Black Barrel(改訂版)   作:風梨

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練と結末

 

 

 

 

 

 夜。

 私は暗いアパートの一室で『念』の練習をしていた。

 念を覚えてまだ1日目の夜だ。

 やっておきたいことは山ほどある。

 特に念の基礎は一通り復習しておきたい。が、次に考えているのは『錬』だ。

 『纏』『絶』とくれば、次は『錬』だ。

 早めに覚えたいという気持ちもあって、数時間の練習で身に付けることができた。

 

「…けど、維持する時間が短すぎるな」

 覚えるのはさほど難しくなかった。

 自力で起きる時にも試していたように、気合を込めれば多少は増減する。

 それに『溜め』を合わせればいいだけだったから、それに気がついてからすぐに覚えられた。

 イメージは沸騰寸前のヤカンだ。

 蒸気になる一瞬手前で溜め込んでおき、一気に全身から放出する。

 この時溜めたオーラが多ければ大幅なオーラ増大となる『錬』になる。

 

 ただ私は肉体能力が低いせいなのか、維持時間は異常に短い。

 その時間僅か10秒。

 『錬』だけで精根尽き果てる、とまではいかないが、しばらく『絶』で休憩を取りたいくらいには消耗する。

 まだ実践じゃ使い物にならない。

 精々が一瞬のドーピングくらいだろう。

 

 ぐっっと拳を握る。

 年齢的なものはしょうがない。大事なのはこれからどうするかだ。

 『錬』の持続時間。これは目標だな。

 ローテーションとしては『纏』→『錬』→『絶』をしながら瞑想。

 これを続けるのはもちろん、身体も作っていかないとな。

 前途多難だが時間はある。じっくりやっていけばいいんだ。

 そうこうしているうちに、夜は更けていった。

 

 

 

 

 prrrrr prrrrr

 

『…誰だー?オマエ』

『お疲れ様です。モメロの部下の、トロイです』

『…あー、お疲れさーん』

『実は、ご報告があるんですが――――』

 

 

 

 

 

 

   ―――人の悪意に際限はない。

 

 早朝。

 まばらな人影が気だるそうに現れた。

 ある者は起き、ある者は惰眠をむさぼる中で、この男達は前者だ。

 労働者階級よりさらに下として搾取される立場にある彼らにとって、日々の酒と会話のみが生きる目的であり、それ以外に目を向ける余裕はない。

 彼らが集まるのは朝の早い時間だ。

 まだ太陽も昇っていない、薄ぼんやりとした光の中で既に十数人の人間が用意された『タコ部屋』と呼ばれる強制労働施設から起きだし、持ち場へ向かって歩いていた。

 彼らの毎朝の楽しみは会話だ。

 僅かな情報から面白おかしく嘘か本当かもわからない話で盛り上がる。

 そのうちの一人は昨夜最高のネタを仕入れていた。

 このネタを話したくて話したくて、朝が来るのが待ち遠しかったほどだった。

 その男は喜び勇み、仕事仲間への挨拶もそこそこに手を口に当ててボソボソと話し始めた。

 

 「ところで、聞いたか?あの話」

 「んあ?…いや、何の話だよ」

 「決まってんだろ、マフィアが聞き込みしてるって噂だよ、何でもクスリを探してるらしいぜ」

 「クスリィ?なんだ、粗悪品でもあったのか?」

 あくびをしながら気もそぞろに聴く男にニヤリと笑い、大げさに驚いて見せた。

 「あぁ~ん?てめぇ、まだしらねぇのかよ。…ここだけの話だぜ?…失くしたんだとよ」

 「は?…クスリをか?」

 男はニヤニヤしながら続ける。

 「あぁ、それもただ失くしたんじゃねぇ。スられたんだとよ」

 「…マジか。うっわ、よく盗んだな、そいつ!」

 「ホントだぜ、なに考えてんだか!」

 朝からゲラゲラと笑い、腹まで押さえた男が聞いた。

 「んで、どうなったんだ?」

 「さーな。噂じゃ捕まったって聞いたが、今頃埋められてんじゃねぇの?」

 

 

 

 

 

 噂されているとも知らず、青いテントから顔を出した黒服の男―――モメロは手をかざしながら目を細めた。

 知らないうちに朝になっていたらしい。徹夜の目には刺激が強い。

 古びたテントの立ち並ぶ風景の切れ間から陽の光が覗いている。

 まだ夜が明けてさほど経っていないが、闇市場にはチラホラとしか人の姿がない。

 彼らは夜に起きて朝に寝る生活を送っている。表市場とは逆で、日が出始めれば店をたたむのだ。

 そして店がなくなれば人気がなくなるのも当然だ。

 

 少し熱中しすぎたか。

 そんなことを呟いて、銜えたタバコに火をつけた。

 火をつけるときに、右手の袖に飛び散った血痕が付着しているのが見えた。

 服が汚れたことにも気づかないとは。

 こんなに本気で攻めたのは久しぶりだった。

 

 

「アニキ、お疲れ様です」

 そんなモメロに声をかける男が居た。

 横をみれば、途中から姿が見えなくなっていた部下だ。ミネラルウォーターを持って立っている。

 出てくるのを待っていたらしい。

 なんで外なんだ。つか、なんで水なんだよ。

 色々言いたいことはあるが…まぁいい。

 無言で受け取って飲み干す。

 空いたペットボトルを捨てて歩き出すと、慌てて部下が駆け寄ってきた。

 …犬みたいな奴だな。

 

