人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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ティンダロスの猟犬
時間が生まれる以前の超太古、異常な角度をもつ空間に住む不浄な存在とされる。

絶えず飢え、そして非常に執念深い。四つ足で、獲物の「におい」を知覚すると、その獲物を捕らえるまで、時間や次元を超えて永久に追い続ける。獲物を追う様子から「猟犬」と呼ばれるが、犬とは全く異なる存在である。

彼らが我々の住むこの世界に出現するには、120度以下の鋭い角が必要である。 部屋の角や物品の破片などが形成する鋭角から青黒い煙のようなものが噴出し、それが凝ってティンダロスの猟犬の実体を構成する。その実体化の直前、酷い刺激を伴った悪臭が発生するので襲来を察知することができるが、その時点で既に手遅れとなっている。古代ギリシア人によると、彼らから身を守る唯一の方法は身辺のものから一切の鋭角をなくし「曲線」のみで構成することであるという。

こちらの世界に姿を表すときの特徴的な形態として、「太く曲がりくねって鋭く伸びた注射針のような舌」と、「原形質に似ているが酵素を持たない、青みがかった脳漿のようなもの」を全身からしたたらせるさまが描写されている。

出自についてはマイノグーラがシュブ=ニグラスと交わって産んだ落とし仔たちであるとも言われている



夜 ティンダロスの猟犬

「なんだか臭いませんか?」

 

訪れた夜。口火を切ったのはXXの他愛ない一言だった。今日の狩りの時刻、次なる相手への対策会議にてラヴィニアの家、大広間に集まっていた一人であるXX。

 

「くんくん・・・うわっなにこの臭い!?理科の授業でかけられた薬品みたいな臭いする!」

 

臭い、というよりは猛烈な刺激臭。目に染みるようなキツい臭い。当然ながら人の発するものではない。人体が発する臭いではない、あまりにも刺激が強く涙が出てくるような──

 

「臭い・・・はっ!まさか・・・!?」

 

「これは・・・っ」

 

弾かれるように顔を上げるナイア。慌ててエイボンの書をめくるラヴィニア。そしてそれと同時に・・・更なる変化が巻き起こる。どこからか煙が立ち込め、部屋に紛れ込んできたのだ。青紫の、通常では起こり得ない異質なる煙。そしてそれは、瞬く間に凝固していく。一ヶ所に留まり、そして吐き気を催すような液体を撒き散らし、おぞましい舌を口から伸ばす四つ足の犬がごとき存在へと姿を変えていく。

 

『リッカ!ラヴィニアを庇うのだ!ヤツは厄介だぞ、気を抜けば我等の戦いは此処で終わる!』

 

「アル・・・!?」

 

「『ティンダロスの猟犬』・・・どうやら私達を認め、追跡を行い始めたということ、でしょうか」

 

素早くラヴィニアを庇う三人の探索者達。戦闘体勢に移った三人は油断なく正面にその猟犬と呼ばれるおぞましき存在を捉える。ただし、犬と言われたら犬に見える程度な見た目の特徴は霞のように掴み取れない。ぐちゅり、ぐちゅりとその体から脳漿のような液体を撒き散らし、鳴き声のような駆動音とうなり声を上げ、こちらを威嚇しているかのように見える。

 

「てぃ、ティンダロスの猟犬・・・自らの領域に脚を踏み入れた者を時空の果て、空間の果てまでも追い続け狩る神話生物・・・その執念深さから、とても危険な存在として伝わっているわ。い、今から文書を、脳に送る・・・から」

 

言葉と同時に、リッカの頭に情報が送り込まれてくる。ティンダロスの猟犬とは、決してその姿が犬のように見えるから猟犬と言われているのではない。探知した、狙いを定めた人間や存在を文字通り何処までも追い掛け殺す習性から来ているのだ。

 

かの存在がこの世界に来るのは120度以下の角度の物体・・・要するにとても尖った存在が必要なのだ。部屋の角、紙の角などといった鋭いものがあれば、其処から煙を出し実体化して襲い来る。彼等は穢れた世界の住人で、清らかなる存在に飢えており何処までも何処までも追ってくる。タイムトラベルやタイムリープ、時間旅行をする輩はティンダロスの猟犬のテリトリーを侵し、獲物とされるのだ。

 

「逃す事はあり得ません。此処で仕留めます」

 

ナイアが短く告げる。──そう。狙われた以上はこの猟犬を殺さなければ安寧は訪れない。彼等は文字通り何処までも追ってくる。次元をいくら跳躍しようと、何万年の未来にワープしようと。覚えた匂いを追って、どこまでも追い掛けてくるのだ。本来なら、狙われた時点で最早その人間に安息や安寧は訪れない。彼等から逃げるには、どこも尖っていない空間を作り遣り過ごす他無いのだ。だが現代で角がない空間などありはしないし、そもそも猟犬自体が地震を巻き起こす種族と協力して角度を生成してくる。──此処で殺さなければ、リッカは死ぬまで猟犬と戯れなくてはならない。僅かな安息すら赦されない狩りに身を投じる事となるのだ。撤退は赦されないし、撃退も赦されない。殺すしか無いのである。

 

【■■■■■!!】

 

おぞましき絶叫を上げ、ティンダロスの猟犬が舌を伸ばす。猟犬はその太い注射針の様な舌で獲物を突き刺し、清らかなるものや清浄なるモノを吸収する。突き刺されれば干からびるか、醜く老いさばらえるか。どちらにせよ女性として、人間として死は免れないだろう。

 

【ラヴィニア危ないっ!】

 

「あっ・・・!」

 

リッカが素早く舌からラヴィニアを庇い伏せ、同時に舌をナイアが弾き飛ばしXXが距離を詰め、ロンゴミニアドを突き立てた。抜群のチームワークにてティンダロスに手傷を与えた・・・が。

 

【■■■■!!】

 

「うわっ!?」

 

凝固していた煙が霧散し、ティンダロスは姿を消した。同時に滴らせていた液体を飛び散らせ、XXに振り掛ける。危機を察し乗着・・・鎧を着込み事なきを得たものの、それもまた強烈な酸性を持っており、XXの鎧の表面がジュウジュウと音を立て、溶け出していく。肌に受けた場合を思い浮かべ、全身に鳥肌が立つXX。だが、やったのだろうか?

