ルシファー「ふふ、ありがとう。君の歌声や、僕の宝物程じゃないけどね」
ウタ「ゴードンさん以外の人と話すの…久しぶりな気がする。…分かれたばかりだったから…」
ルシファー「…エレジアには、人はいないのかい?」
「ここには、二人だけ。ゴードンさんと、あたし。…本当はシャンクスの娘で…赤髪海賊団の、音楽家だったのに」
「音楽家、やっぱり!じゃぁ…お父さんはどこに?」
「いない…いない!!」
ルシファー「!」
「シャンクスはあたしを裏切った!あたしを置いて!家族だと思ってたのに!!仲間だって、お父さんだと思ってたのに!!あたしはずっとずっと、シャンクスと赤髪海賊団の皆の傍で歌いたかったのに!!」
「…!」
「…………なんで…なんで置いていったの…あたしは、あたしはずっとシャンクスと、皆と一緒に…一緒にいたかったのに…!シャンクス…ルフィ…会いたい…会いたいよ…!」
ルシファー「ウタちゃん…」
ゴードン「ウタ…!」
ルシファー「!」
ウタ「あ…ゴードンさん…」
ゴードン「あ、あなたは…!?どうやってここ…!?」
ルシファー「僕はルシファー、吟遊詩人。彼女と、エレジアを訪ねやってきた者です」
ウタ「ファン、だって。あたしの」
ゴードン「…そうでしたか。そう…でしたか……」
「私は、エレジアの国王ゴードンと申します。今は最早、亡国の形骸でしかない虚しい響きではあるのですが…それでも、客人である貴方が来てくれたのはとても喜ばしい。私にも、ウタにとっても…」
ゴードン。そう名乗る大柄、禿頭、汚れたスーツを着た優しげな男性はルシファーにパンケーキと紅茶を振る舞い、来賓としてもてなした。ウタは泣きつかれたのか眠り、空は既に夜である。
「エレジアは、音楽の王国と聞いていたんだけど…この有り様は一体どうしたっていうんだい?国王として、一部始終を知っているんだろう?」
「……………………それは…………」
「ウタは赤髪海賊団と口にした。あの取り乱しようからして本意な離別なはずがない。……まさか、その赤髪海賊団がこの惨状を…」
「そ、ソレは違う!違うんだルシファー君!悪いのは私だ…!私が、トットムジカの楽譜を…!」
「……トットムジカ。成る程、この惨事は彼女とトットムジカが引き起こしたのか」
ルシファーは大魔王である。頭の回転と本質を捉える事においては図抜けたものを発揮し、この現状の本質を即座に看破する。
「頼む!お願いだ、この事はウタには言わないでくれ!彼女に…彼女に背負わせるにはあまりにも重すぎるのだから…!」
「なら僕に話せ。包み隠さず。さもなければウタに僕から話すまでだ」
「!!…………………わ、解った…。話させてほしい。もしかしたら、あなたが…ウタを支え、助けてくれるきっかけになってくれるのかもしれない…」
…観念、或いは納得したのか。ルシファーにゴードンは語る。ウタとエレジア、トットムジカの顛末を。
〜
ウタは、赤髪海賊団のクルー…音楽家の役職を持った少女だった。悪魔の実と呼ばれる果実を口にし『ウタウタの実』の、歌を通して世界に干渉する力を有した少女であった。
赤髪海賊団は音楽の都、エレジアへと冒険の最中に立ち寄る。そこはあらゆる音楽、芸能が集う文字通りの音楽の理想郷だった。
ゴードンはウタの有する歌の才能、歌唱能力、歌姫としての才覚に心酔。是非ともエレジアで、世界に羽ばたく歌姫になってほしいと懇願した。しかしウタは、赤髪海賊団の音楽家としての立場を優先し1日の停泊の末、エレジアから離れる予定を立てていた。
しかし出発の前夜…エレジアに保管されていた魔王の楽譜、トットムジカがウタの能力と共鳴し、彼女を取り込み魔王として顕現。ウタを取り込みエレジアを破壊し尽くした。
トットムジカ自体は赤髪海賊団が辛くも鎮静。ウタも無事だったが、エレジアはトットムジカの力により完全に崩壊。海軍も騒ぎを受け迫り、赤髪海賊団は離脱を余儀なくされた。
その際の罪過をゴードンは自らの責としたが、赤髪海賊団シャンクスはそれらの罪を一身に引き受けた。エレジアを滅ぼしたのは俺達だ。ウタもゴードンも、被害者だと。
同時にシャンクスはゴードンにウタを託す。ウタの才能は、海賊たる自分達が飼い殺しにしていいものではない。彼女は歌姫として、世界を変え新時代を迎える資格を持つのだから、と。
ゴードンは、ウタを立派な歌姫に育て上げると誓いウタを引き取る。赤髪海賊団はそのままウタを置き、海軍を引き付けるように出港。それが、シャンクス達とウタの今生の別れとなった。
ゴードンは、トットムジカの危険さを知りながら、音楽家として世界に一つしかない魔王の楽譜をどうしても処理できなかった。
ウタは歌姫ではなく、赤髪海賊団の音楽家としての人生を望んでいた。彼女は、シャンクスに裏切られたと認識してしまった。
シャンクスは、ウタを国を滅ぼした存在にしたくなかった。重すぎる罪を、海賊として引き受けた。説明はしなかった。できなかったのだ。大切な娘が背負えるはずもない罪を。
それが、エレジア崩壊のあらまし。誰が悪いのか、どう悪いのか。答えが見つからない一夜の悪夢のワルツ。話し終わり、ゴードンは肩を落とす。
