人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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まさかお前が、人ならざるお前が私を倒すか。

マシュが消えても、その意志はけして揺らがぬか。


フ、ハハ。見事だ。人類最後のマスター。

その報奨を受け取るがいい。お前は、世界を救った。

何者にも出来ない、救済を成し遂げた。

お前に代わる命など…もうどこにもない。

お前は、唯一無二の命だ。


──唯一無二の、美しい、命なのだ──


ただ一つ、自然発生するもの

「行きましょう、立香さん。解りやすい異変で助かりました。これで、全員が異変を突破したこととなりますね」

 

眼の前の重苦しい機械を一瞥し、踵を返すりつか。それはまるで、全てを把握し受け入れたかのような確かな足取りで。

 

「くっ…ううっ…うっ…く…」

 

動けないのは、むしろ立香の方だった。どんな苦難も、どんな困難も苦痛も乗り越えてきた彼が、今…動くことが出来なかった。

 

「藤丸さん?どうかなさいましたか?異変を見つけたのですから引き返しませんと」

 

「…どうして」

 

「?」

 

「どうしてそんなにも…平気でいられるんだよっ!」

 

立香はりつかを抱きしめた。そうせざるを得なかった。そうせずにはいられなかった。

 

「世界を救わせるために作られて…!当たり前の幸せも全部取り上げられて!それでも父さんと母さんに会いたいっていう理由も作り物で…!全部誰かの都合で…!君自身の人生をメチャクチャにされて、どうして…!」

 

「立香さん……」

 

「泣くことも許されないのか…!?理不尽に怒ることも!?なんでそんな世界に生きる人達の為にそこまでできるんだよ!まだ六歳の君が!なんで…どうして…!」

 

憐憫であったかもしれない。知ったふうな怒りかもしれない。彼自身が、彼女の何を解るのかという事実は承知の上だ。だが、それでも声を上げられずにいられなかった。

 

どうして君は、平然としていられる?そんなのはおかしい。身勝手な運命に、文句の一つも言ってやればいい。何故、それすら許されないのか。そうまでして、そんな仕打ちをした世界に何故報いようとするのかと。

 

「…。父と母がいなかった事は、ある意味で幸福なのです。私が、伝える必要が無くなったのですから」

 

「伝える…?何を…」

 

「『先立つ不幸を、お許しください』と。親より先に逝去するのは最大の親不孝。それを、成さなくて良かったのですもの」

 

立香は呆然とりつかを見やる。その言葉と決意は、このような真実を前に微塵も揺らぎを見せていなかった。

 

「生い立ちが普通ではないのですもの。当然、このようなパターンを想定していなかったわけではありません。私の信じるものが嘘であることも…当然、考えておりましたよ」

 

それでも尚、彼女は歩みを止めなかった。全てが都合の良い記憶でも、自身が自分の全てが嘘だと解っていても。

 

「確かに、酷い仕打ちでしょう。私の人生は、徹頭徹尾人類の為の消耗品でしかない。アライメント観点で言うならば、邪悪と言っても差し支えないかもしれません」

 

「なら、どうして…!」

 

「人類全てが、邪悪などではないのです。私の経験したもの、知覚したものは、人理の歴史において極めて少数。人間社会において、初めての試みという事例でもありません。そんなマイノリティの為に世界を見捨ててしまっては、あまりに勿体がないのですから」

 

見てきた筈だ、と。りつかは語る。これまでの旅路でみてきた世界は、おおいに素晴らしいものであると。

 

「ほんの少しの悪人、邪悪、悪性の為に…世界に満ちる数多の幸福や歴史を…人々の願いや想いが積み上げてきた歴史を滅ぼされるなど、あまりにも理不尽というものでしょう?」

 

カルデアで過ごした時間…特異点を乗り越えた経験…駆け抜けた冠位指定…それらすべては、自身に大いに意味があるものだと彼女は語る。

 

「人生が苦難に満ち、試練に満ち溢れるのは至極当然。私にとってもそれは同じ。悲観することはありません。人はどう生まれたかより、どう生きるかの方が大切であるのですから」

 

「りつかちゃん…」

 

