Black Barrel(改訂版)   作:風梨

20 / 20
2度目の誕生日 IF

『──あんた、何やってきたの? もう成功報酬振り込まれてるんだけど。……しかも3500万』

 店から出て太陽の日差しを浴びた途端、間髪入れずにレミから電話がかかって来てそう言われた。

 どうやらシャルナークはもう振り込んでくれたようだ。まさかこんなに早く振り込んでくるとは流石に予想外だった。

 くすくす笑いながら答える。

 

「ふふん、どうよ? これが私のじつりょくってやつだね」

『うっさい。ちんちくりん』

「ぬぁ!! 地味に気にしてるのに!!!」

 ぎゃーぎゃー言い合いながら帰り道を歩く。

 辿り着いたのは拠点にしている宿だ。

 一年前はただ安いだけの宿だったが、いまはある程度しっかりしたところに泊まっている。家賃は200万。ぼり過ぎじゃね?? どんな高級ホテルだよおい。

 内装は至って普通。サービスも普通。ただ、部屋と建物の頑丈さが極めて高い。

 なのに、床は歩けば簡単に音がなるよう作られており、壁も音が筒抜けた。

 防犯上の理由で、周囲のことを察しやすくなっている。わざとだ。

 

 そして、信頼できる人間しか勤めていない。

 食事はここを通せばほぼ安心できる。

 泊まっている客が死んだとなれば廃業必須であるから、宿泊客も宿も、持ちつ持たれつで維持されている。

 

『赤頭巾』の名前は広まって久しい。

 初めての依頼達成からもう1年。その間にこなした仕事は30件を超える。

 もちろん全て成功させた。血のシャワーが極楽ですた。

 命を狙われた事もあるが、全て返り討ちにした。

 命の危険を感じた事は特になかった。

 

 宿から一歩も出ずに食っちゃ寝+念の生活を繰り返し、Prrrrrrという着信音にパチリと目を覚ました。

 見れば、非通知設定で電話がかかって来ていた。

 電話をとる。

 

「はひ、もひもひ」

『あれ? これ、『赤頭巾』の電話だよね? 俺間違えてない?』

「うそつくな、わらいを、かみころし、ながらいっても、せっとくりょくねーわ」

『くっくっく、ごめんごめん。で、依頼なんだけど、今から行ける?』

「……へへ、ころしかい?」

『そ、キミの大好きな大暴れ。俺たちは別件で動くから行けないけど、ド派手に暴れてよ。余裕があればそっちも回収いくからさ』

「おけー、まかせとけー」

『じゃあ、任せたよ。ルーブル美術館の襲撃。よろしく』

 ピッと音がなって通話が切れた。

 しばらくぼーっとツーツーと鳴る音を聞く。

 自分の中で時計の針を戻す。眠っていた身体を覚醒させる。薄手のネグリジュの上から、ベッドに放り出していた赤いパーカーを着込む。

 フードをかぶって意識を切り替えた。

 ニヤリと笑う。

 

「──さぁて、お仕事の時間だ」

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、悪夢でも見ているのか? 

 男は唖然としながら、構えた銃で盛大な花火を上げつつ思う。

 

 これでも警備の仕事は長い。任された仕事はしっかりとこなしてきたし、自信もあった。

 銃で襲撃されたこともあったから、場数も踏んでいる。

 だが、こんな事は聞いてない。こんなの、ありえないだろう!? 

 目の前でボールのように飛んでいく同僚の頭部。

 別の同僚の腹部は、身体の中心からザクロのように弾け飛んだ。

 放たれたバズーカ砲は擦りもせず、突っ込んだ装甲車は正面からひしゃげた。

 

 撃たれた無数の銃弾を物ともせず突っ込んでくる、真っ赤な『怪物』をみて思った。

 ああ、こいつが、『赤頭巾』か……。

 男が最期に見た光景は、フードの奥で恍惚(こうえつ)とした表情を浮かべる、赤くて美しい少女の姿だった。

 

 

「──嗚呼、ヌルい。てめぇらやる気あんのか、ああ!?」

 死屍累々。

 まさしくその表現が適切な光景が広がっていた。

 目に痛いほどの赤い絨毯が広がり、地面を真っ赤に染め上げている。

 炎を巻き上げる装甲車。バリゲードはもはや形を成していない。

 そこら中に銃痕があるが、私に怪我は一切なかった。

 当然だ。

 一人の念能力者すらいない。

 普通の銃弾で傷が付くほど柔な鍛え方はしていない。

 

「おゥおゥ、派手にやってくれちゃってまぁ、お元気が良い事で」

「同感。排除推奨」

「わかってらァ。ただまぁ、俺らは美術館守れば良しだ。……ってわけで退いちゃくれねーか? もう料金分は暴れたろ『赤頭巾』よゥ」

 西部劇に出て来そうなガンマン風の男。

 少し後ろに控える、無機質な表情を浮かべる三つ編みのメイドが居た。

 

 オーラを見る限り能力者だ。そこそこ期待できるかな?

