人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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無銘の『愉悦』の答えを此処に


愉悦の目覚め、小さな自立――細やかな報償

――荒野を、一人の男が歩いていた

 

 

 

不毛の大地を、頼り無く、寄るべなく、不確かに、ふらふらと、流されるように

 

 

 

ボロボロの外套を纏い、足取りはおぼつかず、痩せ細り、薄汚れ、髪は伸び放題

 

 

ただ、その眼と口許だけは違った

 

 

魔獣を素手で殴り殺し、亡霊を殴り殺し、魔なる竜をもまた殴り殺し

 

あらゆる邪魔物を殴り殺しながら、放浪するみすぼらしい男

 

泥水をすすり、木の根をかじり、転び、泥にまみれ、這いずり、よろよろと起き上がり、また歩きだす

 

 

 

――何のために

 

 

口許だけは、動き続ける

 

 

「・・・・・・ならぬ」

 

 

 

ボソボソと、小さく、虚ろに、狂ったように呟き続けている

 

 

「・・・朽ちてはならぬ・・・」

 

 

最早、何千、何万呟いたすら定かではないだろう。それでも、歩みの数だけ彼は呟き続けた

 

 

「・・・滅んではならぬ・・・」

 

 

道阻む獣が震え上がり、竜すら道を譲る、幽鬼のような男の放浪は、もう十年に登るほどの旅路になっていた

 

 

「・・・死してはならぬ・・・」

 

 

瞳だけが、ただただ輝く。一睨みされただけで死を覚悟するほどの光を宿しながら

 

ただただ、その眼は空を睨み、虚ろに呟き続けていた

 

 

「・・・この身は、永劫不滅であらねばならぬ・・・」

 

空腹と疲労と渇きで余すことなく身体を蝕まれながら、何一つそれらを充たす事なく

 

 

何のために、誰のために。『ソレ』を求めるのすら解らないまま

 

 

男は、ただふらふらと、頼り無い足取りで、荒野の果てを歩いていった

 

 

その、あまりにも愚かで、無様な男の名は・・・

 

 

――見間違える筈もない、聞き違える筈もない

 

 

貴方は――

 

 

手を伸ばし、叫ぼうとして――

 

 

意識は、ぐらりと暗転した

 

 

 

 

 

 

 

 

(お目覚めかい?ほらほら、時間だよ)

 

聞き慣れた声に誘われ、目を覚ます

 

 

――フォウ

 

 

(ボクさ。なにか嫌な夢を見ていたのかい?)

 

 

――夢、夢だったのか

 

あの見るも痛ましい姿、虚ろに歩みを続ける『彼』は、夢の中の物語の?

 

 

・・・いや、あれは違う

 

覚えがある。知識がある。自分が何よりも楽しみにしている、書物にて記されていたのだから

 

 

あれは――『ギルガメッシュ』だ。間違いない。見間違える筈はない

 

 

 

・・・あの姿は、唯一の友を失ったあとの・・・

 

 

(自分の一番みっともない部分を見せるとは。いよいよキミも気に入られたみたいだね)

 

 

――?それは、どういう

 

 

(ボクの口からなんて言えないよ、照れ臭くてね。いつか、確かな言葉として賜るといいさ)

 

 

クスクスと、フォウが笑う

 

 

気に入られた・・・のか?自分が?英雄王に?

 

 

・・・答えは保留にしておく。もし、万が一にもソレが本当なら・・・

 

 

――歓喜のあまり、自分が自分でいられないかもしれない

 

(さて、コイツも寝てるし、恒例のシリアスタイムといこうかな)

 

ピョコン、とフォウはベッドにとびうつる

 

 

 (オケアノス、攻略お疲れさま。キミのハチャメチャな活躍、堪能させてもらったよ)

 

ハチャメチャ・・・?そう、かな?

 

(ハチャメチャだとも。船を改造し、嵐を往き、大英雄を討ち果たし、果ての果てはあんなロマンな大戦艦さ!こんな痛快な物語を、ハチャメチャと言わずなんというのか!)

