『纏』を覚えてから一夜明けた。
空には太陽が昇って燦々と輝いている。
少し眠いのに、忌々しいくらいの快晴だ。
目を細めて額に流れる汗を拭いながら空を見上げると、並び立つアパートの隙間から青い空が見える。
視界を遮っている貧民街の建造物、太陽はその間でギラギラと輝いていた。
この街は大きく分けて4つの区画に分かれる。
浮浪者や行く場のない人たちが集まる貧困区と、一般市民が住む住宅区、商店などが並ぶ商業区、少しお高い店やビルなどが並ぶ中央区だ。
大まかに分けると、中心が中央区で、その周りを他の区が分割して囲んでいる。
大きさは貧民区<商業区<住宅区<中央区の順だ。
住宅区と商業区はちゃんと町長の手が入っているので、多少は入り組んでいるもののある程度の規則性は持っている。
中央区は街の顔ともいうべきエリアなので、当然のように整然としている。
まあ、多少は混ざっているので一概には言えないが大体そんな感じだ。
私の住んでいる貧困区エリア。場所にもよるが、そこはかなり入り組んだ作りになっている。
何でかって言うと住宅法を無視して住民たちが好き勝手に増築しているからだ。というかそもそも彼らは法律なんて知らない。
それでまともな家が建つわけがない。
横に伸ばし、縦に伸ばし、果てには家同士を繋げたりなんてことも珍しくない。
スラムはそうした、多くの木造の建築物と残されていたコンクリート建築で溢れかえっている。
私は今スラム街の路地裏にいる。
スラムに溢れてる乱雑としたエリアとは違いシンプルに道が一本伸びているだけだ。
左右をコンクリートのアパートに挟まれているここは、昔まだ景気が良かった頃に建てられた住宅地で、今でこそスラムの一部となっているが以前は普通の住民が暮らしていた。
なので純正なコンクリートで作られており、スラムの住民の中でもある程度所得のある者達が住んでいる。
土木工事に従事していたり、清掃業に就いていたり、スネにキズがあるが、重犯罪者というほどではない者達がここで暮らしている。
住宅を管理している者もいる。
管理と言ってもかなりザルで、月に一度集金に回るだけの大家だ。
その代わり、誰が住んでいても何の詮索もしない。関与も一切しない。何の情報も漏らさない。
犯罪者とその予備軍が街から逃げ込むには格好の場所になっている。
そんなアパートに挟まれている路地裏だが、昼間の治安は悪くない。
何せ居るのがお尋ね者か、昼間は働いている者ばかりだ。
昼間にうろつく様な輩はここに住んでいない。
そしてそんな輩が住んでいるものだから、好き好んでこの道を通る者もいない。
だから私も安心して念を試せるという訳だった。
念を試すにあたって、用意したものは石だけだ。
水見式も試したいが、まだ早い。『練』を覚えてないしな。
今日は『纏』の使い心地を確かめるだけだ。
「よいしょっと」
運んできた石を路傍に置き、目の前で腰をおろす。
座るのに丁度いい高さの石だが、今は割ることが目的なので座らない。
横幅も十分で私がギリギリ二人座れるくらいの広さもある。
直径15cmほどの、角ばったこの石。
実はこれ、コンクリートだ。
近所の建設地からかっぱらってきた。
こうした石は大量に工場から運ばれてくるから簡単に手に入る。
管理も特に厳重じゃないから盗りやすいんだ。
撫でると表面はザラザラしてる。
コンクリート置き場から盗ってきたし、触った感じ風化もしてない。結構新しい奴だ。
少し指で叩いてみる。
何の音もしないから、結構な密度がありそうだ。
試すにはもってこいだ。
『凝』で纏っていたオーラを右手に集中させる。
オーラは念入りに集めておこう。…念のためだ。
動きはかなり鈍いが、しっかりと動く。
失敗を何度か繰り返し、5分ほど掛けてようやくある程度のオーラが右手に集まった。
集まったオーラは拳の二回りほど。
私が持っているオーラの6割ほどだ。
一応『凝』のつもりだが、それとは少し違うかもしれない。
『練』でオーラを増量していないので量も少ないし、覚えたてでオーラの練度も低い。
