オルガマリーは死ななかった。
異星の神は現れなかった。
マリスビリーの計画とは大きなズレが生じた。
Aチームは誰もが異星の神に選ばれなかった。
それならば──
彼は今、何をもって活動しているのだろうか?
これは、物語に空いた穴が如き断章である。
「人とは、当たり前のように善い事をするものだ」
「ハウ?」
カルデアの一幕。楽園となったカルデアにおいて、デイビッド・ゼム・ヴォイドはヒマワリをゴッホと描きながら、そう告げた。
「リッカがそうであるように、オルガマリーがそうであるように、マシュがそうであるように。オレの父の言う事は正しかったようだ。それを、彼女らと過ごしていると実感する」
「は、始まりましたね。デイビッドさんの、なんだかどこか遠くを見ているようなそうでないよなトーク。ウフフ、ゴッホとだけの秘密の時間です」
デイビッドは基本的にゴッホと共にある。何かをする際には必要であれば誰かといるが、必要でない時にはゴッホと共に何かを行う。それは、彼自身が選択していることだ。
そんな時に、この時間はゴッホには馴染み深いものとなっていた。誰も意味のわからないことを、ゴッホにだけ語る。それは、デイビッドが行っている用途不明の時間。
どうしてゴッホに?そう訪ねたならば、デイビッドは答える。
「お前が、どういう訳かオレに応えたサーヴァントだからな」
嫌ですか?と訪ねたならば、デイビッドは答える。
「感謝している。お前の描く絵は、見ていると安堵を覚える。遠い彼方の、何かを描いているからな」
そう、マスターとサーヴァントの関係を彼は重視していた。マスターとサーヴァントの関係を円滑なものにするために、マスターとサーヴァントとの絆を深めるために、彼はゴッホと共に在る。どちらが一体、先であるのだろうか。
「カルデアは楽園となった。マリスビリーの思い描く計画とは大きく逸れ始めている。異星の神の目は潰えており、全能の干渉によりヤツの用意されたあらゆるものは不可解になり始めている」
ゴッホにとって、デイビッドの言うそれはよくわからない。だからそれは、ヒマワリ絵を書くときのなんてことない会話でしかなかった。誰にとって、何にとって重要なのかは、ゴッホにはさっぱり分からなかった。
「最早争点と論点はマリスビリーからギルガメッシュ…そして、転生者エアへと移っている。異星の神ではなく、全能と根源を目指した星杯戦争。星から飛び出すか、自尊の神に可能性を閉ざされるか。そういった局面になっていくだろう」
「ハウ…。すごいお話です。ゴッホの出る幕はあるのでしょうか」
「あるさ。あるとも。もうこの世界において予測できるものは何一つない。カルデアは異星ではなく宇宙の堤防、蒼き楽園へと姿を変えている。オルガマリーも、マリスビリーを越えるために活動している。オレのオーダーも、マリスビリーの人理保障も、最早物語の中心では無くなりつつある」
デイビッドの書くヒマワリは、どこか遠い。同じ人間とは思えないくらい精緻で、透き通ったガラス細工のようだ。
「それでは、デイビッドさんは何故カルデアへといるのです?なんだか、やることがなくなってしまったように思います。ハイ」
ゴッホの問いに、デイビッドはふと夜空を見上げる。
「形式的に、命を救われたからだ」
「命?」
「自前で蘇生する前に、カルデア側の蘇生が間に合った。順番的には、これは助けられたというべきだろう。例え不要であったとしても、処置により延命したのならばそれは確かな恩義となるだろう」
「えっと、つまりデイビッドさんは、命を助けてもらった恩返しにカルデアに?」
「カルデアに、ではないな。オレが力を貸しているのは、マリスビリーの計画ではなくそこにいる人々にだ」
彼にとって、それは不要であったとしても。いずれ自力で、立ち上がりコフィンから抜け出せたのだとしても。
「人は善い事をするものだ。彼等や彼女らと一緒であるなら、より善い事ができる。ひとまずオレはそう判断した。人理保障が最早物語の論点でない以上、オレもマリスビリーも、カルデアスも、異星の神も最早脇役でしかない。主役は、彼女達だ」
