どこにも繋がらず、どこからも見えない、特殊な特異点バチカン。そのへ堕ちた藤丸立香は、紡がれる一つの物語を見ることとなる。

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1節

「先輩、カルデアからの通信状況は極めて不安定な状態です。令呪も機能していない上、そちらからのサーヴァントの召喚はできません。くれぐれも慎重に、安全を考えて行動してください。こちらからもできる限りの支援や復興を試みます。では通信を終了します。先輩、ご無事で」

 

 そういって画面の向こうの眼鏡の似合う彼女は通信を終了する。使われていない建物の一角に佇むのはカルデア唯一のマスター、藤丸立香。魔術王ソロモンにより人理焼却の危機を脱してからは、新宿、アガルタ、セラフとソロモンの残した魔人柱による特異点の発生が続き、事態を重く受け止めたカルデアは特異点の発生予定地となりえる地域へのレイシフトを行い、その時代の調査を実施したのだった。

 しかし、その目論見は早くも失敗に終わる。藤丸のレイシフトは失敗し、当初予定していた地域も時代も異なる場所へとレイシフトが行われたのだった。

 藤丸は窓から顔をのぞかせて外の様子を伺う。外では洋服に身を包んだ老若男女達が行き交い、その顔には笑顔が絶えなかった。新宿の様に露骨にヤンキーやヤの付く人や、アガルタのように男を虐げるアマゾネスや海賊もいない。気が抜けるほどの平穏そのものだった。そして、先ほどカルデアとの通信で場所と年代は分かっている。

 西暦1999年、バチカン市国。それが藤丸の降り立った場所であった。

 

(でも、どうしてカルデアとの通信が)

 

 これまでもレイシフトの失敗は度々存在した。カルデアとの通信が上手くいかない状況もいくつもあった。しかし、その状況は絶海孤島の謎の島であったり、夢の世界の監獄であったりと、明らかに常軌を逸した事態と共にあった。だが、外は平和そのもの、場所も時代も特異的な物はない。こうも不自然な状況が揃っていては、最早誰かに呼ばれてここに来たのではないのかと、藤丸は勘ぐってしまう。

 

「法王さまがお見えになるぞ!皆、広間に集まれ!ありがたい言葉を聞き逃しても知らねーぞ!」

 

 広場の方から男の張り上げる声が響き、ぞろぞろと人が集まってくる。そして、そこに如何にもな黒塗りのリムジンが登場し、時代錯誤なファンファーレ隊が現れとボーイによりレッドカーペットが敷かれる。窓からその様子を見ていた藤丸はあやふやな記憶を頼りに、この時代の法王を思い浮かべる。優しい笑顔が特徴的なおじいちゃんが脳裏によぎる。当然、名前は出てこない。

 ファンファーレが鳴り響き、リムジンのドアが開かれる。そして、中から現れたのはいかにもな恰好をした初老の男性であった。民衆は完成を上げ、手を伸ばせば触れそうな距離にいる男性に手を振り、口笛を吹く。男性が手を下すと観衆は静まり返り、男性の第一声を今かと待っていた。

 

「諸君!急な集まりだったが、こんなにもお集まりいただき感謝の念に堪えない。では、このローマ法王であるこの、ノストラダムスが諸君らの為に、一つ予言と今週の予定を授けよう」

 

(!?)

 

 藤丸は目を丸くする。あの男性はあろうことか自らがあの「ノストラダムス」と名乗ったのだ。藤丸はカルデアと通信を試みるが、未だ通信は復旧しない。そんな藤丸を知る由もないノストラダムスは話を続ける。

 

「明日より7日間の間、一切の外出を禁ずる。その間、市国警備員以外の訪問者を受け入れることはしないこと。食料、娯楽は全て市国警備員が配達する。暇つぶしにはぜひとも私が執筆したこの「化粧品とジャム論」をお勧めするぞ!では、予言に入ろう。今この国には幾つか、穢れた魂がうろついている。それらは人を食い、欲を貪る。その魂は一つとなり、来るべきアンゴルモアとなり、降り注ぐだろう。以上だ」

 

 ざわつく観衆を他所にノストラダムスはリムジンに乗り、広場を後にする。観衆は始めは戸惑いを見せていたが、ぞろぞろとそれぞれの帰るべき場所へと帰っていく。そして、10分もしないうちに広場には無人となった。

 明らかにおかしい、ノストラダムスと名乗る人物が収めるバチカン。その予言に何も言わず従う人々。藤丸の勘と経験が告げていた。このバチカンは特異点化していると。

 しかし、今は7つの特異点を一緒に巡ったマシュも新宿、アガルタに居た味方のサーヴァントもいない。完全に孤立、何の支援も藤丸には無かった。だが、この異常を放っておける彼ではない。彼は決して強い力を持っているわけではない、だが今まで彼自信を救ったのは打算のない純粋な意思と気持ちだ。

 

(とにかく、情報を集めないと)

 

 ともかく動かないと何の情報も入らない。藤丸は自分のいる建物を出ようと、部屋のドアノブに手をかけた。

 

「出てしまうと、死んでしまいますよ」

 

 ハッと藤丸は振り返る。藤丸以外誰もいないはずのその部屋には、長髪の美女が立っていた。伏し目がちな瞳に、悲しみを堪えるように固く結ばれた口元、体のラインを隠すように大きめの服を着たその女性は、藤丸を見てもう一度口を開いた。

 

「すいません、嘘を言いました。今、外に出ると空から金銀財宝が降ってきますよ」

 

 余りに荒唐無稽な話に藤丸はあっけにとられ、フフッと笑う。

 

「///止めてください。恥ずかしいです」

 

 女性は頬を赤く染め、俯いてしまう。

 

「貴方はカルデアのマスターですね。私はキャスター、真名はいずれお話しします。怪しげな女が現れて不安でしょうが、今は私を信じてはいただけないでしょうか」

 

 ここは歴史から外れたどこにも繋がることのない世界の揺らぎ。ここに、人が生きていくべき未来は存在しない。全ては不確かな予言により紡がれた虚栄の千年王国。



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