人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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ブランカ『チチ、チッ。チチ』

オベロン「確かお前ら、汎人類史の奴等だよな。わざわざ滅びきったこんな世界に来てどうしたのかな?廃墟巡りが趣味なのかい?」

ギルガメッシュ「凡夫雑種には廃墟であろうが、我の目を通せば希少な宝の一つや二つは見つかるというもの。貴様のような珍種の虫もな」

オベロン「わー。汎人類史の王様って凄いんだ〜」

フォウ(お前、ヴォーティガーンを辞めさせられたってのはどういう事なんだ?)

──ブランカさんと名乗るその虫さんは一体…?

オベロン「教えない。…と言いたいけれど、なんだかんだでブランカを助けたのは事実だし、解った。もうやることは終わってる。話すだけならいいだろう。僕がどうして生まれたのかを…さ」

ブランカ『チチ、チチ』

「解ってる解ってる。お礼はちゃんと、だろ?嘘がほんとか、これが俺の返す借りだよ。…もう、ブリテンはないんだしな」


虫のおはなし

虫の森にて、彼は目を覚ました。彼のやりたいことは無かったが、やるべきことは頭へと浮かんでいた。そう、嘘か本当かもわからない口調で彼は語り出す。

 

「終末装置、って御存知かい?ブリテンは最後の神秘の地、地球にあったらいけない国。自分自身の滅びを求める作用がある。それがヴォーティガーン。ヴォーティガーンは滅ぼすため、滅びるためにあれやこれやと姿を変える。…この姿は、ブリテンを飲み込む奈落の虫けらとしてのヴォーティガーン。だからこうなったのさ。そして僕は、ウェールズの森に紀元前五千年くらい前に発生したんだっけか」

 

そう語るオベロンの言葉を、ギルガメッシュは静かに聞き及んでいた。正確にはオベロンではなく、傍らのブランカの羽ばたきをだ。

 

(一夜の夢の妖精王、こやつの言葉は嘘となる呪いを有しているか)

 

本来ならば全て嘘になる言葉を、ブランカの羽ばたきが真実として知らせる役割を果たしている。妖精國の一度、女王歴のない一度目で、彼はヴォーティガーンとして目を覚ました。

 

「だけど、一度目に生まれたせいで自分は出来損ないの虫けらでしかなくてさ。虫たちの中で、ただぐったりくたばるしかできてなかった。虫達に眺められながら、死んだように眠るしか出来なかったわけだ」

 

それは使命の執行に支障が出たが、ケルヌンノスの呪いと怒りは凄まじく、モースとしての大厄災にて定期的な一掃を果たしていることから、ひとまずオベロンは自身の力を蓄える事にした。

 

「何もすることがない、するべきことがない。そんな死んだように生きる僕を見つけて拾い上げたものがいる。物好きな、それでいて真っ白なヤツがいた。そいつは森の、女王様だった」

 

 

『地べたの眠りは、辛いでしょう』

 

白き翅、虫の女王。儚げな姿の女性たるもの。その縄張りの一番の偉い輩、ブライドと呼ばれたそれは、オベロンたる存在を救い上げ、そっと女王の褥に彼を置いた。

 

何のマネだ、とヴォーティガーンは問うた。自身らを滅ぼす呪い。等しく全てを破壊するもの。ケルヌンノスが抑える奈落の虫と、どこからか紛れ込んだ妖精王の概念。そんな分からない嘘だらけのものを何故助ける?何を企む?

