アジーカ『ママ…』
リッカ「アジーカ、アフラちゃんの傍に」
【ァァァァァァ!!!】
リッカ「雷位開帳──雲曜・神雷」
リッカは躊躇わず抜き去り、芋虫を神雷の一刀にて斬り伏せる。最早介錯に躊躇いはなく、長き苦悶から解放せんとする慈悲の一閃。しかし──
【ァァァァァァァァァァァァ!!】
リッカ「!?」
アジーカ『リッカ!』
業を断つべき一撃。しかし、母だったものは断ち切った筈が再起動する。業ではない。何か他のものがあれを動かしている。辿り着くべき場所を見極めねば、雷位の神髄は発揮できない。間一髪でアジーカが鎧となり、リッカを護る。
アフラ・マズダ『…………』
その有様をただ哀しげに、アフラ・マズダは見守っていたです。
己は口に出せぬ──正しき道を見出だせることを、祈るかのように。
【くたばりやがれクソ野郎ォ!!】
烈吼の気迫と共に、悪神たるアンリマユは自身の汚点たるザッハークに向けて怒涛の攻撃を仕掛ける。アジ・ダハーカの爪、尻尾、牙に自身を変異させ、彼を喰い破らんと迫りゆく。
【流石は我等が神。俺の弱点に類する手を躊躇いなく打つか】
そう、アンリマユは全ての悪。その身は呪いと泥そのもの。それらは悪の魔王達の全ての術や技を把握している。故にこのようにザッハークを倒しうるもの…即ちアジ・ダハーカの爪牙を使用しているのだ。当たればザッハークといえど損壊は免れない。
【戦いってのは性格がクソな方が勝つんだよ!テメェが死ぬまで嫌がらせさせてもらうぜぇ!】
【それは困った。自ら命を断つだけで悪神を越えられるなど拍子抜けに過ぎる】
その猛攻を、ザッハークは両肩の蛇で阻む。無論アンリマユの一撃を受け止めるは敵わず、悪龍の腕でずたずたに寸断され四散するザッハークの半身たち。
【うぉ…!】
だが気を抜く機会は与えられない。切り刻まれた死骸は破裂し、はるか致死量の毒を有する血を撒き散らしながら破裂する。それを眼前で破裂させられしアンリマユは、あわや直撃かと思われた。
『先行しすぎよ、アンリマユ。攻撃と防御のバランスを考えなくちゃ』
その身を清澄なる水が覆い、安全圏へと運び去る。見ればアナーヒターが素早く彼女を救出したのだ。中庸たる彼女は、常に全員の足りない一手を埋めんと構えていたのだ。
「我が恩人にして後輩の害悪たる存在には消えてもらおうか!」
『ゼウスの静電気』
瞬間、アナーヒターとキリシュタリアの水がザッハークにかけられ、そこに何億にも威力を落とした雷撃が落ちる。手加減ではない。対人相手にはこれが限界の威力なのだ。手筈を違えれば全てが吹き飛ぶ雷霆であるが故に。
『やったか?』
立ち込める煙の中のザッハークを見やり、ゼウスは声を上げる。加減とはいえ水、雷における頂点の一撃を受けたのだ。無事でいられるはずはないとのゼウスの観点だが…
【……………】
ザッハークはつまらなさげに玉座に頬杖を付き、三者を見下ろしている。肩の蛇は瞬時に再生し、神々の極限の攻撃を意にも介していないといった異常を見せる。
『ノーダメ!?あたしの次に凄いアナーヒターの水で!?』
(次って…)
【…小賢しい射手に感謝することだ。ヤツがいなければ一息に呑んでやったものを】
淡々とザッハークはそちらを見やる。見ればそこには弓矢を構え、その鋭い視線を突きつける神がいる。それがルドラ、正義の暴風神だ。
「それはこっちも同じだな、ザッハーク。蛇をもう少し遅く展開していたら、一矢で七度は殺していた」
【人間等という脆弱な殻を被ると神というものは何故これほど愚昧になるのやら。正義だ善だとの建前を有難がり勝機を容易く逃してみせる】
すると一同の周囲から、無数の蛇が溢れ出る。既にザッハークの領域たるこの場で、彼は眷属や使い魔を無数に使役して見せる。
【だからくだらん危機などを招くのだ。消えて失せろ】
徒党を組みなだれ込むザッハークの眷属達。大瀑布の様な蛇の殺到──しかし、紙一重ながらも最高峰の戦いは続く。
『蛇は嫌いなのよ。虫唾が走る』
拘束されし女性を中心に、荒涼たる大地が広がり辺を塗り替えていく。それに巻き込まれた蛇たちは即座に枯れ果て消え去っていく。まるで存在を赦されないかのように。
『生理的に無理なのよ、あなたは』
【失楽の魔女如きがよく喚く】
ザッハークは劣勢であろうと、優勢であろうと眉一つ動かさない。心がないのか、動かすことを忘れているのか。その様には無関心ゆえの淡白さと苛烈さが同居としており、今のように首に届いた刃と詰みの反撃を応酬することとなるのだ。
【フラれてやんのバーカ。まぁテメェみてーな性悪、好きなやつなんざ宇宙探してもいるわけねえだろうがな】
【そうでもない。父や母、そして滑稽なる聖王は俺を愛していたぞ。家族の愛、血縁の愛、人の愛を俺は知っている。あの未知の娘と違ってな】
アンリマユの軽口に、皮肉を返すザッハーク。彼は息をするように全てを侮蔑する。自分などを愛した肉親を。あるものを比較する。親と殺し合うリッカを嗤いながら。
【武勇伝を自慢するチンケな不良かテメェは。愛とかの意味も知らねぇ、理解もしねぇのは知ってるって言わねぇんだよ】
