Black Barrel(改訂版)   作:風梨

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前話のIF
念発動後のイレギュラー

2021/10/28
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終息 IF

 弾かれたように離れる二人。

 のっぺりとした暗い室内の中であっても二人の姿は良く見える。

 素早くスーツを脱ぎ捨てたジュピールは袖から何かを取り出す。キラリと光る何かだ。

 

 シーハウスは腕を振るった。

 巻きついた鎖が唸りジュピールに飛んでいく。

 逸れた鎖が壁を抉り周囲のゴミが舞う。

 その隙間を縫う影がある。高速で接近したジュピールが手を瞬かせ、数十の打撃を繰り返す。

 受けるシーハウスも完璧に凌いでいく。

 攻防という面では互角だった。

 アンリの目には見えないが、両者ともに決定打が入らない。

 だがそれは、あくまで打撃に焦点を置けばという場合に限る。

 

「―――厄介だネ」

「そりゃどうも」

 

 ジュピールの持った『針』は操作系能力に起因するものだ。

 一撃をもらえばそれだけでシーハウスの敗北が決まる。

 それを加味しながら、気の抜けない攻防が繰り返される。

 

「そろそろ小生も本気を出そうかナ」

「させると思うか?」

 

 さらに加熱し攻撃を加えるジュピール。

 微かな綻びが生じ始める。

『針』という切り札がある以上、例えそれがフリであっても無視できない。

 対処に追われるシーハウスは徐々にだが打撃を受ける回数が増えていく。

 

「あまり、使いたくはないんだけどネ」

 打撃を捌きながら、オーラを増幅させるシーハウス。

 それに危機感を抱いたジュピールはさらに攻撃を加えようとするが、それがまずかった。

 

「単調、だヨ」

 両手を掴み取る。

 そして能力発動。

『摂っても便利な念液リキッドオーラ』

 オーラを液体に変化させる能力。

 それはシーハウスが識っている液体であれば毒でも酸でも可能。

 

 発動する寸前、瞬きもないその隙間を縫う。

 ジュピールの口元から吐き出された針がシーハウスに迫る。

 迷いはない。即座にしゃがみ込み、手を離したシーハウスに、強烈な蹴りが飛んでくる。

 両腕を交差させ、受け止めるが、その衝撃は緩和しきれない。吹き飛ばされるシーハウスを追って、ジュピールがさらに畳み掛け―――ようとした所で、足元の異常に気がついた。

 酸が侵食するよりも早く靴を脱ぎ、靴はあっという間に腐食して溶けた。

 

「てめぇ、既に両腕を酸で覆ってやがったのか。中和するためのオーラも必要だとかで、時間掛かるんじゃなかったのか?」

「ヒヒヒ、小生をナメすぎだヨ。どれくらい掛かるかなんて、言ってなかったロ?…さすがに即時発動とはいかないけどネ」

 

 ゆっくりと起き上がったシーハウスに外傷はない。

 強力な酸に覆われた両腕も、保持されたままだ。

 だが、良く見ればわかっただろう。シーハウスの両腕の包帯が一部溶けていることに。

 

「さァ、第二ラウンドと行こうじゃないカ」

 

 想像以上にやり難い。

 ジュピールは冷や汗を垂らした。

 下らないプライドなんて捨てればよかった。

 

 笑みを浮かべるシーハウスとは対照的に、ジュピールに余裕はない。

 元々操作系能力、それも他人を操作するタイプは奇襲でこそ真価を発揮する。

 理想を言えば相手が気付かない内に操作してしまいたい。

 だが、現状はそれとかけ離れている。

 能力は既にバレている。奇襲どころか、警戒しかされていない。

 接近して針を打ち込もうにも、酸の腕での攻撃を防ぐ手立てはない。

 よって、ジュピールが仕掛けられるとすればそれは遠距離からの攻撃のみだ。

 

 だが、相手に好意を抱かせ、強制的な友人関係になる。それがジュピールの針の正体だ。

 それは行動を強制させられる強い暗示ではあるが、元来気を抜いた相手に使う念能力のため、遠距離での使い方にはとんと弱い。

 

 ヤル気満々なシーハウスとは違い、ジュピールにはもう、攻撃を成功させる手立てがなかった。

 

「…あー、やめだ。これ以上やってもしょうがねぇや」

「なんダ、拍子抜けだナ」

 心底詰まらなさそうにシーハウスは両腕を下げた。

 先ほどまでの熱はもうない。

 ジュピールはため息を吐きながら、疲れたように首を回した。

 

「元々勝てるわきゃねーんだ。ったく、オマエも災難だな」

「?小生カ?」

「違げーよ、そっちのガキだ、ガキ。シーハウスに目ぇ付けられるなんざ、運が悪いどころじゃねーだろ」

「…そうかナ?衣食住は保障するヨ?ここよりはいい環境だと断言するけどネ」

 

