三階建ての古いコンクリート建築に、今日も
中はひどい有様だ。
壁の塗装は剥がれているし、木張りの床は半分腐っている。
何かが入ったビニール袋やら、空いた酒瓶がそこら中に転がり足の踏み場もない。
まさしく吹き溜まりのようなここ。
狭いアパートのリビングの角。
そこが私の定位置だ。
そこに薄い布を敷き詰めてベッドの代わりにしている。
見た目は寒々しいが意外と風邪は引かない。
住めば都というのか、秘密基地感覚とでもいうか。
思いのほか快適に過ごしている。
そんな中で、私は寝床である毛布一枚に包まって座禅をしていた。
あれから5日が経った。
ひたすら『念』を探る日々だった。
もちろん日常生活を送りながらだが、それ以外の時間は全て『念』に充てた。
『念』に関してわかっていることは少ない。
こうやればこうなるという結果は識っているが、それは取っ掛かりにしかならず、最初はやり方がまったく掴めなかった。
だが、諦めずに繰り返していくと少しわかったことがある。
『念』とはいえ、自分の一部であることに変わりはないのだ。
持っているものを探っていけばいい。
とはいえ、今まで感じたことのないものだ。それも生命エネルギーなんて漠然としたもの。
気付いてからもそう簡単には行かなかった。
なので、やり方は掴めても実際に感じられるようになるには時間が掛かった。
ようやく『念』らしきモノを感じたのは最近の話だ。
モヤモヤとした暖かい何か。
表現するならそんな言葉になるが、まだ何とも言えない。
覚えたばかり。というか覚えてすらないからそんなもんだろう。
…これからわかるようになるだろうか。
目を閉じたまま、胡坐をかいて瞑想する。
モヤモヤは身体を覆っている。
皮膚の上を何かが昇りながら流れている。
あと少し揺らめいている、かな。
弱々しくもあり、でもどこか力強い。
だが、私の目には何も見えない。
なんとなく
まだ初歩の初歩。
これからの特訓次第、というところか。
なんとか一歩進んだが前途多難だ。
息を吸い、吐く。
背筋を伸ばし、身体の軸を意識しながら呼吸を繰り返す。
体中の筋肉をほぐして、念にだけ集中できるようにする。
私なりのルーティーンだ。
効果はわからない。
が、やらないよりマシだろう。
そう信じて続けている。
これからオーラを動かしてみる。
見えなくても感じているから、なんとなく動かすことはできる。
全身のモヤをもっと外に広げていくイメージでこねくり回す。
上に、下に、外に、内に。
ぐるんぐるんと意識しながらオーラを念じる。
とにかく動かすことが目標だ。
結果として。
…動くことには動く。
でも、動きは鈍かった。
いや、鈍いというより硬い。
モヤは思ったように動かない。
想像していたよりも難しい。
感じればすぐだと思っていた。
小まめに息を吐きながら、鈍重なオーラを必死に動かしていく。
どれくらい経っただろう。
何度も試した。
かなり難しいが、無理やり力を込めても意味がないとわかった。
毛穴のようなものだ。
力を入れれば閉じる。抜けば開く。
余計な力はいらない。
適度に抜くことが大切だ。
だから自然体が最も安定する。
「・・・あれ」
気がつけば割れた窓から朝日が覗いている。
随分長いこと集中してたみたいだ。
念もそろそろ覚えられる、はずだ。
ともかく残りは今夜だ。
昇りつつある朝日を尻目に、私はボロ布団にもぐりこんだ。
夜。
いつも通り盗み主体の日常を過ごした後、私は家で目を閉じる。
やるのは『念』の練習だ。
昨日の復習もかねて少しだけオーラを動かしてみる。
肌を撫でるモヤ。
勘を掴んでから随分と動きやすくなった。
感じ方も変わった。
昨日までは何かがあることしかわからなかったが、今はオーラの流れも感じられる。
流れを感じれば、どこから出てくるのかもわかった。
これが精孔という穴だろう。
微量のオーラが、じわりじわりと漏れ出している。
だが、ここからどうすればいいんだ?
力めば穴が塞がる。かといって、力を抜いたままだと何も変わらない。
…わからない。
とりあえず、やってみるしかないか。
「…ん」
しばらく色々と試していると、唐突にオーラが一瞬だけ増えた。
少量でしかないが確実に増えた。
何が良かったんだ?
