Black Barrel(改訂版)   作:風梨

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 独白1

 シーハウスは考えることがある。
 生きるとは何か。死ぬとは何か。
『死』を意識してから考えるようになったが、いまだに答えは出ない。



異端

 

 

 

 

 シーハウスは飛行船内にいた。

 上空500mを飛行する、シーハウスの私用船に華美な装飾はない。

 シンプルな船内は持ち主の性格を表しているようで、寂しくない程度に僅かな調度品が置いてあるのみだ。

 私用船というのは持ち主の趣味が大きく反映されるものだが、この飛行船も例外ではなく、シーハウスの趣味がこれでもかと積載されている。

 

 調度品は少ないと言った。

 では、シーハウスの趣味は『モノ』ではないのか。

 それは違う。

 分類からいえばそれは『モノ』で、コレクションだ。

 なのに何故、少数しか置いていないのか。

 それは廊下を見ればわかる。

 その僅かな調度品は全て『死体』にまつわるモノばかりなのだ。

 

 眼球、皮膚、頭蓋、骨格、6本指の生々しい切断された間近のような腕、ゼリー症児の頭部。

 それらですら序の口でしかない。

 保有することが法に触れるモノこそないが、その範囲内で考えうる『商品』のラインナップは見事に揃っている。

 

 そう。シーハウスは死体回収屋であり、世界有数の人体収集家でもあった。

 彼のコレクションは優に三百点を超える。

 その内ある程度厳選されて、普段から目にしなくても良い代物だけを船内に置いている。

 つまり、これらですらシーハウスのお気に入りではない。

 あくまでコレクションの一部でしかないのだ。

 

 そんな飛行船を飛ばして、シーハウスはヨークシンから南東にある、アムブロシアという街に向かっていた。

 都市開発の真っ最中にある街で、次々と新しいビルが立ち並び始める、いま最も勢いのある街だ。

 ヨークシンから流れ始めた裏金がその理由だが、表では独力ということになっている。

 

 そんな街にシーハウスが向かうのも依頼があったからだ。

 金など本職の収入で腐るほど持っているシーハウスだが、知り合いから頼まれれば否とは言わない。

 何せ働かなくても金は勝手に入ってくる、

 趣味以外に使う時間はないのだ。

 それなら、死体を集めつつ友人と会えるならぜひもなく、シーハウスは飛行船を軽い気持ちで飛ばして向かっていた。

 

 

 

 

 

 地下空間というと、どういうイメージがあるだろうか。

 陰鬱?カビ臭い?

 あるいは裏家業をイメージするだろうか。

 

 そのイメージに差異はない。

 陰鬱でカビの生えた空間がアムブロシアにはいくつか存在している。

 そのうちの一つ、ノクターノ組の管理する区画にある一部屋。

 部屋の中には3人の男が居た。

 

 一人は血だらけで椅子に縛り付けられている。

 顔には麻袋が被せられ表情は見えないが、男性であろうことは切り裂かれた衣服の下に見える厚い筋肉から見て取れる。

 しかし、彼の身体には無数の裂傷と抉られた傷跡が見えた。

 それも血が止まりきっておらず、真新しい傷であることは明白だった。

 

 そんな男に寄り添うように、金属器具を手にした男が居た。

 男の名はトロイ。

 目の前で半生半死である先日までの上司を拷問した張本人だ。

 息が荒く、脂汗もすごい。

 極度の緊張と咽返る血の匂い。そしてかすかな罪悪感によって苛まれ続け、彼の精神は既に限界寸前だった。

 しかし、手は休められない。

 彼のさらに後ろにもう一つ椅子がある。

 そこから薄く笑いながらその姿を見つめる新しい上司の姿があるからだ。

 

 その男は特徴的な見た目をしていた。

 まず目を引くのはその髪型だろう。

 生来の黒髪はカジュアルに分けられている。

 乱暴な言い方をすれば前髪全てをグイっと右に寄せ、逆の左の髪を全て後ろに流している。

 前から見ると右側だけ盛られたように髪量が多く、左側は少ない。

 かなりカジュアルな、まるでホストのような髪形をしている。

 当然、身に着けている装飾品も髪形に合わせたカジュアルなものばかりだが、服装は裏家業らしくきっちりと黒スーツを着込んでいる。

 磨きぬかれた靴が彼の顕示欲の強さを感じさせた。

 