 二人に対して私はにんまりと笑みを浮かべて、くいくいと手招きした。

 

 無機質な表情で、淡々と女が言った。

 

「戦闘体制移行。排除決定」

「だっはっは、まぁそうなるよゥな。じゃ、存分にやりあおうぜ」

 男がすちゃっと拳銃を抜き、私に向けて盛大に銃声を鳴らした。

 ヒュンと頬の側を通り過ぎる銃弾。

 

 しっかりと見る。

 恐らく具現化したもの。

 でも、まだ確信はできない。

 拳銃自体は一般的なリボルバータイプ。

 装填弾数は六発だろう。

 なら、これで一発目。

 

 全て撃ち尽くさせて、それでも撃ってくるなら銃自体にそういった能力を付与している具現化系の可能性が高くなる。

 

 様子見は不要。

 純然たるインファーターの自覚がある私に遠距離からの攻撃手段はない。

 突っ込んで殴る。

 ただそれだけのシンプルな戦術。

 

 思考を回しつつ突貫する。

 地面がメキリと陥没し、反動で身体が飛び出した。

 

 

 一足で男の眼前にまで到達し、握り締めた右アッパーを叩き込む。

 ──止められた。

 後ろに控えていた女が前に出て、『堅』を用いて両手で押さえ込むように私の拳を受け止めていた。

 だが。

 

「……想定外。『堅』不足。『凝』……『硬』推奨?!」

 ダメージは通っていた。

 私の馬鹿げた顕在オーラ。

 それに任せた無理やりな『堅』の打撃。

 たったそれだけで女の『堅』をいとも簡単に抜いた。

 

「危険。排除。……排除、する」

 やっと人間味が出て来た女にニコリと笑う。

 さあ、まだまだ始まったばっかりだ。楽しませてくれよ。

 

 

 

 打撃を積み重ねる。

 女は必死の形相でそれを防ぐ。

 もはや無機質な姿が幻だったのではないか、というほどに崩れている。

 

 男も不利を悟っている。

 遠距離から、念能力者にもダメージを与えられる口径の銃弾を連発してくる。

 

 が、それすら私の肌を傷つけられない。具現化された銃弾が肌の上を滑っていく。

 特殊な効果がないことがわかってからも可能な限り避けているが、どうしても避けれないものはオーラを寄せた場所で受け止めて流す。

 私の肌はツルッツルやぞ。

 

「ふっざけんなこの化け物が! 45口径だぞ?!」

 BANG、BANGと撃ちながら怒り狂ったように男が言う。

 知らん。効かん。

 

 そろそろ終わらせるか。

 気合を込めて拳を握る。

 

 女の表情が歪む、『硬』でもガードし切れないオーラ量であると悟ったのだろう。

 勘がいい。

 まぁ、やめないが。

 

 空気を裂く感高い音を上げて拳が突き刺さる。……前に、女が右手を犠牲にして必死に打点をズラす。

 

 逸らそうと触れた女の指が弾け、掌が割れた。

 血の花を咲かせながらそれでも女の意思は挫けない。右肘を使ってさらに逸らしに掛かる。

 

 そこまでされればさすがに私の拳もずらされ、女は辛うじて生き残る。

 女の右手を削り切り、私の拳は空を切った。

 

 女が全力で飛び去り私と距離を取った。

 その瞬間、女の雰囲気が変わる。

 オーラの変質。

 具現化? このタイミングで? 

