Black Barrel(改訂版)   作:風梨

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大変お待たせしました。







ノウリョク

「オイオイ、小生の意見は無視かイ?」

 

 選択肢はない(・・)はずだった。

 この、奇妙な男が居なければ。

 

 唐突なその言葉に私もホストも動きを止めた。

 場の空気が凍りつく。

 茶化すような口調で笑みすら浮かべているのに、明らかに包帯男の雰囲気が変わった。

 私を相手にしていた時とは何かが違う。ゾクゾクと全身が粟立つ。

 

 ホストと包帯男が見つめ合う。

 どちらも引く気はない、一触即発といった空気。

 無言のまま数秒見つめ合い、先に折れたのはホスト風の男だった。

 

「ははは、嫌だなぁ、そんなことする訳ないだろ?」

「そうカ?それなら良かったヨ」

 穏やかな口調。普通の表情。

 傍から見れば友好的に見えるソレも、私から見れば恐ろしく感じる。

 嘘で塗り固められた、仮面の友情を確認しあうような作業。

 そう。これはただの作業だ。

 前提であるお互いの立場を再認識するための行為でしかない。

 本来あったはずの友情も、利害が反すれば無に帰す。ただそれだけのことだった。

 

「それなラ、小生がもらっていってもいいよナ?」

「…あぁ、そうだな。持って行くと良い」

 

 ホストは目を瞑る。

 何も関与しないとでも言うように。

 その会話を皮切りに包帯男の目が私に向いた。

 瞳には愉悦しかない。

 ただモノに対する愛情と明確な狂気があった。

 想いを馳せるその瞳に。

 ゾッとした。

 

 そこに殺意はない。

 ただ生きたモノを死んだモノに換えるだけというのに殺意など生まれようか。

 殺意とは人を殺したい衝動のことを言う。

 ならばこれは、処理でしかない。

 初めてだ。

 脳髄を撃ち抜かれるよりも衝撃があった。

 瞳の奥には生々しい自己愛しか存在しない。

 その思考に怖気が走る。

 バラバラに腑分けされ、死後も身体を弄られるイメージが湧き上がった。

 そのイメージが脳裏で交錯する。

 

『死』を連想する。

 悪夢ではない、純粋な『死』

 首を、頭を、心臓を。生が停止するその瞬間を想像してしまう。

 私として生きてきた中で初めての経験だった。

 男の腕が伸びる。

 私の首を圧し折るまでの時間は瞬きほどもいらない。

 酷く緩慢に見えるソレは事実遅い。

 いつでも『死体にできる』という余裕からなのか、そこには何の意思も込められてはいない。

 笑みすら浮かべる余裕がある。

 だが不可避だ。

 

 では、諦めるのか

 ありえない。死を受け入れるなどありえないのだ。

 

 死なない。死ねない。イキノコル。

 

 心が震える。

 果実のように絞られ、凝縮された何かが零れ落ちる。

 一気に花開くように冷たい何かが胸に満ち溢れた。

 それは覚悟なのか。いや、違う。妄執にも似た意思だ。死にたくない、と。

 

 オーラが吸い取られる。

 ゾワゾワと左の肩を這い廻る何か。

 意識せずともわかる。

 今まで認識すらしていなかった『呪い()

 周囲に不幸を撒き散らす代償としてソレは、私を生かす。

 思えばそうだ。

 私の、蝶のアザを見たもの全てが不幸になる。

 両親しかり。老夫婦の、婆さんしかり。

 途方もなく報われないその過程は、結果として私を生かす。

 

 一瞬だけ脳裏に優しい笑顔が過ぎる。

 私の背後で何かが瞬き、頬を何かが伝った。

 

 ピタリ。と私の頭に触れようとした包帯男の手が止まった。

 私の目をまじまじと見つめる。

 

「フーム…何の涙ダ?」

 つつ、と包帯が頬を撫でる。

 そして、またピタリ。と動きを止める。

 包帯男が振り返り私に背を向けた。

 その後ろではオーラを練ったホスト風の男が微笑んでいた。

 酷く気だるげだが、その目はしっかりと包帯男を見据えている。

 

「ふ〜、オマエとやり合う気はないんだけどね。勝てる気しないし。けど、引く訳にもいかないんだよね。俺にもこの道で生きてきたプライドってもんがあるから、さ」

「オヤ、そんな高尚なものあったのカ?てっきり犬にでも食わせたかと思ってたヨ」

「はっはっは、言うなぁ。ま、そーなんだけどさ。一応、これでも組のこと考えてるのよ。俺が陰獣になったら大変だろ?ちょうどその穴埋め探してたんだよね。だから、ここは譲ってよ」

「それハそれハ。随分と緩いことを言うネ。そんな理由で小生が諦めるとでも思うカ?」

「はっはは、そうだなぁ、難しいかもしれないな。じゃあ、どうしようか」

「…ヒヒヒ、本当に困ったものだナ」

 

 ビリビリと肌を突き刺すようなオーラが2つ。

 どちらも相当な実力者だ。可視化された濃密なオーラがそれを物語っている。

 

「オイ、娘。オマエはどっちを選ぶんダ?」

「…?」

「なんだ、ここに来て逃げるのか?」

「違うヨ。小生が止めたが、まだ娘は選んでないだロ?どっちを選ぶんダ?」

 

 あの問いのことだろう。

 降るか、死ぬか。

 先ほどであれば、違ったかもしれない。

 だが今ならこう答える。

 

「…いつか死ぬなら、自分らしく死ぬさ」

 それは抵抗の意思。

 私は、胸の前で拳を構える。

 包帯男の目を、真っ直ぐと見つめる。

 漠然とそうした。

 蝶の気配はもうない。

 次はないだろう。それでも私はこうしなければいけないと。そう思った。

 

「…ヒヒヒ、いい目(・・・)だネぇ。これで、オマエはこの娘を殺すしかない訳だガ、それなら小生がもらっていいよナ?」

「…あぁ。本当にお前は。せっかく手に入りそうだったってのによぉ。わかったわかった。いいよ、持ってけよ―――」

 

 その言葉が終わるや否や、ホストの姿が搔き消える。

 直後に、私の背後で強い衝撃音が響いた。

 軋む骨とぶつかり合った肉の音。

 練られたオーラが唸っている。

 突き出された手を、包帯男が止めている。

 

「なんだ、死体が欲しいんだろ?なら、代わりに殺してやるよ」

「まったく、これだから美的センスに欠ける男は困るんだヨ。幼女より少女の方が美しいだろウ?なら、育つまで待つサ」

「相変わらず、だな。そーゆうとこは」

 その言葉と共に、戦闘が始まった。

 

 

 

 





絶賛体調を崩しております。。。遅れてしまって申し訳ないです。
戦闘描写は既に書き終えていますので、今週中に続きを更新します。



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誤字報告お礼
『エアの創造』さんありがとうございます。


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