立派な門構えの屋敷だった。
西洋風の鉄柵と煉瓦の壁に囲まれた、大きな屋敷を尋ねていた。
庭はそれほど広くない。
黒いドーベルマンっぽい犬が首輪に繋がれて4匹放されている。
彼? 彼女らはワンワンと番犬のお仕事をしている。偉いものだ。犬畜生といえど働かねば生きていけない。
そんな事実に少しだけ同情と共感してしまう。私も仕事してんぜ。仲間だな。
お前らも惰眠貪りたいよな、わかるわ。私もめっちゃ同じ気持ち。すぐ用事済ませて帰るからな。
ぽちっとな。
リンゴーンと軽快なのか、壮大なのかよくわからないチャイム音が響く。
ワンワンの声が大きくなった。
ブツンと門の脇から音がなり、男の声がした。
「こちらコロネッロ家です。本日はどのような御用向でしょうか?」
「こんちーわー、お仕事しにきましたーーー」
「……は?」
「おっと、合言葉は『赤と青が混ざると黒になる』……ならなくね?」
「……どうぞお入りください。玄関前まで迎えの者を遣わせます」
「うっす、失礼するっす」
無駄に植物で整えられたアーチを潜り、お花の咲き乱れるお庭を通り過ぎ、玄関前に行くと黒服のお兄ちゃんが待っていた。
顔に刀傷のあるブ男だ。身長は高めだ。見上げないと顔が見えない。
私がチビだからどのくらいの身長か正確にはわからないが、頭5つ分? 6つ分? くらいはデカい。
ジロっと見てくる。こりゃ、イチャモンつけられるかな?
「……ようこそ当家へ。中までご案内します」
抑揚の感じないムッツリした声で先導し、玄関を開けて手で入室を促される。
意外に紳士だ。まじか、顔に似合わねえって思ってごめん。
ブ男のおっさんについて行き、応接間に通される。
高そうなテーブルには、高そうなクッキーと高そうな茶色い飲み物が置いてある。
たぶん、紅茶?
ソファーに座ってずずずと啜る。
甘い。あれだ、ミルクティーってやつか? きっとそうだ、うまいぞぉ。
クッキーを食べる。さくっとした食感が良い。甘さは控えめだ。紅茶が進むぞお。
もしゃもしゃ食べていると目の前に誰かが来た気配がある。すまん、待ってくれ、もうちょいで食べ終わる。
口も手も小さいから速度が遅い。出来る限り急いで美味しく頂いた。
「……げふん。おまたせしました」
立ち上がってペコリと一礼しておく。社会人として当然のマナーよ、マナー。
前世アウトローだから社会人じゃないけど良し。
頭を上げると頭皮がM字後退した黒髪のナイスミドルが腰掛けていた。
待っていたのに表情はにこやかだ。余裕を感じる。
「えー、キミが、斡旋所から来た子で間違い無いかな?」
「はい、まちがいないっす。殺すッス」
「……すまない、疑いたくはないんだが、失敗されても困るからね。簡単に実力を見せてくれないかい?」
「あー、じゃあ、はい」
硬で瞬発。絶で気配を絶って。から、背後に回って座ってるナイスミドルの首をトン。トントン。
反応がない。トントントン。
まだダメか? もっと強くすると加減が難しいぞ。
「ぁ、ああ、すまない。もう十分だ、ありがとう」
「そう? よかった。これ以上やると殺しちゃう」
「そう、だね。いやぁ、さすがは斡旋所の紹介だ。キミなら信頼して仕事を任せられそうだよ」
はははと朗らかな笑い声だ。
背後に居るので顔は見えないが、余裕の表情なんだろう。やっぱマフィアはちげーわ。私もそんな心のデカい女になりたく、は別にないな。どうでもいいわ。ダルイ。
依頼の詳細を聞いた。
ただ、この家に出入りした人間が殺すと面倒だから、姿を隠すように頼まれた。いや、そりゃそうだわ。むしろ断られんでよかったわ。
断定されなければ良いって事で、目深いフード付きのパーカーを羽織る事でオッケーをもらった。あれだ、アサシン的なフードだな。色は何でもいいらしい。なら赤だ。一番好きな色だ。
どこで襲うかは自由、ただ出来る限り早い方がいい。
他の人間は絶対に殺しちゃダメ。なので、車移動中はNG。事故ったらヤバい。
で、殺すときは派手に。可能ならボディーガード達の真ん前で胴から首が取れればベスト。死んだ事が確実にわかれば良いとのこと。なら内臓かな? でも、趣味に走ったらダメか? まぁ、余裕あれば内臓で。
報酬は100万円。やっす! って気がしたけど私のポケットマネー0円なのでまじ欲しい。
1ヶ月分の食費になればおっけーよ。ナイスミドルと握手して合意。
もしボディーガードの面前でやったら+50万円くれるらしい。私、頑張るわ。
はい。という訳で現場に来ました。
ワラワラと黒服のおっさんたちが集まっております。
話を聞くに、何かの会合のようです。内容はわからん。聞いても固有名詞ばっかで意味不明だったが、色んなファミリーの人間が集まっている事はわかった。
殺害対象はコロネッロファミリー幹部のネッゾという男。サングラス掛けた白髪のおっさんだ。
特徴は覚えたのでバッチリ準備オッケーよ。あれだね、殺す事に関しては私の記憶力冴え渡るってかね? めちゃ秒で覚えれたわ、ありがてえ。
ガヤガヤした中で新しい車が到着。ナンバー変わってなければあの車だけど、乗ってるかな。
……乗ってない。あっれぇ、どこいった?
