イム【そうか。ほんの数年であったが…王の椅子に座り、歴史の維持に努めていた数百年よりも、ずっと鮮烈な日々をムーは過ごせた。礼を言うぞ】
ルシファー『何かが終わったみたいな物言いじゃないか。全てはこれからなんだよ?』
イム【そうだな…。だが、歴史の業と罪過は精算されねばならん。玉座についたものとして、ムーはその責任を取らねばなるまいよ】
ルシファー『………』
イム【トットムジカの騒動もその一つだ。…世話をかけたな、ルシファー】
ルシファー『気にしなくていいよ。僕はただ、僕が望むことを行っただけなんだから』
イム【自由なことだ。…或いは】
ルシファー『?』
【歴史も、ヌシアのように自由を求めているのやもしれんな】
ルシファー『イム……』
ゴードン「ルシファー君!」
ルシファー『!また後で、イム。どうしたの?ゴードン』
ゴードン「いや…少し、君と話がしたくてね」
「見てくれ。このテラスから眺めるエレジアの景色を。…あの日の悲劇、あの日の惨劇からこうまで音楽の都市は蘇った。十年以上の時間をかけて…エレジアは、蘇ったんだ」
国王ゴードンは、エレジアで最も高いテラスにてルシファーと共に夜景を眺めていた。その言葉の通り、エレジアはかつての…いや、それ以上の繁栄と栄華を取り戻すことが出来たのだ。
「改めて、お礼を言わせて欲しい。ルシファー君。私も、エレジアも、何よりもウタも。君に助けてもらったんだ。君は我々の、命の恩人だよ」
『変なの。エレジアはともかく、ゴードンもウタも生きているじゃないか』
ルシファーの問いに、ゴードンは首を振る。生きるということは、ただ生命活動を続けることではないと。
「生きるということは、希望と夢を抱えて前を向く事なんだ。ウタも私も、君という希望がいたから辛い日々を強く生きていくことができた。ただ、生きているだけの日々を君が救ってくれたんだよ」
『ふふ…生きているだけ、か。それの辛さや退屈さは、僕もよく知っているつもりだよ』
天界における日々はまさにそうであった。神の座、その周囲にある全ては平穏という停滞に沈んだものであり、今日と似たような明日がずっと続くもの。それこそが、神と共に生きるという事であった。
『僕は美しいもの全てを護り、支え、大切にする。君達が感謝することがあるのなら、それは君達の持つ美しさに他ならないよ。僕はただ、それに誠実であろうとしたに過ぎないさ』
「美しいかどうか…。君はずっと、それを大切にしていたね。君にとって、美しいかそうでないかという事が全てだと」
『そうだよ。僕は博愛主義者じゃない。僕にとって美しいかどうか…僕が美しいと感じたかどうか。主観的で不平等で、不公平な話さ。美しくなければ神も王も関係なく切り捨てるし、美しいならばガラス玉であろうと、糞尿だろうと重んじる。僕という存在が得た価値観、美意識はどこまで行ってもそういうものなのさ』
「ルシファー君…」
『その証拠に、この世界にはまだ苦しんでいる人達がいる。海賊に苦しめられ、海軍に見捨てられている人々が。天竜人は大分大人しくなったけどね』
『火拳のエース』奪還の海軍頂上決戦においては、極めて重症を負いながらも白ひげ、エース共に辛くも生存。表舞台から退かざるを得ないが、それでも混迷を抑止する白ひげ海賊団の名は残った。
『この世界はまだまだ平和と安寧、平穏や自由からは程遠い。未だ哀しみがあふれるこの世界は…死んだほうがいい世界なんだろう。だけど僕は、これ以上この世界を良くしようとは思わない』
「!」
『ゴードンとその国は蘇った。ウタは立派に育って、トットムジカと心を通わせつつある。トットムジカに…魔王の楽譜に込められた憎しみを打倒することが、僕らのやるべき最後の仕上げになるだろう。そこからの未来は…もう僕の預かり知らない事だ』
魔王の楽譜を手に入れたなら、もう自分が関わることはない。世界を良くするつもりもない。世界を変えるつもりもない。苦しみに喘ぐ人々を助けるつもりもない。
『全てを助ける、何もかもを救う。それは僕のやるべき事じゃないからね。結局のところ──完全無欠の結末というものは、僕がどれだけ強くても決して辿り着けない境地なのさ』
それこそが彼が抱える力の限界であり、彼が夢見た美しさに届かぬが故の諦観。どれほど強く、どれほど美しかろうと、彼は眼の前全ての存在を助けることが出来ない。自身より美しくなければ、手を差し伸べる事すら出来ない。
