Black Barrel(改訂版)   作:風梨

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今日は少しだけ展開変化します。







 

 

 

 路地裏を走る。

 表市場へ続く道だ。

『纏』のおかげか、いつもより足が軽い。この分なら思ったより早くつけそうだ。

 チャンスは多いほど良いから、早く着くに越したことはない。

 今日は何を食べようか。早く着けばそれだけ選択肢が増える。想像して少し頬が緩む。

 

 建物の間に生まれた道を駆け抜ける。

 迷路のように入り組んでいるが慣れればこれ以上ない裏道だ。

 色々と近道もあるし、何より薄汚れた身なりでも市場まで近づける。

 汚いってのはそれだけで迫害される理由になるから面倒なのだ。

 それを道順だけで回避できるってのはデカい。

 

 走ること十数分。

 いつもの路地裏から市場のある広場を覗く。

 活気に溢れた市場が見える。

 どこにでもある市場だが、私から見たら宝の山だ。

 野菜や肉、屋台、食べ物がメインで、あとは本だとか、骨董品じみた食器、ナイフやらの刃物だったり、色々なものが露店で店売りされている。

 あくまで市場なので高価な物は置いてない。

 道行く人も普通の人たちだ。普通に生きて、普通に食事をして、普通の服を着て、普通に生活している。

 それを普通と思っている、普通の人間で溢れてる。

 …なんかムカつくけど、そんなもんだ。

 

 今日はいつもより盛況だ。人の数が多い。

 これならやり易い。

 目に付いた、行き付けの八百屋に近づいていく。

 周りの人と一緒に流れながらリンゴをこっそりくすねる。

 山盛りに積んである青いリンゴだ。見るからに瑞々しいのでついつい盗んでしまう。

 指で触れた硬さ。表皮の滑り。そして大きさ。文句なしに良い品だ。

 バレないうちにそそくさと立ち去り、裏路地に戻る。

 

 リンゴを齧りながら私の居る場所から窺うと、少し先に広場の噴水が見える。

 この市場の中心部だ。

 そこから南北一直線にメイン市場が広がっている。

 中心地だけあっていつも賑わってるが、今日は殊更盛況なようだ。

 ささっと近づいて隠れながら見てみると、噴水の前で女性がマイクを握って楽しげに歌を歌っている。

 彼女の後ろではそれぞれ楽器を持った男たちが笑顔で演奏していた。

 

 旅の楽師達だろう。ここらじゃ見ない顔だ。

 実力は確かなようで、伸びる声と演奏だけで人がどんどん集まってる来てる。

 驚いたことにマイクを使っていない。物凄い声量だ。

 感心して見ている間にも観客はどんどん増えていく。

 10人だったのが15、20と、今では数えきれないほどだ。

 ここまで集まれば簡単に盗れそうだな。

 シャクリ。最後の一口を齧り終えて、食べ終わったリンゴを放る。

 じゃ、始めようかな。

 内心で楽師達に感謝の念を贈りつつ精孔を閉じていく。

 

 この『絶』だけはずーっと前から使っている。

 私が生き残ってこれたのもこれのおかげだろう。

 念を覚える特訓を始めてから、さらに磨きがかかってきてる。

 

 「―――『絶』」

 ものの数秒で完全に気配を消せる。

 スーッと自分が薄くなったような感覚。

 でも、完璧じゃない。

 動けば多少オーラが漏れるのだ。それでも一般人相手ならまず気づかれない。

 そんな『絶』で人波を進む。

 いつも通り人の合間を縫って進むが、いつもより盛況だったので少し時間がかかってしまった。

 

 さっきとは曲調が変わってしまっている。

 一曲終わってしまったらしい。

 途中からだったし、仕方ないだろう。幸いライブはまだ終わっていないようで、集まった人のほとんどの意識が歌に向かっている。

 主婦。作業着の男性。初老の爺。良い服を着た子供。ターバンを頭に巻いた男。クビレのある女性。

 選り取り緑。色々な人がいる。

 どれにしようか。

 しばらく悩む。『絶』を覚えてスリの成功率はぐっと上がったが、持って帰れる財布は二つが限界だ。それ以上は落とすリスクが高い。

 なるべく中身が多いものを狙いたいが、これといって高い財布はなさそうだ。

 そんな時、ふと大きな財布が目についた。

 ちょうど後ろを向いている尻ポケットにずっしりした財布が取ってくださいとばかりに埋まっている。

 (いただき)

 中身への期待もあって、手はささっと動いて、相手の動きに合わせて抜き取った。

 ずっしりした財布の重みがある。

 これ、レシートじゃないよな?

 実は結構多い。

 見た目だけデカくて中身のない財布。開けてみてからのお楽しみかな。

 取った財布をしまい込み、目についたボリエステルの長財布も抜き取って人混みを出た。

 あまり長居すると逃げれなくなる。

 取ったら即離脱が原則だ。

 

 路地裏について、ほぅと息を漏らした。

 人混みの中は暑い。

 太陽も元気に照っているせいで、しっとりと汗ばんでるのがわかる。

 水浴びなんて頻繁に出来ないからあまり汗はかきたくない。

 火照った身体をパタパタ冷ましながら盗ってきた財布を確認する。

 うん、ちゃんとある。

 盗ってきた、分厚い長財布とポリエルテルの長財布。

 どちらも期待できそうだ。

 サっと開いて、さあ御開帳ってね。

 

「…あれ、なんだこれ?」

 

 期待していた、札束は入っていなかった。

 札の代わりにへんな薬が入ってる。ビニールに入った錠剤だ。

 数は200あるか、ないかくらいだろうか?

 何かのイニシャルだろう、Dという文字が掘ってある。

 私が今まで売ったクスリの中にこのクスリはない。

 …なんか見たことある気もするが気のせいか。

 

 んー、完全に目論見ハズレって訳でもない。

 クスリはある程度の値段で売れる。そういう意味なら悪くないんだが値段もピンきりだ。

 高く売れる可能性もあるから、ハズレとも当たりとも言えない。

 とりあえず、売ってみるしかないな。

 

 ボリエステルの財布はいかにも安げだ。

 質感、材質、重さ。全部が安さだけ訴えてるが、案外こういう財布の方がコンスタントに入ってる。

 今日はそこそこ。悪くないが、良くもない日だ。中身を見るが、2222ジェニー。ゾロ目っていうのを除いてそこそこだ。

 カードはあったが、私じゃ使い道ないんだよな。

 そしてレシートの山。まぁ、こういうことの方が多い。

 

 財布二つと合わせて、まぁ、3000ジェニーにはなるか。

 …悪くない数字だ。それで良しとしとこう。

 

 いらない中身を捨てておき、随分軽くなった財布と薬は懐に戻しておく。

 ふと空を見上げる。太陽はまだ中ほどだ。

 この時間だと、闇市はやっていないが、買い取りならやってるだろう。

 薬の値段はまぁ運次第だが財布があるし、日の高いうちにいっとこう。

 来た道を戻りながら、少しずつ溜まる貯金の予感に頬を緩めた。

 

 

 

 

 





本日の20時にも投稿します。




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