 

『助けたいから、助けたのです』

 

ぐうの音も出ない反論に、反論する意志さえ失せた。ブライドは静かに、未成熟ですらあるオベロン、ヴォーティガーンを支え、癒やし、毎日を過ごした。

 

妖精眼を有するオベロンは、ブリテンに渦巻く妖精達の汚濁を見せられた。吐き気のするような悪意、幼稚で愚かな罪人の蠢き。気持ち悪くてたまらない奴ら共。

 

かといって、ウェールズの奴等が好きかと言われればそんな事はない。バカで愚かで、爪弾きにされた負け犬共。そもそもヴォーティガーンが誰かを好むこともない。思考回路は、何もかもが気持ち悪くて壊したい。それだけのもの。

 

何も返してやらないぞ、とオベロンはブライドに告げ続けた。少しずつ、オベロンを癒やすブライドは何度も返した。

 

『何かを助けることに、理由はいりません』

 

彼女の言葉は透き通るように白く、良く聞き取れないくらいに小さい。どうやらウェールズの森を出れば生きれないだろう。ただ、その白き無垢な翅は荘厳で、差し込む朝日で織られたように…□□った。

 

代わる代わる虫達がやってきて、オベロンを見舞いに来た。まともに動けぬオベロンは羽音にうんざりしながらも、決して邪険に扱うことは無かった。何度目の大厄災における滅びも迎えたが、ウェールズの森は誰にもいらない場所であるのか、皆が巻き込まれることもなく。

 

いつかお前らは滅びるぞ。とオベロンは口癖のように告げる。

 

それはそうでしょう、とブライドは空を見上げた。

 

…もしかすれば、ブライドもまた同じだったのかもしれない。その翅は、羽ばたくにはあまりに薄く脆い。その力は氏族にも負けなかったが、その力を自分に振るうことはなく。

 

(笑わせる。呪いにすらも見捨てられたか)

 

ケルヌンノスの呪いが、森に満ちないのはそんな価値すら無いのだなと、ヴォーティガーンは嘲笑った。ブライドも、虫達も、ブリテンに必要ないとされたが故に穏やかだった。

 

だから、その穏やかさ故に…ヴォーティガーンの嫌悪感を癒やす唯一の場所だった。一日中、ブライドはオベロンに寄り添った。何年も、何百年も。

 

『あなたは嘘つきね』

 

そう、ある日にブライドは言った。責めているわけでなく、ふと、といった感じに。

 

『けれど、本当の事が言えないなんて不自由だわ』

 

それがどうした、と彼は返した。どうせ生き物は、嘘や建前しか口にしない。しようとしないと。

 

『そうなのかしら。でも…』

 

ブライドは、彼に返した。

 

『あなたが好きなのは、本当よ』

 

それは親愛か、友愛か、どのようなものかの自覚もない言葉だったろう。ブライドは女王としてのスタンスは、誰もを寛容し、尊重する妖精であった。だからこそ、ヴォーティガーンにすら手を差し伸べた。オベロンは助けられた。

 

「見ているといい。お前もいつか裏切る事を知る。いや、嘘をつかなくてはいけない日が来るさ」

 

『そうなのね。それは、楽しみだわ』

 

ブライドは、誰かと話すことが楽しかったのだ。嘘をつかれても、罵倒されても、それは大切なひとときに変わりない。

 

哀しきことは、妖精としての罪に気づけ無い程無垢だった。幼稚ではなく、罪があることすら分からぬ無垢なる者。ありのままに抜き出された、純真の妖精。一万年に一人の、浄き妖精。箱庭でしか生きていけない、惰弱な善性。

 

そんな彼女は…そんなに気持ち悪くなかったと、オベロンは静かに語った。

 

 

燃えていた。森が、虫が、彼等の住処が燃えていた。それは、紀元前3500年頃のウェールズの森の大侵攻。

 

風と牙の妖精が現れ、救世主を引っ立てろと迫った。程なくして虐殺が始まり、虫達は全てなぶり殺された。それはブライドも、例外でなく。彼女は森と共に死ぬさだめ。

 

『あなたは、もう飛び立てる』

 

羽をもがれ、剣と槍に串刺しにされたあまりに無惨な姿で、彼女はオベロンの背中を押した。それは自身の最後の力を、全てオベロンに託したもの。

 

