人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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ロスト

「──馬鹿な。この気配は・・・この霊基パターンは・・・!」

 

絶句、そして戦慄するエミヤ・オルタ。無人となった教会、打ち捨てられた死体と己しか存在していないはずの空間に満ちる臭気。人のものではない。サーヴァントのものでもない。しかし、確かに濃密に、おぞましいほど満ちる『ソレ』。香水と香炉、そして鼻を衝く腐った臭い。恐ろしくも淫靡な【魂を腐らせる】程の醜悪さを、彼は知っている。そしてそれはまさしく今満ちているものであり──

 

【貴方はもう忘れているのかしら?】

 

マーブル・マッキントッシュ・・・否。かつてそうであった物言わぬ筈の亡骸がずるりと立ち上がる。両断されたその上半身と下半身より、おぞましき肉の柱が涌き出て癒着を行ったのだ。それはまさしく、妖怪や怪物の所業にしておぞましい光景であった。マーブルは、腐り果てた鉄心に問いかける

 

【それとも、英霊となった時に削ぎ落とされてしまったのかしら?・・・なら、また思い出させてさしあげましょうね】

 

静かに笑みを浮かべる、マーブルなりしモノ。エミヤは咄嗟に銃を撃ち放ち迎撃するが・・・『⬛』たる彼女には、なんの意義も見出だすことなく無為と化す

 

【ある国に起きた新興宗教。様々な国の有権者、科学者を信者にした『正しい救い』。営利目的の欠片もない、政治的な主張もない、『何も持たない』人々の集まりだった】

 

心に傷を負った者たち。異才から世間に混ざれなかった者たち。そんな彼等が、せめて互いが互いを癒し支えられるようにと立ち上げた、細やかなるコミュニティ。改革や革命など必要ない、ただ自分を受け入れてくれる場所がほしい。慎ましやかで、清らかな願いのもと、集いし人間達。彼等はただ、ひっそりと生きたかった。──それだけだった。だが・・・

 

【世界を変えるだけの知識を、技術を持っている人間が集まっただけなのに、多くの先進国が危険視したわ。あの組織には、悪の理念は何もなかった。本当に、ただの一人も悪人はいなかった。──そう。あの組織を気まぐれで創立した、教主の女以外はね?】

 

『皆様の全てを赦します。皆様の全てを救います。私が皆様を受け入れ、私が皆様を救いましょう』

 

──虫は飼育せねば死に絶えるのみ。虫が何をしようとも、誰が罪を責め立てましょうや?

 

【貴様──貴様は・・・!】

 

火を噴く銃口、マズルフラッシュ、落ちる薬莢。まるでそれは繰り返し、フラッシュバックだ。あのときの、あの時の正義の執行と同じように。余すことなく撃ち抜かれながら、なんの事も無いように【ソレ】は嘲笑い言葉を紡ぐ

 

【貴方は殺したわ。教主を殺すために、あのビルにいた全員を殺したわ。だって彼等は私を殺されたくなかったのだもの。私を失わないためには貴方を殺すしかなかった。それを──】

 

それを──みな、殺した。幸せであってほしい、誰もが幸福であってほしいといった願いの中にいる、当たり前の誰かを。幸せであってほしい人々を。絶対に護ると誓った、正義の庇護を受ける人々を

 

赤ん坊を身籠った妊婦を殺した。鬱を乗り越え、ようやく笑えるようになった夫を殺した。笑顔で未来を語れるようになった少年を殺した。誰もの平和を願って祈っていた少女を殺した。自分の才能や才覚が、いつか人々の役に立つ日が来てくれたら──

 

そんな人間達を、自分は殺したのだ。殺し尽くしたのだ。誰も彼もが行く手を阻んだから。『あの人は我々の恩人だ、殺さないでくれ』と涙ながらにすがり付く者達を、等しく皆殺しにしたのだ。蟻を踏み潰すように。最後まで死を理解できなかった子供を、祝福され生まれるべきだった赤子すらも、全てを。それだけの犠牲を払って──

 

【そこまでして、ようやく貴方は私を殺せた。殺せた──のですよね?】

 

