人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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針妙丸茶屋

カドック「──はっ!?僕達は一体…」

其処は、日本の茶屋の様相。窓の外は、ひたすらの虚無。何もない、空虚の光景。

「取り込まれたのか…皆は…!」

キリシュタリア「ぐぅ」
ヒナコ「むにゃあ」
ぺぺ「スヤァ」
デイビッド「……」
オフェリア「すぅ…」

カドック「無事、か…ならなんとして脱出しなくては…。…手紙?」

『すぐに出れる。ちょっとまっていなさい』

「…これは…?」


地上の虹

『これ、正邪や。起きなさい。いつまでも寝ていてはならないよ。異変の親だまがそんなことでなんとするのか。起きなさい。さぁ今すぐに。さぁ!』

 

「う、うぅ…この声は…」

 

虚無の中に取り込まれ、そして今一つとなった正邪が、聞き慣れた声にて目を覚ます。そこは何もない虚無の空間…其処に何故か出来ていた、小さな小さな茶屋。そして其処には、聞き慣れた声の主が待つ。

 

「ようやく起きたか、正邪。打出の小槌、次は得体の知れない願望を叶える盃。懲りないな、お前は」

 

「…針妙丸?」

 

小さな一寸法師めいた身体を有する少女、少名針妙丸。かつて正邪が弱者はむかし虐げられ屈辱を受けていた、等と嘘八百を吹き込み利用し異変を起こした人物である。彼女は先んじて、正邪が虚無へ封じていたのだった。その理由は、単純である。

 

「世界を疎み、世界を嘆き、崇高な意志はあるくせに力と手段は他人任せの他人頼り。そんなだから恐ろしい虚無になんて魅入られてしまったんだ。自覚はきちんとあるんだろう?正邪や」

 

「…ふん。虚無で少しは萎えていたと思っていたのに、元気そうでがっかりだ」

 

この様に、天邪鬼の彼女を問答無用で排斥することをしない腐れ縁故に、彼女は早い段階で針妙丸を取り込んだのである。正確には、正邪の意識を揺り起こす事を危惧した虚無の計らい故の先手であったか。それが今、目の前で正邪と対話している。

 

「正邪や。もうすぐ皆が虚無を打倒するだろう。弱きものが引き起こした大迷惑は解決される。その時にまだ反抗的なら本当に命はない。一緒に謝り罪を償おう。私も知らない仲じゃない。共に頭を下げるから」

 

「何を生ぬるい事を…私達が、私が変えなければ平等の世界は訪れない。弱きもなく、強きもなく。誰もが平等で虐げられない世界を作らなくては…」

 

「それはただの建前だろう、正邪。あんたが創りたいのはそんな立派な世界じゃ無い筈だ。ただ──あんたが疲れたから、何もかもを無くしてしまいたいだけだろう。そんな世界ぐらいしか、自分が生きていける場所がないとの諦めだろう、正邪」

 

正邪は押し黙った。開き直りも、嘘もつけない。真理に裏も表もなく、真実に虚勢は通じないからだ。それは、彼女の中の虚無の原点だ。

 

「好きだと言われたら嫌いと答え、嫌いと答えたら喜ぶ。誰かの喜ぶ顔が見たければ意地悪をし、人の涙が最高に嬉しい。そんな天邪鬼は誰からも嫌われるだろう。そして天邪鬼を一番嫌っていたのはお前なんだ、正邪」

 

「……」 

 

針妙丸は、正邪にとって利用するだけの存在だった。しかし信頼を得るために、彼女は真実を混ぜた嘘を彼女にかつて伝えていた。それが彼女の真実。彼女は、なによりも天邪鬼を疎んでいる。害しか生まぬひねくれものを。弱さの底辺にいる情けない妖怪を。嘘でしか存在できない弱者を。

 

「そんなに嫌か?今の世界はそんなに生き辛いものか?あんたにとってのこの世界は…」

 

