人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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イリヤ「うへぇ〜〜…………」

ルビー『いやぁ、なのはさんの強さに迫る!なんて意気込んだのが運の尽きでしたねぇイリヤさん。テンション上がったなのはさんの基礎練習にみっちり付き合わされ地力アップの特訓メニューをやらされる羽目になるとは』

イリヤ「強さに近道はないというリアルかつ厳しすぎる現実を教え込まれたよ〜…黙々と飛行、射撃、魔力コントロールの基礎練習を日が暮れるまで…」

ルビー『強さに迫ると口にしたのはイリヤさんなので、きっちりと付き合ってくださいよ?リッカさんはもう数日したら新戦術を編み出すらしいですからね』

イリヤ「さ、才能とバイタリティの化身…とりあえず私はトイレ行って寝よう…泊めてくれた高町家の皆様に感謝しつつ…」

〜リビング

イリヤ「うぅ…身体中が痛いのに速く寝たいと叫んで…ん?」

(あれ、誰かいるのかな…?)

『───何者か』

イリヤ「ひぇ!?」

ヘラ『む…なんだ、ホムンクルスの娘か…ならば良い、さっさと眠りにつけ。大きくなれんぞ』

イリヤ「は、はぁ。…ヘラ様、ですよね?」

『お菓子作りの本』
『お弁当作りの本』

「この本は…?」

ヘラ『……寝ろと言うに。全く。子は親の言うことを聞かぬものだな』



幕間〜妬みに沈まぬ母の顔〜

「お菓子やお弁当作りの修行中だったんですか、ヘラ様…!邪魔してごめんなさい…!」

 

深夜一時、小学生クラスには瞼があまりにも重い時間帯。基礎練習にしごかれたイリヤがトイレに向かう最中、見掛けたのは黒神愛生…の肉体を借り顕現しているギリシャの女王、ヘラその人であった。普段は藍色の髪が黒くなり、目はルビーのような紅となった恐ろしさと艶やかさを両立した見た目となるその様は、主導権がヘラにあることを示している。

 

『存分に悔やめ。幼子でなければ不敬で殺していたところだ。…とはいえ、仮初の身で威光も威厳もありはすまいが』

 

『偉大なるヘラ様が秘密で特訓とは中々に興味をそそられますねぇ。その秘密特訓、真意をお聞かせいただいても?』

 

ルビーの不躾な質問にも、鋭き瞳を向けた後に息を一つ吐き、語り出す。彼女もまた、修行すべき存在であると。

 

『高町や、リッカの家族というものがあろう。妾は人間の営みや機微に疎い。というより、興味を持つことがなかった。それ故、数多の子を産んだ記憶はあるが…今息子と認識できるのはヘラクレスのみだ。アレはあまりに有名すぎるからな』

 

「あはは、間違いなく最強の一角ですもんねヘラクレスさん…」

 

『生前は互いに憎み、確執のみを隔てた関係であったが…サーヴァントとなった第二の生くらいはそれを忘れようと話をしてな。母らしく、何かをしてやろうと考えたのだが…』

 

『いざやってみると祝福を授ける以外がてんで駄目で、その為にこうして秘密特訓をしていたというわけですねぇ?』

 

ルビー!と不躾極まるステッキを眇めるイリヤ。神に対してあまりにも無礼な物言いだが、なんとヘラは咎めることをせず席に座した。

 

『改めてみれば、私は息子であるアレに母親らしいことをしていなかったことを思い返すばかりとなった。ゼウスが他の女と拵えた子で、寝込みに乳を千切れんばかりに吸われたゆえ当然といえばまぁそうだが…』

 

ちなみにその時飛び散った母乳がミルキーウェイ、天の川となったと伝えられる。ギリシャの伝説は神々が世界を作るのだ。

 

『どれほど生誕が疎ましかろうと、サーヴァントとなった以上はありえぬ事もやってくれようと蜂起し、アレコレ試していた結果がお前達の見たままの光景だ。菓子作りも、弁当作りも妾には初めての体験であったのだよ。笑うがよい。神々の女王は子の愛し方も知らなかったということだ』

