人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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………………もう。



何も、かんがえたくない。


藤丸立香

「…………………」

 

戻ってきた、駅のホーム。状況は最初に入った時より何倍も…比べ物にならないほど悪化していた。

 

藤丸立香こそが、異変そのもの。彼がいる限り、何度八番出口に向かおうとも突破は叶わない。全員で進むことを条件にされている以上、ロジックエラーが発動する。立香を見捨てる他無いが…それは、藤丸立香では決して出来ない選択である。

 

何よりまずいのは彼の状態だ。何度も何度も心を抉られ、彼はとうに限界だった。失意の庭で突きつけられた事実も含め、彼の心はとうに死んでいた。マシュという最愛のパートナーがいたから戦えた。

 

それが今、いない。存在しないという事実は…彼の心の均衡を破壊した。彼の眼差しは、焦点があっていない。虚ろという言葉が相応しい。生きる屍そのものだった。

 

(もっと配慮してやるべきだった…作家として事実を並べ立ててしまったのが最悪手だった…!)

 

(少年がしていい顔じゃねぇぜ…とにかくケアと、全員で抜け出す方法を考えるぞ)

 

大人二人は、速やかに彼のメンタルケアと次の未来を見据えている。見捨てるなど、端から考えてはいないところが実に藤丸立香に相応しい思考である。

 

(…リツカさん。我々の想いを乗せ、彼を励ましてもらえませんか?)

 

(!)

 

(あなたはアイドル。察するに、百年に一人の。…アイドルの言葉は、理屈抜きに心を動かす。私は、それを…一人の国連の科学者から教わりました。立香さんを、我々が励ますのです)

 

りつかはそれでも尚、最善手と打破の手段を考えていた。彼女の精神は揺らがない。そうあれと願われた命であるが故に。

 

(…解った!実は私、励ますワードはあるんだ。あとは皆の伝えたいことを私に!私が言葉にまとめる!)

 

(よし、メモに書き記す。彼をもう一度、いや…ただ一度目覚めさせるぞ)

 

(おっさんが若者に頼り切りなんて情けねぇ。せめてエール位はな…!)

 

藤丸立香に、もう一度再起するための力を。四人は集まり、彼に伝えたい気持ちを言霊に込めた。

 

「──うん、解った!これが、私達のありったけだね!」

 

「頼むぜ、アイドル様。一番星になってくれ」

 

「一番星…そう言えば、赤ちゃん二人産んだんだっけ。彼女…」

 

「そろそろ一ヶ月に一度人が死ぬ街が恋しくなってきた。頼んだぞ」

 

「うん!…やるよ!」

 

リツカは意を決し、立香に話しかける。いや……正確には語りかけている。立香はもう心が死んでいるのだから。

 

「立香君。私…アイドルだから。一人に入れ込むなんてだめなんだけど、あなたに、私達が伝えたいことがあるの。だから、聞いてくれる?」

 

立香が、リツカを見やる。その目は、虚ろだ。

 

「…おれ…俺は…」

 

「立香君。君は──何も間違ってない。マシュを愛して、好きになったことは何も…何も間違ってなんかないんだよ」

 

立香は、否定されてばかりであった。世界に、未来に、結果に、現在に、異聞帯に、クリプターに。今回の特異点にも、否定をされた。

 

「…え……」

 

マシュを愛したのが、間違ってない。その気持ちを『肯定』された瞬間──彼の瞳に、光が灯る。

 

「人が人を好きになって何が悪いの?相互理解に相思相愛は、ハッピーエンドの不可欠なファクターなんだよ」

 

「…立夏さん…」

 

「マシュはあなたにとって最高の女の子なんでしょ?抱きしめてあげなくてどうするの!」

 

「…おじさん…」

 

「一度生まれた想いや願いは、そう簡単には死なないんだって…あなたが一番解っているんでしょ?」

 

「りつかちゃん…?」

 

一人一人が、りつかに彼に伝えたいことを伝える。りつかは残念ながら、人の心を動かせる人生経験は積み重ねていないとの自己認識から、彼女の敬愛する国連の科学者の教訓を託した。

 

「人は誰かを好きになって、人を産んで歴史を紡ぐ。立香君とマシュだって、ずっとそうやってきた筈でしょ?それが、こんな悪趣味な特異点で否定されて終わりでいいの!?」

 

リツカは天性のアイドルだった。だから彼女は生涯をアイドルに捧げ、婚姻は考えていない。故に──

 

「その指輪の繋がってる向こうで!あなたのマシュは待ってるんじゃないの!?」

 

「─────!!」

 

「女の子はね!大好きな男の子の赤ちゃん産んで育てたいんだよ!マシュに、赤ちゃん託せないまま終わっていいの!?」

 

