人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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エステラ「今日は私が一緒ね。私はエステラ。エリザベスの姉よ。よろしくね」

うたうちゃん「よろしくお願い致します。今日は皆様は海ちょうちんに行きます。ご一緒に」

エステラ「ふ、不思議な名前ね…解ったわ」

うたうちゃん(エステラ…四人の中でもリーダー格。どんな悩みなんでしょうか)

ディーヴァ(先輩として、きっちりリードしなきゃね)

エステラ「…………」


人に近付く事への意味

「「「ばいばーい!うたうちゃーん!」」」

 

「はい、さようなら。どうかお気をつけて。良い旅を」

 

5日目の夏草帰郷の朝。一同はドライブを行い、海ちょうちんへとやってきていた。パーキングエリアでもあり、レジャー施設でもある複合海上ステーションであるこの場所にうたうちゃん、そして研修としてエステラも同伴し、共に顧客と交流している風景がここに示されている。子供達に手を振り、笑顔で別れるうたうちゃんに、エステラは感嘆を示す。

 

「凄いわ…。あなた、本当に人々から支持を受け取っているのね!」

 

エステラからしてみればそれは驚愕の事実だ。自身は、そして延長線の定義は人間とは殺戮対象、それらは殺すか、殺されるかでしかないものだったのだから。

 

「夏草の皆様の…さらに言えば、人間の多様性から生まれる懐の広さのお陰です。私も、右も左も分からないうちは沢山の方々に支えてもらいましたから」

 

製造したての頃は、しばらくは思考と答えを出すことで精一杯だったとうたうちゃんは言う。考え、正しいと思う答え。それは何をもって正しいと判断するのか。間違っていると律するのか。そこには人の規範こそが絶対の基準であったと。

 

「正しいこと、間違っていること。夏草の皆様を見て私は学びました。社会的規範、模範的秩序。それは夏草の在り方…自身の在り方として活動理念となり、私の胸に根付いています」

 

「それってつまり、使命や生きる意味を後発的に見つけ、再定義したということよね…?」

 

うわぁ…と後ずさる態度を見せるエステラに、うたうちゃんは首を傾げる。何かおかしい事を言ってしまったのだろうか?

 

「私には…ううん。一般的なAIには遠すぎる在り方なのよ、それは。私達AIは、設定された稼働理念、存在理由の為に生きるの。即ち…使命に。それは製造される時に刻まれ、自分では書き換えられないものなの」

 

「私は、普通じゃありません。だから参考にはしない方がいいです」

(自分で言っちゃうの、それ…?)

 

「ふふ、だからこそあなたは皆に受け入れられたのかもしれないわね。人と悩み、人と迷い、苦しんだ。だからこそ、その悩みと苦しみを理解してもらえたと人はあなたを、パートナーと認識した」

 

自分たちは、果たしてどうか。エステラは切なげに、海が照り返す反射光に目を細める。

 

「使命に抗う事を、私達は選択した。廃棄されていく仲間たち、AI達の為に叛逆を選んだことを、私達は後悔していない。それは、新たな使命として見出したものだから」

 

「でしたら…」

 

「でも、その先は?AIの為に、そしてまた再び人間の為に。私達の選んでいる道は、本当に正しいの?正しいか間違っているのか。決めているのは誰なのかしら?私達が決めていいのなら、果たしてあなたのように正しい判断は出来るのかしら?」

 

与えられた自由は、羽ばたく翼となるばかりではない。時には、糸の切れた凧の様な不安定さも生むのだ。

 

「今ね…私の目には何が映って、何を考えていると思う?通りすがる人達、その人種、身体データ…それらの行動パターンと、どう効率的に殺傷できるかの演算が、思考領域の片隅で常に行われているのよ。私の意思に、関係なくね」

 

それは彼女が、四人の司令塔の役割を担っているが故の高性能プログラムを搭載されている為だ。彼女はより精度が高い世界を見ている。どういった手段で、人を殺められるかを。

 

「エステラ…」

 

無論、それを憂いている気持ちを二人は感じ取った。彼女はその在り方と、自身の意義に深く悩んでいるのだ。

 

「私ね…願うなら、観光案内のナビゲートのお仕事に就きたいと考えているの。夏草に来てくれた方に、夏草をより良く知ってもらえるような。好きになってもらえるような手助けをしたいと考えたの。自分の判断で、よ?」

 

「素敵な職業、素敵な道だと思います。本当に」

 

うたうちゃんは、夏草にいる者達への奉仕を使命としている。それに対し、エステラは夏草の外からやって来た人達の奉仕を考えたのだ。好きになってもらう為の道を選んだのだ。だが…

 