 

自嘲気味に本を手に取る。修行に来たもの、高みを目指すものはヘラも例外では無かったのだ。彼女もまた、新たな自分を目指さんとする一人であった。

 

「その…ヘラさんは嫉妬の女神だと聞いていました。どうしてお子さんのヘラクレスさんにも酷いことを?」

 

イリヤは責めているのではなく、目の前のヘラがそんなに醜いイメージと結びつかないが故の疑問だった。

 

『フッ、子は残酷よな。答え難い質問を純粋に切り込んで来る』

 

「あ、その…ごめんなさい…」

 

『構わん。……貴様やあやつらには、無縁な感情であってほしいのだがな』

 

ぽつり、とヘラは言葉とする。見栄も体面もない、サーヴァントならではのニュートラルさが心胆を導き出したのやもしれん。

 

『浮気をされるとな、女は傷付くのだ。面目を潰され、女性である己のすべてを否定された気分となる。屈辱と怒り、嘆きと憎しみの大きさは、神ですら到底抗うことの出来ぬ焔だ』

 

仮にも籍を入れた相手の女遊び。そして浮気。ゼウスが狼藉を働く度、狂死しそうな程の感情が噴き出す。それはヘラすら抑えられないほどに強いというのだ。

 

『だが、その憎しみは意外な事にゼウスにはそれほど向かぬのだ。むしろ相手、女の方に矛先が向いていたことに、振り返ってみれば驚いた記憶がある。…貴様には馴染みなどない事を祈っているが…その憎悪とはとにかく暗く、激しいものでな。その女と、まつわる全てが…赦せなくなるのだ』

 

本人は当然のこと、その人生、その存在、それらが成した全てのものが全て容認できなくなる。息をしていることすら許せない、生み出した全てを破壊してなお、本人を殺してなお余りある憎悪と殺意は止められないとヘラは語る。

 

『故に妾の報復は苛烈であり、悽惨であった。ゼウスに向けるべき糾弾を、ひたすらに間女に求めたが故だ。ヘラクレスもそうだ。何度も殺めんとし、家族を殺させ、旅路を何度も何度も妨害した』

 

「産まれてきた子に、罪なんてないじゃないですか…?」

 

イリヤの疑問も、ヘラは静かに受け入れる。依代の強い人間力に引かれているのか、嫉妬ではなく聡明さが前に出ているのだ。

 

『その通りだ、ホムンクルス。だが、滑稽な事にな。神たる私は最後までその間違いに気付こうとはしなかったし、気付けなかった』

 

「ほぇ?」

 

『産まれた腹が違えども、夫ゼウスの血を引く我が子供。そうやって受け入れる度量を私は持つべきだったのだろうな。…だが、私は嫉妬と憎悪を晴らす選択を取り続けた。…血の繋がりなどなくとも、素晴らしき家族をしている者たちを見て、ようやくそれが愚かだったと客観視した阿呆が妾なのだ』

 

子が親を疎むは摂理なれど、親が子を恨むは度し難き大罪である。それをカルデアに訪れ、人間の倫理に照らし合わせヘラは知ったのだ。ヘラクレスに行った事が、どれほどおぞましいものかを。

 

『サーヴァントとは影法師だ。所詮刻まれた伝説を覆せなどせぬ。今こうして語り合う妾が、どれほど賢母の真似をしようと。妾は所詮ギリシャの嫉妬の女神であることに変わりはない』

 

…だが、それでも。ヘラクレスの言った新たなるもしもが確かに今、ここにあるというのなら。

 

『もし…母として振る舞うことが赦されるなら…母らしい事を息子や、カルデアのものどもにしてやりたいと。そう、気まぐれや気の迷いを煩わせた結果がコレということだ』

 

神の祝福にて、いくらでも作れるであろう菓子や弁当。それを自らの手で振る舞うこと。それが、母親らしい振る舞いであると、高町の妻から聞き及んだとヘラはいう。

 