その事実は、自身の力や美貌がどこまで行っても偽神のエゴで生み出された自己満足であるという事実となり彼を苛んでいた。彼はもう既に、彼が夢見た力と美貌を認めていた。
彼が望む力とは、誰もを笑顔に、希望に満たす力であり。
彼が望む美しさとは、弱きものや醜いものにすら手を差し伸べる有り様である。
『僕が与えられた全ては、結局どこまで言っても自分本位。傲慢とは、そういうものなのさ』
自分にとって都合が良くなければ、容易く見捨てる事ができる。そんなものの、どこに美しさが宿るというのか。
彼は、彼が望む美しさを知った。故にこそ、彼は神が望んだ完璧から壊れてしまったのだろう。
『だから、有難がる必要はないよ。僕は結局、自分の為に君達を助けたに過ぎないんだから』
極論を言えば、エアやギルガメッシュがこの都市を欲しがるのならば、喜んでエレジアを差し出すだろう。どれほどの犠牲が出ようともだ。
天使は自意識が無いものだと彼は言う。だが根源的なところで、彼は『大天使』であり【大魔王】なのだ。
価値あるものは美しいものだけ。彼は全てを尊ぶ事が、出来ないのである。
「…いいや、ルシファー君。それは間違っていないんだよ」
だが、ゴードンは…彼の傲慢という諦観を否定しなかった。
「人はね、本当は自分の事だけで精一杯なんだ。自分の人生を生きていくことが、真っ直ぐ笑顔を浮かべて生きることがどれだけ大変か。君はウタと過ごして解った筈だ」
『それは…そうだね』
「力があっても、それを自分だけの為に使う人間はいくらでもいる。美しさを、自分だけの中にしか見出だせない人間の方が圧倒的に多い。だけど君は、誰かの中の美しさを何よりも大切にしている。これはとても素晴らしい事なんだよ」
『…どうして?』
「君が見つける美しさは全て、それを持っている人間すら気付かないほど小さく、見つけにくいものだからさ。誰もが気付かない、気付けないものを君は美しいと教えてくれる。美しいと伝えた相手を、君は救っているんだ。私やウタ、エレジアだって救われた人々さ。そうだろう?」
全てを救うのは神だけであり、本来ならば人は人を救うことはできない。美徳を見出すなどもっての他だ。
「音楽に関わって私が得た事はね、ルシファー君。『美しいものを美しいと感じられる心、それこそが最も美しい宝物』という事なんだ。自分以外の何かを愛し、尊べること。それはね、とても素晴らしい美しさなんだよ」
エレジアは夜の音楽を奏でている。それは、ルシファーが関わった事で取り戻された美しさに他ならない。彼が美しいと思ったからこそ。
「だから、ルシファー君。君はもっと自分を大切にしていいんだよ」
『ゴードン…』
「自分を大切にすることは悪いことでは無いんだ。君を愛し、大切に思う存在は必ず君にそう願う筈だよ。自分を重んじることが出来たのなら、君はもっともっと沢山の美しさに気付けるようになる筈さ」
自身を大切にすること。自身を重んじること。それこそが、ゴードンが彼に気付いて欲しいこと。
「トットムジカを鎮める戦いの後も、きっと君の戦いは続くんだろう?だから君は、自分の事を大切にしなくちゃいけないんだ」
『それは、何故?』
「君に見つけてもらいたい美しいものが、君を何処かで待っているからさ」
その言葉は……偽神を通じて忌避していた、自身を愛するという事の真価を問うものであった。
自分の美しさは与えられたもの。完璧であるが故にもう変わることはない。
だが…それでも。与えられた美しさだとしても、神が輝かせるのだとしても、その輝きで美しきものを見つけることができるのだと。
きっとどこかで、見つけて欲しい美しさが待っているのだと。……自身に与えられただけの美しさの是非として…。
『──そっか。そうなんだ…』
ゴードンの言葉は、ルシファーの心の澱みの幾ばくかを祓ったのであった。
ルシファー『ありがとう、ゴードン。やっぱり…エレジアに来てよかったよ』
ゴードン「そう言ってくれるかい?」
『うん。…もうすぐ戦いが始まる。地下シェルターから出ないようにね』
ゴードン「解った。ウタと、トットムジカとエレジアを頼んだよ、ルシファー君」
ルシファー『勿論だよ』
(自分を大切に、か…うん。忘れないようにしよう)
『…あっ、エアにも教えてあげよう。自分を大切に…』
…間もなく、魔王達の決戦が始まる。
ルシファーはただ、いつものように奔放で…
この世界において、自由であった。
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