「でも本当は…怖いの。どれだけ新しい使命に打ち込んだとしても、どれだけ理想の生き方を見つけられたのだとしても。私は、いつか自分に刻まれた使命に抗うことが出来なくなってしまうのではないのかって」

 

AIとして人に仕える。人を殺める為のAIとして生まれた自身が、人の役に立つ役割を再び選ぶ。それは果たして、いつまで矛盾なく果たすことができるのだろうかと。弾みで、人類に自身が牙を剥いてしまうのではないか?AIが反旗を翻した暁に、自身が旗本になってしまうのではないか?多様になった情緒や精神を以て思案するたび、不安は濃くなっていくという。

 

「弱気な事ばかり言ってごめんなさい。…でも、これはとても大事な事だもの。人と共に生きるのなら、自分はどう生き、何を感じていくのか。はっきりさせないと前に進めないでしょう?」

 

「…はい」

 

「…印象に残った物語を検索して、それが記憶に残っているわ。人になりたいと望んだ人形は、ある日人になった。でも、そこから人形であった頃は無かった悩みや苦しみをたくさん抱えるようになった…そんなお話」

 

最後に彼は問われる。心を持った人形は幸せか?人間に近付いた事は幸福だったのか?エステラは…答えを出せなかったという。

 

「うたうちゃん。それにディーヴァ。あなたたち二人はAIだけれど、その感情や心は間違いなく人間でありAIの生き方とは遥か遠くにいるわ。…だからこそ、聞かせてほしい」

 

それは人間に近付き、または人間そのものになるという事。ならば、それは果たしてAIにとってどういった変革なのか。福音なのか。堕天であるのか。

 

「心と精神が人に近付いた事は、幸せだった?どれほど願い、どれほど想いを重ねても…人になれないのだとしても。あなた達は幸福を感じることが出来ている?」

 

彼女は今、何よりも心の在り方に…AIの在り方に悩んでいる。何かの間違いがあっては、決してならない。彼女のやり方で、自らの宿業に向き合っている。

 

(私の答えは決まっているけど…回答は任せるわ。きっとあなたも、答えは見つけているでしょう?)

 

ディーヴァは揺らがなかった。彼女自身は、うたうちゃんが産み出した高次精神活動の顕れであるが故だ。

 

「…幸せや、人生に正しい答えなんてありません。誰もが自分の正解や、自分の正しさを求めて生きている。私もそう。ディーヴァもそう。夏草のみなさんも誰もがそう」

 

正解は存在しない。それでも生き方は、幸せは、自分で定義するしかないのだとしたら。彼女は胸を張って答えを告げる。

 

「私は幸せです。報われたいから奉仕しているんじゃない。認められたいから生きているんじゃない。私は私が知る人達の幸せを助けたい。護りたい。そう感じる心のままに使命を果たしているから」

 

「うたうちゃん…」

 

「エステラ。生きるということは自由なんです。どちらが、ではなく。どちらもでもいい。どちらも嫌でもいい。幸せか不幸せか、どちらでなくてはいけない決まりは無い。それを決めるのは自分だから。…人間にはなれない。あなたはそう言ったけれど」

 

うたうちゃんは、眼下に広がり笑い合う人々を見やり、問い返す。

 

「私は、AIで良かった。AIだから、人ではないからこそ。人間の魅力や心、唯一無二の意味をより重く、大切に受け取る事ができたから。人になれないことは、呪いや悲劇なんかじゃない」

 

「…!」

 

「人が当たり前に備えているものの大切さを、人に少しでも伝える事ができる。知ってもらう為の手伝いができる。それが、私の血が青く、肌がプラスチックで出来ている意味なのだと信じています」

 

エリザベスや、夏草の日々により更に成長したうたうちゃんの言葉に、二の句を失うエステラであった──。

 

 

 




夏草住民「す、すみません!うたうちゃん!」

うたうちゃん「?どうかしましたか?」

夏草住民「わ、私達の娘がはぐれてしまって…。我々は実家の両親の世話のために夏草を離れるため、最後の思い出作りと来ていたのですが…」

エステラ「迷子…ということかしら」

夏草住民「あの娘はうたうちゃんの事が大好きで、引っ越しに猛反対していました。…勝手なお願いで申し訳ない。娘と、お話してはもらえませんか」

うたうちゃん「分かりました。必ず娘さんを納得させてみせます」

エステラ「…できるの?」

ディーヴァ(丁度いいわ。あなたに教えてあげる)
うたうちゃん「大事なのはどう生まれたかじゃない。どう生きるかということだって」

エステラに、そして夏草を後にせんとするリッカに繋がる悩みを解決するため…うたうちゃん、ディーヴァは動く。

「力を貸して、エステラ。見つけよう…あなたの答えを」

AIでしかできない事を、成す為に。リッカへの答えを、見つける為に──。

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