全身の精孔に意識を集めてみる。オーラが漏れてるのがわかるが極少量でしかない。
いろんな場所に意識を向けて、動かしたり、念じたりしてみる。
何も変化はない。
増えたのは気のせいだったのだろうか?
いや。そんなことはない。
確かに増えてた。
掌を見つめる。
何も覆っていない普通の手だ。
待てよ。さっき私は色々動かした。その時、一部にだけ集中したときもあったはずだ。
あえて意識を手の精孔だけに向けてみる。
ズズズ、と何かが溢れる感覚。それが増した。
…これか。
僅かだがオーラの量が増えてる。
けど、本当に僅かだ。
1割程度の増量。それも手のみだ。
これではとても使えない。
増えたのは嬉しいが、これだけじゃ時間が掛かりすぎる。
だが、もしこれを
今は一部でしか出来ないことを、全身で出来るようにする。
そうすれば確実にオーラ量は増えるだろう。
…難しそうだが、今はそれしか思いつかない。
「…よし」
いっちょやってやろうじゃないの。
何時間経ったか。
時々力んで、穴を閉ざしてしまいつつ、ある程度気合をこめればオーラの量が増えることに気付いてからオーラの量は驚くほど増えた。
増えて、増えて、増えてしばらくすると。
溢れるオーラが
唐突な気もするし、ずっと見えていたような気もする。
不思議な感覚だ。
「これが、念?」
オーラを確認するつもりで手を持ち上げた。
手に
色は無色透明で、水のようにも見える。
生命エネルギーに色はない、ということだろう。
立ち上るオーラは穏やかだ。
『纏』をしなくてもぶっ倒れないのは地道に開いたからだろう。
まぁ、あれだけ感じたり動かしたりしたんだ。
今倒れるならとっくの昔に倒れてるか。
そう思いつつ、私は『纏』をしてみる。
身体の回りを穏やかに流れるイメージ。
元々オーラを感じていたおかげか、すんなりとできた。
少し息が詰まる。
口を閉じながら、鼻呼吸をしてる感じだ。
手を握ったり、腰を捻ったりしてみるが、特に変化は感じない。
見た目の上ではただオーラを纏っているだけだ。
力を込めれば無意識にオーラが寄ってくるし、身体の表面に何かある感覚はある。
ただ、何かに包まれている感覚。
これは癖になりそうだ。
試しにオーラを移動させてみるが、軽く腕のオーラを拳に動かすだけで5秒から7秒くらい掛かった。
これを殴りながら行うのはまだ無理そうだ。
『纏』はどちらかというと防御に優れた技だし、これで攻撃してもさほどダメージは与えられないので、殴ることを考えてもしょうがないか。
ただ、頑丈さなら飛躍的に上がっているはずだからそこは期待しよう。
念に関して一息ついて、ふと視線を巡らせる。
一つのドアに目がとまった。
あの部屋には両親が居る。
だが、両親と言う実感はほとんどない。
父親は朝は働き、帰ってからは酒ばかり飲んで、私のことは無関心。
掛けられた言葉は何だったか。…確か。疫病神だっただろうか。もうほとんどおぼろげだ。
母親は売春で生計を立てている。
だから、私のことも産むだけ産んで、それだけだ。
死なない程度の世話しかしてもらえなかった。
たぶん、私が前世を覚えていなければ死んでいただろう。
かなり投げやりな世話だった。
多少恨むこともあるが、そんなもんだろう。
そう。私は私だ。
私だけいればそれでいい。
さて。
念を覚えることはできた。
後はこれでどの程度のことができるか、だ。
主人公たちは覚えてからすぐに途轍もなく強くなったが、同年代の少年はそこまでヤバイ訳でもなかった。
だから、鍛え方によるんだろう。
…私はそこまで鍛えてないから、期待しないでおこう。
月明かりが差し込んできた。
割れた窓は木で塞いでいるが、僅かに窓ガラスが残っているので深夜になると月光が見える時もある。
私は茶髪を揺らしながら、自分の背よりも高い窓に近づく。
窓枠に手を乗せて青い目で月を見つめる。
綺麗な満月が夏の夜空で輝いていた。
自力の起き方は捏造です。温かい目で見てくださるとありがたいです。。
念は本当に難しいですね。
いくら考察しても絶対これっていう答えがわかりませんでした。
皆さんはどう思われますか?
ご感想お待ちしてます!
今日の20時にもう1話、念のお話を投稿します。