 

 生まれたのは修道服を着た痛ましげな表情の女の念。

 座り込むメイド女を抱きしめた。

 

「……《大いなる怒り(グレートマザー)》、この怪我はアイツに負わされた」

 失せた肘から先の腕を持ち上げる。

 顕現した念はそれを見て、優しげな風貌を鬼のような形相へと変質する。

 

「アイツを、お仕置きして」

 恐るべき速度で飛びかかってくる《大いなる怒り(グレートマザー)》。

 

 なるほど。

 だから私の攻撃で即死しないよう攻撃を逸らし、最大限に怪我をした訳だ。

 

 くっくっく。

 これがあるから、念能力者との戦いはやめられない。

 

 リスクはバネ。

 腕一本と引き換えに顕現したオーラとの戦いだ。

 拳を引き絞る。

 さぁ、お前は本気の一撃に耐えてくれるか? 

 

 その瞬間。

 私の背後を取った男からもオーラが立ち昇る。

 肩越しに見つめ合う。

 こちらに向けて、銃ではなく、指を構えていた。

 

「悪いね、全部ブラフだよゥ。俺の能力はこっちが本命。《廻る螺旋砲(ロシアンルーレット)》だ。この指から撃つ銃弾は6回に1回、今までに俺の具現化した銃弾に当たっていた対象に大ダメージを与える。最短1秒に1回発射可能。ちなみに追尾機能付き。説明を終えることで能力発動条件を満たす。……ま、当てた銃弾は10発に満たねぇ。残念だよゥ、もっともっと当ててから使いたかったよゥ」

 ニヤリと笑う西部劇男。

 

 正面に片腕のリスクを負って呼び出した念。

 背後からは必中の大ダメージ攻撃。

 たまんないね。

 このヒリヒリした感じ。

 これこれ、これが欲しかったのよ。

 

「ふふ、ふはははははは!!!! いい、いい感じだ。死が迫ってくるこの感覚。お前ら最高だ!!」

 今日初めて、全力で『堅』をした。

 ミシリと地面が歪み、身体から空間を埋め尽くさんばかりのオーラが噴出する。

 まだだ。まだ上がある。

 あの時の感覚とは程遠い。

 

 そう、あれだ。黒い銃。あれがキーだ。

 周囲を見渡す。あった。銃だ。

 しかし、拾いに行く余裕はなさそうだ。

 

 ここまでの思考は一瞬。

大いなる怒り(グレートマザー)》は、私に準備する余裕を与える事なく殴りかかって来た。

 一撃は、重い。

 私の『堅』を抜くほどではないが、リスク相応の重さ。私を倒すまで念が消えない可能性も考えればジリ貧か? 

 隙を縫って全力で振り切った拳が《大いなる怒り(グレートマザー)》に突き刺さるも、ドパンと身体が弾けてはすぐに再生した。

 全身消し飛ばすくらいの勢いで殴るか、術者を殺せば止まるか? 殺し切ったら死者の念になりそうだ。ほどほどまで痛めつけてみたい。

 しかしその余裕がない。

 

 攻撃の際の隙を逃さず、背後から撃たれる。

 着弾。衝撃はあるが、大ダメージという程ではない。つまり、ハズレ弾。

 残り五発。大ダメージを受ける確率は20%。十分怖い数字だ。

 回避不可のため、あれも術者を止める必要がある。

 ……迷ってる余裕はないか。

 覚悟を決める。

 

 右手をフリーにした。

 空に向ける。

 イメージするのは黒い拳銃。

 あの、『俺』を殺しやがった憎い姿。

 オーラの変質。

 具現化された黒い銃が手の中にある。

 

 確信した。これが『俺私』の能力。

 

「──後は任せたぜ、『私』」

 周囲を置いてけぼりにして、『俺』は自らのこめかみに銃口を向け、引き金を引いた。

 パァンと弾けるような銃声が鳴る。

 弾丸が脳内を通過して引き裂いてゆく、あの独特の感覚が脳を裂く。

 ぐにゃりと周囲が歪む。

 そして『俺』は死んだ。

 

 その場には、変わらず私が立っていた。

 銃弾は確かに貫通した。

 だが、未だに生きている。

 死者の念を発しながら。

 

 

「受け取ったぜ、『俺』」

 圧倒的な、純粋なオーラがそこにはあった。

 立ち昇るそれは人間の枠を超えている。

 どこから持って来た(・・・・・・・・・)のかわからない。

 不吉な予兆の念を発しながら、『私俺』ことアンリは笑う。

 

 ああ、これだ。この感覚こそが求めていたもの。

 シーハウスから逃げた時は不完全だった。

 恐らく私のもう一つの能力である『蝶』が欠陥を起こし、切り替わりがバグって意識が混濁した。

 