 

・・・そう、なのか。自分はただ、夢中だったから。物語を彩ろうなんて欲はかけなかったけど

 

 

傍目から見た、自分達の旅路は・・・見応えのあるものになっていてくれたのか・・・良かった

 

 

・・・この器に、この王に恥じない旅路を、自分は歩けているのなら・・・これほど嬉しい事はない

 

 

(もう随分となじんできたみたいだね。キミをずっとありのままに感じられるよ)

 

ピョコン、と耳元でささやく

 

 

(だけどね、忘れないでほしい)

 

優しく甘美な、あの言葉を

 

 

(――苦しければ、止めてもいいんだよ?)

 

 

・・・何度も聞いた、優しい誘惑

 

 

(これからの旅路は、更に辛く厳しいものになる。無垢なる君には、堪えられないものすらあるのかもしれない。キミは、見たくないものを見せられるかもしれない)

 

――・・・彼は真剣に言っている。茶化す事なく、真剣に

 

 

(もしかしたら・・・キミも、人を『憐れ』に感じてしまうかもしれない。人間を『憐れんで』しまうかもしれない)

 

 

――憐れむ?憎むでも、恨むでもなく、憐れむ?

 

 

どうして、人を『憐れむ』のか?憐れむ事が、何か不味いことなのか?

 

 

(・・・そうなってしまったら・・・。・・・いいや、これはボクが言うことじゃないか)

 

コホン、と咳払いし、向き直る

 

 

(だから・・・旅を終えるなら、ここが潮時だ。ピリオドを打つなら、ここが絶頂だ)

 

・・・

 

 

(幸福のうちに終わりたいなら、喜びだけを見たいなら、ここが潮時だ。辛く、苦しいものを避け、安らかに眠りについてしまうなら・・・ここが)

 

 

穏やかに、フォウが問いかける

 

(だから・・・苦しければ、止めてもいいんだよ)

 

 

――・・・それは、違う

 

(?)

 

 

違うと思う。違うと思うんだ、フォウ

 

 

だって・・・歓喜と楽しみだけが、この世界の総てじゃない

 

(!)

 

自分の都合の良いところばかりを見て、自分だけが満足して、満たされたまま自分だけが旅を降りるだって?

 

 

・・・冗談じゃない。そんな愚かしい終わり、願い下げだ

 

(・・・!)

 

 

まだまだ自分には見なければならないものがある

 

 

喜びや、楽しみと同じくらい大切な、哀しみや怒り、苦しみ

 

 

人の世界に、必ず在るソレから目をそらして、自己満足して勝手に終わるわけにはいかない

 

 

(・・・見ていて気持ちのいいものじゃないと思うよ)

 

 

『だからこそ』だ。誰もが目をそらしてしまいたくなる苦しみや哀しみを、何より自分は目をそらして、逃げてはいけない

 

 

だって――自らが寄り添うこの王は、そういう存在だ

 

喜びも哀しみも、楽しみや苦しみも、希望も絶望も等しく見定め、価値を決める王に自分は寄り添っている

 

 

だから――『辛くて苦しいから』なんて理由で、自分勝手に目を逸らす事は赦されない

 

 

(・・・)

 

自分は銘もない魂。だけど、確かに選んだことがある

 

(それは?)

 

それは『この王と寄り添う』事だ。この器に、恥じない研鑽を積むと自分と王に誓った

 

 

だから、途中で止めるなんてあり得ない

 

 

誰もが目をそらしてしまいたくなるおぞましい悪性も、誰もが『滅べ』と詰る獣性さえも、自分はけして目をそらさない

 

 

苦しいのが怖くないからじゃない。辛いことがイヤだからじゃない

 

 

――ただの、願いだ。王が見せてくれた景色を、世界を。もっともっと見てみたい。どこまでも広がるこの世界を、王と一緒に見てみたい

 

その世界に在る、哀しみや苦しみも。・・・自分は、確りと自分自身の総てで見ると決めたんだ

 

 

――こんな無銘の魂には勿体無い景色を、ずっとずっと見せてくれた

 

 

この、世界で一番偉大で素敵な王様に、自分ができる精一杯の敬意と恩返しとして

 

 

 

――あぁ、これが、もしかしたら

 