「…せっかく来てもらったのに、本当に申し訳ない。もう…このエレジアは滅んでいるのだ。ウタも…深い傷を負っている。あなたのファンという言葉に、久しぶりに笑顔を見たほどに…」
「…………………」
ルシファーは少し考え込み、思考を巡らす。トットムジカの有り処、ウタの境遇、自分が何をするべきかを。
「…少なくとも、今の環境がウタにいいはずがない。父と家族に裏切られたと感じながら、何もない亡国の跡地でこれからずっと過ごさせるのがいいはずがない」
「…その通りだ。だが…彼女の能力と境遇は世界のどこにも安息をもたらすことはないだろう…このエレジアにしか、彼女の安全な場所はきっと無いのだ…」
「どういう事?」
「…大海賊時代。今の時代は、混迷を極めに極めている。まともに生きていくことなど、出来ないほどに…」
ゴールド・ロジャーが遺した『ひとつなぎの大秘宝』を求め始まった大海賊時代。海に跋扈した無法者の海賊が、四六時中あらゆる場所で破壊と虐殺、略奪を明け暮れながら暴れまわる惨状。
更に世界にはかつて世界政府を作り上げた末裔たち『天竜人』たる絶対者達が君臨しており、世界政府加盟国者には国全体が餓死するほどの天上金なる税金を、非加盟国には三年に一度の非加盟国者全員を対象にした『狩り』を初めとした人権が介在しない扱いを受ける。
その天竜人の暴虐と狼藉を見て見ぬふりし、時には庇護、防護すらしつつ海賊に睨みを利かせる矛盾しきった正義の体現者、海軍組織が欺瞞の治安維持を行っているのが現状だと、ゴードンはルシファーに説明する。
「海賊は無法に無法を重ね世界を荒らす。天竜人は神が如くに振る舞い、加盟国の王族であろうと奴隷にし、人間を人間と思わぬ暴虐の振る舞いを繰り返す。海軍はそんな天竜人のいいなりで、天竜人に虐げられた人々を助けようとしない…最早この世界に、人間が人間らしく生きられる場所など無いのだ…ウタがもし、天竜人の目に触れでもしたら…!」
「奴隷コース…いや、この世界の奴隷を奴隷呼ばわりは僕の世界の奴隷に失礼だなぁ」
「だから、私はシャンクスとの誓いに従いウタを護り育てなくてはいけないんだ!どうか、どうか解って欲しい!この世界に最早、平和や平穏などどこにもない!ウタが帰る場所はもう、どこにも無いのだ…!」
ゴードンは深々と頭を下げる。ルシファーが只者ではない事は本能で理解しているのだろう。彼に必死で懇願する様は、天竜人にするかのような態度だった。
「……………つまりさ」
ルシファーは口を開く。
「この世界は要するに、天竜人っていう『神』に支配されてるって事だよね?」
「?あ、あぁ…誰も…天竜人に逆らわない。いや、逆らうという発想すら無いのだ…」
それを聞いて、ルシファーは表情を変えた。
「そっか──そっか、そっかぁ…!」
「─────!!!」
その時、ゴードンはルシファーの顔を見た瞬間震えるほどの戦慄を覚えた。
その顔は笑顔だった。輝くような笑顔だった。見るものが忘れられないような眩しさの。
「色々ありがとう、ゴードンさん。よくわかったよ。僕のやるべき事、よーく解った。あなたの誓い、僕が叶えてあげる。ウタは僕が育てよう」
「な、何を…!?」
「そして、エレジアも復興させる。彼女がきちんと再起できる環境を整えるんだ。そして、彼女の歌声が世界中、誰の耳にも届くようにしてみせるよ」
聞いてはいけない。これ以上聞いてはいけない。目の前にいる存在は、トットムジカと同じか、それ以上に…
「そ、それは…どういう…」
「決まっているよ!」
──彼は、恐ろしく悍ましい、世界の破壊者であるのだと。そう知った頃には遅かった。
「世界政府と天竜人の支配する世界をひっくり返す!天竜人を皆殺しにして、世界政府の権威を失墜させて…僕が──この死んだ方がいい世界を変えてあげるよ!ウタの為に!」
「!!!!??」
彼はこの世界を──完膚なきまでに破壊することを決めたのだ。
己より美しい、彼女の為に。
夜
ウタ「ルシファー、さん?」
ルシファー「おや、起きたのかい?」
ウタ「へたくそなハープがうるさいから」
ルシファー「こ、これから上手くなるから!」
ウタ「出た、負け惜しみー」
ルシファー「言ったなぁ?…ウタ」
ウタ「ん?」
ルシファー「…シャンクスやルフィに、また会える日は来るよ」
ウタ「…本当!?」
ルシファー「うん。僕の言う事を聞いたらね。いい?」
ウタ「うん!聞く!へたくそなハープも我慢する!」
ルシファー「〜(苦笑)…じゃあ、約束だよ?」
ウタ「うん!約束!会わせて!シャンクスと、ルフィに…!」
ルシファー「うん!約束だ!」
───後に、ルシファーは聖地マリージョアと呼ばれる地に赴く。
「君が招くんだよ。新時代を!」
世界政府、並びに聖地マリージョア発足以来最悪の悪夢として歴史に永劫刻まれる【単独マリージョア襲撃】、【天竜人大量虐殺】の立役者として、世界の理を根本から覆す【大魔王】と畏怖と共に世界の敵として祀り上げられる功績を打ち立て。
ウタ「!…うん──!」
これは…神への叛逆を行う大魔王の、胎動の始まりであった。
歌姫の声が、全てに届く世界を作るための。
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