王として当然の心構え
どうやら、この炎上した冬木に蔓延るシャドウサーヴァントはあのアーチャーだけではないらしい。
そも、サーヴァント同士を戦わせる聖杯戦争……とやらは、七騎の英霊達を集め行われる殺し合いというのがオーソドックスな形だとロマンは言う
ならば、残りのクラス……セイバー、ランサー、キャスター、ライダー、アサシン、バーサーカーがまだこちらを狙っている可能性があるということか
「医師。マシュの様子はどうだ」
『大丈夫だよ。直撃は避け、防ぎきっている。マスターも所長も、傷ひとつない』
「盾の役割は果たした、か。女だてらにやるではないか」
本当に、大したものだ。己の身体一つで、護りたいものを護る
その初志を貫く事の、なんと難しいことか。藤丸には、素敵なサーヴァントがついている。
「よし」
その貢献に、自分も見合う戦果をあげねばなるまい
『ど、どうしたんだい王様』
「マシュには引き続きマスターの護衛を任せよ。我は仕事の続きだ」
『仕事?君は王様が仕事じゃないのかい?』
「たわけ、今の我はサーヴァント。マスターの障害になる存在を一掃する事に決まっていよう」
『えぇ!?まさか、一人で行くつもりかい!?』
「……?」
『いやいや!その「当然だが?」みたいな顔は止めてくれ!何処にどんな脅威が残っているか解らないんだぞ!万が一君が消滅するような事になったら、こちらの戦力はがた落ちだ!』
彼の言うことはごもっともだ。未知の魔境、炎上する特異点。如何なる罠が待ち受けているかは全く以て未知数だ
「たわけめ。我が路傍の石に命を取られると思うか。ここで座して待ち脅威が訪れるのを待つか、自ら脅威を取り除き一刻も早く態勢を整えるか。賢明な策はどちらだ?」
『それは……』
「それに、人類最後のマスターを失うか、たかがサーヴァント一騎不慮に失うか。これより先の行脚で重大な損失になるかは考えるまでもあるまい」
『……それは確かにそうかもしれない。けれど……』
未だ言い淀むロマン。どうやら本当に性根が甘い……いや。優しい人なんだろう
「案ずるな。我には単独行動のスキルがある。マスターの負担になるような真似はせんよ。王の言葉だ。信じるがよい」
『王の言葉、ときたかぁ。……よし、解った。変に食い下がって君の機嫌を損ねたらそれこそおしまいだ。残るシャドウサーヴァントの殲滅、引き受けてくれるかい?』
「無論だ、たまには汗水垂らす下々の感覚を味わうのも悪くない」
これより先、自分に敗北は許されない。少しでも経験を積み、マスターを護りきれるようにならなくては
「……うむ。功労には報償がいるな」
ふと呟き、出立の前に身体を休めているマシュに声をかける
「マシュ」
「あっ、英雄王!すみません、こんな気の抜けた姿を……」
「敵もいないのに気を張る必要もあるまい。真面目な奴よ」
「は、はい……すみません」
どうも彼女は、自己が消極的なようだ。自分がマスターを護った!どうだ金ぴか!ぐらい言ってもバチが当たるわけでもあるまい
「先の戦い、よくマスターを護った。手柄だぞ、誉めてつかわす」
「えっ――あ、いえそんな!英雄王に称賛されるなんて!お、畏れ多い、です」
「奥ゆかしさは島国の美徳、であったか?確かに我の強い女ほど鬱陶しいモノはない。女神とか本当によくない、うむ」
……今のはギルガメッシュの所感なのだろうか、女神という単語に関して、沸き立つような殺意が燻ったような気がした
「だが、お前の成したことは紛れもない功績だ。王たるもの、正しき働きには報いねばならん」
そうだ、こんな年頃の少女は、本当なら戦場に立つべきではない
もっと、違う生き方……せめて、美味しいもの食べたりするくらい良いはずだ
黄金の波紋に手を伸ばし、手のひら大の物質を掴みとり、マシュに差し出す
「飴をやろう。舐めると甘いぞ?」
「あっ、飴?ですか……?」
「マスターと、あの勤勉な小娘にも分けてやれ。我は今から運動に行く」
「運動……!?で、でしたらマスターと私も!」
「たわけ。シャドウサーヴァント一体に翻弄されていた貴様に何ができる」
「っ……」
「今はまだ、生命を擲つ時ではない。貴様には貴様の正念場が必ず訪れよう。意思と気迫は、そこまでとっておけ」
「……はい」
見るからに肩を落とし、うなだれるマシュ
今はこれでいい。考える時間、自分を見つめる時間が作れるならそうすべきだ
思春期というのは、そういうものだから。こんな異常事態でも、その当たり前の生き方を忘れないでほしい
「では行ってくる。王の帰還を楽しみに待っておけ」
「え、英雄王!」
「ん?」
出立に行く刹那、マシュに呼び止められる
「あ……」
「ありがとうございます。この飴……味わって食べます……!」
「大袈裟だ、たわけ」
フッ、と零れる笑みを隠すことなく、ギルガメッシュは飛び立って行った
「……本当に、ありがとうございます。英雄王」
辛辣ながらも、確かに身を案じるその言葉と行動に、マシュの心に、温かい感覚が沸き立っていた
至高の飴ってどんな味がするんだろう。なんでもうまいしか言えない自分にはとんと解らぬ
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