(・・・じゃあ)

 

 

――うん。これがきっと、自分の願いの一つだ

 

 

『王と一緒に、世界のありのままを観る。哀しみも、苦しみも、同じように』

 

 

自分の想像を越えた惨劇に、脚を折ることもあるかもしれない。胸をかきむしる悲劇に膝をつくかもしれない

 

 

けれど――その瞬間まで。今までの旅路を、けして悔やんだりはしない

 

だって『哀しみや苦しみ(そんなもの)』を打ち破る、ずっとずっと素敵で大切なものを一番近くで見てきたのだから。今更絶望なんて、する理由がどこにもない

 

 

この王が、教えてくれたのだ。『この世界はけして、お前を飽きさせる事はない』と

 

 

 

 

(――――)

 

 

だから、もっと見たい。もっと知りたい

 

 

この旅路の果てに、自分が何を成し遂げるのかを――他ならぬ、自分が見てみたいんだ、フォウ

 

 

(・・・フォウ)

 

 

・・・今、解ったよ。王が言う、『愉悦』の意味が

 

 

 

新しい事を知る喜び。知らないこと、想像もつかない事に胸をときめかせる本能

 

 

魂を、人生を彩る娯楽――それが『愉悦』なんだ

 

 

――だから

 

 

はっきりと、口にする

 

 

止めないよ。この旅は止めない

 

 

もっともっと『愉悦』したい。もっともっと『愉悦』を知りたい

 

 

この世界の総てで――思う存分『愉悦』をしてみたいんだ

 

 

だから――心配しなくても大丈夫

 

 

(・・・) 

 

――自分も、これから頑張っていくから

 

 

(・・・そっか。ふふ、そっかぁ)

 

 

フォウが跳び跳ねる

 

 

(ちょっと前の、解らない解らないっていっていた君が懐かしいや。もうすっかり愉悦部員じゃないか)

 

――そ、そうかな?

 

 

(そうさ。あぁ、アイツらに聞かせてやりたかったよ。『世界は、それだけじゃない』って。同じ千里眼を持っていて、視れたものは同じなのに、どうしてこんなにも答えが違うんだろうね?)

 

愉快そうに跳び跳ねる。

 

・・・また君も思わせ振りなことを言う・・・結構やきもきするんだぞぅ・・・

 

 

(ごめんごめん。でも焦らないで。どうせ解ることだから)

 

 

・・・そうだね。一々気にしていたら身がもたないよ

 

 

(そうそう。解ったよ。キミの物語は続く)

 

 

クスクスと笑いながら

 

(自分の『願い』と『愉悦』を大切にね。ボクはずっと、応援しているよ)

 

――うん。ありがとう。これからも

 

そう口にしたとき、手に何かが握られていることに気づく

 

 

?・・・これは

 

金色の魔法瓶――これは・・・性転換の薬だ。おかしい、しまった筈なのに・・・

 

 

(・・・成る程ね。やらないとは言ったが、キミがやるなら止めはしないってことか。或いは)

 

 

 

(キミの答えへのご褒美なのかな?さぁ、飲んでごらんよ)

 

・・・い、いや。それは・・・器に勝手な真似はできないよ・・・

 

(器に聞いてごらん?不敬や嫌悪を感じるかい?)

 

・・・身体が動く。少なくとも、拒絶の意思を感じない

 

 

(よほどキミの答えが受けたんだろうね。『姫としての姿は、お前にくれてやる』ということだよ)

 

――!?

 

(良いじゃないか。アイツがいらないなら貰っちゃえば。羨ましいなぁ。姫になれるなんて)

 

 

・・・王・・・

 

薬を近付けても、器は抵抗を示さない

 

 

・・・それが、どんな意味を示すかは、もう明白だった

 

(さぁ、見せてくれ。無垢なる英雄王ならぬ、無垢なる英雄姫を。ワクワク)

 

 

・・・やっぱり思う

 

 

フォウ。君はちょっと奔放すぎるなって

 

 

――そうして、また一つ、新たなる英雄王の側面が顕れる

 

 

誰もが平伏す黄金律、芸術そのものの肢体。女性男性総てが膝を屈するこの世で最も美しい芸術

 

