人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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りつか「…!」

『三番出口』

りつか「良かった…くぐり抜けられましたね」

立香「!」

リツカ「ただいまー!なんとか帰ってこれたよー!」

立香「おかえり!良かったぁ…!」

立夏「何よりだ。突然だが教えてくれ。見た異変の子細を詳しく。ネタと対策に用立てるんださぁ早く!」

リツカ「え、え、うぇえ〜!?」

りつか「…〜。作家という方はクセが強くなければ務まらぬのですね。アンデルセンやシェイクスピア然り…」

立香「あ、あはは…」

りつか「大義でした。あなたの励ましは、等身大故に心に響く…この調子で、背中を押してあげてくださいな」

立香「は、はい。じゃあ、次は…」


人類最後の風来坊

「乗り物……シート、コクピット、なんでもいい……オレを乗せてくれ、高みへと導いてくれ…或いはスピードの向こう側とかそんな感じに…」

 

いよいよ虚空を見つめうわ言をつぶやき始めた自称おじさん立香。立香の次の激励相手は彼へと定める事となった。

 

「あ、あの…すみません…」

 

「愛車…ニンジャよ、俺を待っているだろう…すまないな、まだ帰れそうにない…」

 

「す、すみません!お話を…」

 

「ようやく後ろのシートに乗せられる女ができたってのにすまんな…まだガレージには戻れないんだ…電車でもいい、俺にはデカく動くヤツが必要だ…」

 

(ダメだ、全く話にならない……!)

 

精神汚染もかくやの思考汚染ぶりに戦慄する立香。狂人とは意思疎通できないものではあるが彼は藤丸である。力を合わせなくては出れない以上なりふり構ってはいられない。

 

「あ、あの!どうして乗り物が好きなんですか!?」

 

故に、こうして会話を切り込む他に彼は交渉の術が無かった。相手のキーワードを混ぜた事により、おじさんの意識が幾ばくか向き直る。

 

「乗り物が好きか、だと?今そう聞いたのか、坊主」

 

「は、はい。並々ならぬこだわりだと見えたんですが…」

 

「はぁ…見えた、じゃねぇよまさしくだよ。キマってんだろ。ちっぽけで矮小な一個人の俺を、遥か遠くへ向こうへ導いてくれるからだよ」

 

帰ってきた答えは、意外にも清涼なるものであった。濁っていた目は、澄み渡り遠くを見上げる。

 

「お前も一度は感じたことはないか?見上げる空はどこまで広がっているのか…踏みしめている大地は一体どこまで繋がっているのか…自分はこの世界で、どこまで踏みしめられるのか…ってな」

 

「あ、あぁ…解ります。急に何もかもを投げ出して走りたい、とか?」

 

「アホか。俺の崇高な理念と現実逃避を一緒にするんじゃねぇよ」

 

ピシャリと断じられる藤丸。やはり万事最適解なコミュニケーションなど人間技ではないのだ。

 

「俺のは憧れであり、夢であり、希望であり、ロマンだ。生きてるうちに、まだ知らない景色を見てみたい。たくさん世界に触れてみたい。そうガキの頃から思っていた俺は、落ち着きのないガキになっちまってた。暇さえありゃあチャリを漕ぎ、山を越えて海にまで向かい、ただひたすらに知らない景色を…流れる雲を追い続けた」

 

「おぉ…」

 

「自転車で日本一周をした後は電車だ。乗るたびに変わる景色がたまらなくてな。中学は暇さえあればひたすら電車に乗った。高校生になったらバイクで大陸を横断した。とにかく、一箇所に長く留まらなかったが故の記録だな。とにかく俺は代わり映えしない毎日が嫌で、変わりゆく景色が大好きだった…」

 

だからこそ、あらゆる場所に行くことができるのは必須だったし、その為なら流れで世界を救ったりもした。全ては自分の世界の流転を見届けるため。

 

「まだオレは、山の頂も海の底もこの目でみていない。世界の終わりに何があるのかも。それを知るまで滅ぼされちゃ困る。俺がマスターになったのは大体そんな理由だ」

 

「なんか…カッコいいですね!!」

 

「アホか。こんなろくでもねぇ根無し草、風来坊といや聞こえはいいが甲斐性なしにカッコいいなんて抜かすんじゃねぇ。呆れた能天気だな、流石はオレだぜ」

 

良し様か悪し様か…立香の憧憬を窘めながらもまんざらでもないおじさんは、タバコに火を付け煙を吹かす。

 

「あ…そう言えば、乗ってないのは女だけっていうのは…」

 

