モリアーティ(モリアーティです。シクヨロ)
(ふざけるな、どういう事だ!?何だ最初からこの事件に関わっていたという事か!?)
アナスタシア(カドック。あなたは今混乱しているわね?)
(見れば解るだろう、どう考えても!)
(モリアーティと私達とこの事件を取り巻く疑問・・・その答えはこうよ)
カドック(・・・!?)
アナスタシア(私も知りたい♪)
(ふざけるな──!!!?)
モリアーティ(まぁまぁ、そのうち説明するから。そのうちね?)
(本当だな、本当に説明するんだな!)
モリアーティ(ダイジョウブダイジョウブ、モリアーティウソツカナイ)
(頭から脚まで嘘まみれの癖に何を言っているんだ──!!)
アイリーン(ぶふっ・・・くふっ・・・)
「あいっ、たたたた・・・治癒魔術を覚えてて良かったなぁ・・・君はどう?ラン?」
「・・・動けん・・・情けない・・・結局勝ったのは・・・」
「バーテンダーに、娘・・・そして皇女・・・その力は、一体・・・」
治癒、あるいは痛覚遮断の魔術にてなんとか五体を取り戻す魔術師三者。みなジークに翻弄、蹂躙され立つのがやっとといった所だ。誰が勝者かなど語るまでもない。──カドック、そしてモリアーティと仲間たちが勝ったのだ
「勝ちたければカツラーメンを食べなさい。あらゆるものに勝つ!ラーメンよ」
「聞いているだけで胸焼けがするんだが」
「私達が何者か?それはもちろんナイショだとも!」
「はい、禁側事項と言うことで。・・・それはともかく。皆様、これにて勝者は決まったものでは無いでしょうか」
アイリーンがアナスタシアに促し、頷いたアナスタシアがそっと、カドックの手を取り高々と掲げる形を取る。泥臭くとも、無様でも、滑稽でも──
「勝ったのはここにいる馬鹿で愚かで無謀で向こう見ずで根性と反骨心に溢れた魔術師、カドックという訳です。そして、なんか葉っぱはそこのおじさまの手に」
「勝ち名乗りは嬉しいんだが、フワッとし過ぎだろ・・・いや、まぁ・・・」
初めて掴み取った勝利を、この無茶苦茶な皇女に太鼓判を押されるというのは、なんだかとても・・・
「・・・いいか」
悪くない。素直にそんな事を考えるカドックは笑みを見せた。カルデアから放り出されて以来、たまにしか浮かべていなかったその、笑みを。確かに浮かべることが出来たのだ
「・・・いやいや、いやいやいや!とてもでは無いが納得できないぞ!?」
当然ギャングからしてみれば意味不明の争いだ。そして横から現れたバーテンダー一行が総てを総取りしていったという。納得が出来るほど思考停止はしてくれないようで。しかし悪びれずにジェームズ・・・、否。モリアーティはあっけらかんと返す。
「しかしオークションに払う金銭の必要が無い今、プラスになったまであるのでは?更に言うなら・・・」
「えぇ。もうにらみ合いと牽制はよろしいでしょう。三組織とも、話し合いのテーブルにつくべきでしょう」
本音は最早争いは望まれていない。ならばこれを、最後の争いにすべきだ。街にいることを、街と共に生きることを願うのならば
「三竦みは均衡により平和をもたらしますが、外敵に弱い。──私とこの最愛の助手ならば、一日もかけずこの街を食い尽くせるヨ?蜘蛛みたいに糸を張って・・・」
「誘拐、ウィルスの流布、誹謗中傷、ライフラインの切断、港湾事業の破壊工作、武器の流通に環境汚染、違法入国・・・御好きな公害や災害があれば、今のうちに聞いておきますが」
その時、カドックの眼には全く違うものが映っていた。モリアーティと名乗る老人に重なったのは、年老いた狡猾にして周到な蜘蛛。そしてアイリーンに見出だしたのは・・・その身一つで総てを操り思うままに破滅を賜す魔女や女神そのものだった。
「ぐっ、それは・・・」
「・・・まぁ、確かになぁ」
「ったく、寝とったら終わらせとぉとは早業じゃき。・・・おまんら、ちくとツラ貸しや。・・・えい加減、三すくみも飽きてきた頃合いや。」
このおっさんや娘の言う通りだと、以蔵は言う。最早膠着と停滞の関係を、脱する頃合いなのだと。
「メンツを捨てて、ギャングが生きていけるとでも?」
「よう生きていけんかもしれん。けんどにゃぁ・・・『消えてのうなるよりはマシやろぉが』」
それは、とディルムッドが沈黙する。メンツを捨てるか、平穏と床で死ぬ権利を捨てるか。選ぶまでもない、二者択一である。
「本来ならもちっと早くそうするべきやった。現状維持の心地よさに魅了された時点で、こっちの敗北じゃ」
「お、俺は納得できねぇ!こんな連中に俺達が──いでででっ!?」
ごねる部下を、以蔵はただ一閃した。峰打ちではあるが痛みはある程度のもの。──冷めた目でハンドガンのトリガーに手をかける娘に風通しを良くされるよりは、こちらが躾として相応しいという事だ。
「次言うたら首と胴が泣き別れじゃ、阿呆どもが」
「・・・・・・そうさな。こっちの条件は言うまでもない。鋭意努力してくれるだろ?『街の一員となる』。この条件だけは変えられねぇ」