「…空に浮かぶ虹しか、平等なものは無いんだ。天邪鬼を信じたヤツもまた酷い目にあう。痛さと辛さばっかりが真面目なんだ、この世界は。私だって、真っ当に生きたいと気まぐれを起こしたことくらいある」

 

それは幻想郷に流れ着く前。とある集落に病弱にて伏せている少女を彼女は利用してやろうと近付きいつものように嘘をつき、欺いた。お前は長生きできる。お前は幸せになれる。がんばれ、負けるなと心にもない事を告げた。そんな彼女は、ただ泣いたのだ。何故だ、耳障りな事を言ったのにと。聞き返すと、彼女は言った。

 

「そんな優しい言葉をかけてもらえたのははじめて。ありがとう、優しい人。また会いに来てほしい」

 

そんな風に感謝する意味も解らなかったが…でも、悪い気はしなかった…そんな言葉をかけてもらえたのははじめてだったから…ちょくちょく正邪は少女にあい、嘘と激励を重ねた。

 

大丈夫、きっと大丈夫。元気に走れる日が来ると。美味しいご飯が食べられると。あなたならきっと素敵なお嫁さんになると。全身の痒さに堪えながら、どうせすぐ死ぬと思っていた人間を励まし続けた。明日にも死にそうな人間を、無駄な徒労を続けて応援し続けた。

 

「そしたら…一週間の命が2週間、2週間が一ヶ月になって。とうとうそいつは治してしまった。自分で病気をだ。どういう事だと慌てたものだ」

 

どうせ死ぬと思っていたのに。どうせ助からないと思っていたのに。その娘は元気になり、天邪鬼に感謝した。ありがとう。毎日会いに来てくれてありがとうと感謝したのだ。嫌われるばかりの、天邪鬼に。

 

「馬鹿なヤツだった。私に感謝などして、お気に入りの場所なんかに連れて行って…天邪鬼なんか、信じて…」

 

其処は、虹がよく見える場所だった。見えない時もあるけれど、凄く綺麗な橋がかかると。虹は明るさも暗さも一緒にある、素敵なものなんだと嬉しそうに語ったのだ。天邪鬼の自分に。

 

「またいつか、一緒に見よう。明るい色も、暗い色も一緒にある素敵な橋を。天邪鬼さん」

 

…なんだか非常にいたたまれなくなり、とても気分が悪くなり、約束だけしてさっさと離れた。胸がむず痒く、自分が惨めになったからだ。あんな馬鹿な嘘を信じたこの人間。あんな馬鹿な嘘でしか助けられなかった自分。何もかもが嘘ばかりの自分が、嫌になったのだ。

 

「でも、珍しいヤツだった。珍しい人間だった。自分を信じた馬鹿なやつだったんだ。もう会いたくなかったけれど、約束なんか知らないと言ってやる為にまた会いに行った。…そうしたら…」

 

…娘は、村の連中に殺されていた。天邪鬼に取り憑かれた忌み子として処刑されていた。彼女は村の全員に見捨てられていた娘であった。それでも彼女は、天邪鬼が適当に…適当に選んだつもりの最適の医療薬や素材を受け完治した。そして彼女は告げたのだ。正直に。天邪鬼が私を助けてくれたと

 

【天邪鬼に乗っ取られたおぞましい奴め】【最早お前は人間ではない】【こんな娘は殺してしまえ】【そうだ、殺してしまえ。気味が悪い】

 

嘘を信じ、嘘を本当にした正直者は、弱者というだけで殺された。天邪鬼に関わっただけで殺されてしまった。自分が神様であったなら、巫女として持て囃された道もあったのに。素敵な着物を着て、社に奉られて、やっと元気になったその身体で、色んなものを見れた筈なのに。天邪鬼を信じた。天邪鬼にありがとうと言ってしまった。天邪鬼に感謝してしてしまった。

 

天邪鬼のせいで、天邪鬼のせいで。弱いから、弱いから。弱いから悪い。弱いヤツは生きる資格なんて最初から無かったんだ。

 