しばらく探すが白髪の目標は見つからない。
……黒髪でメガネ掛けたおっさんがなんか気になる。おじ専なっちったか?
見つからない。どうしようか、無差別で殺せたらまじハッピーだけど、さすがにまずいよなぁ。
今いる場所は目標地点から20M離れた建物の一室から覗いてる。鍵はどうしたって? 私には立派な足があるから蹴破ったのさ。
住民が居たが些細な問題だった。縛って置いといた。殺さないとかまじプロの鏡だよね。
ここから眺めてても目標は見つからないか。
近づいて話しかけてみる、のはダメか。顔見られる。うーん、仮面つけるべきかなぁ。
会話聴きながら探るしかないな。
『練』でガンガン聞き耳立てて行くスタイルだぜ。
(──ネッゾ──コロ──なん────いや、それは違う)
ネッゾって聞こえたな。……あれか。さっきの黒髪メガネのおっさんじゃん。
ん、髪染めた? このタイミングで? まじか。サングラスもメガネになってるじゃん。なんで? 狙ってるのバレてる? ……まぁ、いいか。殺そ
フードをしっかりと被り、開かれた窓から躍り出る。
パーカーのはずが、大人サイズで急遽用立てたのでスカート並みに丈がある。そのせいでポンチョみたいになってる。
そんなポンチョパーカーの裾を靡かせながら駆けた。
真っ赤な何かが突っ込んでくるからか、黒服達が若干騒めく。
数人が胸に手を入れ始める。銃の用意かな?
うーん。遅い。
3秒掛からず現場に着いた。
目標の黒髪メガネおっさんの周りをボディーガードたちが固める。いや、舎弟か?
まあ、どっちでも結果は同じ。こ・ろ・す♡
「くくくくくはははははは!!!」
オーラが溢れる。殺す、殺す、殺す。
殺意で胸が、頭がいっぱいになる。ああ、心地よい。生きている実感を早く与えて欲しい!
オーラを見る限り念能力者は恐らく居ない。
油断大敵、そんな言葉が流れては消えた。
踏み込む。アスファルトが軋む。弾ける、身体が前進する。
風のように黒服の中を通り抜ける。
ほら、もう目の前にいる。
「──こんにちは、そしてさようなら」
身長が足りないから、飛び上がって両手を腹に抉り込ませる。ずんとネッゾの身体が浮き上がった。
ああ、暖かい。この感触、このぬるさ。命の熱が腕から伝わってくる。
指を動かし肉を掻き分けるように上を目指す。両手で左右の肺を掴んだ。
むに、と内臓の柔らかさ。
ぁ……イっ……。絶頂よりも深い喜びが下腹部を満たす。
握り潰し、指の間から逃げて行く肺の残りカスの感触を愉しむ。
ぬるりぬるり指を抜けて行く。こんな感触はぜっったい他じゃ味わえない。殺さないと無理、無理、無理。
「──ああ、良い。良いよ」
肋骨を突き破って両手を外気に晒す。
ピンク色の肉片がこべりついている。赤く綺麗に色づいた指は舐めたいくらい美味しそう。
でも、そんな余裕はないから我慢。
両腕でそのままネッゾの首を掴み、頭を取り外して上に投げた。
「──では、ごきげんよう」
名残惜しい。でもダメダメ。我慢も大事。それがきっとスパイスになってくれるから。
遅まきながら銃声が響き渡る。溢れんばかりのオーラに弾かれて銃弾が逸れて行く。いくつか着弾する。多少の痛みが走るが、殺しの喜びに押し流された。
右で踏み込み。オーラを溜めて、右足の筋を伸ばす。流なのか硬なのかわからないけど、オーラも使って加速する。
真っ赤に染まった手を舐めながら、私は真っ赤な影となって黒服たちの集団から離脱した。
背後で怒号が聞こえる。でも、私の興味は両手に残した感触と付着した血と肉だけ。
くすくす笑いを溢しながら、上機嫌で屋根を駆けて裏路地に入る。
両手をペロペロ。うーん、美味しい。なんていうの? 足りないモノを補ってるって感じがする。胸がきゅんきゅんしちゃう。
私、臓物できゅんきゅんする系女子。はやるかな? はやってほしいなぁ。
考えながらペロペロしてたら綺麗になってしまった。もう終わり。ざんねん。
お仕事は終わり。早くレミに報告してお金貰って普通のご飯食べよ。ぐーたらしよ。
あぁ、でも、すぐにでも次のお仕事したいかも。悩むなぁ。
そんなことを考えながら、私は帰り道を歩いた。
仕事が終わったら携帯電話で連絡するよう怒られるのは、また別のお話。
ネッゾはたまたまイメチェンしました。