあれ、いるか!」

 

「うん」

 

「もう、ちゃんと見てる? あ、航君航君、双眼鏡とかって……おぉ、用意良いね! 一緒に見よ? ……ありゃ、上手く見えない」

 

「えぇ……」

 

「あ、葵姉と航君が同時に私を呆れた目線で……ち、違うから! 普段の私はもう少し賢いから!」

 

「うんうん」

 

「なげやりだ!?」

 

 ……雫の弟を交えて姉妹でじゃれ合っている姿からは、彼女が軍人であることなど想像も付かない……と思いかけたが、達也の脳内でこちらへウィンクする藤林や事あるごとに実験を迫ってくる山中の顔などが浮かび、思い直した。

 軍人でもそう言う人はいるのだと。

 

「よ、達也。楽しんでるか?」

 

「レオか。まぁ、今時クルーザーを使う事なんて無いからな。貴重な体験をさせてもらっているとは思う」

 

「お、少しは達也も旅の醍醐味って奴がわかるようになったみたいだな。で、だ。

 ……あの人、気になってんだろ? 青のお姉さんらしいけどよ、正直想像つかないよな。あんなに綺麗な姉と可愛い妹がいるなんて」

 

「……気にならないと言えば嘘になるな」

 

 レオが期待している意味ではないが。

 達也にとっても精霊の眼をぼかされるという経験は初めてだ。

 興味という点では正直別荘を楽しむ事より上位に位置すると言えるだろう。

 

「――お兄様?」

 

 だが、その興味も妹の一声で急速な鎮まりを見せた。

 背筋に冷たい物が走る。

 

「お、おっとっと。じゃ、達也。頑張れよ!」

 

 何をだ、と問いたかったが、今は彼の最愛の妹を宥める事が先決である。

 クルーザーの上で振動減速魔法を暴走させようものなら恐ろしい結末になってしまうだろうから。

 

「……深雪。落ち着け」

 

「えぇ、深雪は落ち着いています」

 

 どこがだ、と達也はツッコミをいれたくなった。

 

 

「あ!」

 

 と、そこで追上の妹……茜という名の少女が何かを思い出したように声を上げる。

 茜は追上葵をしゃがませると、葵の背負っていたリュックサックから四角い紙……色紙とペンを取り出した。

 

 そして達也と深雪の元へトタトタと駆けてくる。

 

 流石に中学一年生らしい少女の前で魔法を暴走させる事は恥だと思ったのか、深雪が冷気を仕舞った。

 

「あ、あの! お願いがあるんですけど……」

 

 と、頼み込むのは深雪に向かって。

 茜は色紙とサインペンを両手に持って、

 

「九校戦……アイス・ピラーズ・ブレイクとってもかっこよかったです。不躾で申し訳ないんですが、サインくださいませんか……?」

 

 と言ったのだ。

 無論、それを断る深雪ではない。にこやかに、先程までの冷気なんてどこぞに放り投げて、大和撫子然とした態度でそれを了承した。

 

「ありがとうございます!」

 

 自らの妹をカッコイイと言われて、達也も悪い気はしない。

 だが、次の言葉には困惑した。

 

「あの……その、達也さんも……お願いしてよろしいでしょうか」

 

「……俺に?」

 

「はい。モノリス・コード、青兄が出るから見てたんですけど……達也さんかっこよくて……。私、魔法の事はよくわかんないんですけど、達也さんのスタイリッシュな動きを見て、ファンになりました!」

 

 そこまで言われて、今度は深雪が気分を良くする。

 自分が慕う兄が他者に認められるのは妹である深雪も自分の事以上に嬉しいのだ。

 

 減るモノでもないが、達也はいわゆるサインらしいサインを持っていない。別名義であるならばともかく、司波達也としてのそれは持っていない故に、そのまま名前を書くだけになってしまった。

 それでも喜んでくれたようだが。

 

 その後茜は幹比古、ほのか、雫の元にもサインを貰いに行き、その褒め千切りにたじたじの幹比古をレオとエリカがからかう場面が見受けられた。

 

 

「……青兄、か」

 

「お兄様?」

 

 追上青と、追上茜。そして追上葵。

 青と茜が兄妹である風に見えないのだ。

 何故なら、茜はどこまでも普通だから。

 

 情動も、言動も、何もかもが「普通」だ。一般家庭で生まれ育った見本のような少女。

 それは貶すような意味合いではなく、「異常ではない」という意味。

 兄である青のような「陰」を一切感じさせない「日向」の存在。

 

 もし、青が……この少女を守るために「闇」に身を落としているのだとしたら。

 そこまで考えて、達也は頭を振った。それは考えすぎというか、妄想が過ぎるというものだろう。

 

「……あの、達也さん」

 

「どうした、美月?」

 

 達也が思考を自嘲していると、美月が話しかけてきた。

 その顔には明らかな怯えがある。

 

「あの……ヘンな事を聞きますけど……よろしいでしょうか」

 

「あぁ、構わない。何が聞きたいんだ?」

 

 美月の「眼」がまた何かを捉えたのかもしれないと考え、達也は自嘲を消して思考を冷静にする。

 達也のその真剣さに、美月は安心した様子で――言った。

 

 

 

 

「追上……葵さん、という方は……()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

*

 

*1
あのさぁ、なんで化粧なの?

*2
ゆんゆん電波が?

*3
ううん、違う。でも気にしないで

*4
まぁ落ち着いてよ

*5
それは困る

*6
実際はまともに喋れすらしないがね

*7
リコーダーですが、なにか

*8
……参りました

*9
おーい、帰ってこーい

*10
ううん、いいよ

*11
それはいいんだが、そろそろ出ないと時間が……

*12
葵って誰だよ……

*13
いいが、後で必ず誤解は解いてよ?

*14
あ、それもう始まってるんだ……。いや、一瞬視線がね……。もう大丈夫だよ

*15
ちょっと死刑にしてくる

*16
じゃ、行こうか

*17
勿論、僕が持つよ。そのためのタッパだし

*18
早く行きなよ、航君が待ってるよ?







SANCです。(1d8/1d20)です。

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