…嘘でしか人を救えない天邪鬼なんて、いなければ良かったのだ。神様や強いやつしか人を救ってはいけないんだ。天邪鬼は、嫌われるばかりの妖怪なんだ。

 

「ざまあみろ、天邪鬼を信じたからだ。天邪鬼なんかに感謝するからだ。弱いから死んだんだ。弱いから、弱いからだ」

 

約束の場所で、言葉を紡ぎ続けた。それは天邪鬼としての言葉だった。

 

「もう二度と会いたくない。お前といた時間は最悪だった。お前みたいな人間、何度だって騙してやる。お前みたいな人間はたくさんいるんだ。お前みたいな弱い奴を私は何度だって、何度だって…何度だって」

 

『ありがとう、天邪鬼さん』

 

「……何度だって…会えるんだ…お前みたいな人間、どこにだって、どこにだっているんだから。お前になんて、お前になんかと出逢って。本当に、本当に…哀しかったんだ…」

 

『またいつか、一緒に虹を見に行こうね。約束だよ』

 

「……天邪鬼なんて…信じなければ良かったんだ。私はお前なんか…助けてあげたくなかったんだから…」

 

二度と会えない、弱者の嘆き。彼女は思い知った。正直者や弱いやつは、強い嘘つきに踏みにじられる。ただ生きているだけ、たまたま強いだけのやつが本当に素敵な弱者を踏みにじる世界の理。

 

「…いつか、変えてやる。この世界を、上も下もない、明るいも暗いもない平等の世界を作ってやる!」

 

あの虹みたいな、綺麗な世界を自分が作る。天邪鬼の自分が、二度と必要とされないような世界を作る。天邪鬼などという妖怪がいない世界を作る。

 

「あの虹のような世界を…いつか、作ってやる…!」

 

あの、明るいも暗いも一緒にいるような世界を。必ず。そして…

 

「あの虹のような…『綺麗な世界』を作ってやる!どんな手段を使おうと、どんな事をしても必ずだ!必ず──!」

 

そして正邪は、自力で辿り着いた。結界で仕切られた弱者の楽園、幻想郷へと。いつか、自身の野望を叶える為に──




針妙丸「成程。それがあんたの夢で、望みなんだね」

正邪「だから邪魔をするな!強いやつには解らない。弱者である私にしか解らないんだ。弱いやつが強くなるなんてできない!天邪鬼なんて弱者はいるべきじゃない!私なんて、天邪鬼なんて…」

「…」

「…世界に、生まれなければ良かったんだ…そうすれば、あの娘だって…殺される事はなかったのに…」

針妙丸「…果たして、本当にこの世界は救いがないものかな?真っ暗な虚無の方がマシな世界かな?」

正邪「なんだと…?」
 
針妙丸「後ろを見てみなよ、正邪。今、虚無の外では何が起きているか。あんたの目指したものは、どっちだい?」

正邪は振り返る。そこは、外の景色が現れている。

「…!!」

其処にあったもの。それは数多の弾幕が幻想郷を覆う光景。護るため、未来を紡ぐためにあらゆるものが力を合わせる光景。皆の弾幕が積み重なり、連なり。現れた景色。

針妙丸「虚無に抗う希望の虹だ。あんたが求めた平等っていうのは。綺麗な世界っていうのは。本当に…あんた一人が作らなきゃダメな世界なのかい?」

幻想郷を覆う、虹。地上の虹。心を一つにした者達が紡ぎ続ける希望の橋。

針妙丸「あんたがきっかけだよ。あんたのバカみたいな企みがなきゃこれは無かった。…わかるだろ?この景色を作ったのは『天邪鬼』なんだよ。正邪」

「………これが。これが…」

かつて見た虹以上に広がる大きい、地上に満ちる虹。それは、かつて決意した世界の形。

「……。…」

言葉もなく。ただ見つめる正邪。何をいうことも無く。告げる言葉もなく。

──決して手放さなかった聖杯の欠片を、その手より取り落とした──

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