『ヘスティアと違い、妾は家庭に司るは婚姻と権力といったもので、こういう細やかな幸せなどには疎い。先程から上手く行かなくてな。そこに貴様らが通って今に至るのだ。理解したか?』

 

「…はい。よーく解りました」

 

『では、早く眠ると良い…む?』

 

見れば、イリヤはいそいそと本を開き、ページを吟味し始めているではないか。何をしている、と聞くとイリヤは強く見つめ返す。

 

「ママが、ママのやることを諦めたりなんかしないでください!お母さんがお母さんでいてくれるだけで、子供は嬉しいに決まってますから!ソースは私です!」

 

『ソース…?』

 

「ヘラクレスさんに、今からいっぱいお母さんしてあげればいいと思います。サーヴァントとか本物とかは分からないけど…ヘラさんは今ここにいるじゃないですか!」

 

『…イリヤスフィール…』

 

「リッカさんの前で、血の繋がった親子が親子じゃないなんて絶対言わせませんからね!さぁエプロン付けてください!せめてお弁当はマスターしましょう!」

『イリヤさんの変なスイッチが入ってしまいましたねえ…でも、イリヤさんの言葉は的を射ているのでは?ヘラクレスさんの側は、あなたへの歩み寄りを感じますが?』

 

 

──お前、母だったのだな…

──知っているか?エクレアとはゼウスのスイーツなのだ。

 

『……フン。嫌味な程に良く育ったものだ。私の栄光という皮肉を背負いながらもな』

 

イリヤとルビーの言葉に、重き腰を上げるヘラ。嫉妬の側面は鳴りを潜め、そこには神々の女王たる泰然とした気風を宿す。

 

『では吐いた言葉を履行せよ。あの連中と貴様の弁当、スイーツも含め作り上げるぞ。協力は頼まん。協力しろ』

 

「わぁ上から!でもいいです、なんだかヘラクレスさん絡みでほっとけませんから!」

 

『夜更かしもいいでしょう!女神に恩を売るのも面白そうです!』

 

『…母が母を諦めるな、か』

 

「ほぇ?」

 

『言うではないか。この妾への無礼な啖呵…覚えておけよ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン』

 

「ひぇえぇ!?ごめんなさい〜!?」

 

そういうものの、ヘラの表情は終始穏やかで。

 

ヘラの祝福により身体に疲れがたまらない状態になったイリヤは、寝落ちするまでヘラの特訓に付き合いましたとさ。






ヘラクレス「むぅ…今のリッカに神速が加われば、魔術見てから雷位余裕でしたも夢ではないか…」

ヘラ『起きたか、ヘラクレス』

ヘラクレス「なんだ、早起きだなヘラ。黒神に迷惑をかけてくれるなよ」

ヘラ『フン、減らず口はこれで塞いでくれるわ』

『お弁当』

ヘラクレス「は?」

ヘラ『拵えておいた。訓練の合間に食うのだな』
『絆創膏まみれの指』

ヘラクレス「…………そうか。ありがたくいただこう」
ヘラ『神殿を建てる程に感謝するのだな』

イリヤ「むにゃむにゃ…」

ヘラ『高町なのはに言っておけ。イリヤは今日はおねむだと』
ヘラクレス「解った。…一つ言っておく」

ヘラ『?』

ヘラクレス「嫉妬していない貴様は、良き母だな。初めて知ったよ」
ヘラ『─────ざ、戯言を…』

ヘラクレス「ではな、母よ。黒神にはきちんと礼を言え」

ヘラ『………………母、か』

(……顔を出して、正解であったな)

過去は変えれずとも、未来と今は良きものにできる。リッカらに先んじて答えを得たヘラ。

ヘラ『貴様にも感謝しよう。優しき魔法少女よ』
イリヤ「うへへ…スイーツらんどばんじゃーい…」

傍らにいる立役者にも、そっと感謝を贈るのであったとさ。

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