 そんな一室に、扉の開く音が響いた。

 重く、そして錆びた扉の立てる音はどこか不吉さを匂わせる。

 一斉に全員の意識、視線が入り口に向かった。

 そこに立っていたのは、異様としか言えない服装に身を包んだ人物だった。

 

 一言で例えるなら、捕まったヤバイ奴。だろうか。

 ジャラジャラとした鎖を全身に巻きつけ、その下は衣服や素肌を隠すように包帯でぐるぐると巻かれている。

 それを覆い隠すような茶色いコートとシルクハットを身に付けているが、コートは前を止めていないし、ハットも包帯だらけの顔を隠せていない。

 よくよく見ればズボンやシャツを着た上に包帯を巻いているのがわかるが、不気味なことに変わりない。

 加えて言えば、その隠しているはずの茶色の革が、かえって不吉さを感じさせていた。

 それもそうだろう。

 その革は『人間』のものだ。

 一目ではわからぬよう、顔の皮は使用されていないが、色といい、艶といい、残った毛穴といい、見るものが見れば一目でわかる加工のされ方をしている。

 

 ぐるぐると包帯の巻かれた頭部から、鋭い視線が室内に注がれた。

 片目は包帯に覆い隠されているが、その鋭さは片目でも十分な意思を感じさせる。

 それを見て身を震わせる男と笑う男に別れた。

 身を震わせたのはトロイ。

 喜んだのがジュピールだ。

 

「シーハウス!遅かったじゃないか、待ちくたびれて遊んでたよ」

 立ち上がり、両手を広げながら歓迎の意を示す。

 明らかな異常者であるシーハウスを見てもなんの動揺もなく、笑顔を見せるその胆力は中々なものがあるが、シーハウスは特に気にするでもなく室内に入った。

 

「まったく。小生を急に呼び出しておいて、その軽薄なセリフはないんじゃないカ?」

 そういいつつも気にした様子はない。

 ジュピールと熱くハグを交わすと視線を男たちに移した。

 

「で、この二人を回収すればいいんだナ?」

 答えは明白だった。

 ニコリと笑みを見せたジュピールは軽く頷きを見せる。

 対象が決まってるならやることは簡単だ。

 ズズズ、と洗練されたオーラがシーハウスから漏れ出す。

 

「ま、保存するだけなら軽くでいいカ。―――『羊たちの沈黙(コールドシープ)』」

 一瞬のうちに具現化されたのは2つの棺。

 十字架を刻まれた、茶色い木製の一般的なモノだ。

 もっとも念能力であるので、見た目通りの棺ではない。

 シーハウスの念能力は2つあるが、『羊たちの沈黙(コールドシープ)』はそのうちの1つ。

 対象を保管すれば収納している限り決して劣化しない。

 保存以外にも様々な能力と制約があるが、事を死体の保存に限ればこれ以上理想的な能力もないだろう。

 

「じゃ、殺していいゾ」

 あまりにも薄い言葉。

 その言葉に青ざめたのはトロイ、拷問を強要されていた男だ。

 立ち上がり、拷問器具であるノミを握ったまま悲鳴を漏らした。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!!ご、拷問をする代わりに助けてくれるって約束だったじゃないか!!!俺はいう通りにしたぞ?!」

「ああ、あれウソ」

 軽く、まるでなんでもないことのようにジュピールは告げた。

 絶句と言うに相応しい表情を晒したトロイに追い討ちをかける様に言葉を続ける。

 

「…考えてみろよ。俺が、お前みたいな生かす価値のないゴミの言葉を覚えてると思うか?あれ、というか、俺人間と会話したっけ?」

 端正な顔に心底不思議そうな表情を浮かべてそう言う。

 そして、ニヤリと笑ってから見下したように舌を出した。

 