「──殺したとも。少なくとも、その体はな」

 

だが、本当に殺すべきは体ではなかった。正義と、正しき願いの下に。ヤツの全ては滅びるべきだったのに。

 

【えぇ、でも心には傷ひとつ付けられなかった。もし貴方の世界に私がいたというなら、そうですね──】

 

そう・・・──彼女は最後まで彼の手にかかることは無かった。無かったのだ。正義の刃は、正義の弾丸は。本当に倒すべき悪を何一つ害さなかった。血を啜る事も、肉を切り裂くことも、誇りを打ち立てる事も

 

彼女は飛び降りた。笑みを浮かべ、笑顔を浮かべ嘲笑いながら。最後まで、憐れみ、嘲り、嗤いながら。自らの手で生命を絶ったのだ

 

【貴方の行い、正義の味方ぶりは愉快なものでしたが──、貴方自身は滑稽で、くだらない(ひと)なんだもの】

 

欲を味わわず、欲になびかず、己より他者を優先する。どんな快楽も必要とせず、微塵も自分に靡こうとしない不能。そんな彼は、彼女にとってたまらなく──正義の味方(くだらないもの)でしか無かったのだ

 

「ぐっ・・・、っ・・・!」

 

待避しようにも遅い。全てが遅い。取り返しがつかない。自分は何者かの【手】に囚われ、最早全てが溶かされようとしていた。全てが削げ落ち、漸く残っていた・・・腐った鉄の心さえも

 

【いけません。無闇に暴れては。手足が容易く取れてしまいますよ?貴方が私から逃れるなど、とてもとても。何をしても無駄なのです】

 

そう。逃げられない。逃げられはしない。それは最早覆せない。覆せない業であり過去であり、決まりきった結末であったから

 

【『罪なき民を殺した』。その事実を、貴方がいつまでも罪と感じる限り】

 

そう──揺らがぬ心が腐ったのはそれが所以だ。どの様な理屈や理由があれ、護るべき民を殺した者が正義の味方であるはずがない。それでは、殺された人達があまりにも報われない

 

【救いようのない外道に殺されたから、理不尽に死んだのだ】と、実証するために。正義の味方などではない、腐りきった悪党に殺されたのだとそれらを処理する仮定。悪を殺せず、民達を皆殺しにした事実というそのものに。殺した生命に殉じる為に・・・

 

彼は、魔道に堕ちたのだから。この姿である限り、その罪の意識からは決して逃れられないのだから。

 

【そうでしょう?貴方のような人は、私のような毒蛾に出逢わずともいずれ地獄に堕ちたでしょう。【悪であれば何人も許せないという心】も、度しがたい人の悪作。──鉄の心など、人間が持つものではなかったのです】

 

ドロドロに溶けていく【かつて正義であった何者か】。名前も、意義も、存在も、全てが蕩かされ消えて行く

 

【・・・あぁ、でも。なぜあなた様程の方が、なぜ自らの信念を押し曲げてまで私を殺さねばならないと決意したのか】

 

──それは至極単純な話だろう。殺すとも、殺さねばならない。なぜなら、彼の世界で、彼だけが・・・

 

【あなた様だけが、変生する私の末路を察したのですから】

 

そう、それは【獣】への羽化。人間を滅ぼす『愛』。淫らに現実を犯す、おぞましき感情の果て──

 

【ふふ、うふふ・・・ならば貴方に今一度、救済と挽回の機会を与えましょう。今度こそ、貴方が為すべきと思ったことを成し遂げさせましょう。えぇ、苦悶に呻く少年の苦悩を愉しんでいたら、思わぬ拾い物をした事への感謝を告げましょう】

 

その、獣の呟きを最期に──

 

【──後に繋がる悪の温床、その元凶たるカルデア。その全てを排除なさいませ?特に、あの黒いサーヴァントは念入りに。何故なら、アレこそは【この世総ての悪】。──ゼパ、なんとか様が教えてくださった、異なる世界の実験成果なようなので──】

 

・・・──男の全ては、獣によって削り落とされた。

 




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