時刻は深夜だ。
日は既に翳って久しい。
夜空の星と原始的な篝火が照らす中を二人組みの黒服が歩いていた。
周囲に街頭なんてものはない。
ここは闇市場。表と切り離された世界だ。当然、電気もガスも通っていない。
ライトも持たず、ほのかな赤い火が照らす中でしきりに黒服達は辺りを見渡す。
ある男を捜していた。
とあるクスリを大量に手に入れた男がいる。
『DD』と呼ばれる飲む麻薬。
黒服たちはとある事情があってそのクスリを紛失していた。
その直後の話なのだ、まず間違いなく男たちのクスリの事だ。
情報は少し集めれば簡単に手に入った。
大っぴらに喧伝しているようで、聞き込みを開始して5時間ほどで話は黒服たちの元にも届いた。
呆れ、喜び、焦り、怒り。
話を聞いたときは黒服達も混乱したものだが、何はともあれ見つかって良かった喜んだ。
最悪見つからないと思っていただけに、正に不幸中の幸いといえるだろう。
善は急げ。という訳でもなく、ただの焦りで行動を開始してから既に7時間。
ようやく目当ての人物がいる、と突き止めた青いテントに向かっていた。
「兄貴。あそこらしいっすよ」
一人はスキンヘッドにサングラスをかけた、中背の男。
今回の事件の端を発している男だ。
目当ての青いテントを見るなり、指差してさらに歩く足を早めた。
その顔には焦燥感と喜びが半々で同居していた。
呆れるほどわかりやすい。
犯してしまったミスのせいか、いつもより一層余裕がない。
そんな姿にため息を吐くのがもう一人。
マフィアから麻薬を任されていたうちの一人であり、男の上司だ。
少し寄れたスーツと磨き抜かれた茶色の革靴を着こなし、余裕があるかのように歩いているがその実内心では焦燥感ばかりが募っている。
なぜコイツが部下なんだと、この数時間で何度繰り返したか。
最悪に備えて心象は悪くしたくない。
そんな気持ちだけで罵倒を避けてようやくここまでたどり着いた。
だが、ここまでくれば後は何とかなるだろ。
臓器販売の思考を彼方に飛ばす。一緒に部下への気遣いも。
振り返って思う。
どうにかここまできた、と。
後は目当ての男からクスリを奪い返し、報復した後に責任を取らせればいい。
だがどうにも引っ掛かった。
情報があまりにも杜撰すぎるのだ。どんなバカでも裏側で生きる以上マフィアに手を出す意味は理解できているはずだ。
なのに情報が早すぎる。マフィアの伝を使ったなら―――それでも早すぎるが―――まだ理解できる。
今回はそれすら使っていない。
たった二人の足で探して僅か数時間で見つかった。
それは喜ばしいことだが明らかに異常だ。
ありえないと言ってもいい。
それが男の思考を濁らせる。
もしかしてハメられたんじゃないか。
俺達が見つけた情報は偽情報で誘き出すための罠ではないか。
誰が?何のために?