『私』の意識が『俺』に切り替わったのは誘拐犯の男に引き金を引かれたタイミング。

 そこで正常に『私』から『俺』切り替わった。

 

 そして今、具現化した銃で撃つ事で『俺』から『私』に切り替わった。

 切り替わるとは明確な死であり、『私俺』が混ざり合うキッカケにもなる。

 

 多用すればまた自我が崩壊する。

 そして、次は完全な崩壊。『私俺』の意識が戻ることはないだろう。

 

 でも、今はただ『産まれた喜び』が胸を満たした。

 具現化した銃で死を繰り返す事で無限に生き返る。

 名付けるならそう。

 

死の輪廻(ブラックバレル)

 

 

 そして衝撃。

 《大いなる怒り(グレートマザー)》は危機感すらなく自動的に私を攻撃していた。

 それを避けもせず、私は顔で受け止める。

 1ミリも動かない私。

 そして、打ったはずの拳が砕ける《大いなる怒り(グレートマザー)

 

「さぁて、どいつからぶっ殺してやるか」

 絶望的な第二ラウンドが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!!!!!!」

 危機感。

 その言葉に尽きるだろう。

 男がそれに抗い、背を向けて逃げずに攻撃したことは称賛されるべきだった。

 

 しかしそれは無謀と等しかった。

 運良く6分の1を引き当てて増大した念弾が西部劇男の指先から放たれる。

 

 だが、目の前の『怪物』が、ただの『堅』で右腕を突き出し受け止める姿勢を見せる。

 着弾。

 ズン、と腹のそこを押し付けられるようなオーラの放流が着弾点から流れた。

 膨大なエネルギーが衝突する跡地で、足元を陥没させ、砂煙すら発するその現場で、赤いパーカーを来た少女の姿をした『怪物』は無傷だった。

 

 オーラに一点の陰りもない。

 むしろ時間を経過するごとに慣れてでもいるように、どんどんとオーラを研ぎ澄ませている。

 片手間で《大いなる怒り(グレートマザー)》を消し飛ばしながら、男に向かって一歩一歩進んでくる。

 それはさながら、死神の足音だった。

 

「は、ははは、これは、まじの本音だよゥ。……この化け物が」

 その言葉を最期に、男の上半身は消し飛んだ。

 残された下半身が、糸が切れたように地面に倒れた。

 

 それを見て、ガクガクと足を震わせる女がいた。

 無機質な言動も、無表情も、いまや見る影がない。

 立ち上がれず逃げられない。

 そんな無様をさらしながらも女は諦められなかった。

 這いながら必死に『怪物』から逃れるために動く。

 残された左腕を使って、少しずつ少しずつ怪物から距離を取る。

 

 そんな女に影が迫った。

 確信する。あぁ、死ぬと。

 それでも振り返らずにはいられない。

 

 恐る恐る振り返れば、そこには思っていた通り『怪物』が立っていた。

《大いなる怒り》は消えていた。

 度重なる消耗に女のオーラが尽きたかけた事も理由だが、何度も消される事で敵わないというイメージが念に伝わってしまった。

 もしこの場を生き残ったとしても、《大いなる怒り》を再度発動させるのには長い時間がかかるだろう。

 

「あ、ぁああ、た、たすけぇあああああああああ!!!!」

 涙ながらの懇願は圧殺で応えられた。

 足を女の背中に乗せ、体重を掛けるというだけの単純なその動きは、痛みと死の予感に命の限り暴れ回る女の力を持ってしても跳ね除けられない。

 

「ひぎいいいいいい、つぶれ、つぶ、やめ、やめ、あっ」

 バキュと胸が潰れる。短くか細い声を最期に、女は事切れた。

 しばらくの静寂。

『怪物』と呼ばれたアンリは、悩ましげに息を吐いた。

 それは艶と熱の篭った吐息だった。

 身体をくねらせ、両掌で身体を抱きしめる。

 そして思わず声が漏れた。

 

「くくく、あはははははははあ!!!」

喜び。

狂嗤。

いつまでも、いつまでも私はわらい続けた。

 

 

 

 

 

「・・・おい、シャル。まさかあれか?」

「う〜〜〜ん、他人の振りしとこっか」

「そうするね。頭おかしい奴に興味ないよ」

通り過ぎた車があったとか、なかったとか。

 

 

 

 

 

 





後ほど加筆するかもしれません。
次話は1週間後の更新目標に頑張ります。

ゆっくり更新になるかもしれませんが、最後まで書きますのでよろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。