「にしてもアニキ、意外でしたね」

「何がだよ」

「いやぁ、真犯人のことですって。…どうするんです?」

 そう。モメロが聞いた話によれば、部下からスッた犯人はあのバイヤーではなかった。

 かなり念入りに聞いたから間違いないだろう。

 あの金髪は麻薬常習犯らしく、話に要領を得なかったが、何度も何度も話を聞いて確信した。

 マフィアに手を出した奴は別にいる。

 しかもそれはただの浮浪児だという。

 到底信じられない話だ。

 だが、男の主張はどれだけ責めても代わらない。

 業を煮やして老人や若い男にも聞くと、攻める前からペラペラと色々教えてくれた。

 

 犯人は浮浪児だった。

 この店をよく利用しているガキがいるらしい。

 金髪の男の言った特徴を伝えると喜んで色々と教えてくれた。

 

 その人物の名前。

 どういった経緯を持っているのか。

 何を主に活動しているか。

 見た目、年齢、どこにいることが多いのか。

 何を大切にしているか。

 どうやら本当にガキが盗んだらしい。

 

 それを聞いてモメロは血が沸騰するほどムカついたが、やっと確信できた。

 本当にそんなバカがいたとは。

 腕の良いスリ師らしいが、調子に乗りすぎたな。

 まさか、ガキにナメた真似されるとは思ってもみなかった。

 想像すらしてなかっただけにイライラが止まらない。

 

 

「舐められっぱなしじゃ終われねぇ、報復するさ」

 だが、もう問題ない。

 全てわかった。

 住んでいる場所こそ割れてないが、人相もどこに居るかも全てわかってる。

 あとは見つけ出してマフィアに手ェ出したこと、死ぬほど後悔させてやればいいだけだ。

 ここまでくれば話はシンプルだ。ただやってしまえば良い。

 だが、その前にしておきたいことがある。

 

「あー、そろそろ報告しといた方がいいかもしれねェな」

「…そうですかね?責任取らされません?」

「あ?…まぁ、多少は必要だろうが、問題ねぇだろ」

「でも、ガキに盗られたなんて報告したら、どうなるかわかりませんよ」

「…まァ、確かにな」

「あと、妙な話があったじゃないですか。あの男、拳は壊されたんだとかなんとか」

「…あぁ、あれか」

 尋問しているとき、奴の拳が壊れていたのが気になって話を聞いてみたが、返答は荒唐無稽なものだ。

 奴の話によれば、そのガキを殴って壊したっていう話だったが、クスリでも決めておかしくなってたんだろ。ただの勘違いだ。

 だが、部下の言葉でそんな思考は吹き飛んだ。

 

「あれって『ネン』なんじゃありません?」

「―――なに?」

「普通のガキならありえませんけど、『ネン』を覚えてるんなら、ありえますよね?」

「…バカ言え、俺達ですら使えねえんだぞ。使えんのは幹部の極一部だけだ。それを、貧民街のガキが使えるわきゃねぇだろーが」

「けど、そう考えたら辻褄も合いますって。…『ゼツ』も使えてるんなら、俺が盗られたのも得心が行きますし」

「…チッ、なるほどな。まぁ、なくはねーが、てめぇのミスを押し付けてんじゃねぇよ。カスが」

「…すんません」

「はっ、無能は困るぜ」

「…もしそうなら、俺達損ですよ。報告しても信じてもらえる訳ないですし。だから先に見つけて、突き出しません?それならある程度免除されるはずですよ」

「…お前の割には頭使ったじゃねェか。悪くねぇ、特徴もわかってるしな…一日くらい報告延ばしても大丈夫か」

「決まり、ですね。どこから探しますか」

「仕切ってんじゃねーよ。まずは、表市場だな。奴の好物らしい青リンゴをはろうや」

「うす」

 

 モメロとその部下―――トロイは表市場へと向かう。

 モメロは知らない。

 トロイが既に報告を済ませている、ということを。

 そして、事実を湾曲して伝え、とある噂を広げていたことなど、彼には知る由もなかった。

 彼に非はない。

 ベストに近い選択をしたと言えるだろう。

 事実、もしクスリをロストした時に報告していれば彼の首は物理的に飛んでいた。

 

 では、トロイが悪いのか。

 彼も悪くない。

 彼なりに生き残る術を探した結果、自然とこういう結末を迎えるというだけだった。

 ただ、彼は思慮が足りていなかった。

 マフィアにとってマイナスとなる情報を拡散する意味。

 事情はあれ、子供相手に良い様にされた事実を彼は正しく受け止められていなかった。

 

 彼らは知らない。

 推移しすぎた事態が、既にどちらか一人の犠牲で済まない過程にあることを、彼らは知らない。

 

 

 

 prrrrr prrrrr

 

『あー、もしもし?シーハウスか?―――2人分、いや、3人分の回収をお願いしたいんだけど、今日空いてる?』

 暗い部屋に腰掛けた男が電話をかけていた。

 部屋と同化しそうなほど黒いスーツを着ている。

 男―――ジュピールは電話口からの色良い返答に喜色を滲ませた。

『あぁ、良かった。ヨークシンにいるのか。うん、うん、もちろん大丈夫だ。オマエが来るまで待っとくよ。ん?そうだなー。たぶん、2千万あれば足りる。あぁ、じゃあ、任せたよ』

 ―――いつもの場所で。

 そう、笑みを湛えながら呟いた。

 

 

 

 

 

 









話がうまく伝わっているといいんですが…。
次の更新は今週の土日か、来週の土日になりそうです。








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