『あなたの本当を、私が助ける。素敵な時間を、過ごせますように』

 

…違う、違う。違うだろう。オベロンは彼女に告げる。お前の言葉は、なんで、どうして嘘じゃない。

 

あいつらみたいにしらばっくれろ。自分は悪くないと言え。

 

あいつらみたいに見て見ぬふりをしろ。自分は知らないと言え

 

あいつらみたいに逆上しろ。気に入らない事は幼稚に潰せ。

 

「…嘘だといえ。本当の事を、言わないでくれ…」

 

『あぁ、そう言えば。あなたの言うとおり、私、嘘をつきました』

 

もう助からない。それなのに、彼女は、心から、楽しそうに。

 

『トネリコや、みんなのこと。知らないって。どこにいったか、わからないって。ふふ、おかしいわ。あんなに一緒に、みんなを助ける仕掛けを作ったのに。知らないはずが、ないのにね』

 

ブライドは死ぬ。死ぬ間際のくせに、心から、誇らしげに。

 

『あなたのおかげよ。ありがとう、ヴォーティガーン。あなたの嘘で、みんなを護れたわ。あなたが、うそを、教えてくれた』

 

「黙れ、黙れ…嘘を言え。本当の事なんか、口にするな…」

 

『ふふふ…こんな私が、嘘をつけたわ。あなたもきっと、本当の事を口にできて、素敵なお友達を、作れるわ。これは、私の、本当の、言葉よ』

 

「必要ない」

 

『…え?』

 

「もう…君がいる」

 

…それは、彼が絶対に口にしないと誓った言葉。語らない、はぐらかすことこそが誠実であるとした言葉。

 

「夢はおわりだ。ゆっくりおやすみ。……□□□□□□」

 

『…ふふ。おやすみなさい。オベロン』

 

そうして、緩やかにブライドは息を引き取った。

 

全てを尊び、そこにいるだけで誰かを癒やした彼女の魂は脆く、次代も生まれずに砕け散った。オベロンの目の前で。

 

「…………………………」

 

心残りは、一つ消えた。全てを滅ぼすのに、なんの呵責もない。ヴォーティガーンとしての目覚めの時。

 

『チチ、チチ』

 

「!」

 

…いや。まだ、やり残しは一つあった。トネリコとやらと、ブライドが築いた小賢しい救世の手段。

 

無様に失敗するだろうから、最後の業務を引き継いでやろう。そして言ってやるのだ。ざまぁ見ろと。

 

薄く、儚く、当たり前のように本当ばかりを口にした、彼女に誓って。

 

彼女の魂の欠片。□□□□□□と同じく、もう二度と口にしないと誓った彼女の名前を胸にして。

 

「おはよう、ブランカ。さぁ、クソッタレな国へ羽ばたこうぜ」

 

『チチチ、チチッ』

 

…これが、五百年後に全てを滅ぼす奈落の虫の目覚め。

 

トネリコとは違った、しかしかけがえのない至宝を看取った虫のおはなし

 




──ブランカさんと、そんな事が…

オベロン『終わった事さ。もうブリテンも滅んだし。僕のやることもない。このままのんびりさせてもらう』

ギルガメッシュ「移り気な男よ。二人も女を見出すとはな」

オベロン『うるさいな。ヴォーティガーン側が見逃してやるって決めたんだよ』

ギルガメッシュ「そうか」

オベロン『…だけど、気をつけるんだな』
ブランカ『チチチ』

オベロン『このブリテン…いるのはヴォーティガーンやケルヌンノスだけじゃない。唆したやつもいるはずさ』

──唆した…まさか!

ギルガメッシュ(オベロンとは汎人類史の名。女王歴のないこの地にはありえぬ。ヤツであろうな)

フォウ(ビーストΩか!)

オベロン『僕の知ったことじゃないけどね』

…そう言いながら、彼は見下ろす。

漆黒の坩堝で、一歩一歩進む、小さな灯りを。

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