「あー、悪い。家畜以下と会話できるわけなかったか。でも独り言なんだし、別に覚えてなくても問題ないよな?」

 言葉を言い合えるのが先か、それともトロイが動き出したのが先か。

 シーハウスの目には僅かにトロイの方が早かったように見えたが、そんなことはどうでもいい。

 結果は決まりきっている。

 トロイは駆け出し、その手に持ったノミでジュピールを散々に滅多打ちにする。

 そして悦に浸った表情で次はシーハウスを―――

 なんて。そんな妄想をしたのだろうが、実現する訳がなかった。

 

 男が殺意を持って動いてから0.5秒後、初めの一歩を踏み出そうとしたその瞬間に、男の頭部と身体は永遠の別れを告げていた。

 死に気付く暇もなかっただろう。もし覗けたのならトロイの脳裏ではまだ妄想が続いている。

 

 手を出したのはシーハウスだ。

 大したことはしていない。

 ただ、身体に巻きつけていた普通の鎖を伸ばして首を断ち切ったに過ぎない。

 伸ばしすぎた鎖が壁と激突し粉塵を巻き上げる。

 優に人を殺せる傷跡を残しながら、シーハウスは特に驚いた様子もなくスルスルと鎖を手元に戻した。

 粉塵が僅かに晴れれば、そこにはただの鎖では決して着くことのない、巨大な力の爪痕が残っている。

 

「あっはっは、シーハウス、オマエやり過ぎだってー」

 とはいえ、ジュピールに気にした様子はない。

 壁も、人が死んだことにも、まったく興味がない様子で椅子に座る残った一人に近寄って、麻袋を外した。

 

 正面から見てはいない。

 シーハウスは横から覗くように見ただけだが、男の顔は水分で溢れ、とても見れた顔ではなかった。

 目を細めて渋顔を作る。

 彼の感性からすれば、それはあまり好ましいものではない。

 あくまで死体が好きなのであって、人を貶めて喜ぶ性癖は持ち合わせていないし、何より男の表情に芸術性をまったく感じない。

 目を細めたのは、あくまで芸術性を感じなかったからだ。

 感傷でシーハウスの心が動かされることはない。

 血だらけの男も顔見知りではあったが、もう完全に助ける可能性はなくなった。

 死を目前にした決死の表情だったならばあるいは、ありえたかもしれないが。

 

 「や、やめろ。やめてくれ!!おいシーハウス、俺とお前の仲だろ?助け、おい、や、やめッボェ」

 シーハウスに助けを叫ぶ男の喉を、穏やかな笑みを浮かべたジュピールが千切る。

 喉から零れ落ちる血液は致死量だ。

 このままでは鮮度(・・)が落ちてしまう。

 平均死後2時間以内なら死後硬直が始まらない。

 とはいえ、できれば死んだ直後の、損傷が全くない遺体がシーハウスとしては好ましい。

 血液が減っているなどもってのほかだ。

 

 「なァ、ジュピール。小生は死体回収に呼ばれたンだよナ?」

 「あぁ、そうだよ。それがどうかしたのか?」

 「…まァ、わかってるならいいカ。埋め合わせはしろヨ?」

 「…?あぁ、そういうことか。もちろん、今日は金はいらないよ、好きに持っていっていい」

 「二つだけで、カ?寂しいもんだナ」

 「フフフ、本命はこの後さ。…シーハウス。キミは少女の遺体を特に好んでたよね?」

 「…そういうと小生がロリコンみたいじゃないカ。まァ、美しさという点なら抜きん出てるとは思うけどネ」

 「なら良かった、キミのお眼鏡に適うといいけど…、もちろんこの後も来るよね?」

 「小生、まだ何にももらってないのに帰ると思うカ?」

 「あはは、悪い悪い、埋め合わせはちゃんとする。…喜べ、シーハウス。幼少の念能力者がいるみたいだ。…それも特上のな」

 蕩けるような笑みを見せるジュピールのその言葉に、シーハウスは目を丸くした後に、嗤った。

 「それハそれハ。楽しみだネぇ」

 

 

 

 

 

 









前書きに独白を入れるか、本文中の初めに入れるか。
少し迷いましたが、こっちの方が分けて見れるかな?と思うのでこれで行きます。

ノクターン組→ノクターノ組
変更してます、すみません。

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