そう考えるとわからなくなるが、今回の速さはそれくらいありえないことだ。
男の心配を余所に、スキンヘッドはずんずんと青いテントに入っていった。
(お前、ホントにバカなのか?少しは疑えよ)
背中を押すまでもなくモルモットになった部下に呆れた視線を送りながらしばらく待つ。
中からは怒声が聞こえ、パリンと何かが割れる音もする。
何か会話をしてるようだが、内容までは聞き取れない。
少なくとも危険はなさそうだ。
一応覗いてみて、中の部下が無事なのを確認してから店に入る。
ある程度予想はついていたが中は混沌とした状況になっている。
まず、老人を恫喝している部下が目に入った。
襟首を掴まれ苦しげに呻く老人とそれをとめようとする若い店の男。
どうやら、部下は老人を締め上げて情報を引き出そうとしているが、それを店の若い男が止めようとしている、といった所か。
(見たまんまだな)
意味のない考察を切り上げて、部下の肩に手を置いた。
振り返る部下。
随分といきり立った目をしている。
視線が合わせ、そして。
拳を振りぬいた。
ゴッと音を立てて部下の頬に拳が刺さる。
振りぬいた拳と同じ方向に倒れこむ部下。
うめき声を上げる部下を無視して、老人に笑顔で話しかけた。
こういうのはインパクトだ。
懐に入るにはビックリさせた後―――
「いやぁ、うちのもんが悪かったね。爺さん、大丈夫かい?」
乱れた黄ばんだ襟首を直してやりつつ、両肩に手を置いてニコリと笑う。
―――安心させてやるのが一番手っ取り早い。
「で。聞きたいんだけど『DD』ってクスリ知ってるよな?」
だが、残念なことに今日はそれほど余裕がない。のんびり仲良くなっている時間などないのだ。最速で情報を引き出さなければいけない。
黒服の笑みに威圧された訳でもないだろうが、老人はぺらぺらと口を滑らせる。
「さ、さっきから言ってるだろ、そんなクスリのことは知らんと!」
「あぁわかる、わかるよ爺さん。怖いよな、理解できねえもんは怖い。だから、理解させてやる。YesかNoだけで答えろ。さもねぇと手が滑っちまう」
コツリ、と老人のコメカミに銃身を押し付ける。
「だ、から」
「おい、俺はなんつった?YesかNoつっただろうが」
直した襟首を掴み、引き上げる。銃口をさらに強く押し付けながら。
「わ、わかった。わかったとも!ななんでも質問してくれ!」
「 オーケイ。物分りのいい奴は嫌いじゃない。『DD』ってクスリを知っているか?あぁ、名前だけでもいい」
「Y,Yes」
「希少価値も知ってるな」
「ももちろんだ」
「マフィアが扱ってるってのは?」
「知ってるとも!だから、私らは手を出さないんだ!」
「…まぁ、いい。お互い冷静になろう」
Yesだけつったろうが。
だがここで殺す訳にも行かない。
「質問を変えよう。最近見た記憶は?」
「ない!扱ったことは一度もない!」
「ほぉ、俺が聞いた話なら、最近ここで大量入荷したらしいんだがな。…それも今日の昼間にな」
ぐい、と銃口を肩に押し付ける。
「なぁ、もしかして忘れちまっただけか?なら俺が思い出させてやるが、右と左はどっちが好きだ?」
「まてまて!ひ、昼間?…それなら、わしじゃない、今日はレダの奴が店番だった。…そうだな?!」
大声で呼んだのは店の若い男か。
問いかけられて、狂ったように首を縦に振っている。
「そ、そうです!朝はレダの奴が店番してました!お、俺じゃねえぞ!?もう一人の奴だ!」
向けられそうな銃口に気づいたのか、若い店の男は必死に手を振って違うとアピールしてくる。
「はぁ?もう一人いんのか。どこだ、そいつは」
その時。
ゴン、と。店の奥から物音が聞こえた。
そこには根元の黒い、半分だけ金髪にした若い男が居た。必死な顔で崩れそうな木箱を支えている。
「あ、あいつがレダだ!昼間のことならアイツが知ってる!俺達は無関係だ!」
半分金髪の男を指さしながら若い店の男がそう叫び、老人もそれに激しく同意した。
「そ、そうだ!!わしらはそんなクスリは知らん!全部そいつのせいだ!」
そう言われてからは一瞬だった。
若い男からすぐに射線をはずし、半分金髪の男に向ける。
発砲。
3発撃って二発は足に当たったが、一発外れた。
視線を動かせば、話を聞いていた部下が起き上がり、老人の肩を掴んでいる。
…上出来だ。
聞く相手は多いほど良い。いざって時は消耗しちまうからな。数は揃えるべきだ。
銃口を半分金髪の男に向けながら一歩を踏み出し、黒服は凶悪な笑みを浮かべた。
さぁて、楽しい楽しいお話の時間だ。
ね、眠いッ
明日の20時に更新します。