マヴ「気候も安定、敵性生物も本能とシンプルな生存競争で妖精のような悪辣さはない…過ごしやすい理想郷。成る程…女王として、あなたが求めた世界がコレな訳。手段や戦法は苛烈そのものだったけど…」
(夢と理想だけは、決して穢さなかった…か。やるじゃない、魔猪の氏族)
ブライド『うま、うま。チョコレート、うまうま』
マヴ「あなたも…北の地で朽ち果てていた躯から凄く進化したわね?キラキラしていて素敵よ、今の貴方」
ブライド『ありがとうございます。はんじんるいしが、姿と名前、くれました』
マヴ「汎人類史…」
『たくさんの織物のような、素敵な人達。黄金の旅人。トネリコが願った、妖精國の未来を切り拓いた人達。理想郷は、皆と力を合わせて生み出しました』
マヴ「───へぇ…出来たのね、トネリコ」
〜
あなたの国は素晴らしいのでしょう。あなたも、あなたの民も、あなたの在り方も、何もかも素晴らしいのでしょう。
ただ──妖精國にいる妖精であるというだけで、滅ぼす理由には充分だと思いませんか?
〜
マヴ「…そう。本当に良かったわね…」
ブライド『シャナや、ギルにもお土産にします。うま。歯型がついたのはごかんべんです』
マヴ「な、なんだか自由にもなったわね、あなた…?」
「我が妻、あちらを御覧なさい。咄嗟に隔離こそしましたが、あれは全てに死をもたらす絶対的な厄災そのもの。キャメロット・オークニーに破滅を齎しかねない、チョコの形をした恐ろしきモノです」
モルガンに連れられチョコの厄災の現場に急行したリッカは、促されソレを見やる。モルガンが基本をマスターしたいとして生み出したそれは、魔術の空間に隔離されていながらも存在感を撒き散らす。
【───────……………】
人型のシルエットをしながら鋭角的な装飾を着用し、表情らしきものは読み取れない。ただ、設置した足の部分から泉のようにチョコレートを湧き出し、周囲の空間を汚染している姿はまさに悪魔といった風貌そのものだ。見るからにチョコレートという言葉のイメージからは掴み取れない凶悪なソレは、キャメロット・オークニーの厄災を名乗るに相応しい。人為的に生まれたものだが。
『モルガン陛下、まず基本的な疑問をいい?』
「許しましょう」
『あの殺意に溢れたフォルムと性質はいったい…?』
「あのマヴとの決戦、生半可なフォルムでは許されないと思い、凝りに凝った結果です。単独でマヴの臣民を撃退できるよう拘りました」
『こ、コンセプトが出ちゃったか…じゃああの、何故それが厄災に…?』
「それは…私であり、トネリコの問題でもあります。私の内にあるトネリコの意志は、キャメロット・オークニーの中核たる二本の聖剣の人格でもある」
モルガンとトネリコは二人で魔術的な祈りを込めながらチョコレートを制作した。モルガンとトネリコは二人の願いを込めたのだ。モルガンは『口にしたものが笑顔になれる、春のようなチョコレートを』と。トネリコは『理想郷を体現する素晴らしきチョコレートを』と。
しかし、トネリコの深層心理に根付いた妖精への恨みと憎しみ、怒りと絶望は最早既に魂の一部と化していた。全ての願いと理想を叶えた後でも、それらが完全に消えたわけではない。心とはそう簡単に割り切れない。
(私がどれほど頭で理解しても、私がどれほど納得しても…【理想郷を害する敵】【妖精は排除するべき害】という認識を消すことは出来なかった。それが、魔力を通じてチョコレートに、素材に伝わってしまい…)
「単純に全ての妖精と命を滅ぼす【チョコの厄災】と化した訳です。……これはトネリコへの罰でもあるのでしょう。我等はあまりに、冬の女王でありすぎた」
『…成る程ね』
リッカは静かに息を吐き、トンチキと見せかけた業の深き結末に向き直る。つまるところ、あれはトネリコ…救世主の絶望の残滓なのだ。
私の理想郷には、私の大切な人達だけでいい。過去からやってきた妖精國の負の遺産など、存在自体を認めない。そういった、トネリコの救世主としての理想郷の崩壊と破綻への安全機構。
『───なら。あれは倒したりするべきものじゃないよ、陛下にトネリコさん』
(!?)