 

「いいえ、やってはいません!御覧ください・・・猟犬は来ます!警戒を!」

 

【ッ!!】

 

瞬間、『その場にいる全員』に舌が、膿んだ爪が襲い掛かった。机に置いてあった封筒から、タンスの角から、シャンデリアの飾りから、置いてあったカーペットの角から。部屋の角と言う角から、鋭き先端という先端から猟犬が攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

【ラヴィ、私から離れないで──くうっ!】

 

「ああっ・・・!」

 

ラヴィニアの頭の突起・・・そこから牙を剥き出しにしたティンダロスの牙が襲い掛かる。咄嗟にガードしたリッカだが、膿と細菌にまみれた牙が腕の鎧部分に深々と食い込んだのだ。何処にいようと安全な場所はない。120度以下の角度が有る限り、其処はティンダロスの領域なのだから

 

「リッカ様!──ッ!」

 

素早い舌の動きがナイアを切り裂いた。シスター服を裾から肩まで切り裂かれるも、身体を捻り無傷に抑える。露出した胸などの恥部は手で隠しながら、魔具アタッシュケースを変化させマシンガンにて迎撃する。火花は散るも、けして致命傷には至らない。素早く霧散してしまうからだ。

 

「ナイア!モクモク鬱陶しいですね!正々堂々できないのですか!セイバーの様に!」

 

猟犬は狡猾だった。ラヴィニアの家に集合している頃合いを狙い襲撃し、ラヴィニアを護らせ自分が存分に動けるフィールドに持ち込ませた。魔力放出や大規模破壊攻撃はそのまま儀式の失敗、ラヴィニアの絶命に繋がる。そしてラヴィニアが絶命すればこのセイレムにて『魔女を告発する存在はいなくなる』。大規模破壊やセイレムを落とす必要などない。殺すべき相手を殺せばいい。かの猟犬は、そう教えられ解き放たれたのだ。楽園の企みを阻むために。

 

──だが。猟犬は侮っていた。楽園のマスターが、何故最悪と呼ばれるのか。何故、規格外と呼ばれるのか。そして、何故かの存在が【自らの秘宝を託したのか】を

 

【おぉあぁあぁあぁあぁあぁあぁっっっ!!!】

 

白き鎧、紫のスーツに身を纏ったリッカが雄叫びを上げ、気合いをみなぎらせ猛る。それと同時に──

 

【!?!?!?】

 

自らを構成する穢れの、何倍も強烈な劇毒ともいうべき黒き物体が加速度的に辺りを覆っていく。僅かでも触れれば、自らという存在すらも塗り潰されるような感じたこともない漆黒の泥。──原初の混沌がごとき昏き魔力が一瞬で辺りの総てを黒く塗り潰していく。そしてそれは、ティンダロスの活動領域の消失を意味していた。

 

【!!!】

 

触れては不味い、取り込まれてはまずい。そう感じたティンダロスは素早く角度の向こうへ離脱する。そして、ラヴィニアの家の総てをリッカの魔力泥が覆い尽くしたのは同時の出来事だった。

 

猟犬は仕損じた事を疎んじながらも、その把握した臭いは忘れていない。無駄は行わない。次に己が顔を出した時、総てが終わるだろう。

 

【■■■■・・・・・・!!】

 

その瞬間に備え、猟犬は静かに時を待つ──

 

 




ナイア「リッカ様!お怪我などはなさっておりませんか!?あぁ、なんという無茶を・・・!」

リッカ【へーきへーき!皆、無事だよね?良かった・・・!今、全部塗りつぶしてるから来れないと思う。作戦会議しよっか!】

アル『完全に出鼻を挫かれたか・・・!おのれ小癪な・・・!』

XX「・・・洗って落ちますかね・・・?」

ラヴィ「み、皆が無事なら良かった・・・突破口は、これな筈・・・」

『角度なき真球』

「きっと、これを使えば・・・封じたり、存在を固定できたりできる。きっと、キーアイテムよ・・・」

【ニャルの贈り物かな!ナイスぅ!ナイスぅ!】

ラヴィニア「お、おそらく。この空間には来れないわ。角度がないから・・・ぎゃ、逆に言えば『角度を作れば誘き出せる』」

XX「これ洗って落ちますかね・・・?」

ナイア「・・・・・・」

『角度なら任せよ!デモンベインには『ニトクリスの鏡』なる鏡面武装がある!割れれば破片となり角度を産もう!』

【ナイちゃん?大丈夫?ナイちゃん?おーい?】

「・・・申し訳ありません、リッカ様。私・・・非常に憤慨しています。端的に言えば・・・」

その言葉と共に、ナイアは持てる魔具を解放した。肉体と融合し硬化する魔界金属『ギルガメス』。両手両足に装着する魔具『ベオウルフ』。そして背中に装着し無限の剣を生成する『ルシフェル』。フェイスガードを装着し──

「──ブチ切れました。クソにも劣る狗畜生に、私の友達を傷付けた罪の償いを・・・その死を以て」

【わぉお・・・】

XX「これ洗って落ちますかね・・・?」

──夜明けが迫る。狩られるのは、果たしてどちらか。

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