彼女には友人がいた。同じアイドルで、同じく数百年に一人と言われたアイドルが。彼女は友人として、極秘裏に友人の出産した赤ん坊を抱いた事がある。それは…尊い命であった。リツカが通信空手で暴漢を撃退した事により、彼女は幸せな家庭を築いている。それは──リツカにとっても幸せな友人の幸福であった。

 

「まだあなたは死んでない!まだあなたには抱きしめられる女の子がいる!待ってくれている女の子がいる!だからもう少し…!あと少し!一緒に頑張ろうよ!マシュのところに帰るために!マシュを力いっぱい抱きしめるために!」

 

幸せに気づいてほしいと願う彼女にとって…相思相愛の願いは、決して手放してはいけない光。

 

「好きな女の子の為に!もう駄目だって限界なんて超えていこう!それを間違いだと言うなら──」

 

リツカの言葉には、気迫が籠もっていた。当然だ、彼女はアイドル。

 

「間違っているのは!そんな世界のほうなんだから───!!!」

 

あらゆる全てを、その魂で湧かせる存在なのだから。

 

「…皆……」

 

立香は指輪を見やる。二人で寄り添い、デザインした指輪。

 

「……そうだよ。ずっとそうしてきた。一目惚れしたあの日から、俺はマシュと生きる世界を救いたくて…!」

 

絶望していた心に火が宿る。男とは単純なものだ。自分が異変、自分がいるから皆が永遠に帰れない、なんて自責の念で動けなくなっていた癖に…

 

「例え死んでも───マシュと生きてくって誓ってこの指輪を嵌めたんだから!!」

 

マシュが待っている。マシュと生きる。そう考え至るのみで、魂が燃え盛り蘇ったのだから。

 

それが奮い立つのは空元気かもしれない。ただの痩せ我慢かもしれない。それでも──

 

「マシュと生きていく未来を……諦めてたまるものか!!」

 

それでも。惚れた女の為に奮い立つのは。馬鹿で単純な男にのみ許された特権なのだから。

 

「リツカちゃん!本当にありがとう!オレ、アイドルオタになって君を単推しする!!」

 

「ファンクラブやってるからマシュと握手会来てね!おかえり、立香!」

 

「ただいま!皆にも心配かけてごめん!!」 

 

「形状記憶合金だったようだな、君は。マシュを愛する自分にあっさり立ち戻るとは」

 

「…ありがとよ、藤丸。ブーディカにめちゃくちゃアタックしてた自分、思い出したわ」

 

「えぇ、自らを否定してはなりません。特異点である以上、悪辣な意志は介在している。そんな主観に否定されるほど、あなたの愛はチャチではない」

 

三人が暖かく迎え入れる。藤丸立香の恋路を、彼等は応援している。

 

幸いなのは、彼等が全員善であったこと。一人の不手際で、全員が永遠に閉じ込められる。苦痛の異変をまた繰り返される。発狂、仲間割れ、仲違いは必至の状況だった。

 

しかし、藤丸立香という魂とその存在は、どこまでも他者を害し傷付ける事を思慮や選択肢には入れなかった。なんとあろうことか、一番足を引く存在を親身に励ます真似すら行った。

 

なんというお人好し。なんという御節介に世話焼きの存在か。誰もが戦場では甘いと詰るだろう。

 

だが、このような絶望においては…

 

「皆のお陰で、思いつきました!この特異点を突破する方法を!」

 

彼等のような人間力は、悪辣な陰謀を破壊する為の活路となる。

 

「帰りましょう!皆の待つカルデアに!!」

 

それこそが──カルデアのマスターの真価なのだから。




おじさん「おいおい、超回復しすぎじゃねぇか?マジかよ?」

立夏「是非聞かせてもらおう」

立香「はい!見てください、俺達には令呪がある!」

リツカ「確かに!」

立香「これを──全員の推しサーヴァントに使うんです!令呪は空間を越えて作用できる!例え命令は果たせなくても、俺達のいる座標くらいは割らせられるはず!」

りつか「それは──」

立香「俺達の居場所をとにかく示すんです!そうすれば、必ず外側からこの特異点をぶっ飛ばせる『藤丸立香』に届く!」

リツカ「もしかして…!」

立香「あぁ!楽園カルデアの唯一無二の藤丸!『藤丸龍華』に!!」

──もしこの特異点に黒幕がいたとするならば。

藤丸立香の底抜けの善性を測れなかった事のみが、唯一致命的な誤算であろう。

そして───


楽園カルデア

リッカ「行くよ、ペンドラゴン!」
ペンドラゴン『はい!』

リッカ「藤丸龍華!救出作戦──開始します!!」

希望の足音は、確かに近付いていた。

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