「我が妻、それはどういう…」
そう、あれはトネリコの怒りと絶望、諦めそのもの。
『心の闇っていうのは、目を逸らしたり無かったことにしちゃいけないんだ。辛くても、哀しくても、それは紛れもない自分の心なんだから。今私やモルガン陛下があれを壊しても、きっとまた、別の手段で現れる』
【─────】
チョコの厄災がリッカに攻撃を仕掛ける。妖精でないリッカでも御構い無しなのは、怒りや憎しみが、理性なき絶望が別け隔てなく全てを滅するという隠喩だろう。
だからこそ、リッカはそれを捌き防ぎながら令呪を輝かし招集する。倒すのではなく、受け入れる為の儀式のために。
『グドーシ!カーマ!姫様から──を貰ってここに来て!』
リッカの号令と同時に、厄災が本格的な攻勢に出る。迎撃はしなくてはならない。受け止めなくては、チョコレートの形をした絶望が溢れ出てしまうからだ。
『行こう、陛下!力を貸して!トネリコさんの忘れ形見を受け止めよう!』
「──えぇ、解りました。我が妻」
(リッカさん…)
そこからは、僅かな時間ながらも死力を尽くし抜いた激戦であった。チョコレートの厄災は、突き刺した物体をチョコレートにし取り込む厄災の特徴を持っていた。外敵排除、理想にそぐわぬ者の排斥。それが課せられた命題だった。
生まれるべきでなかった命…それは、嗜好品でありながら全てを喰らい尽くさなくてはならないかの厄災への忌み名であるのだろう。
『残念だけど、私の前で生まれるべきでなかったなんて口が裂けても言わせないからね!!』
リッカはモルガンと肩を並べ、魔術と剣術、弓術、槍術のあわせ技で完璧にチョコレートを捌いてみせる。生まれるべきでなかった命という境遇に、リッカは大いに覚えがある。恐らく彼女こそ、その忌み名を斬り捨てる資格があるものだ。
生みの親には、楽園に帰るための手形としてしか見られず。人間全ての悪性を担わされ、世界を滅ぼす獣の宿業を背負わされた。彼女ほど、彼女自身を望まれず生誕した命はない。
だが、彼女にとってそんなものは過去の話である。同時に、無かったことになどしない誇らしき己のオリジンだ。なぜならそんな特異な生まれだからこそ、かけがえのない今がある。未来を護れる今の自分がいる。
『そんな私が──生まれるべきでなかった命をやっつけてハイ終わりなんてするわけ無いでしょって話!!』
【───!!】
サーヴァントと、厄災の場に堂々と立ち生き残る人間という時点で、彼女は最早普通の範疇ではないが。それすら、彼女にとっては誇るべき美点にほかならない。
「はーい、リッカさん!あなたの愛の女神、カーマ降臨です!」
「いやはや、チョコレートにて己が修羅に向き合うとは。女王ともなれば瞑想も派手ですなぁ」
同時に現れしは、リッカのオリジンに深く結びつく二人のサーヴァント。カーマ、グドーシ。その手には、ギルとエアから貰ったものを有し。
『よーし!陛下!チョコレートの動きを止めてくれる!?』
「お安い御用です、我が妻。しかし何を…?」
同時にチョコレートに無数の槍と剣を突き刺し、拘束するモルガン。ソロモンに通ずる神域の天才の術に、チョコレートの厄災は拘束を果たされる。
「よし!グドーシ、カーマ!やるよ!」
「心得ましたぞ、リッカ殿」
『祝福は、お任せくださいね』
カーマが愛の女神となり、リッカとグドーシが託された『ソレ』を使う。
(それは…)
それは──虹色のラッピングリボンに包材の『梱包セット』。フォウのプレシャスパワーをふんだんに込めた品を、彼等は託されたのだ。
そのまま、チョコレートを魔術的に梱包していく。兵器ではなく、厄災ではなく、当たり前の、美味しいチョコレートとして。
【─────、─────】
「天上天下唯我独尊。生まれるべきでなかった命など戯言にござる。命はいただき、育み、満ちるもの。貴方も確かに」
「チョコレートとして、あなたの命を私達が戴くね。それは排斥じゃなくて…大切な営みだから」
『御心配なく。私の愛は真実無限。命があろうと無かろうと、リッカさんとグドーシさんがいる世界には遍く満たす予定ですので』
チョコレートの厄災は、ラッピングされ完全に沈静化する。それは間違いなく…女王の手掛けたチョコレートだ。
「陛下、トネリコさん。後は二人の仕上げだよ。このチョコレートを受け入れるか、拒絶するか…」
「作り直すもよし、完成とみなすもよし。全てはあるがまま。仏クオリティにござる」
『御心配なく。駄目でも後で愛の女神が責任をもって戴きますから』
「…トネリコ」
(えぇ、モルガン)
最早、悩むことすら無粋だと。モルガンとトネリコはそのチョコレートを手にとる。
(…私の絶望すらも受け入れる。これが汎人類史、これが黄金の旅団、カルデア…)
モルガン、いやトネリコは…暖かく受け止められた自身の絶望を、確かに抱き受け入れたのだった──。
カーマ『いずれあなたとは、リッカさんを骨抜きにする対決で決着をつけなくてはなりません。貸し一つ、ですよ』
グドーシ「ははは、羨ましいですなぁ」
リッカ「えっ!?また脳を溶かされちゃうの!?」
モルガン「………もう一つ」
「「「?」」」
「………その。皆で、チョコレートを作りたいのですが…声をかけて、もらえますか?」
リッカ「───もちろん!」
プレシャスチョコレート『〜』
虹色に輝くラッピングのチョコレートが、心なしか輝いたように見えたのは…
きっと、気の所為では無い、のかもしれない。
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