「確かにこの身体も、才能も、技術も、経歴も。何もかもが作り上げられ、そうデザインされ、そうあれと願われ、そのように生きてきました。私は徹頭徹尾、人間の皆様に都合のよいように出来ています。…ですが、それでも」

 

それでも、作られていないものがあると彼女は告げる。怯むことも、嘆くこともなく。

 

「私と心と魂は…私だけのものであり。私の魂は、人間の歴史と積み重ねを愛し、助けになりたいと願った。だからこそ…私はあの遥かな旅を走り抜けることが出来たのですから」

 

旅の中で、それはただの使命などではなくなっていた。彼女自身の未来として、彼女自身の成すべき事として、彼女はそれをやるべきと完遂したのだ。

 

「先にも言いましたが…人は何かを成せずに亡くなっていくのがほとんどです。それは、決して悪しきことではありませんが…」

 

彼女は告げる。命とは、懸けるべき者を見つけたさらなる進化と成長、輝きをもたらすものだと。

 

「カルデアの皆様と過ごした日々が…出会った英霊達の全てが…私にとっての、世界を救う意味に足りているのです。それは、ミュータントとして生まれなければたどり着けなかった答えです。だから…」

 

涙する必要はない。この様な生まれを、この様な運命から目を背ける事も不要だ。

 

「私は世界を救うのです。たった一つでもこの世に、この世界に。救いたい命や未来があるというなら」

 

「…!」

 

「私はこれからもずっと、人類と世界を救うために奔走するでしょう。何故ならそれが私にとっての、やりたい事…なのですから」

 

これ程の仕打ちを受け、これ程の残酷な運命を背負わされたとしても。その細い体で、彼女は背負い歩み続ける事を選択している。

 

「…私は、私であることから逃げない…か」

 

「おや、その言葉は?」

 

「友達の、座右の銘なんだ。どんなに辛く苦しくても…何もかも捨てた先には、何も待っていない。自分をどんなときにでも誇れる自分でありたいって…」

 

「まぁ…素敵な言葉。力が、生きる気力が湧き上がってくるかのようです」

 

立香は涙を拭った。重苦しい通路より起き上がり、前へと視線を揺るがせない。

 

「解ったよ、りつかちゃん。君が使命や、想いに殉じるというのなら…オレもそれを、少しでも背負えるようになるよ」

 

「まぁ……」

 

「フレンド登録を、申し込んでも大丈夫かな?。これから先も、縁や関わりをよりよくするために」

 

その覚悟がどれほど深く強いかは、最早計り知れない。背負えるように頑張る、というのが思い上がりなのやもしれない。

 

「はい。どうぞ…改めて、よろしくお願いしますね。立香さん」

 

それでも、彼女にとって友人の申し出は得がたいものだ。それは…孤独にならざるを得ない彼女が作り出した、彼女自身の見出した財宝であったのだから。

 

「君の寿命も、絶対そのままにはしない。俺の知り合いのマスターのカルデアに、絶対に君の事を診てもらえるよう頼んでみるから」

 

「あなたの話していた…さらなる藤丸立香の可能性ですか」

 

「そうなんだ。俺の知っている限り、一番何もかもが凄いカルデアなんだよ。そこでなら、君もきっとなんとかなるはずなんだ!」

 

「それはそれは。ふふ、尚更この場所から脱出しなくてはなりませんね」

 

二人は改めて、進む決意と決心を固める。この場所で出会った縁を、さらなる未来へと紡ぐために。

 

「…さようなら。お父さん、お母さん…」

 

物言わぬ人工子宮と、そこから発せられる声音に一礼し、りつかは歩みだす。今度こそ、自分が目指し向かう場所へと至るために。

 

「…………」

 

どれだけ寄り添おうとも、彼女の背負ったものはあまりにも深く、強く、重い。

 

だが、それでも…

 

「…さぁ、行こっか」

「はい!」

 

それでも…重い荷物は二人で持ったほうがいいと。彼の当たり前の善性なりの気遣いは確かに──

 

彼女の心に、小さくない救いを齎したのだ。友達となり、また平和な未来と明日で出逢う約束と共に。

 

そこには、涙や怒りではなく…弾むような、笑顔があった。




全員が異変を体験し、引き返した。


後は───全員で、八番出口から脱出するのみである。

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