 ぐるりと見渡せば、確かに人の住める環境ではない。

 ジュピールもここで暮らせと言われれば拒否するだろう。

 だが、そういう意味で言ったのではない。

 そう口を開こうとするが、面倒なことになるのは目に見えている。

 ぐっと飲み込んで、溜め息を吐いた。

 

「…そうだな。おい、幼女。オマエ、少女じゃなくて良かったな」

「…は?」

 向けられる憐憫の眼差しに、アンリは疑問符を浮かべた。

 

「多少は長く生きれる。ま、そこからどうするかは任せるがね。…もし逃げ出すんなら俺を頼りな」

「ヒヒヒ、小生が逃がすと思うカ?」

「ははは、それもそうだ。じゃあ、俺は後始末でもしてきますかね。…またな、シーハウス」

「必要ならまた呼びナ、多少は融通してやるヨ」

「そりゃー助かる。今日は無駄じゃなかった訳だ」

 ははは、と乾いた笑いを漏らしながら、後ろ手を振ってジュピールは室外へと消えていった。

 見送って、シーハウスは再びアンリを見た。

 アンリは身を固くして、構えこそしないものの重心を下げてシーハウスを見つめている。

 

「そんなに警戒するなヨ、まだ殺さないサ」

 スッと手を伸ばせば、思い切り弾かれる。

 キョトンと手とアンリを見比べて、クツクツと笑った。

 

「ヒヒヒ、本当に良いネぇ、とんだ拾いものだヨ」

 アンリから視線を外して、芋虫のようにうねっている男と気絶している女の元に向かう。

 

「ンーッ!ンーッ!!」

「安心しなヨ、殺しはしないサ」

 縄をほどき、自由にする。

 男はビクビクと震えながら、女を背に隠して立ち上がった。

 

「お、お前は何なんだ。俺たちに何の用があって、こんなことを」

「そうだネぇ。お前たちの娘に用があってネ。さっき聞いてただろうガ、あの娘がヤクザのクスリを盗んだんダ。だから小生たちが来た。まァ、今となってはどうでもいい理由だヨ」

「な、ん…アレが…」

 

 殺気だった目をアンリに向ける男

 不思議そうに眺めるシーハウス

 ブルブルと震える拳を見て、ほほゥと口角を上げた。

 

「何ダ、自分の娘を殴りたいのカ?だがなァ、オマエ程度じゃもう無理だと思うゾ」

「…お前が守るって言いたいのか」

「いーやイヤイヤ。ハッハッハ、まァ、そうだネ。そう思うカ」

 黙ってシーハウスを睨む男。

 気が大きくなった男を料理するより、娘に炊きつけた方が面白そうだ。

 

「いいヨ、黙って見ててやるヨ」

 スッと壁際まで下がって、手を組む。

 怒り心頭の男と、その娘。

 どうなるか見物だ。先ほどの反応なら、娘は多少の情を持ってるみたいだが、親は微塵もなさそうだ。

 戸惑った様子の男だが、動いても本当にシーハウスが何もする気はないと知って、視線を娘アンリに向けた。

 憎悪。正にその感情が当て嵌まる。

 ゆったりと男がアンリに近づくが、アンリは動かない。顔を俯けて身を固くしている。

 

 幼くとも念能力者だ。

 無能力者など簡単に倒せるだろう。殺すことすら容易い。

 男にアンリを害せる可能性は皆無だ。

 徐々に距離が近づき、手を伸ばせば触れられるほどの距離。

 男が拳を握る。

 振りかぶって、シーハウスはおや、と思った。

 アンリに何のアクションもない。

 薄眼で殴られると察しただろうに、さらに身を固くするだけで、反撃どころか防御する姿勢も取らない。

 少し予想外だった。

 凄惨な現場を想像していただけに少し裏切られた気分だ。

 

 拳が、振り、下ろ

 

 その瞬間。

 ゾッとするほどの寒気が背筋を駆け上がる。ガラスが割れたような音が脳裏に響き激痛が走る。

 無意識に後ろに飛んだ。頭を抱えるように抑えた。何かの反動であったように頭蓋が痛みを持って異常を知らせてくる。

 痛みに慣れているつもりだった。

 だが、その痛みはもっと根源的な、まるで脳の中を突き抜けるような不快感をともなっていた。

 痛みはシーハウスにとって非常に身近だ。だというのに、両手で頭蓋を掴み、握り締めなければ耐えられない苦痛として襲いかかった。

 

 それでも念能力者として鍛えられたシーハウスの意思を挫くには至らない。

 

 奥歯を噛み、痛みに伏せた顔を上げる。

 そこには、自分と同じように頭を押さえるアンリの父親と、歴然と様相を変えて父親を嬉々とした表情で殴りつけるアンリの姿があった。

 

 咄嗟に念を瞳に集める。

 『凝』と言われるそれで見た光景は、眼前の二人に集った蝶の形をした念が次々と弾けていく様だった。

 見れば、自分にも蝶が集っている事に気がつく。

 

 さらに気がついた。

 知らず『凝』を怠っていた事に、そして、数瞬前まで生かす事しか考えていなかった幼女に対する執着が異常なほどに薄れている。

 

 ーーー操作系?いヤ、何か違うナ?