【そうだな。愛されたものに裏切られた人間はいい顔をする。恋や愛など、その絶望の甘露のスパイスのようなものでしかないからな】
『何処までも腐り果てているのは相変わらずね。肩から蛇を生やした病を治すために脳を食わせたのも、どこまでが本当だったのか』
ザッハークはかつて、自身の身体から蛇が生えた事を病として捉えられた。そこで蛇に人間の脳を食わせれば治ると告げ、次々と脳を食わせた過去がある。
【無論一から十までが嘘だが。この蛇は俺の一部。治療などいるはずが無い】
【ケッ、やっぱりかよ。どうせ苦悩する人間が見たかったみたいなくだらねーマスタベなんだろうと思ったぜ】
【流石は我等が神。悪に関しては右には出んな。善などに交わっていても、我等の大本たる下劣さ、下衆の勘繰りにおいては随一よ】
アンリマユとザッハークは壮絶な舌戦を繰り広げる。互いを慈しむアフラ・マズダと善神の関係とは程遠い、お互いに憎み、疎み、蔑み合う両者。悪神と魔王の間に、暖かき情など微塵もない。
【国に治療法を示したのは死を前に苦悩する善き民が見たかったからだ。両親を手に掛けたのは愛するものに引き裂かれる絶望を見たかったからだ。そう生まれ、そう育った。それが最高の娯楽だったからだな】
【親御さんが草葉の陰で泣いてるぜ。何にガキ仕込んだらこんなゴミカスが生まれんだ?】
『……アフラ・マズダとアンリマユ。二人の村の処遇を私に任せたのも、きっとあなたなんでしょうね』
確信を以て告げたアナーヒターに、低く笑いを返すザッハーク。
【無辜の民を手にかけた気分はどうだった?アナーヒター。どっちつかずの貴様は、等しい虐殺の役割がお似合いだと思ってな】
(コイツマジクソ野郎ね!!コイツに比べたらカズマさんが聖人よ!)
話せば話すほど、知れば知るほど相互理解は不可能と思い知る。把握すれば把握するほど、同じ言語を話すだけの怪物であると思い知る。これがアジ・ダハーカの本能にして、悪龍の在り方に極めて近きもの、ザッハークなのだと痛感する。
【さぁ、いくらでも無駄な徒労を重ねるがいい。踊れぬのなら手助けをしてやる。精々楽しませろ】
やる気など微塵もなく、だからといってリッカらの援軍には行かせない絶妙な遅延妨害の連続。骨の髄まで下劣にして悪辣たるそれは、まさに蛇そのものの陰湿さだ。
──しかし。
【…!!】
弓矢の軌跡が、ザッハークの頭部と胴体を抉り取る。その威力は、小さき規模の弾道ミサイルと言って差し支えない程だ。その様子に驚くこともなく、彼は告げる。
「惑わされちゃいけない。アイツは影だ。倒すべきアイツなんてどこにもいない。俺達は全力で、勝利を台無しにしようと考えているアイツを釘付けにすることが大切だ」
【…サルワ、貴様】
ザッハークの影を拭き散らす射手、ルドラを疎ましげに見やる。彼の一撃は何故か、ザッハークにも目障りらしい。
「甘ちゃんになったかと思ったか?生憎だったな。正義の味方が悪党に情けなんぞかけるかよ。どうせ死なないなら…」
『私達で死ぬまで殺すまでだ。我等のプチ雷霆にかかれば死んだほうがましかもしれないがな』
そうして大神たちは油断なくザッハークを見やる。奴から目を離さないことが、勝利の鍵。
(リッカ、アジーカ!なんとかしろよ、ケツは持ってやるからさ!)
再び始まる熾烈なる攻防。影であろうと悪意と殺意を叩きつけるザッハークの猛攻を留めねば勝ちはない。
そう──この特異点に幕を下ろすのは神ではないのだから。
芋虫【ブギィィィィィィィィィィ!!】
リッカ『ッ、くっ…!!』
アジーカを宿した鎧と、二刀流で芋虫を抑え込むリッカ。驚愕以外の何物でもない。業を断ち切る雷位ですら、魂の解放が叶わなかったのだ。
ニャル【刻まれた呪術が強すぎる…いや違う、これは【対話】しなくては解けないものか…!】
悪辣にすぎる。リッカの血縁者の魂と向かい合わなくてはあれは止まらないのだ。どこまでもリッカとアジーカを苦しめる趣向を凝らした悪辣な策に、ニャルは拳が砕けんばかりに机を叩きつける。
【どこまで家族の絆を玩べば気が済む………!】
「冷静になりなよ、おっさん!あんたは元、ずっとずっとひどいやつだったんでしょーが!」
【はっきり言わないでほしいなぁ…そうなんだけど!】
(リッカやアジーカちゃんに、また魂と向かい合わせなくてはならんのか…)
「ねぇ、これはお願いなんだけどさ…おっさん、あたしもあいつに言ってやりたい事があるからさ!私にもやらせてよ!」
ニャル【ピア…?】
「まぁ色々思い出しそうだけど、今はリッカたち!なんとかできる案、出せるよね!」
ニャル【…無論だ!ならリッカちゃんとアジーカを…頼んだぞ!】
?『うんうん、そうだよね。倒すにはまず、あれをなんとかしなきゃ』
ニャル【!】
ダンテ『皆。助けてあげようか?僕があの芋虫の魂への道を作ってあげるよ』
ニャル【貴様…】
突如現れし詩人が、窮地に甘言と智慧をもたらす──
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