集めることに慣れてもいない。
何とか気合で右手に集めているにすぎないので、今できる最大限ではあるものの、さほど期待できるほどのものでもない。
それも含めての挑戦だ。
やってみなきゃわからない。
「ふぅ」
念を纏った拳を構えて、一呼吸。
真上から石に向かって殴りつける。
拳を突き上げてくる衝撃。
石を殴ったとは思えない音が響いた。
ゴッ、と何か堅い物同士がぶつかり合う、人の手からするには異様な音だ。
拳に痛みもない。
殴った箇所を見ると、特に変化はなかった。
…覚えたてならこの程度か。
「ふぅ~、次だな、次」
念を解除してから、新しい石を用意しつつオーラを纏う。
何もせずにいるより『纏』を使った方が運びやすい。
私の筋力では石一つ運ぶので精一杯だったが、『纏』をすればある程度は楽に運ぶことができた。
『纏』には力を増す効果もあったが、使ってみた感じ幅はさほど広くない。
精々が少し力持ちになる程度だ。
念を鍛えればもっと重いもののも持てるようになるかもしれないが、身体を鍛えておらず、念も覚えたての私では普通の大人以下の力しかない。
『纏』は防御向きの技なのでそれも仕方ないか。
『纏』のまま膝を下ろし、目の前の石に向けて拳を上から構える。
力を込めたときに動くオーラを出来るだけ動かさないように意識しつつ、私は拳を振り下ろす。
「ッッ」
ゴン、と音が鳴る。
そこまでは予想通り。だけど、私の手にはジンジンと痺れるような痛みが走っていた。
けど、痛めたって感じじゃない。
衝撃に耐え切れなかった、そんな痛みだ。数秒もすれば引いて行った。
当然、石にも傷一つ入っていない。
…結構ショックだな。
正直に言おう。
拳が無事なのは予想通りだが、石まで無傷なのは予想外だった。
防御向きとはいえ『念』だ。
ある程度傷くらいなら出来ると思っていたんだけど、まさか無傷だなんて。
あまりの力のなさにため息が出そうだ。
『纏』でも石くらい凹ませられると思っていたし、『凝』なら砕けるかもと考えていた。
甘かった。
念は一瞬で強くなれるほど虫のいい代物じゃない。
世の中にそんなうまい話があるわけがないし、そもそも時間をかければ掛けるほど強くなるのが念だ。
ま、それも含めて良い実験になった。
ともかく、これで『纏』とオーラの確認はひとまず終わりだ。
成果はまずまずといったところか。
喧嘩で殺される心配はなくなった。
逃げようと思えば方法は色々とある。
大人に勝つのはまだ難しそうだが、それも時間の問題だ。
『練』と『硬』さえ習得すればたぶん何とかなる。
あと、身体を鍛えること。
これが意外と一番大事かもしれない。
「ん、腹も減ったし、そろそろかな」
日の高さから見て、まだお昼前の時間帯だが、私のご飯はこの時間に盗りやすい。
市場が込み合ってくるからだ。
人で溢れればそれだけ盗みやすくなる。
その分、バレやすくもなるが私なら問題ない。
姿を隠すのは得意中の得意だ。
太陽が少し傾き始めた。
少し急いだ方がいいかもしれない。
遅れたら面倒だ。
用意した石は放置しておく。
どうせ見ても『念』のことはわからない。
適当に脇に寄せとけばいいだろ。
足でゲシゲシして汚い路傍の隅に押しやっておく。
これでよし。
もう試すことはないだろうが、まあ、機会があればまた使おう。
振り返って、いつもの何ら変わりない路地裏を見渡してから、私は市場に向けて走り出した。
念はこんなに弱くない!
とのご意見もあると思います。壁なんかボロボロ壊れますし。
しかし、肉体年齢。肉体の強さ。念を鍛えた年数。
そして原作でのズシくんのパンチ力。
それを考えたらこれくらいなんじゃないかな、と。
身体も念も鍛え方次第ではないでしょうか。
皆さんはどう思われますか?
また明日の9時に投稿します。
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誤字報告お礼
『Veno』さんありがとうございます。