「では、デイビッドさんは仕方なくカルデアに?」
「そうでもない。ここには人類でない者も多く交流できるようになった。人類でない疎外感も、ここでなら薄らぐ。いや、地球上でここだけが、非人類にとっての楽園なのだろう」
名前に偽りなしだ。デイビッドはうなずき、ヒマワリを書き上げる。もう何百枚目の、ヒマワリ。
「5分という括りが、煩わしくなるのが難点と言えば難点か。キリシュタリアやカドック、ベリルやペペロンチーノが過ごす24時間の密度を考えてみれば圧巻のスケールだ。あと数分だけ、記憶する時間が欲しくなるのは仕方のない事だと思う」
「5分?」
「キミのヒマワリは画期的だ。何月何日の、いつの五分に描いたヒマワリなのか。それは不思議と思い出せる。やはり、自分で何かをするというのはいい。刺激というものは、様々な事象を生み出す」
ハウ…意味が分からない。意味が分からないが…デイビッドさんが、マスターがいいならそれでいい。ゴッホはそうやって、新たなキャンパスを手渡す。
「いつかカルデア…いや、シャングリラは地球を飛び立ち、巡り合うかもしれん。億の光年の彼方。天使や悪魔の存在する、遥か宇宙の果てに。いや、きっとそこまで知覚するだろう。ギルガメッシュやギルガシャナの言う世界の全てに、それは入っているからな」
「と、とてつもないスケールのお話…ミニマムゴッホのスケールでは理解するには凄く時間がかかりそうです…」
「難しく考える必要はない。誰もが欠けなければ、カルデアの皆は負けることはない。この組織は、そういったものになっている」
描き終わり、デイビッドはゴッホの手を取り立ち上がる。彼の見ている景色は、遠きと近きを同時に見ている。
「全能が王と姫の手に渡れば正しく運用されるだろう。異星の神に渡れば、人類は管理下に置かれるだろう。嫉む獣の手に渡れば、星は閉ざされるだろう」
「で、ではゴッホからも、お一つ」
「ん?」
「マスターは、その中のどんな未来を応援していますか?」
「……贔屓目が入るが、所感でいいか?」
デイビッドは僅かに逡巡し、迷わずに答えた。
「ギルガメッシュと、ギルガシャナの管理下が最も善なる在り方だろう。ギルガメッシュは元々それを必要としない。ギルガシャナはそれよりも大事なものを見つけている。宝物庫の最奥に保管が妥当か」
「エヘヘ、安心しました。ゴッホたちはずっと、人類とカルデアの皆さんの味方でいられますね」
「Aチームも、クリプターの枠組みも不要となった。オレはグランドマスターズの一員として、やるべき事をやる。命を救われただけの仕事をな」
「そ、それでは。これからもゴッホを、よろしくお願いします。ハイ」
「こちらこそ。情報漏洩の類を気にせず話せるのは、君との間だけだ」
……デイビッドとゴッホの会話は、奇跡的にも他者の耳には入っていない。
そこに介在する意味は、理解できる存在にしか解読が不可能であるからだ。
「…………」
現時点で、デイビッドが行うべきタスクは何もない。全能の干渉とは、カルデアの運命遥か宇宙の交信による成すべき事から外れさせた。
故に彼は、ただのカルデアのグランドマスターズの一員として全力を全うしている。
…彼にとって、延命蘇生などなんの意味もなさないものだとしても。
それを決断した、カルデアの人々への恩義という理念の下に。デイビッド・ゼム・ヴォイドたる彼は楽園の時空で活動している。
「あ、虹色のヒマワリとかどうでしょう?エヘヘ、ゴッホゲーミング…」
「毒々しさを抑えたタッチで描くべきだ。これと、これと、これを使え」
それは人類の言葉で、こう呼ばれるのだろう。
『仁義』、そして『暇つぶし』とも。少なくとも…
「計画の引き継ぎが起きないことを祈ろう」
その環境が壊れるまで、彼はグランドマスターズの一人だ。
結論から言えば。
楽園におけるデイビッド・セム・ヴォイドとは、手持ち無沙汰な暇人である。
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