 視界に蝶が映る。

 直感的にバタフライエフェクトという言葉が浮かんだ。

 羽ばたきが運命を変える、ただの与太話のはずのそれを思い出す。

 

 「・・・運命の操作?ばかな、念の枠を超えているヨ」

 ありえない。だが、もしも望んだ運命を引き寄せる能力だったなら。

 何かの弾みで失敗し、箍が外れたゆえに操作が切れたのだとしたら。

 『凝』を怠り、幼女に興味を持ち、父親を気まぐれで殺さなかったのも、全て操作された結果だったのだとしたら?

 ありえない。ありえないが、今までの結果がそれを半信半疑であれ肯定する。

 

 「があああああああああああッッッ!!!」

 幼女の父親が叫び、アンリがそれを気にせずに殴る。殴る。血が飛び散り、打撲音が鳴り、満面の笑みを浮かべながら軽やかに悲鳴と音の演奏を続ける。

 

 「よるなあああああああああいたいいいいいい」

 手を弾かれたアンリは絶叫を上げながらを自分を拒絶する父親を見て、念を十分に込めた一発を顎に叩き込み、電池が切れたように表情が消えた。そして、今更ながらに周囲に舞う蝶に気がついた様子を見せた。

 目を見開いた。両手で顔を覆い、嗤いはじめた。

 嗤いながらアンリの口の端から唾液が溢れる。

 

 「ぐふははは、はははははあ、そうだ、何を勘違いしている。私は、俺は!!もう、死んでいる?いや、生きてる?いや、いや、夢か。ふぐ、ぐふははははは」

 気が狂ったように狂笑する。

 幼女アンリのその姿は悍ましさと虚しさがある。

 殺すべきか、シーハウスは右手にオーラを纏わせる。

 頭痛が酷い。歩くことすら億劫だ。だが、成り立ての念能力者程度なら殺せる。

 

 その殺気に反応する。アンリの首がグリンと回りシーハウスと目が合った。

 アンリの無表情に目を見開く様を見た時。

 何か、細い線が集まった集合体を見た時のような凄まじい怖気を感じた。それは以前にも感じたことがある。

 刹那的な思考で思い出しながら右足を踏み出し、思い出したと同時に床が抜けた。

 ーーーーアレは、死者の念だ。

 

 「ーーーッ」

 運悪く(・・・)、床が抜けた事で階下に引っ張られる。

 アンリと目を合わせながら、そのまま落ちる。

 酸性のオーラを飛ばさなかったのは、床が落ちる事が予想外だったからか。それともーーー。

 

 辛うじて受け身をとり、軋むように動きが鈍い身体で上階に登れば、そこにアンリの姿はもうなかった。

 顎を砕かれ、芋虫のように丸くなって息絶えた男と、ついでと言わんばかりに腹ワタを撒き散らした女が居るだけだった。

 散ったばかりの腹ワタから酢えた匂いが立つ。

 腹ワタが繋がった先には破られた窓があった。

 外を見ると、真っ暗な夜にチラホラと火を焚いたスラム街の明かりが見えるだけで、アンリの姿はどこにも見当たらない。

 

 シーハウスは研究職だ。

 戦闘は得意であるし、好きだが、本分は研究者である。

 そのため追跡手段は持っていない。

 窓に垂れさがる腹ワタを引っ張る。窓の先からは千切られた腹ワタの端が現れた。繋がっているのは部屋で死んでいる女の死体だ。

 

 「やれやれだネ、年増の死体なんて剥製にするやりがいを感じないヨ。・・・12,3歳くらいの少女じゃないとネ」

ため息一つ溢して手に握ったモノを投げ捨てた。

 

 「あいたタタ、う〜〜〜ん、頭が痛いネ」

 それは今後を思っての意味でもあるし、実際にまだ頭も痛い。

 だが、シーハウスは全く悲観していなかった。

 もし、何かしらの確執を感じて襲いかかってくるなら次こそは剥製にしてやろう。

 シーハウスはその未来を想像しながら鼻歌交じりに部屋を出て行った。

 

 

 

 

 




自己満足でごめんなさい。
メインルートは断念しました。
IFルートで描き続けるかもしれません。

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