「・・・あぁ。方針の転換に反発があるはずだが、そこは私が抑えると約束する。引き替えに私の隱遁及び私財の売却。跡継ぎは穏健派の男を選んでおく。それから君達に向けてとりわけ過激な主張を行っていた部下は後で名前のリストを送っておくよ。【家族には出向したと伝えておく】」
「あいよ、ごっそさん」
(おい、悪党しかいないぞここ。正義を名乗るつもりはないけど、ヤクザ映画じゃないんだから・・・)
(そういうものだよ。彼ら基本的に悪党だからね、悪党。共存共栄は不可能。自分の組織一つだけの繁栄も不可能・・・)
(なら最善は共存共損よ。共に損をして、共に存在する。実に慎ましいけれど、代わりに穏やかにベッドで横たわれる死が待っているのよ)
オルガマリー・・・そう呼ぶのももう気が引けた。ここにいる女性は、立場の重責に押し潰されていたあのヒステリー少女ではない。気品と聡明さを兼ね備えた、真に強き女性であり・・・
(これが本当のオルガマリーだったなら、誰も言わないだろうな。キリシュタリアがアニムスフィアの君主に相応しい、だなんて)
やれば出来るのレベルが、自分とは比べ物にならなかったらしい。彼女はきっと一日たりとも無駄にせず自分を磨いた。そんな彼女を知らずに腐っていた自分が情けないやら哀しいやらで、静かにへたりこむカドックでありましたとさ。
「はぁ、参った。僕らも死にかけただけで丸損じゃないか」
「・・・差し引きややマイナスか。オークションの為にあちこち駆けずり回ったというのに。全く・・・」
「バーテンダー。貴様、その菩提樹の葉・・・どうするつもりだ?」
「キシリトールや歯ブラシにまぶそっかナー。・・・情報を金銭に換える手口もないではないが。皆さんそう言うの苦手だよネ」
「・・・いや、良い。そちらの娘の手前、無様は晒せぬ。・・・やれやれ。唯一の収穫が、美女に酌され口にした美酒の味のみとはな・・・」
「機会があれば、また喜んで酌をさせていただきますわ、おじさま」
「カドック・ゼムルプス・・・またいつか会おう」
「あばよ、三流以下の魔術師達。刻まれた歴史と伝統を大切にするんだな」
それぞれの所感を告げ、魔術師は散っていく。ギャングらもまた、争いを終えた新たな明日へ、未来へと。
「・・・ジェームズ・モリアーティ。どうやらあなたはチンケなチンピラの我々とは比べ物にならないほどの悪役らしい」
「痛快無比なアラフィフダンディクソ親父ですね」
「アイリーン君!?」
「我々は損をした。だが致命的ではなかった。街が壊滅するより少なくともマシな結末だろう」
「こ、コホン!・・・謙虚に生きたまえ、諸君。影が総てを覆ってしまえば、魔女が駆ける月夜も、蜘蛛が糸を張る余地も無くなる」
『日向に日蔭に奔走なさい。それが私達、悪い人達の仕事でしょう?ふふっ』
「・・・口の減らない坊主くんよ。ついていくの、止めておいた方がいいぜ?」
「あぁ、全くだ。『楽しくなかったら、誰がついていくものか』」
その言葉を吐いた、最後に。カドックは大の字に倒れ、空を見上げるのだった──
カドック「・・・なぁ、アナスタシア」
アナスタシア「なぁに、カドック」
「一つだけ、聞かせてくれ。・・・『カルデアのマスターは、もっと上手くやれたか?』」
アナスタシア「勿論。オークションはマスターと一対一との戦いに持ち込まれて魔術師は返り討ち、ギャング達は対話のテーブルにあっという間につくでしょうね。半日で終わるのでは無いかしら。あ、アフターケアに触媒を持ち帰らせて補填も万全よ」
「・・・そうか。ははっ、はははははは・・・!」
アナスタシア「・・・妬ましいの?」
カドック「違うよ、アナスタシア。『そうでなくちゃな』って、思ったんだ」
ちっぽけな街を護るために、死ぬほどの苦労をして、足掻いて、辿り着いたのは痛み分け。カルデアのマスターなら、カルデアなら、もっともっと上手くやれたんだという
「それでいい、それでいいんだ。『あいつらの旅路は、きっと誰にも真似できないものだ』」
そう、誰にも真似できないものだ。あいつらだけの旅路だ。上手くやれたなんて言えるはずが無い。だって──
「──ざまぁみろ、カルデアのマスター。『僕の方がお前より無様だった』ぞ」
──この勝利や、達成感や苦痛や気持ちも、カルデアの連中には真似できないものなんだから。
「・・・凄いな、お前は。いつか、話を聞かせてくれよ」
完全無欠、敵のいない痛快なルートの旅は、どんなものだったんだ?いつか、機会があったら聞かせてくれ。誰にも真似できない、その旅路を教えてくれ
その時に、ムカつくし、腹が立つだろうけど。吐き捨てるように言ってやるとも。
「『よくやった』・・・ってさ」
──今の自分なら。きっと素直に、そう言える気がするんだ。だって・・・
お前はきっと、僕なんかより何千倍も。頑張っている筈なんだから。
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