 

・・・一つ違うのは、自信と確信に満ちた『王』ではなく、穏やかで穏和な雰囲気と表情をたたえる、物腰穏やかな『姫』のごときたたずまい

 

 

つり上がった眼差しは優しげに緩み、見るものをふにゃりとさせる柔らかな王気を漂わせる

 

 

――ここに顕れしは『無銘』なりし『英雄姫』

 

 

「・・・どう、かな」 

 

照れ臭そうに、髪の毛をくりくりいじる

 

 

「自分、変じゃないかい?フォウ・・・」

 

あまりに頼り無い、儚げなたたずまいの『ギルガメッシュ』が・・・そこにカタチを成していた

 

(最高だ――!!!)

 

「ちょっ――!?」

 

胸に飛び込んでくる、フォウを受け止める

 

(柔らかい!あたたかい!最高だ!最高だよキミ!ずっとこのままで!ずっとこのままで!)

 

「・・・キミ、ずっとこうやって飛び込んでたね、そう言えば」

 

(ボクの使命だからね!さぁ可愛がって!ボクを撫でるんだ!愛らしく!誇らしく!)

 

「・・・間違っても、マスターやマシュには言えないなぁ。・・・おいで。フォウ」

 

 

(――あっ)

 

「えっ?」

 

(・・・もいっかい。もいっかい言って)

 

「え、あ・・・え?」

 

 

(おいでって!)

 

「あ、ぅ・・・お、おいで?」

 

(――尊い・・・)

 

「フォウ――!?」

 

 

 

――それは、或いは

 

 

旅路を共にした、『魂』への・・・細やかな褒美なのかもしれない――




次回!


「エネミーくらいならやれる!パンクラチオンってすごーい!」

「せ、先輩・・・」



『モードレッド!モードレッドです!モードレッドでしょう貴方!セイバー置いてけ!!』

『止めないかアルトリア!モードレッドは味方だ!』


「は?・・・は?」




「あれは亡霊に寄り添う幻影だ。虚像を討ち果たすに武器はいらぬ」

「随分と優しいな、編集王。毒でも盛られたか」

「相変わらずの減らず口よな、童話作家」


「では私も――」

「貴様は黙れ。台詞の引用が面倒だ」

「ご無体なーー!?」

「わたしたちはすくわれない。すくわれないから、わたしたちはジャック・ザ・リッパー」

「そんな、事が――」



「おもしれぇ・・・どっちのライトニングがゴールデンか、決着つけようじゃあねぇか!」
「はははは!人類神話の名に懸けて!!」

「あー、私帰ってよろしいです?」



「――我が名はグランドキャスター!魔術王ソロモンである!」


『そんな、馬鹿な――』

「どうした、有象無象。我に浴びせる言葉もないか」

「――――該当する御柱、不在。会話、無用と結論」



――人の世は哀しみと苦痛の連鎖だ。無銘よ、貴様の魂はいずれ滅び、死に絶えるのだ


それがどうした!自分は決めた!見つけたんだ!願いを、為すべき事を!


王以外の誰にも、自分の価値を決めさせない!世界が導き出す結論の邪魔はさせない!


やっと見つけた――自分の『成し遂げたい事』を――!!


第四研鑽



《――良い。実に見応えの在る旅路であったぞ、無銘。ここは我に任せるがいい》


――あ、なたは・・・――


《原初を語る。元素は混ざり、固まり。万象織り成す星を産む。――冠位を騙る有象無象よ、真理の頂点を識るがいい。我が真に黄金と認めるもの。秘匿秘蔵の原型を見せてやろう》


――冠位降臨魔都 ロンドン


《さぁ――死に物狂いで謳え、雑念――!!!!!》











《仮にも我の魂を名乗るのだ。いつまでもみすぼらしい無銘のままでは格好がつくまい》


――自分は・・・

《仕方あるまい。貴様に名前をくれてやろう。王直々の命名だ、有り難く拝聴するがいい》


…!!


《といっても、貴様にふさわしい名前などこれしかあるまい。心して聞け、貴様の銘は――》




――近日、配信予定

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