「言葉通りの意味だよ。オレの人生にろくな女はいなかった。母親は恋人と蒸発。姉はバカな男に騙され泡に沈んだ。俺の夢や理想を語れば、一様に口を揃えてバカにしやがる。『いい歳してみっともない』『いつまでもフラフラして』『生理的に無理』だの好き放題よ。数十年すれば腐り果てる肉の塊が偉そうに。弾除けが語源の概念を有難がるような、オレにとって女っていうのは同じ人間じゃねぇ。バケモンであり厄病神だ。女っていう醜い生き物をオレは心底嫌悪していた」

 

「……していた?」

 

「女はバケモンだ。だが……一人だけ、オレの人生を否定しなかった女がいた」

 

 

『へぇ…いいと思う。だってそれ、すっごくカッコいいじゃん』

 

『私は好きだよ。あなたも、あなたの生き方もね』

 

 

「オレが初めて喚んだサーヴァント…ブーディカだけは、オレの夢を…生きる意味を否定しなかった。お前には解らないだろうが、35を越えたオッサンは肯定されるとすぐに泣いちゃうんだ。マジで泣いたわ。枯れ果てるくらい。初めて女が優しくしてくれたからな。ブーディカは…オレの生き方も、夢も、いいものだと言ってくれたんだ」

 

生きている限り前へ。望むままに海の向こうへ、山の頂へ。見たことのない世界へ懐く憧れを…ブーディカは、受け入れてくれたのだとおじさんは満足げに語る。

 

「世界の命運なんて正直知ったことじゃないが…それでも、世界を滅ぼされるのはゴメンだった。それだけの話だ。世界を救った理由なんてのは」

 

「ブーディカの事…好きなんですね」

 

「はっきり言いやがる。……聖杯も、夢火も全部託した。人妻も人妻だが、オレには関係なかった。惚れた以上、ブレーキはねぇ。オレはあの人に、今までのラブコールをありったけ叩きつけた」

 

サーヴァントは影法師。英霊本人では無いとしても、彼はブーディカを愛した。自身を肯定してくれた初めての女性をだ。

 

「本気でプロポーズしたこともあってな…」

 

「どうだったんですか!?」

 

「私には旦那がいたし、サーヴァントだから、その想いには応えられない。世界を救ったあとは、消えるだけだから…って言われたよ」

 

あわやすげなく撃沈か。そう思っていた彼に、僥倖が起きる。

 

 

『…受肉して、新しく人生を始めた一人の人間としてなら…okしても、いいかも…かな』

 

 

「今もマスターを続けてる理由はそれだ。絆も夢火ももう上げようがねぇ。後プレゼントできんのは…救った世界で見上げる景色くらいしか思い浮かばなかったんでな」

 

故に、彼は今も戦い続けているのだという。いつか、最愛の人とまた世界を駆け抜けるために。

 

 

「オレのシートの後ろが、彼女の戦車の横が…いつか互いで埋まるその日を迎えるまで。オレはずっと人類最後のマスターだってだけの話だ」

 

 

飄々としており、また事実風来坊のような男だが、彼はただ誠実であった。夢と、自身を押した女性へと。

 

「…よし。話すだけ話してスッキリした。行ってくるか」

 

「行くんですか!」

 

「おう。長々と語ったら熱くなっちまった。頭を冷やさなくちゃいけねぇわな」

 

軽く手を振り、おじさんは通路へと向かい消える。その後ろ姿を、立香はただ見つめていた。

 

「…気持ちが同じなら、サーヴァントとか関係ない。ファイトですよ、藤丸さん…」

 

タバコを咥え、気だるげながら…その実自分に誠実である彼の武運を、立香はただ祈るのみであった。




おじさん『さて…面倒くさくなければいいけどな…』


おじさんの通路。そこに待っていたのは…

ゲルダ「ねぇ、おじさん!」

おじさん「───」

アーシャ「私達も、一緒に乗せて!」

おじさん「アーシャ…ゲルダ…」

パツシィ「皆で…ツーリング?っていうのも悪くないかもな」

少年「もっと話、聞かせてくれよ!」

おじさん「…………」

自分が…潰えさせた世界。その残滓。

「ほら、行こうぜ!皆でさ!」

…彼は、結局のところ…あまりに優しすぎた。

テペウ「あなたにぴったりなマシンを皆で作ったんですよ。必ず気に入っていただけます」

マカリオス「楽しみだな、皆で乗ろうぜ!」
アデーレ「あなたが話してくれた景色、見てみたい」

彼は、旅先で出会った全てと、忘れられない時間を過ごし…


「……あぁ、そうだ…そうだな。チクショウめ…」


誰よりも、知らない景色が潰えた…いや、潰えさせた事に絶望していた。

異変を見つけたら、引き返すこと。


彼の目の前には、いつか望んだ景色が広がっていた。

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